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 近づくにつれて、その大きさを実感する。

 丘の上からは“建物がたくさん並んでいる”や、“大きな門がある”というような単純な印象しか抱いていなかったアクサナは、その大きな門の前に立った時には既にそんな事を思っていた事すら忘れてしまっていた。

 それはあまりに大きく、一体何の為にこの大きな門が造られたのか。唖然として見上げるアクサナとは対称的に、マリウスは平然と警備隊の担当者と話をしている。



「この街に来るのは初めてですか?」


 門の脇に居る警備員がアクサナに話しかけてくる。


「はい。とても大きな入り口ですね。」

「そうですね。初めて訪れる方は大体そのような事を仰いますね。少し説明をしましょう。

 この門扉自体は1270年に建造が始まり、それからおよそ3年の歳月を経て完成したものです。この門扉は高さが12.4メートルあります。

 このように大きなものを造るに至った経緯を申しますと、かつてこの街は一つの国でした。当時の国王は、国を守るために壁を建造しました。現在、この街を囲っている壁はその頃に造られていたものですが、見ての通り10メートルを超える大きさがありましたので、それに見合った大きさの門を造る運びとなったわけです。これは当時の市長の方針で、『新しく生まれ変わったこの街は、いろいろな地方から来る多くの人々を迎え入れる為に、入り口を大きくしなくてはいけない。』ということで、見た目にも大きな扉を造り、様々な人たちを受け入れるという意思表示をしたわけです。

 結果、海からも陸からも多くの人々が集まり、大変に大きな街へと成長を遂げました。余談ですが、この門扉が閉じられた事はありません。あらゆる人に扉が開かれているという意思表示のためにあるものですから。

 ご存知でしょうが、今ではここは物流の拠点として、とても有名になっております。」


 アクサナの返事を聞く前に語り始めた警備員。相槌を打つ隙すらなかった。

 彼は息つく暇も惜しむように一気にしゃべり終えると、一礼をし、そのまま業務に戻っていった。


 長い。どうやら彼は、新参者があったときにはこうして説明をしているようだ。よく見ると他の訪問者たちにも話しかけている様子が伺える。しかしそれが義務であれ趣味であれ、なんとも押し付けがましいものだ。


「閉じないのであれば、わざわざこんなものを造らなくたって、壁を取り払えば良いだけの事なのに。」


 誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。


「手続きは終わった。それでは入ろう。」


 今度はマリウスが話しかけてくる。忘れかけていたが、これからここに入っていくのだった。軽く頭の中を整理した後、彼に言葉を返す。


「何か手続きが必要だったのですか?聞いた話によるとこの街は開かれた街らしいですが?」

「いや、手続きといっても入出の確認と簡単なアンケートみたいなもので、来訪者をふるいにかけるようなものではない。とは言え、それが治安の悪さの一因となっているがな。」


 マリウスはここだけの話だ。と付け加えて門をくぐった。アクサナもそれに続いた。



 街の中に入ると、門の外から見た印象とはまた少し違い、なんとなく空気が変わったような気がした。

 今まさにくぐって来た入り口の門扉から、そのまま直接大きな目抜き通りに繋がっていて、その路上には沢山の人々が行き交っている。道の両側には大きな建物がひしめき合う様に乱立し、遠くの方にはさらに大きな建物が見える。

 マリウスは道の脇にそれるように歩き、紙切れのメモを取り出す。


「雑踏に入る前にこれを渡しておこう。」

「なんでしょうか?」


 メモを受け取って内容を確認する。


「エニオムストリート675?」

「それがこの通りの名前だ。そしてその数字が番地。つまりそれは住所だ。はぐれたらそこを集合地点にする。夕方までには私が部屋を取っておくからそれまでは自分で何とかしてくれ。」

「住所?」

「・・・・街に名前があるように、道にも名前が付いている。そして建物には番号が割り振られている。その番号を辿ればその場所に行きつけるだろう。」


 マリウスが指差した建物には「1」という数字が刻まれていて、同じ要領で建物ごとに順番に番号が刻まれている。


「あと、これもやろう。」


 受け取ったのは小さな皮の袋。紐で口が絞れるようになっている。


「手に入ったお金を入れておくといい。その鞄の中も少しは整理したほうが良いからな。それと、無闇矢鱈に身の上話はしないことだ。」


 小袋の口を明けたり閉めたりしながら適当に彼の忠告を聞き流す。彼が次の言葉を発しなくなったのに気が付き、顔を上げた時には彼は姿を消してしまっていた。

 きょろきょろと辺りを見回してみても、辺りにはもうそれらしき影も無い。右へ左へ歩き回り、付近の物陰などを捜索したが、暫くして探すのは諦めた。一体どこへ行ってしまったのだろう。


「仕方ない。取り合えずやらなければいけないことを・・・」


 まずは、持っているコインやがらくたの換金。次に、目指す場所の確認。ラピエルの所在に関する情報、また、そこに至る経路の下調べ。そして必要なら、装備品の入手や、新たな同行者を見つける事等も考えておかねばならない。


 思い当たるのはこのくらいだろうか。しかし、今の状態ではやはり女王を見つけたとしても破壊することはできないだろう。何か策が必要なのではないか。相手は生きる伝説。人を集めたとしても、数で押し切れる相手ではないというのは確かである。

 ラピエルを作り、アクサナを起動した『博士』でも見つけて話を聞ければ、対策や、どう動けばいいか等を聞き出せるのではないか。そうであるなら、『博士』の捜索を優先して行うべきではないか。

 それは今まで考えもしなかった事だった。『博士』からの指令はあのメモだけで終わっていたと、自分の中で勝手に解釈していただけなのかもしれない。よしんばそうではなかったとしても、何かしらの情報が手に入ることは間違いないだろう。


 兎に角、一刻も早くこのがらくた達を通貨に替える必要がある。

 しかし一体何処へ行けばいいのやら。ざっと見回してみると辺りには様々な人々が商売をしている。食料品を売る者、日用品を売る者、趣向品を売る者、高級品を売る者、そうでないものを売る者などなど。しかし今探すべきはむしろその逆で、買取をしていそうな人物だろう。ましてや手元にあるのはよく判らないがらくたばかりである。



 通りをふらふらと歩き回る。様々な店舗がある中で、彼女が選んだのはとある古ぼけた店舗。なぜこの店を選んだのか、普通の旅人が簡単に入れるような雰囲気ではない。この街の住民でさえ、利用するものも殆どいないだろう。そもそもあいているのかどうかすら怪しい。

 扉を押してみる。鍵はかかっていない。開いて中を覗き込む。店の内部は薄暗く、埃っぽい空気が充満している。人の気配も感じられない。

 臆する事なく中に入り扉を閉めると、たった一枚の扉で隔てただけなのに、まるで外の世界と遮断されてしまったかのように、さっきまでの喧騒が全て嘘だったような静寂が訪れた。

 暗さに目が慣れると少しずつ色んな物が目に飛び込んでくる。きらきらとした装飾品は勿論、大きな彫像や、わけのわからないガラクタまで、ところ狭しと並んでいる。いや、寧ろ狭苦しく押し込められ、身動きすら取れなくなっている。と言った方がしっくりくる。


「・・・・いらっしゃい。」


 人が居た。カウンターの奥の方から低く、いかにもけだるそうな声がする。


「不要品をお金と交換してもらえますか?」

「ああ・・・。たまには仕事でもするもんだぁな・・・・」


 のっそりと大きく欠伸をしながら姿を現したのは背の低いずんぐりむっくりとした体型の男だった。


「それで、何だい?」


 アクサナはがらくたばかり入っている鞄の中をがさごそと漁る。もういっそのこと全部ひっくり返したほうが早そうだったが、とりあえず出所不明の金貨を数枚、出して見せた。


「これは古いコインだね。金貨かい・・・悪いがうちは両替はしてないんだが・・・・、いんゃ、まぁいい買い取ってやろう。ほれ。」


 男はアクサナが持ってきた5枚のコインを鷲づかみにし、彼の背後の壁際に置いてあった金庫の扉を開け、その中に金貨を仕舞いこむ。金貨の沢山入った金庫は閉じて、彼はポケットからアクサナの置いたのと同じ枚数の銀貨を掴み出し、カウンターに置いた。


「取引成立だぁよ。ソレがお前さんの分だぁ。」


 カウンターに置かれた5枚の銀貨。言われるがままにそれらをマリウスに貰った皮袋に収める。続けて金色のがらくた達をカウンターに置いた。


「まだ何かあるのか。」


 男は金色のいびつな十字架のような小物を手に取ると、くるくると回し見ながら、傍らの椅子に腰掛け、スタンドライトの明かりを点ける。小さな明かりの下、一層に注意深く金の小物を見つめ続ける。アクサナはそれを凝視している。


「お前さんこれをどこで拾ったんだ?いんゃ、そなこたぁどうだっていい。」


 男は銀貨を一枚取り出し、カウンターの上に置き、アクサナはそれを先ほど同様銭袋に収めた。男は残りのものも同じように凝視した後、銀貨を出してきた。アクサナも残らず同じようにした。

 がらくたが減った鞄は少しコンパクトになった。またがらくたを仕舞える。それに対して、重くなった皮の銭袋。これがどういう意味があるものなのか、どの程度の価値があるものなのか、全てを理解したわけではない。ただ、確かにその重みを実感することが出来る。



 薄暗い店から表に出ると、再び喧騒に包まれる。

 それにしてもこの街は人も物も溢れ返っている。どうしてこんなに押し合いへし合いしながら生きているのだろうか。不思議なことだらけだった。

 不思議ついでに、どうしてマリウスはこの小さくてきらきらした円盤たちのことを妙に気にしていたのだろう。実際、がらくたよりかさばらないと言うだけで何のメリットも見出せない。手に入れたのはいいが、何かに使えるのだろうか。

 マリウスと言えば、彼とは再び合流しなければならない。はぐれる直前に渡されたメモに書いてある場所へ行ってみよう。まだ日は高いがここで突っ立っているよりはいい。住所としてはこの大通りの先にあるらしいが。


 目的地への道すがら、歩きながら視線は自然と商売をしている人々へ向いた。彼らはがやがやと何かを喚いて道行く人々と何かを交換している。そしてそれは先ほど自分がした行為と同じだということに気がついた。

 観察の結果、お金というものは自分に必要なものを手に入れる為に使うものなのだと理解した。この街に入る前にマリウスが言っていた事を思い出す。「ここの人々はすべからくお金にがめつくあるべきだ。」だったかな。兎に角この場所ではお金があればなんでも手に入るようだった。


「お金を使うにはまず“欲しいもの”が何なのか考える必要がありそうね・・・。」



 人が生きていくには苦労が耐えない。機械人形にとってもそれは大体同じだった。

 手に入ったコインを使う手段を考えなくてはならないという強迫観念に駆られてしまった。そこに“無理に使わなくていい”という考えはなかった。

 或いはここにいる機械人形もすべからくお金にがめつくあるべき。という格言に従ったのか、それとも単に使ってみたいという好奇心に似た気持ちが働いただけなのか。本人に訊いてもよくわからないだろうが。


 大通りで取引をしていた人達は、そのほとんどが食料品や日用品を買っていた。しかし、自分にそれは必要ない。食べるものがあっても何の意味も無い。単純に荷物が増えるだけだ。同様によく判らないがらくたを買うのもだめだ。がらくたを売ったお金でがらくたを買うのは本末転倒であり、元の木阿弥だ。

 色々と考えながら通りをうろついているうちに、いつの間にか狭くて薄暗い路地裏に入ってしまった。それに気がついたときには自分がどっちの方向から来たのかすら判らなくなってしまっていた。

 入ってみると広い街だった。ここまで奥に入り込んでそう思うなんて遅すぎたが、同時にマリウスが街に入る前に言っていた事も今ならよく判る。この街は綺麗ではない。単に埃っぽいとか、ゴミが多いとかそんなものではなく、何か自分の想像の及ばないような、どす黒い何かが潜んでいる。そんな気がする。ゴミが多いのは事実であるが。


「何かが引っかかる。確か・・・そう、街に入る前に聞いたこと・・・・」


 持っていた古い金貨を交換したときは何も思わなかった。深く考えなかった。改めてその内容を確認する。何が行われたかを思い出す。あの時、金貨を『大陸共通銀貨』と交換していた事を。


「・・・・・・・・騙された!」


 声にならない声が終に表に出てきた。自分の声に驚くと同時になんとも言えない気分の悪さが襲ってきた。



 ここがどこだかも判らない。どうすればいいかも判らない。何も考えたくない。無意識に、狭く暗い裏路地の真ん中で、同じく狭い空を仰ぎ見る。行き場を失って上に伸びるしかなかったかのように高くそびえる家屋に挟まれながら、自分の小ささを改めて実感した。

 放心状態のままに、心の赴くままに、どこへ行く当ても無く歩き続けた。

 気が付くとすこし変な臭いがする場所にたどり着いていた。いつの間にか背の高い建物は無くなり、さっきより空が広くなったような気がした。

 前方を見ると、目の前にはとてつもなく大きな水溜りが広がっている。果てしなく遠い所でどこまでも続くその水溜りと雲ひとつ無い空の境目がくっきりと見える。

 心は憔悴しきっていたが、心なしか体は軽くなった気がする。この広い世界からすれば自分などちっぽけな存在なのだ。おぼろげにそんな事を思った。


 しばらく遠くの方を眺めた後に、ふと近くの方を見てみると少女が小さくうずくまっているのが目に入った。

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