021.通話
「なんでリオがこんなとこに…………」
頭を抱えた俺はそのまま崩れ去るように近くにあった椅子に座り込み、手で顔を覆い隠す。
そもそも、なんで俺の学校を知ってるの?なんで誰にも気づかれなかったの?
「心配しないで。 ちゃんと理由がある」
「理由……? 学校に……?」
その一筋の希望に縋るように覆っていた手を少しずらして上目遣いの形で正面に目を向ける。
すると彼女は肩に掛けていたトートバッグを漁りだした。
「うむ。前に言ってたお近づきのしるしをだね……あげようと思って……」
そんなことで学校まで!?
顔を思い切り上げ叫びだしそうになるのを直前で我慢する。
すると探していた物がようやく見つかったのか、彼女は「あった」と小さく声を上げて1つの黒い箱を取り出した。
「…………これは?」
「おべんと。朝早起きして作った」
「……ありがと」
ついつい素直に受け取ってしまった。
もしもこれで本当に木彫りの熊や変な味のキャラメルなど歳不相応のネタに走ったらどうしようかと思ったが、思った以上にちゃんとしたものがきて心底驚いた。
もう一度渡されたお弁当を確認するとそれは黒くて二段重ねのよくあるお弁当箱。もしかしたら中身が空でドッキリなんてことも考えたが、重量的にそんなこともなさそうだ。
「よしよし、目的も達したし私も授業受けて帰るかねぇ」
「あっ、うん。わざわざありがと…………ってなんて言ったの?」
そのまま踵を返して自然な動作で教室を出ていこうとする姿を見て一瞬見送ろうとしてしまったが、すんでのところで肩を掴んで引き止める。
誰が、何をするって?
「むむむ? おかしなこと言った? 私も授業受けて帰るって……」
「おかしいよ! リオってこの学校の生徒じゃないよね!? それにどこで!?」
「いけるいける。 慎也クンの席で大人しく受けるから」
「俺の座る場所は!?」
そのトーンすら崩さない平常心のボケらしきものに全力で突っ込んでしまう。
本当にお弁当箱渡しに来ただけだよね……?
「大丈夫。 慎也クンと椅子はんぶんこ」
「なお大丈夫じゃないやつ……」
午後はぶっ通しで担任による科学の授業とはいえそれがまかり通るとは思えない。むしろクラスメイトからの圧力に潰される。
とはいえ帰る素振りも見せない彼女は本当に授業を受けかねない。そう思えるほどに教室で会ったことは衝撃的だった。
「むぅ、じゃあどうすれば授業受けられる?」
「転校する以外無理だと思うよ…………そうだ」
そうだ、こういうときこそ新しくなったスマホの出番だ。
なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。
「む……? 電話?」
「うん、ちょっと保護者にね……」
「保護者……ってことは私を養子に!?」
「なんでそんな結論になるの!? 俺のじゃなくってリオの保護者!!」
あぁっ! 動揺してうまくタップできない!
手汗にまみれてるし連絡先アプリもうまいこと起動しない。
「ってことは……『リオさんを僕にください!』的な?」
「違うからね。グループにいるでしょ? 保護者が」
そう、彼女に連絡して指示を仰ごう。
もっとしっかりしている江嶋さんにしようかとも思ったが彼女に余計な心配は掛けていられない。
その分姉ならうまいことやってくれるはずだ。
「…………? 私がリーダーだよ? だから私が保護者じゃ?」
「それなら来る前に連絡してほしかったかな……っと、ちょっとまっててね」
誤操作ばかりだったスマホがようやく思い道理に動いてエレナへの着信をタップしたところで、それ以上何かを言おうとしている彼女を静止させる。
それからコール音が5回……6回……。
彼女には仕事も学校もあるだろうし忙しいのかな?そう思って耳からスマホを離そうとした途端、鳴っていたコール音がプツリと切れてエレナの声が耳に届く。
『あ、エレナ。 急にごめん。 今平気?』
『突然掛けてきて本当にびっくりしたわ。本来なら姉弟の会話を楽しみたいところだけれど今はそんな余裕ないのよ。ごめんね?』
その声は矢継ぎ早で本当に焦っているようだった。
よくよく耳を凝らすとあちらの周りは随分と慌ただしそうだ。焦り声や大声が微かに聞こえてくる。
『……大事件?』
『それはもう。キミの家近くの現場で撮影があったんだけど、リハになった途端リオが居なくなっててんやわんやよ!』
『…………』
ゆっくり、ゆっくりと首を動かしてここに居る侵入者へと顔を向ける。
しかし彼女はさっきまでの場所には居らず、慌てて辺りを見渡すと廊下側の扉の鍵を開けて脱出を図ろうとしていた。
このままじゃ逃げられる!そう思った俺は慌てて出ていかれる直前、なんとか腕を掴んで引き止める。
『……ごめん』
『なんでキミが謝るのよ。 きっとリオも本番になったら戻ってくるでしょうから安心なさい。 ほら、時間的に今学校でしょ?大丈夫?』
『いや、そのリオなんだけどさ……ここにいる……』
『…………はい?』
エレナの上ずった声が聞こえてくる。
俺だって信じられない。撮影をしていたなんて知らなかった……なんでそんな時に?
『なんだかお弁当を届けに来てくれたみたいで……とりあえず連れてくよ。どこに行けば?』
『色々と聞きたいことが山ほどあるけど……まぁいいわ。メッセージで場所を送るからそこへお願い』
『了解。 それじゃ』
通話を切って一分程度で送られてきたその場所は学校から15分ほど歩いた先にある港だった。
俺はエレナに大体の所要時間だけを送ってリオと向かい合う。
「あ~あ、バレちゃった」
「びっくりしたよ……どうして撮影なのに?」
「丁度近くだったし、ちゃんと本番までには戻る予定だったから~」
ということは授業受ける云々は冗談だったわけだ。
まぁそうだよね。追い出されるの確定だろうしそんな無謀なこと――――
「授業受ける予定だったのになぁ……ギリギリに抜け出せば完璧だったのに」
抜け出される前に追い出されるから。
そう1つ呆れながらも彼女の手を引いて科学準備室までの扉に近づいていく。
「ありゃ? もしかして撮影場所まで連れてってくれるの?」
「エレナに連れて行くって言っちゃったしね……それに目立つ格好で心配だし」
いくら制服姿とはいえこの学校のものではないし、変装もまったくしていない状況だ。ここまで一切静かだったのは奇跡だろう。自由な彼女のことだ。バレて学校中がパニックにならないか心配でヒヤヒヤする。
更に付け加えれば本当に戻るのか心配だ。これは口には出さないが。
「そ……そっか。 心配……ありがと……」
そのいつもとはまったく違う――――彼女の無表情が崩れ、顔を逸して赤みが帯びた頬に少し見とれてしまう。
さっきまでのフラットで自由奔放とは違う、しおらしくて庇護欲の湧くその表情に俺は目を離せないでいた。
「! な、なら! また私をあの体操服で変装を!!」
「絶対しないから!!」
しかしそれも一瞬のこと。
またいつもの調子に戻ったリオの要望を全力で却下するのであった。




