145.確信を得る少女
「はえ~……そんな事があったんだぁ……」
結局、出会った頃の話だったのに気づけば9月にあった掃除の日の件についてまで話してしまっていた。
隣の小北さんは飲み終わった缶をプラプラと遊ばせながら感嘆の声を上げている。
「でも驚いたなぁ……アイさんってそこまで本気だったなんて」
どうやら興味の対象は出会いよりもあの日に移っているようだった。
一応、小北さんにはリオと友達になった直後、概要だけは伝えてある。その時は半信半疑といった様子だったけど、詳細を聞かされると印象も変わるだろう。
ただでさえアイさんとはあまり相性良くないみたいだし、これ以上悪印象を持ってほしくは無いのだが……。
「やっぱり、アイさんとはあわなさそう?」
「え?」
「ほら、なんだか顔を合わせたらちょっとした言い合いしてるからさ」
彼女たちが毎回小競り合いをしていることについては少しだけ憂慮していた。
雰囲気的にじゃれ合っているとも取れるが、その開口の理由がアイさんの甘やかしスタイルだからさすがに気にする。元を考えれば俺が原因なのだから。
彼女は「あぁ」と納得の声を上げて視線を自らの膝へと落とした。
「ううん、違くて。 アイさんのこと、前坂君への思いが本気なんだなぁって、凄いなぁって見直しちゃったの」
「見直す?」
「うん。 私、最初はよくわからなかったからさ。 みんな前坂君のことす……良く思ってるってことは知ってたけど、アイドルなのに恋愛なんて~とか思っちゃって……。 イメージと違っちゃってたからかな? ちょっと勝手に、ムキになっちゃってた」
ポツリ、ポツリと。
向き合うように自らの心情を語っていく。
アイドルとしての彼女をずっと見てきた以上、自分の中で積み上げられた彼女たちの像があったのだろう。
会ったことのない人物というものは大抵何処か現実と乖離がある。そのギャップが大きければ大きいほど戸惑い、そしてムキになっていたのかもしれない。
「でもさ。 会って、クリスマスみたいにみんなで遊んで……あぁ、みんな私たちと変わらない女の子なんだなぁって思ったの。それでこうやって前坂君から今までの話を聞いてさ、みんな目の前のことに一直線で頑張ってるのに私なんかが一人ムキになっちゃって……何してるんだろうなぁって」
足を伸ばしてバタバタと上下に動かしながら天を仰ぐ。
これまでのことを後悔しているのだろうか。「あ~」とか「う~」とかうめき声を上げている。
「三人とも原動力を見つけたんだなぁ……だからずっと輝いているんだろうなぁ」
「原動力?」
「うん。ほら、前坂君も見た?最近始まったCM。ラブレターを渡すやつ!」
最近始まった……ラブレター……あぁ、あれか。
暑い夏の日に俺も参加して撮ったやつ。ネットで流れているのを何度か見たことがある。
彼女らが手紙を片手に走り出すところから始まって、バッタリ出会ってからはムキになったのか同時に手紙を出すCM。
その結果は明示されなかったが、シーンが変わって何処かの屋上でお菓子を食べてロゴが出る。それだけのもの。
俺の顔はもちろんのこと背中のごく一部しか映されなかった。その背中ごしに見えた彼女たちの顔は――――本当に輝いていた。
「あれ、俺も受け取る役でCMに出てたよ」
「えぇぇぇぇ!? あれ前坂君だったの!?」
「ほら、小北さんが写真を撮ったあの日。あれから誘われて……」
「言ってよぉ~! 見た以前の問題じゃん~!」
正直俺もすっかり忘れていたから仕方ない。
頬に空気を膨らませながら抗議する彼女の姿を横目にまだ半分残っていた飲み物を口にする。……冷たい。ホットがコールドに変貌してる。
「まぁ……うん。色々と羨ましいことはたくさんあるけど、私は三人にとっての前坂君みたいな心の支えを原動力って言ってるんだ。奏代香さんにそう教わって」
運転手さんに……。
原動力か。俺の支えはなんだろうか。
紗也?いや、確かに支えではあるがちょっと違う気がする。ならばエレナ?それとも他の二人のどちらか?……どうにもパッと来ない。
「前坂君も難しいみたいね。 私も二年くらい探してるもん、そういうものだよ。 …………かもしれないのは見つけたけど」
そう言ってチラリとこちらに視線を移す。
その意味ありげなのはなに!?酔った時のあ~んとも併せて勘違いしそうになっちゃうじゃないか!
「小北さん、その意味ありげな視線は……」
「さっ、面白いお話も聞けたし寒くなってきちゃった。 次は温かいところで前坂君の行きたいとこでも行かない?」
「……気になるなぁ」
まるで質問をシャットアウトするように、彼女は問いに答えること無く話の軌道を修正させていく。
その真意がわからなくて肩をすくめると、彼女が椅子に体重をかけ、その反動のまま立ち上がる。
「秘密だよ!ささ、前坂君も立って立っ――――きゃっ…………!!」
「――――!! 危ない…………!!」
彼女が勢いよく立ち上がって着地したタイミングで、その身体が大きく揺れた。
もしかしたらこの寒空の下、どこか凍って滑りやすくなっていたのかもしれない。
脚を前に突き出し、その反動で身体が後方へと倒れていく小北さん。
下手をすればそのまま頭がベンチにぶつかって大惨事になりかねない。俺は最悪の状況を考えつつ、勝手に動き出した身体が倒れる彼女とベンチの間に割り込むようにして――――。
ズドン!
と頭の中で衝撃音が聞こえてきた。
決して彼女が倒れてきた衝撃ではない。俺が飛び込んだ自重のせいだ。
「びっくりしたぁ…………。 あれ、痛く……ない?」
何とか……すんでのところで俺は庇うことに成功した。
飛び込んで割り込んだ俺はその小さな体躯を抱きしめて二人揃って地面へ。
随分と昔にレンガを使って組み上げられたのだろう。今となっては揃っていたレンガが緩んで少しだけデコボコしている。
突き出した部分に腰が当たって痛いが、それでも彼女が無事なことに安堵しつつ互いに目を合わせる。
「あれ…………あれれれれ!? なんで前坂君がこんな近く!? どうして!?」
「大丈夫……? 滑って危なかったから、怪我はない?」
ようやく抱きしめられていることに気がついたのか彼女の顔は一気に紅潮して慌てだす。
しかし、自らが危険な状況だったことはわかっていたのだろう。その言葉を聞いてからは頬は赤くなりつつも自らの身体を触って問題がないか確かめる。
「うん……うん! 大丈夫!ありがとう。助かっちゃった」
「よかった。 その……通報しないでね?」
俺は抱いていた腕を解いて、倒れながらその両手を頭にやる。
最近はちょっとしたことで不審者扱いされるらしいからね。いくら友達で危険だったとはいえ抱きしめたんだ。通報されないことを祈りたい。
「そ、そんなことしないよ! むしろごめんね?前坂君こそ怪我はない?」
「問題ないよ。 小北さんが軽かったからかな?」
「……もうっ!」
汚れも気にせず地面に女の子座りをする小北さん。
俺も胡座をかくようにその場で座るも、少し腰が痛むだけで後はなにもない。一晩寝れば治るだろう。
「でも本当に?本当にどこもケガしてない?」
「全然どこも。むしろ名誉の負傷ができなくって残念なくらいだよ」
「もうっ、前坂君ったら…………。 それと――――ごめんね」
「えっ――――」
その冗談を微笑むだけに留めた彼女は何を考えたのか、一つ謝罪をして胡座をかいている上に座ってきた。
背を向けて前を向くように、俺の身体に収まる小さな体。
ふわりと、頭が直ぐ側にあるせいでシャンプーのせいか、甘い仄かな香りが漂ってくる。
「えっ……と……?」
「うん……やっぱり安心するなぁ……やっぱり……そうなのかなぁ…………」
「小北さん…………?」
何か呟いているようだが同じ方向を向いているためこちらまで届かない。
それ以上なにも言わなくなった彼女にどうしようか困惑していると、「よしっ!」と一声上げて立ち上がった。
「ごめんね!いきなり。驚いたでしょ? 助けてくれたお礼ってことで! 抱きしめようかと思ったんだけどリオちゃんたちに悪いかなぁって」
「…………。 びっくりしたよもう」
なんだ。お礼か。
小北みたいな可愛い少女が上に乗ってくるなんてお礼にしても過剰、むしろお釣りがくるレベル。
俺は突然の密着にドギマギしつつ差し出される手を取って立ち上がる。
「今は……ね」
「えっ?」
「何でもない! さ、そろそろ家に戻ろうよ!もうお母さんたちもお話終わったでしょ!!」
そう言って彼女は顔を真っ赤にしながら家と正反対の出口に向かっていく。
俺は一つ笑いながら息を吐いて、連れ戻すため彼女を追いかけていった。




