新一寸法師
新一寸法師
昔、昔、或るところに若い夫婦が住んでいました。
この夫婦、子供が欲しくて欲しくてしょうがないのですが、一向に授かりませんので毎晩のように交わっていました。
そして、やっとのことで出来た子供がカナブン程の大きさだったので心底がっくりしてしまいました。
しかし、待望の子供には違いありませんから若夫婦は育てることにしたのですが、いつまで経っても体が大きくなりません。
それで若い夫はこれは人間じゃない、多分、お前のあそこからじゃなくて肛門から出てきたギョウチュウの一種に違いないと妻を納得させ、折角、授かった子供を妻と共同で虫けらのように捨ててしまいました。
哀れ、ミクロな子供は着の身着のままで外を彷徨う破目になり、心の中が吹雪のように寒々となりながらとぼとぼと叢の中を歩いていると、金ぴかな艶を持ったコガネムシにばったり出会いました。
「いやあ、こんにちわ、僕はコガネムシだけど君は何て言うの?」
「僕はギョウチュウ」
「ギョウチュウ?!な訳ないでしょ!どう見たって!」
「だって僕の親が言ってたもん。お前は肛門から生まれたギョウチュウだ。だから捨てるんだって」
「そ、そんな訳ないでしょ!そんなこと言って捨てるなんて相当、酷い親だ!君はとっても可愛そうな子なんだなあ。よし、せめてもの救いになるように僕が良い名前を付けてやろう。えーと、そうだなあ、君は半寸の僕の倍くらいの大きさだし、人間みたいな体つきをしてるし、修行僧みたいななりをしてるから一寸法師と名乗ったらどうだい?」
「ああ、それはいいねえ、是非、そうするよ」
という訳でコガネムシに名前を付けてもらった一寸法師は、ちょっと元気が出て来て猶もてくてく歩いて行き、人間の通る道に出ると、向こうからとても可愛い娘が付き添いの小僧と一緒に歩いて来ました。
一寸法師はその娘に一目惚れしてしまいましたが、娘は一寸法師に全く気付かずに通り過ぎてしまいました。
だから一寸法師は気づいてもらおうと思い切り声を張り上げて言いました。
「おーい!お嬢さん!僕を見てください!」
すると、娘は振り向いて猶も気づいてもらおうと一生懸命両手を振る一寸法師に目ざとく気づくや物見高さも手伝って一寸法師のいるところへ急いでやって来ました。
「うわあ!すげーチビじゃん!而も身なりがぼろぼろ!アッハッハッハ!ねえ、小僧、見てよ、これ!蚤の乞食よ!」
小僧は娘の後から来て言いました。
「うわあ!ほんとだ!おいらより全然ちっちぇえや!」
「でしょ、お前もチビと馬鹿にされるけど上には上があるものね!」
「全くです」
「全く笑い種だわ!ねえ、お前、何で私を呼んだの?」
一寸法師は既に尋常でなく傷ついていて恥ずかしさの余り、ショックの余り答えることが出来ませんでした。
「はっはっは!蚤の乞食で唖ときたもんだ!全くもう、とんだ道草食っちゃった!さあ、小僧、こんなの相手にしててもしょうがないからもう行くよ!」
「へえ!」
残された一寸法師は氷柱で突きさされたように心が痛んで冷え冷えとなりながら、その場にへたり込み、情けなさの余り、泣き崩れてしまいました。
しかし、情緒纏綿なるが故に諦めきれない一寸法師は奮い立って娘の後を追うことにしました。
すると、五町ほど行ったところで娘を見つけましたが、小僧は逐電したらしく小僧の代わりに鬼が娘の傍にいて娘を連れ去ろうとしていました。
そこで一寸法師は娘を助けようと思い、何か武器になる物はないかと辺りを探してみると、草の茂みの間に光る物を見つけましたので傍へ行ってみると、小さな釘であることが分かり、こりゃあ丁度良いと思って、それを持って無鉄砲に鬼の方へ駆けて行き、鬼の足元まで来ると、精一杯声を張り上げて言いました。
「おい!鬼!娘を放せ!」
「何じゃ?この俺様に命令するとは何処のどいつじゃ!」と鬼は胴間声を上げて辺りを見回しましたが、誰もいないようなのできょとんとしていると、下の方からまた、同じ文句が聞こえて来ましたので足元を見ると、一寸法師に気づくなり言いました。
「何じゃ?お前が叫んでおったのか!」
「そうだ!」
「はっはっは!身の程知らずにも程があるわ!このたわけが!」と鬼は馬鹿にすると、身を屈め、一寸法師の腕を摘まんで一寸法師をひょいと拾い上げ、口の中に放り込んで噛もうとしましたが、誤って飲み込んでしまいました。
「ああ、飲んじゃった。まあ、いいや、これで邪魔者はいなくなった」
鬼はそう言うと、片手で捕まえておいた娘を連れて行こうとしました。ところが、丁度その時、胃の中がチクチクと痛み出して、その内、余りにも痛くなったので腹を両手で抱え込んでしまうと、その隙に娘は一目散に逃げて行きました。
「おい!どうだ!痛いか!」
一寸法師が釘で鬼の胃を突きながら叫ぶと、「参った!参った!頼むから外へ出て来てくれ!」と鬼は降参の体で言いました。
「出て欲しかったら僕の願いを叶えてくれ!」
「ああ、分かった!俺の持ってる打ち出の小槌で叶えてやるから頼むから出て来てくれ!」
「よし、分かった!じゃあ、僕が出やすいように横になって口を開けてくれ!」
「ああ、分かった!」
一寸法師は鬼が言う通りにしたので鬼の食道を悠々と歩いて行きました。尤も、履いていた草履は胃酸で溶けそうでしたし、喉ちんこが溶食されて出来た巨大な石灰岩みたいでしたから鍾乳洞を抜けるようなひんやり感を伴いながら喉を通り越し口から出てきました。
「さあ、出てやったから打ち出の小槌とやらで僕を大きくしてくれ!」
「ああ、分かった」
鬼は人間と違って嘘をつきませんからあっさり請け合うと、一寸法師に向かって打ち出の小槌を振りながら大きくなあれと言いました。
すると、一寸法師はぐんぐん背が伸びて行って6尺ほどもある大男になり、おまけに携えていた釘まで金砕棒のように大きくなりました。
それを見た鬼は戦き驚いた拍子に打ち出の小槌を落としてしまい、そのまま、すたこらさっさと自分の住む山の方へ逃げて行ってしまいました。
それを良いことに一寸法師は打ち出の小槌を拾い上げ、それを振りながら立派な身なりになあれと言うと、お公卿様のような直衣姿に変身しました。
その一部始終を一町ほど先にある松の幹に隠れて覗いていた娘は、一寸法師のところへ駆けつけると、丁寧に一礼してから言いました。
「お陰で助かりました。何と御礼を言っていいやら・・・」
娘はそれだけしか言えませんでした。何故なら先刻、無礼な振る舞いをした手前、多弁になるのは気が引けましたし、何より一寸法師がこの上なくカッコ良くて自分の好みだったので惚れ込んでしまって照れる余り、言葉を失ってしまったのです。一寸法師も遠慮気味に言いました。
「御礼なんかいいですよ、僕はあなたが助かれば、それでいいんです」
「で、でも、私はそれだけでは満足できませんわ」
「と、おっしゃいますと?」
「私、あなた様が好きになってしまったものですから・・・」
「えっ!あんなに馬鹿にしてたのに、あっ、そうか、僕が大きくなってすっかり様変わりしたからか、それに打ち出の小槌を持ってるからか、まあ、それはそうと、そうそう、実は僕もあなたが好きになってしまったものですからあなたと一緒になりたいばっかりにあなたを助けたんです!」
「まあ、そうでございましたか、何て素敵な方なんでしょう!私もあなた様と一緒になりとう存じます!!」
という訳で娘が掌を返したように態度を変えて一寸法師を受け入れましたので一寸法師は娘と結ばれることになり、娘が大商人の一人娘であったのと打ち出の小槌のお陰で大金持ちになりました。
そのサクセスストーリーを噂で知った一寸法師の両親は、一寸法師の屋敷にやって来て矢張り掌を返したように態度を変えて一寸法師を褒め称えましたので一寸法師は人間は現金なものだと思いつつ両親に金品を与え、親孝行をしました。