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105.包囲網

「ほんっとうにごめんなさい……お見苦しい姿をお見せしました……」


 アイさんが起床して30分。

 大急ぎで髪を整えたり着替えたり、身だしなみを整えた彼女はリビングにて俺に謝ってきた。

 彼女の姿もジャージ姿。真っ黒の髪に黒いジャージで暗く見えがちだが、それすらも美しく見える所作や雰囲気など、オーラが溢れている。


「いえ。むしろありがとうございます……」

「?」

「なっ!なんでもない! アイさんも掃除、手伝ってくれるんだよね」


 危ない危ない。

 危うく本音が漏れ出すところだった。

 慌てて誤魔化すように話題を変えると彼女も「はい、」と話に乗ってくれる。


「オフですのに、リオも手伝ってくれるのに私だけサボってるわけにはいかないじゃないですか。慎也さんも、せっかくの休日なのにすみません」

「ううん! これくらい中学時代の練習に比べたらなんともないよ」

「練習?何か部活でもされてたんです?」

「まぁ……水泳を。あんまり活躍出来なかったんだけどね……」


 練習だけは人一倍したものの結果が伴わなかったのは悔しい結末。

 俺より成績の良い人もいたし……おっと、今はそんなこと関係ないんだった。


 彼女はそんな言葉に「まぁ!」と声を上げて俺の両手をキュッと握りしめる。


「それなら泳ぐの、得意なんですよね!?」

「まぁ、人並みかちょっと上くらいには?」

「いえ!それでも十分凄いですよ! それで、よかったらなんですが、今度私に泳ぎ方教えてもらえないかなぁ……って」

「えっ!?」


 思わぬ提案に俺は言葉に詰まってしまう。

 けれど彼女はそれを否定と受け取ったのか、手を握る力が強くなり上目遣いで此方を見やり……


「ダメ…………ですか?」

「そ、そんな事ないよ! むしろアイさんがいいのなら喜んで……」

「やった! 絶対、約束ですよ?」


 パッと手を離した彼女は胸の前で握りこぶしを作って喜びを表現している。

 一緒に泳ぐのか……ストロベリーリキッドのアイさんと一緒に泳ぐことができるなんてどれだけ光栄なことなのだろう。もはや一生分の運気を使い果たしてるのかもしれない。


 泳ぐということは当然水着。

 アイさんの水着姿か…………グラビアをやっていない以上完全に予想に過ぎないのだが、先週のワンピース然り、さっきのキャミソールごしに見えたスタイルから察するにとても映えることは間違いないだろう。


 それにしても男性恐怖症はどこに行ったのだろう。いや、今はそれを考えるべきではないか。


「では、約束もしたことですし私もお掃除を手伝いますね」

「それは助かるよ…………あっ、アイさん」

「何でしょう?」

「その髪は良いの? 汚れ仕事になっちゃうかもだけど」


 掃除に取り掛かる前に俺が指摘したのは彼女の髪。

 その髪は前から変わらず真っ黒で腰まで伸びるスーパーロングヘアだ。

 問題は髪型。彼女はいつもの通りただストレートに降ろしていて掃除などの場面ではやりにくそうだと予感させる。


「それについては大丈夫です。 エレナ~!」

「はいはい。 わかってるわよ」


 アイさんが呼んだ途端洗面所から姿を表すエレナ。その手には櫛やヘアゴムなど、完全に長い髪をどうにかする様相だ。

 名前を呼ぶだけで意図を理解するなんて凄い。これが昔からの付き合いたる所以なのだろうか。


「ごめんね慎也、ちょっとよってて。 じゃあアイ、いくわよ」

「うん。 お願いね?」


 アイさんを椅子に座らせたエレナは慣れた手付きで目の前の作業に取り掛かる。


 それはまさに早業だった。

 毛先をツイストし始めたと思ったらどんどん一箇所に巻きつけていき、長い髪がまたたく間に持ち上がって一箇所で纏まっていく。

 そして最後にゴムで固定したらエレナは満足行ったかのように大きく頷いた。


「よしっ! 今日もなかなかの出来ね!」

「いつもありがと。エレナ」


 アイさんが立ち上がってもその髪はほどけることはない。

 首の後ろで見事一纏めになった髪はまさにオシャレとも取れるし、運動するとも取れる格好だった。

 お団子……とは違う、もっとゆるふわに巻き付いているからちょっと触れてみたい衝動にも駆られる。


「凄いね……エレナ」

「まぁいつものレッスンは飛び跳ねるからこうは出来ないけど、掃除くらいなら平気でしょ。 今度キミのもやってあげようか?」

「この髪で? できるの?」

「……ウィッグ被ってもらってからになるわね」


 俺の髪はスポーツ刈りやベリーショート程ではないものの、結ぶには長さが足りないレベルだ。

 その提案にはもちろん遠慮させてもらう。


「やめとく。俺にロングは合わないと思うし」

「そうかしら? アイの男性恐怖症が効かなくって女の子疑惑が上がってるのに?」

「…………ともかく!掃除しよう!」


 これ以上は泥沼だと判断した。更にいじられる前に無理矢理本題へと入らせてもらう。


「ですって、アイ。 どう思う?慎也のロング」

「エレナ!?」

「う~ん……慎也さんの、かぁ」


 まさかの本題キャンセル。

 話を振られたアイさんはイメージをするためかマジマジと俺の顔を見つめてくる。

 なんだろ。そう見られるとすっごい恥ずかしい。


「…………うん、いいと思うよ?でも、それだけだとまだ物足りないから化粧もしたらどう?」

「あら、いいわね。 ってことで慎也はウィッグと一緒に化粧を――――」

「俺っ! 掃除の続きしてくる!!」


 三十六計逃げるに如かず!

 ここに居たら更にイジられてしまう!

 助けて!リオ!!


 彼女たちから逃げるように俺はリオが居るであろうエレナの自室まで急ぐ。


 そこには棚に向かって整頓をするリオの姿が。よかった、なんとか助かった……


「ん? あぁ、おつかれ。慎也クン」

「大変だったよ。 エレナがウィッグを被せようとか提案してくるしアイさんも妙に乗り気だし……」

「それは大変だねぇ」


 こちらを向くこと無くひたすら棚の整理をするリオ。

 真面目で凄い助かる。俺も作業しないと。


「ところで慎也クン」

「うん?」

「…………これ、どう思う?」

「これ……? ヒッ!!」


 整頓をしていたと思っていた彼女が手にしていたのはエレナのウィッグだった。

 更に驚くべきことに足元に一旦置いていたと見られる道具は化粧道具……さては聞いていたな!!


「私もちょっと興味あったんだよね。 じゃあ一発、行ってみようか」

「っ――――!」


「あ、リオ。 さすがリーダーね。私達の望むことを叶えてくれる」

「慎也さんごめんなさい。 すぐ終わりますんでっ!」


 部屋から出ようとしたら扉を塞ぐように配置するエレナとアイさん。

 もはやその包囲網に俺はなすすべもなかった――――――――。

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