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128.説得


「やる!! ぜったいやるよ!!」


 週明け、学校にて。

 とある一つの興奮した声が教室のざわめきをかき消し、埋め尽くした。


 と同時に向けられるのは数いるクラスメイトの視線。

 現在は放課後になったばかりだ。教室内に殆どの生徒がまだいる。その全員が大声によって静まり返り、こちらへと両の目を向けられるたのだ。


「小北さん! 声!声おっきい!」

「あっ、ごめん!  あはは~、なんでもないよ~。びっくりさせちゃってごめんねぇ」


 けれどこれが人望の差というものだろうか。

 彼女は慌てて周りを窘めると、ふいっと向けられる顔が消え去っていき教室に日常が戻っていく。


 彼女もみんなが振り向くのは予想外だったのか少し疲れたように肩を一瞬だけ落とすも、すぐに立ち直って俺へと視線を戻す。


「びっくりしたよ、もう……」

「えへへ……ごめんごめん。 でも本当だよね?ストロ…………あの3人のフォローを私ができるなんて」

「もちろん」

「本当に本当だよね!? これで嘘って言っちゃったら私も怒っちゃうからね!?」


 バン!

 と机を挟んだ彼女が乗り出すようにこちらへと顔を近づけて来る。

 すぐ目の前にはクラスメイトの整った顔。長いまつ毛の先に見える瞳が一切を逃さぬように俺を捉えてきて、思わず何も言えなくなってしまう。


「…………」

「その……前坂君、何も言ってくれないってことは……もしかして、本当にウソ…………」


 俺が言葉を出せずにいると目と鼻の先にある瞳に水が貯まっていく。

 ヤバい。そんなつもりないのに泣かれる。俺は慌てて後ろに下がりつつ彼女に釈明するための言葉を選び出す。


「ぁ……わ~! ホントホント!本当に小北さんにもフォローしてほしいって言われてるから!!」

「…………ホント?」

「~~~~!!」


 流しかけた涙をせき止める彼女に力いっぱい首を縦に振る俺。

 小北さんが指で涙を拭った後、もう大丈夫だと安堵するのを見て俺も息を吐いた。


「よかったぁ…………――――でも!」

「!?」


 けれどすぐに、何を思い至ったのか再度詰め寄ってくる小北さん。

 もはや机を乗り越える勢いだ。机に手をつきその身を大きく乗り出して、後ろに寄っていた俺は追い詰められて身動き一つ取れなくなってしまう。


「なんでさっきすぐ否定してくれなかったの~? 私、本当に嘘なんじゃないかってびっくりしたんだよぉ!」

「それは…………」

「それは?」


 この状況のせいだというのに。

 彼女は依頼のことが頭いっぱいで気づいていない様子だが、顔が近づきすぎて鼻がほとんど触れているレベル。

 少し俺がその気になって首を動かせばキスさえもできる位置なのだ。


 逃げようとしても近づきすぎて逃げることはできない。

 目を逸らそうにも、視線を動かしたら『ん!』と声を上げられて怒られた。

 

 ――――仕方ない。

 俺は重々しくもその事実を指摘するために口を開く。


「その…………」

「その?」

「小北さんが……近すぎて…………」

「私が…………?あっ――――」


 最初のうちは理解できていなかったのかキョトンと大きな瞳を一層丸くなっていく。

 その後、パチクリと何度か瞬きをしたと思ったら、状況を把握したであろうその白い肌がみるみると紅く熱を帯びていく。


「~~~~!! その…………ごめん!私ったらつい……」

「や、全然……。 驚いたけど、それだけだったし」


 理解してからの彼女は早かった。

 まるで飛ぶかのように、一瞬のうちに前のめりになっていた身体を元に戻し、口元を手で覆う。


 あの三人からキスをされた経験があるとはいえ、こういうのは未だに慣れることはない。

 小北さんも可愛い系で、あの三人と勝るとも劣らないほどの容姿なのだ。そんな彼女が目の前に迫ってきたら戸惑うに決まっている。


「えと……もし引き受けてくれるなら、これから俺の家で神鳥さ……マネージャーが説明に来るんだけど、来れる?」

「あっ、うん。 前坂君がいいのならいいよ。今日は早く学校終わったしね!」


 お互い冷静になってからは話は早かった。

 互いにこれからの予定を話して帰る準備に取り掛かる。



 本日……というより今日から数日間、学校はテスト期間に入った。

 そのおかげで放課になってもまだ午前中。帰って勉強するかと思ったが、彼女も成績は悪くないみたいだし大丈夫そうだ。


 でもそんな簡単に引き受けちゃっていいのかな?何もする気ないとはいえ男の家なのに。


「一応聞くけど、ホントにいいの? 俺の家一人暮らしなんだけど」

「もちろん! あ、でもそんな簡単に男の子の家に行くとかそういうのじゃないよ!」

「というと?」

「前回、エレナさんの時もちゃんと約束守ってくれたし、なにも怖いことなかったもん。それに――――」


 彼女は一つ深呼吸して、少し上目遣いがちになりながらこちらを見つめて――――


「さっきの前坂君も、私にキスしようと思ったらできてたから。そういう紳士的なとこ、好きだし、信じられるよ」

「……そっか」


 そこまで信じられるとうれし恥ずかしだが、この場合は素直に喜ぶべきだろう。

 少しぶっきらぼうな返事になってしまったがきっと喜んでるって伝わってるはず。


「……あっ!でも! 好きってそういう意味じゃないよ!!あくまで頼りになるとか信頼できるとかそういう……!」

「? わかってるよ?」


 なんてこと無いように俺が準備を進めていくと、突然慌てたように補足してくる小北さん。

 文脈から見てもそういう意味じゃないってことは容易に想像が付くから心配しなくていいのに。

 あくまでストロベリーリキッドのことが好きな同好の士とかビジネスパートナーとか、そういう意味だよね。


「前坂君は本当にわかってるのかなぁ……」

「?」

「はぁ……まぁいっか」


 何か意味を取り違えたりしたのだろうか。

 さっきまでのやり取りを頭の中で思い返していると、不意に掴まれる感触に襲われる自らの手首。

 何事かと思って見れば、小北さんが俺の手首を掴んだようで見上げるように満面の笑みを見せつけてきた。


「さっ! 前坂君の家だよね!?早くその人のお話も聞きたいし早速行っちゃお!!」

「えっ!?もう!? まだ一時間くらい時間が…………!」

「いいのいいの!その間家でゆっくり待たせてもらうから! さ、レッツゴー!!」


 俺は小北さんに引っ張られるようにして教室を出る。

 道中ずっと、小北さんはストロベリーリキッドの仕事に関われるからか、終始上機嫌で俺の手を触れ続けていた――――。


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