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178.貴方だけの


 最後まで圧倒された一日だった。


 アンコールも終わり、照明が上がって人々が少しづつ帰りゆく中で俺はボーッと彼女たちが居たステージを眺めていた。

 もうすべてが終わった祭りの後。その余韻に浸るように。


 終わってしまったのだ。アイドルとしての彼女たちが。

 俺がその存在を知ったのは前の夏頃。その頃からと考えてもファン歴としては新参もいいとこだろう。

 それでも彼女たちのパフォーマンスの凄さはこれまでの映像からわかっていた。けれどこうして目の前にしてみると、これまでの感心をたやすく越えるほどの圧倒感だった。

 歌、ダンス、トークのどれを持っても他のものと一線を画すものだった。自ら異端と名乗り、それでも売れる異様さが嫌でもわかった。


 格が違ったのだ。

 アイドルとして観客を楽しませるエンターテインメントではなく、パフォーマンスや実力で他の声を黙らせるほどの力を持っていたのだ。


 しかしそれも今日までのこと。

 宣言した日からわかっていたことだが、明日からはそんな彼女たちは居ない。

 初めてこの目で見たのが最後にして居なくなる。そんな現実に今更ながらほんの少しの後悔が浮かんできて自らその思考を振り払った。

 彼女たちは夢がかなったから、そして俺や自分たちの為にマイクを置いたのだ。これはステップアップのための引退だ。

 何人をも魅了する彼女たちに想われるその光栄さとプレッシャーに、一度深呼吸してから俺を待ってくれている紗也たちに目を向けた。


「もういいの?」


 そんな身を案じてくれる声が妹から聞こえてくる。

 こちらの考えなんてお見通しなんだろう。俺はその頭を撫でて両足で立ち上がる。


「うん。 それじゃあ行こっか」


 これが終わっても俺たちのライブはまだ終わっちゃいない。

 前もって神鳥さんから打ち上げに誘われていたのだ。その時には本人たちへ今日の感想を伝えるとしよう。


 そう気持ちを切り替えて荷物をまとめると、ふと会場脇から一人の人物がこちらに駆け寄ってくる姿が目に入った。


「あっ!よかったまだ居てくれた!! 慎也君!先輩!!」


 手を振りながらパイプ椅子の間を縫って近づいてくるのはライブ前にも見た神鳥さんだった。

 額に汗を垂らして疲労困憊の表情を浮かべながらも、しっかりとした足取りだ。


「お疲れさまです神鳥さん。 どうしました?」

「ホント疲れたよ~! 裏では色々とトラブルの嵐で対処の山だったし……ってそうじゃなかった。 今日打ち上げあるって言ってたじゃん? ごめん!アレ無しで!!」

「……何かあったんですか?」

「全然大したことじゃないんだけどね? 最初から全力出したトリオがもう一歩も動けない状態でさ~」


 打ち上げの中止。その発言になにかマズイことでも起こったのかと思ったがどうやら違うようだ。

 きっと神鳥さん以上に疲れを通り越してしまったのだろう。むしろ今考えたらライブの直後に打ち上げって中々酷でもある。


「それで私と奏代香ちゃんに受付ちゃんで、責任持って各部屋に押し込んでくるからさ、打ち上げはまた後日でいい?」

「そりゃあ俺たちは全然いいですけど……大丈夫なんですか?三人は」

「平気平気! むしろあんな状態で打ち上げにも行こうとして大変よ~! ゴメンね?先輩と紗也ちゃんには辛いことだけど……」


 母さんと紗也は無理して海外から来てくれた。だからとんぼ返りとして明日の夜には飛行機だ。

 今日が無理なら打ち上げの参加なんて不可能だろう。けれど母さんは肩をすくめるだけで笑顔を浮かべる。


「もともと私達は慎也のお陰でここまで来れたんだから棚ぼたみたいなものよ。 むしろ愚息のコレが参加していいのか心配で心配で……」

「お兄ちゃん……璃穏ちゃんたちだけじゃないんだから失礼の無いようにね……?」


 あれ?なんだか俺に対して辛辣じゃない?


 神鳥さんはそれを肯定と受け取ったのか、クスクスと笑みを浮かべながら美代さんへと視線を向けた。


「美代ちゃんも、それでいい?」

「は、はい! 実は私もはしゃぎすぎて……結構疲労が……」


 顔には出ていないものの、彼女が立ち上がるとフラリとその身体が揺らめく。

 俺が動くよりも早く支えた神鳥さんは無理をしないようにともう一度座らせて俺たちに向かい合った。


「そんなこんなで、全員大変な状況だからまた決まったら連絡するね。 みんなも、疲れが取れたら気をつけて帰ってねぇ」


 「それじゃ」と手を上げて引き返して行く神鳥さん。彼女はこれからも後処理とか色々あるのだろう。

 本来ならマネージャー見習いでもある俺も行くべきだろうがこうして帰れと言われたら無理に行くこともできない。それに俺もだいぶ辛い。


「じゃあ、打ち上げもなくなったことだし帰りましょうか。 夕飯は牛丼でいい?」

「さんせ~。 私もお肉食べた~い」

「あ、私たちは美代が立てるようになったら帰りますので、お先にどうぞ」


 美代さんの母親に促されて母さんと紗也は会場を出ていく。俺もその後に続こうと足を踏み出したところでポケットに入れていたスマホが小さく通知を知らせるように震えさせた。

 メッセージだ。踏み出していた足を止め、俺はその場で立ち上がって中身を見る。それは彼女三人が入ったルームで、三人からお疲れ様スタンプと、代表してリオから短い一文が。


『これからは、貴方だけのアイドルだよ!!』


 たった十数文字の短文だが、その言葉に思いの強さがヒシヒシと伝わってきた。

 動けないほどしんどいだろうに、今すぐにも寝てしまいたいだろうに。それでもこうして送って、ストレートな言葉をぶつけて来てくれて、どうしようもないほど嬉しかった。

 同様に、お礼の文章とお疲れと返事をする。気の利いた言葉なんぞ一つたりとも出てこないが、せめてそれくらいは。

 俺はさっき彼女が送ってくれたメッセージをもう一度目を通し、ツゥと指でなぞる。


「な~に見てんのっ」

「わっ!」


 メッセージ画面で一人口角が緩んでいたからだろうか。

 気づけば横に立って画面を覗き込んでくる紗也の姿があった。

 突然の出現に想わず声を上げてスマホを隠すも既にメッセージは見られていて、紗也はニヤリと口を歪めて口元を隠す。


「ふ~ん……璃穏ちゃんって好きな人の前だと積極的になるタイプだね~。 流されっぱなしのお兄ちゃんも嬉しいんじゃない?」

「そ、それは……まぁ……」

「あ~あっ、璃穏ちゃんが義姉になるのかなぁ。 今のうちからそう呼んだほうが良いかな?どう思う?お兄ちゃん」

「しっ……知らないから!! ほら、母さんが待ってるよ!!」


 ニヤニヤと訪れるかもしれない未来を夢想する紗也の背中を押し、先で待ってくれている母さんの元へと一緒に向かう。


 俺は今日のライブを一生忘れないだろう。

 でもこれは終わりではない、俺達の始まりなのだ。

 そんなこれからの日々を夢想して、紗也と同じく頬が緩んでしまうのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] もうすぐ終わりそうだなぁ 最終的に4人+運転手さんと隣の席のクラスメイトの6人になりそう
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