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 その日の晩、サリーの家でもう一泊する事となったアクサナは、例によってサリーの夕食のお供をさせられていた。


「彼の話は長かったですね。」

「ええ。」


 レンズ氏はあの後も長々と話し続け、気が付いた頃には辺りは暗くなっていた。


「今日は特に長かった気がします。きっとあなたが来たからテンションが上がったんでしょうね。」

「そうですか。」

「それと、彼が話していた事・・・女王が乱心したなんて、独自のルートからの情報と言ってたけれど、もしもこの町に彼女が来たとしたら滅ぼされてしまうとでもいうのかしら。」

「わかりません。」

「ごめんなさい。変なことを言って。それより、いつこの町を発つ予定ですか?」

「明るくなったらすぐに出発します。」

「そうですか、出発するまで十分に休んでください。あと、行く時には声をかけてくださいね。」


 部屋に戻るとすぐにベッドに横になる。すると無意識の内に今日の出来事を思い返す。


『このままでは女王を倒す事など出来はしない。』


 言われてみればそうである。あの森で力尽きるようでは、あの伝説から勝ちを得ようなど夢のまた夢である。それから、レンズ氏はこうも言っていた。


『まだ道のりは長い。協力者を募るべきだ。』


 彼の言葉が頭から離れない。これからどうするべきか。いずれにしても明日の朝にはこの町を出るのだ。

 ぼんやりと今日、図書館で獲得したこの国の地図を眺める。女王の居る首都はこの町から見て北東の方角にあるようだが、何度見ても道のりは長そうだった。


「協力者を見つける・・・か・・・・。」


 無意識に出た言葉は、誰に届くでもなく消えていく。自分のやろうとしている事に協力してくれる者など居るのだろうか。

 気を取り直し、今度はこの町の周辺の地図を眺める。生まれてから昨日まで彷徨った森が描かれている、そしてこの町を挟んだ向こう側もさらに森が広がっているようだ。

 明日からはまた森を歩くようになりそうだ。少しうんざりしたが、昨日まで森を歩いたという経験は、明日以降もきっと生かせるだろうと考えるようにした。森を抜けた先は平野が広がり、そこには次に目指す大きな町がある。今回はルートも明確で目的地も方角も分かっているので、最短距離を歩けば二日後には到着するだろう。後のことはそこに到着したときにまた考えればいい。それに、次の町はここよりも人が多いらしいので、更なる情報も得られる事だろう。

 ふと時計を見ると、時刻は夜明けまで後6時間ほどになっていた。今日はもう休もう。



 目が覚めたのは遥か遠くに横たわる稜線から、太陽が半分程顔を出した頃だった。

 差し込む朝日は程よく鮮やかに、部屋の中を照らし出してくれている。ベッドから上体を起こし、窓から見える外の景色を目に映す。不意に何となく何かを忘れているような気がした。


 身支度として新しい鞄に持ち物を詰め込んでいく。あの日、鉄パイプ片手に旅立ったアクサナは、森の中で拾ったボロボロの鞄に、拾った色々な何かを詰めながらここまでやってきた。そんなボロボロのボロ鞄を見かねたサリーは、アクサナが持っていてもおかしくない程の大きくはないが小奇麗な鞄を餞別に贈った。言うに違わず世話焼きである。

 アクサナはそれを拒む理由も無く、しかし例によって礼も無く、彼女からそれを受け取った。

 考えてみれば、サリーからは何かを貰うばかりだった。しかし、だからと言って自分がどうすればいいか、どう振舞えばいいかも分からなかった。


 荷物をまとめ外に出ると、サリーがそこに立っていた。


「あなたはきっと私が寝ていても、何も言わずにそっと出て行くと思ったのでここで待ってたんですよ。」

「そうでしたか。」

「私はあなたから何かをしてもらうために世話を焼いた訳ではなくて、それはあなたのような人が少しでもいい人に、いえ、他人に何かを出来る人になって欲しいという願いを、態度で表しているだけ。」

「何の話ですか?」

「無償の愛なんてものはこの世には無いかもしれない。でも、きっと私が示したやさしさを誰かに繋げてくれれば、それは回りまわってこの世界を良くしていける。そう信じているから。いつかあなたにもこの意味が理解できるはず。もしその時が来た時は、私のことを思い出してください。」

「・・・・・はい。それでは、もう行きますので。」

「あなたの旅に幸あらんことを。」


 サリーは諸手を振って見送った。

 アクサナは振り返る事はなかった。



 お手伝いロボとの二人旅が再開した。

 町の出口に着くと、そこには警備隊の人が立っていて軽く挨拶を交わす、その向こうはまた森になっているようだった。森と言っても先日彷徨った場所ような鬱蒼とした印象は無い。それは整備された「道」と呼べるもので、その両脇の木々には十分に間隔があり、日の光が地面に届いている。

 昨日、少し前まで往来があったというような話もしていたっけ。道なき道を歩いてこの町に入ったときは、街道などではない所だった。あまりよく覚えてはいないが。

 このような場所には魔物もあまり居ないだろう。今後はなるべくこのような街道を選ぶ方がよさそうだ。


 この世界の物流は実はあまり発達していない。かつては国同士の交流が難しかったが故に、長距離の輸送という概念自体が殆ど存在しなかった。そしてその様な交流が無くとも、それぞれの国や地域内で経済が循環していた。というのも一因だろう。

 物流に関しては先の惨事以降、現女王の下に国が統一された後に、急速に発達している分野だ。しかし、人口が大きく減ってしまったために、道の整備などは殆ど進んでいない。そのため、悪路を走るのに適した馬車を今でも使っている場合が多い。魔法を原動力とした車両も存在するが、基本的には主要な大都市を結ぶ大きな道でのみ運用されているらしい。


「というような事も昨日レンズ氏が語っていたわね。」


 なんとなく思い出しながら呟いた。



 ――この世界についてあまりに知らない、知らなすぎるアクサナに色々教えてくれたレンズ氏。彼には感謝こそすれ、話が長いなどと文句を垂れるのはあまりに無礼が過ぎるだろう。そもそも話が長かったのにも理由があった。

 それは一週間ほど前に彼の下を訪れた、旧知の仲だった人物からの情報と依頼。

 恐らく目覚めたばかりのアクサナが訪れるだろうというこの町で、その人物に代わってサポートしてくれと言うものだ。起動時にデータが破損していたアクサナを補完するために、さらなる情報を渡す為に。つまり彼の語った独自のルートというのは、スティーブン・ワイズマン博士からの情報だった。

 アクサナはあらゆる人の協力があって存在していられる。存命していられる。それに彼女が気が付いていないだけで。――



 人形と機械の二人旅が、単調な、それでいて順調な旅路だったのは概ね正午頃までだった。

 突然の雨。それは視界が悪くなるのと、道が多少ぬかるむのが少しだけ鬱陶しい程度のものだ。当然歩くことは止めない。雨に濡れる事を厭わない。しかし、時間が経つにつれ雨は強さを増し、さらには雷まで鳴り始めた。朝はあんなに天気がよかったのに。


 悪天候、視界不良の中、不意に目に飛び込んできたのは一台の馬車。それは雨でぬかるんだ道に嵌って動けなくなったようだ。


「くそっ!なんだって今朝までいい天気だったじゃないかよ!」


 馬車を後ろから押している男が悪態をつく。


「文句ばっか言ってねぇでしっかり押せ!」


 馬車の上からも声がする。馬を操っている男。恐らくこの男がボスなのだろう。しっかりと嵌った車輪は馬一頭と男一人の力だけでは抜け出せそうな様子は無い。

 怒号が飛び交う中、それを横目に通り過ぎようとする。


「おっ!譲ちゃん、ちょっとだけ手伝ってくんねぇかな?後ろから押してくんねぇか?」


 上から声が聞こえた。


「急いでいますので。」

「いいじゃねぇかよ。こうして頼んでるんだからよ。ちょっとは親切にしてやろうって気は無いのか?」

「・・・・仕方ないですね。」


 上からの横柄な親切の強要に、渋りながらも手伝う。お手伝いロボも加わって後ろから押す。


「いくぞー!よいしょ!」


 馬車に乗っている男が音頭をとり、呼吸を合わせて息を合わせて押す。何度かやるうちにタイミングを覚えていく。お手伝いロボは常に同じ強さで押しているようだったが、最初はバラバラだった馬と男と機械人形の息がぴったりと合った瞬間、車輪はぬかるみから開放された。


「よっしゃ!」


 喜びのハイタッチを交わす男達。流れでこちらにもハイタッチをする構えを見せる。よくわからなかったが、見よう見まねでやってみる。


「譲ちゃんありがとな!助かったよ!お礼に―――」


 男が積荷の袋から何かを取り出してポイと投げ渡す。それを咄嗟に受け止める。


「やるよ。じゃあな譲ちゃん!」


 男達は流れるような所作で馬車に飛び乗ると、後ろ手に手を振りそのまま馬車は行ってしまった。


「りんご・・・?」


 こんなものが欲しかった訳ではない。彼らがどうなろうと知った事ではない。ただ、時間とエネルギーを浪費しただけじゃないか。強要されたとはいえ、どうして助けたりしたのだろう。

 なんとなくお礼に貰ったりんごを眺めているうちに呆けていたらしく、ふと我に帰ると、服が泥だらけになっているのに気が付いた。この服は吸水性が皆無なので汚れもこの雨がきっとすぐに流してくれるだろう。



 服や靴に付いた泥が流れ落ちた頃、彼女はその足を止めざるを得なかった。

 岐路。それは生きていく上で避けては通れない所。誰しもいつかは立たされる所。彼女が立たされていたのはとても現実的で物理的な、まさにその現場だった。


 右を見てみる。今まで通ってきたような道が続いている。目を凝らしてみても果てが見えない。雨で視界が悪いのも相まって何処までも果てしなく続いているように見えた。

 左も見てみる。若干曲がりくねったような道。それ故に何処へ続いているのか全く分からない。数十メートル先がここからではよく見えない。ただ、なにやら建造物らしき影が、木々の隙間から僅かに垣間見える。


「!?」


 一瞬、目の前が真っ白になる。それとほぼ同時に近くで大きな、まるで爆発が起きたかのような音。落雷だ。足元から衝撃が伝わってくる。流石にあれが直撃したらただでは済まないだろう。

 ふと思い出したのは、以前魔物と戦った時に自分が出した魔法の雷。やはりそれと本物の雷とでは違うのだろうか。もし、あのような威力がこの手で生み出せるのなら、女王もきっとただでは済まないのではないだろうか。いや、今はそんな事よりわが身の心配をしなければならない。兎に角安全な場所に避難しなくてはならない。

 この先に何があるのかなんて、わかりっこないことを考えるくらいなら、何かありそうな方へ走っていく方がいい。雨に打たれるのは問題ないが、雷に打たれるのは勘弁だ。


 行き着いた先には大きな屋敷があった。かすかに人の気配がある。そう感じた瞬間に後ろから声がした。


「異常発生:緊急停止しま・・・」


 雨の音も相まって、最後まではよく聞き取れなかったが、聞いた事のある声だ。振り返ると、お手伝いロボは少しだけ俯いた形で固まっている。


「壊れた・・・のかしら?」


 少し近づいてみる。少し焦げ臭いにおいが漂う。雨音に紛れて聞き取りづらいが、バチバチとショートしているような音も聞こえた。完全に動かないようだ。


「はぁ、もういいわ。こんな役に立たない鉄の塊・・・。それより」


 再び振り返り、屋敷の方に目を向ける。稲光に照らされた屋敷は妙に怪奇じみていて恐ろしい雰囲気を醸し出している。

 だからと言って入るのをやめるなんてことは無い。扉の取っ手に手をかけてみると、どうやら鍵は掛かっていないようだ。

 扉がひらく。軋む様な音がする。

 外で少しだけ感じた人の気配も、屋敷の中の様子を見る限り、気のせいだったようだ。天候が回復するまでの間、ここで休もう。

 とりあえず侵入する。最初に目に付いた玄関からほど近い部屋に入る。薄暗い室内は少しだけカビの臭いがする。まずはテーブルの上に置いてあった燭台に火を灯す。小さな柔らかい光が辺りを照らし出す。

 壁には絵が飾られている。何処かの風景なのだろうか、風に靡く木立と草原の絵。古いが上品な趣の家具も数点置いてある。木目のきれいな飾り棚やテーブル、ソファのセット。外は雷鳴轟いている。ここでならそれも凌げそうだ。

 ソファに腰掛け、少し休む。体はずぶ濡れだが、そんな事構うものか。


「ゴーンゴーン」と、大きな鐘の音で目が覚める。それは午前0時を差した大きな古時計が出した音。ソファに腰掛けてそのまま眠ってしまったらしい。


 しかしアクサナが居たのは眠りに入った部屋とは、また別の部屋のようだった。

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