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 それはとある街道のとある分かれ道。アクサナにとってここを訪れるのは二度目である。

 しかしこの道は、昨日見た道、昨日見た光景とはまるで違っていた。およそ24時間にも渡り、降り続いた雨と雷。降った雨は道を流れ、まるで川のように変え、また、落ちた雷は木々を倒し、地面には無数の落雷の跡が残っていた。もし、昨日この道を通る決断をしていたら、それなりの被害が出ていただろう。これも恐怖心と警戒心のなせる業と言うべきなのだろうか。


「今回は少し、やり過ぎたな。」

「やり過ぎた?何をやり過ぎたのですか?」


 マリウスは前方を注視しながら続ける。


「通行が難しくなるのは避けるべきだったな。もう過ぎた事だが。」


 一体何の話をしているのですか?と、口にしようとした所で、先ほどの事を思い出す。


「・・・・あなたがあの嵐を止めたのでは?」


 アクサナはマリウスが雨を止ませたと思っていた。


「ああ、そうだが・・・・真実は逆だ。あれはそもそも私が呼んだものだ。」



 実際はあの嵐は彼が起こしたもので、この周辺だけの極めて局地的なものだったようだ。これは後に知った話だが、この地域では10年毎の4月の初日は天候が荒れるというデータがある。『10年に1度の大雨』と、呼ばれる現象で、その日を特に危険な日として注意喚起しているらしい。そんな日にここを通るなんて不運としか言いようがない。ただ、そのおかげと言うのも変な話だが、こうして協力者を得る事が出来たわけだ。



「しかし街へ出るにはここを通るしかない。自業自得とはこの事だ。」


 マリウスはこの道を知っている。他に道がないのも知っている。この道の向こうの街にもよく行くのだろう。


 二人は街道の倒木や地面の凸凹を避けながら歩く。


「この道を復旧するのは大変な作業になりそうですね。」


 アクサナが呟いた言葉にマリウスが反応する。


「それは私に対する皮肉か?それとも“自分は無関係だけど復旧する人は大変そう”という意味か?」

「後者ですね。」

「・・・・それはその人達に対する同情なのか?」

「同情・・・?どういう意味ですか?」

「そうだな・・・前提として君はこの道を復旧するという仕事はしない。しかし、もしやるとなった時に、この作業がいかに大変かを知っていて、その作業をするであろう人達の心情に同調している。」

「だからどうだというのですか?」

「どうという事はない。只の遊びのようなものだ。」

「私は遊んでいるつもりはないのですが・・・。」

「おっと、もうすぐ先の嵐の影響範囲を抜けるぞ。やっと歩きやすくなる。」

「あなたがやったのになんだか他人事のようですね。」

「それに関しては君に言われたくはないな。」


 前方を見ると、少し先の方は何も起きなかったと言わんばかりに、きれいな道が悠々と寝そべっている。

 悪路を進むのに思いのほか時間が掛かってしまったようで、太陽はもう傾き始めていた。日毎に遅くなっているとはいえ、もうすぐ日没だろう、お手伝いロボがいなくなった今、夜通し歩を進めるのはやはり危険だろうか。


「日没の時間が迫っています。」

「そうだな。この辺りの街道沿いは魔物や野生動物は比較的少ないようだ。野営をするならまだ明るいうちに準備をする方がいい。とは言え、テントも無いし、君には食事も必要ないのだろう。夜通し歩くつもりなら付き合うが、もしそうする場合は明るいうちに少しでも進むべきだな。」

「食事は必要ないですが睡眠は必要です。パフォーマンスの為にも。」

「お肌の為ではないのだな。」


 マリウスはいちいち茶化してくる。きっとおしゃべりが好きなのだろう。あんな陰湿な屋敷に住んで居たくせに。と、アクサナは心の中で皮肉を呟く。


「魔物が出現する可能性が低いのであれば、暗いうちは睡眠を取る事が推奨されます。」

「急に機械のような話し方になったな。まぁいい。君がそう言うなら適当な所で野営の準備をしよう。」



 完全に日が沈む前に薪を集めてくる。野営の基本らしいが、火を何に使うのだろう。疑問を抱いているアクサナを横目にマリウスが魔法で火をつける。


「火をつけた所で、特に何かすることは無いがな。」

「じゃあどうして火をつけたのですか?わざわざ薪を拾ってきてそれに火をつけるなんて、無意味です。それに明かりが必要なら魔法でどうにでもなるのではないですか?」

「そうだな。言いたい事はよく分かるが、これはどちらかと言うと気分の問題だ。キャンプに焚き火はつきものだろう。」

「意味も無く、気分次第でわざわざその様な事をやると言うのはやはり理解できません。そんな無駄な事をするのなら、そのような事をしている間に休息をとる事を推奨します。」

「・・・・そんなに眠りたいなら眠るがいい。」

「分かりました。もう休みます。」


 アクサナは言うが早いか、寝てしまったのか動かなくなった。


「・・・・・もう寝たのか。夜は長いというのに・・・まぁいい。」



 アクサナは日が昇ると共に目覚めた。休眠は十分。立ち上がる。


「起きたか。すぐに出発するのだろう?」

「はい。」


 マリウスはアクサナが起きる前には起きていたのか、今は朝日に向かって体操をしている最中だった。


「野宿は疲れる。次はベッドで眠りたいものだ。」

「そうですかそうなるといいですね。」

 体操が終わったのか、マリウスはアクサナの方に向き直る。

「見ず知らずの道路復旧の作業員には同情するのに私の意見には賛同してくれないのか。」

「同意したつもりでしたが。」

「そうは聞こえなかったがな。いや、寧ろ皮肉を言う機械とは恐れ入ったと感心半分だったが。」

「それにしても、あなたは吸血鬼でありながら、太陽の光に当たっても平気なのですね。」

「何、吸血鬼が太陽の光に当たると死ぬなんて誰が決めたんだ。それこそ古い御伽噺の読みすぎじゃないか?」

「御伽噺・・・・。何故なのかは不明ですがその様な記憶があるので、少し聞いてみただけです。」

 マリウスは両手の手のひらを上に向けてアクサナに見せ付けるようにしながら言う。

「見てみろ。何も起こらないだろう。これが現実だ。」

「そのようですね。しかし、どうして今になってこの様な事を聞いているのでしょうか。」

「まるで他人事だな。自分の事だぞ。」

「きっと昨日思わなくて今そう思った。それだけのことです。それに特に心配してなかったのは事実です。」

「全く無責任な奴だ。仮に、私が夜にしか活動できない体だったとしたら、君はどうするつもりだったんだ?」

「恐らく、置いていっていたでしょうね。元よりあなたが勝手に付いてきただけですので。」

「・・・・そうだろうな。・・・・・話し込むのもいいが、そろそろ出発するか。アラマントの街まではあと半日ほど歩けば辿り付けるはずだ。」



 再び歩き始めて暫く経った頃、歩きながらアクサナが口を開く。


「先ほど、アラマントの街と言っていましたね。何か意味があるんですか?」

「街の名前の意味の事か?確かあの街を作った人間からとったらしい。確かアラーマンだったか。よく覚えていないがその様な人物だ。」

「街の名前に意味なんてあるのですね。そもそも街に名前がついているなんて知りませんでした。」

「・・・・その様子では君が先日訪れたと言っていたあの町の名も知らないのだろうな。」

「気にした事がありませんでした。そもそも名前があったなんて事は、まさしく今知った事なので。」

「こんな話をしてはいるが、君は今もその町の名前を知りたいとは思っていないのだろう?」

「もう過ぎた事ですし、必要ないですね。」

「どうせ知りたくも無い事を話すのは無駄なんだろう?」


 マリウスは昨夜の事を皮肉っぽく言ったつもりだったが、アクサナがそんな心情を理解したりしない。彼女の言動そのものに善意や悪意があるわけではない。そんな事はマリウスも分かっていたが、果たして気まずい空気を作ってしまったと感じていた。アクサナからすればこの様な事はどうでもいい事で、気まずいと感じるのもマリウスが一方的に思っている事だろう。

 マリウスとしては、自分からついて行くと言った以上、そんな風に思うのは筋違いだという事も分かっていた。しかしこれから先、四六時中行動を共にするであろう相棒と、いい関係を築けるかどうか、妥協できるかどうか少し不安を感じていた。

 結局、アラマントの街が見えるまで、二人共口を開く事はなかった。



「やっと見えたな。」


 小高い丘から眼下に望む港町。


「あそこがアラマントの街ですか?」

「そうだ。しかし、あの街で何をするつもりだ?補給の必要はなく、睡眠も野宿で十分な君にとって、あの街でやるべき事が、立ち寄る意味があるとは思えないのだが。」

「今夜はベッドで寝たいと言ったのはあなたですよ。」

「・・・そうだな。違いない。」


 一本取られてしまったという気分に陥ったマリウスだったが、アクサナが、機械人形が、この様に皮肉を述べると言うのは、どうにも腑に落ちない部分がある。

 出逢って数日とは言え、彼が見る限りにおいて、彼女の言動はまさしく無礼である。それは創造主に対してもそういう態度なのではないだろうか。それともわざわざ他人の神経を逆なでするような言動をよしとしていたのか。普通なら丁寧で従順な人形を創った方が扱いやすいだろう。

 少なくともマリウスはアクサナを見てそんな事を思っていた。疑問はまだある。女王を倒すという使命の事もそうだし、他にも訊かなければならない事は山ほどある。


「ところで君、金はあるのか?」

「少しならあった筈ですが・・・」


 アクサナは鞄の中をごそごそと探り、出した手に握られていたのは古びた金色の物体。それはアクセサリーなのか小物なのか判別しかねるような代物だった。


「なんなんだそいつは。どこで手に入れたんだ?いや、違う。今聞きたいのはそんな金色の物体の事ではなく、貨幣を持っているか持っていないかだ。」


 何を誤解しているのか知らないがそのような答が返ってくるとは夢にも思わなかったマリウスは面食らった。


「貨幣ですか?」

「質問を変えよう。お金というものは知っているか?」

「この国で使われている貨幣は主に二種類あり、一つは一枚が高価な「合同復興金貨」。それ以前まで国ごとに微妙に価値が違って取引しにくかった金貨を統一し、作られた金貨です。一般的に金貨と言えばこれを指します。もう一つは「大陸共通銀貨」。より安価で庶民的、日常的に使われる銀貨で、流通している貨幣で最も数が多いのがこれです。また、限定的ではありますが「ラピエル記念金貨」というものもあります。これは現女王のラピエルが即位した記念に作られた金貨で、純度の高い金を使用しており、非常に高値で取引され―」

「いや、いい。判った。それで今そういう物を持っているのかどうかだけ教えてくれ。」


 そのままにしておくと延々と喋りそうなアクサナを止めるマリウス。どうしてこうなった。そもそも何の話をしていたのか忘れる所だった。そういう意味でもアクサナは話をあらぬ方向へ持っていく能力に関しては天才的なんだろうか。いや、これに関しては他人のことは言えないか。それともこれも私に対する当て付けなのか。と、口には出さなかったがそう思った。


「金貨なら少しありました。」


 今一度鞄の中を漁るアクサナ。掴み出してきたのは古い金貨で、それは現在使われている「金貨」が作られる前に使われていたと思われるものだった。どうして彼女がそんなものを持っているのか。彼女曰く、「森を彷徨っていた時に白骨化した遺体の傍らに放棄されていたから拾った。」らしい。この際、そのような非道徳的な事をしたという事には目を瞑るとしても―――マリウスにしても道徳的な観点でアクサナに説教をしようという気概もなければその様な事を言う権利も無い―――その事は軽はずみに誰かに喋ったりしないように釘を刺すに留めた。


「その金貨がそのまま金貨として使えるかわからないが、もしかしたらさっきの金色の物体もそれなりの額になるかもしれない。」

「どうしてお金の事を気にするのですか?」

「・・・・・もしやと思ったが、やはりそうだったか。」


 マリウスは厄介な奴が来訪してしまったという今更ながらの事実と、これも巡り合わせだと諦めるような心情に、ジレンマを抱えつつ慎重に言葉を選ぶ。


「取引をするのにお金は必要不可欠だ。情報を集めるにも、宿を取るにも、今後はお金が必要だ。それが社会のルールでもある。これは生きていくためにも重要な事だ。肝に銘じておけ。」

「判りました。肝は無いですが、銘じておきます。」


 おなかをさすりながらそう言ったアクサナを無視して、マリウスは続ける。


「それにあの街は、ここから見ると綺麗な街並みのあの街は、入ってみると実は綺麗ではない。むしろ治安が悪いと言った方が判りやすいか。人々は金にがめつい。特に海に近い地域は危険も多い。油断していると犯罪に巻き込まれる可能性もある。君は外見も年若い女性だ。故に一層の注意が必要だ。それを踏まえた上での忠告だ。町に入ったらすぐにその金貨を「合同復興金貨」に替えるんだ。あの町では金貨が“武器”になる。いざと言う時にそれを振りかざせば、難を逃れる事が出来るかもしれない。」

「武器ですか・・・」

「街中での振舞いには気を付ける事だ。もし、他人に危害を加えるような言動や危険な、暴力的な行為を働いた場合は、保安当局に目を付けられる事になる。奴等はある意味で魔物や野生動物よりも性質が悪いからな。兎に角目立たないようにした方が身の為だ。」

「あの街に入るのが恐ろしくなってきますね。」

「だから最初に問うたのだ。立ち寄る意味があるのかと。」

「しかしベッドで眠りたいなら入るより他ありません。」


 言いながら歩き出すアクサナの後姿を目に映しながら、少しだけ、小さく息を吐いてマリウスが呟く。


「やれやれ、何事も無ければいいが。」



 予感と言うものは、その内容が悪ければ悪いほど的中する。

 これは悪い事の方が記憶に残りやすいからというような、単純なからくりであると、ある意味で前向きに捉えていたマリウス。

 経験上この様な場合は大抵何かが起きる気がしてならないが、未来の事は誰にもわからない。それは起こった後で考えればいい事で、杞憂するのは馬鹿げていると心の中で言い聞かせる。

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