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アクサナは森を彷徨う。
正しい地図が無いのなら自らの力で空白の地図を埋めればいい。という強引な解決案を見出したのは彼女があの研究所で目覚めた日の夜の事だった。
歩き回ってみると、色々なものを発見できた。初日に発見した廃村に住んでいた人々が使用していたであろう様々な施設。水流を利用した動力を用いた作業場。狩りのためなのか、木々の間に押し込めるように建てられた小屋。
自然に生まれた巨大な岩、小さな泉や天に届きそうなほどの巨木。
はたまた用途不明、材質も不明な黒い塊。鋭い直線は明らかな人工物だが、一体なんなのか見当もつかない。
その何れも彼女にとっては初めて見るものだったが、特に好奇心をくすぐられる様な事は無かった。心を、感情を持っていない人形だから。
彼女が森の中で見つけたものは、建造物や自然のベンチマークだけではない。その周辺に住んでいたと思われる人々や、彼女と同じ様に森の中を彷徨い、しかし道半ばで倒れた人の亡骸もしばしば発見した。
彼女はその亡骸や持ち物を漁った。使えそうなものを奪った。もう持ち主は居ないし、放棄されて久しい遺物だ。そして遺体を弔うこともしない。彼女にその意味が判るはずも無く、それを咎める者も無かった。
その場を凌げればそれで充分。という具合に、幾つかの取得物はほぼ何も持たずして旅立った彼女にとって、すぐに役立つものだった。闇を照らすランタンや鉈のようなナイフなどは、大いに活用できた。進行を妨げる枝葉を払うのも楽になった。
昼だろうが夜だろうが、晴れようが雨が降ろうが、彼女はとにかく歩いた。森の中を歩くほどその歩き方を覚えた。また、魔物や野生動物が現れるほどその対処法を模索し、誰に教えられるでもなかったが覚えた。
アクサナは成長する。これは博士がアクサナプロジェクトを進める上で、アクサナを作り出す上で、最も重視した部分。成長する人形。それは肉体的なものではなく、精神的なもの。経験や知識によって過去の自分より優れる事。経験値を生かす事。
アクサナはこのような特性を与えられ、生まれてきた。
度重なる魔物の襲撃に耐えながら、ほぼこの森を踏破したようなものだった。しかしそのような極限状態の中で、彼女は疲弊していた。
『機械人形は疲れを知らない』それは次世代機以降の話である。
ラピエルの場合、そのエネルギー効率が極めて高いため、極度の負荷が掛かり続けない限りは、供給されるエネルギーの方が多い。
しかし旧式であるアクサナに関しては、活動し、消費するエネルギーが、供給されるエネルギーに対して非常に多い為に、その供給を補助する衣服を着用していたとしても、パフォーマンスを維持する事が難しい。
通常なら安全な場所でスリープモードへ移行し、十分に活動可能な状態なエネルギーを確保して、再び活動を始める。という行動計画が望ましい。食事を摂る必要は無いが、休息を取る必要はある。
しかし彼女には、その様な休息を取れるような安全な場所を確保する知識や経験は全く無い。
幸運にも彼女には同行者がいて、その同行者が安全を確保するという方法ならある程度の休息が出来た。と言えば聞こえはいいが、実際の所はアクサナのパフォーマンスが著しく低下した場合、最低限のバックアップと記憶保護を重視し、強制的に低パフォーマンスモードに移行して、活動を止める。所謂“寝落ち”状態に陥る。そして再び動き出すまでの間、お手伝いロボがその護衛をするというものだった。
これは極めて非効率で危険な方法だったが、彼女はその危険性を特に意識せず、また、意識を失っている事すら気がついていなかった。不幸にも、ごく短時間の休止を重ね重ね行う為に、時間の感覚がほとんど狂わず、その異状に対して違和感を覚えることも無かった。
問題は、彼女のメモリに存在する“解説書”にそのような記載があり、出発前にはその全てに目を通していたにもかかわらず、その時は実際にそういう状況に陥った時にまた考えればいいと軽く考えていた事である。
楽観視していた為に、自分のパフォーマンスが低下している事と休息の重要性を関連付けて考える事が出来なかった。
『機械人形は疲れを知らない』疲労という言葉がどういう意味を持つのか知らない機械人形。
危険な状態が続いていたものの、幾つもの条件が重なった結果、かろうじて生きながらえた。
けれども知識も経験もない、生まれたばかりのアクサナを責める事はできない。十分な準備が出来なかったとは言え、その様な状態で放り出した博士の責任は重い。
そんな責任重大な博士の心配と祈りを一身に受け、アクサナは森を抜け、そして町にたどり着く。それはあの研究所を出発してから、丸々一週間後の事だった。
人里を見るなり、彼女は気を失い倒れていた。
これが普通の人間であるなら、到達に対する安堵や気の緩みが理由として挙げられるかもしれないが、彼女にとっては単純に今まで幾度と無く陥っていた短時間の気絶に過ぎなかった。そのはずだった。
意識を取り戻したのは、見知らぬ部屋のベッドの上だった。
「目が覚めたのですね。」
「ここは?あなたは?」
「私はサリー。そしてここは私の家です。昨日の昼過ぎに町の外であなたが倒れているのを見つけて、ここへ運んできたのです。」
「それはどうも。」
サリーの話を適当に聞き流し、体を起こして少し動いてみる。森の中で感じていた体の重さが無くなっている事に気がついた。と言うより、体が重かった事すら意識していなかった。
また、森の木々や魔物によって傷を負った体や損傷した衣服も知らぬうちに再生している。どうやらスリープモード中はその様な損傷も修復されるらしい。解説書の記述にあったスリープモード、休息を定期的に取らなければならないという事を身をもって理解した。
本人は知らない事だが、今回このように回復した理由は、最後に気絶した時点で彼女の体はシステム的に限界を迎え、強制的にスリープモードに移行し、およそ24時間に及ぶ休眠の後に目覚めたからだった。
『疲れを知っている機械人形』
本当の意味で疲れという言葉の意味を知っている機械人形の誕生である。
「あの・・・・少しお話を聞かせてくださいませんか?旅の方がここへ来るなんて久しぶりなんですもの。」
すぐにここを出発しなければならないのに、それはただ煩わしいだけの願いだ。無視して立ち上がると続けて声をかけてくる。
「お昼ごはんを準備したので、一緒に食べませんか?」
「いらないです。」
即答し、部屋の入り口に向かって数歩、扉の前まで歩きドアノブに手をかけた所で再び声を掛けられる。
「ええと、何処へ行くのかなんて・・・話したくもない事ですか・・・?」
「何処へ・・・」
何処へ行くのか。何処へ行けばいいのか。その問いに答える事はできなかった。それは目的地がどこなのかすらわからなかったからに他ならない。思い返せば、ここへ来たのも偶然だった。
「私は何処へ行くべきなのでしょうか。」
振り返るとサリーと初めて目が合った。
生まれて一週間。アクサナが語れる身の上話など全く無い。振り返ってみても、ただ森を彷徨っただけの人生だった。
「私の名はアクサナ。そして私は人間ではないのです。」
突然の告白に戸惑うサリーと向かい合って席に着いているこの状況。
結局、サリーの押しに負けて一緒に食事を取る事になったアクサナだったが、開口一番そんな事を言われ、サリーは開いた口を閉じる事すら忘れている様子だった。
「私は機械人形で、魔物を倒すために作られたんです。よって食事は不要なのです。」
「そ、そういえば、あなたが倒れているのを見つけたとき、かわいらしいお人形さんのようだ。と思ったんですよ。それが、ほんとにお人形さんだったのね。」
サリーは思い出した風に話を合わせてくる。他人が抱く自分への感想など興味は無い。
少し沈黙を挟んでいきさつを話す。
「一週間前に目覚めて以来、森を彷徨い続け、この町にたどり着きました。」
「そうだったんですか。では、この町へ来た目的はなんですか?」
「目的は情報収集です。私が課せられた使命を果たす為に必要な情報を。」
「使命ですか・・・それは一体何ですか?」
「女王を破壊する事です。」
サリーが少し俯いてぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「ここ最近は妙に物騒になったんです。以前ならほぼ出てこなかった魔物が現れだしたり、はっきりと理由はわからないですが、町や村が無くなったりしているらしいんです。今は町の中にいればまだ安全ですが、この先、この町もどうなる事か・・・。そんな不安の中に現れた旅人があなたでした。私は町の外の様子が知りたかっただけだったんです。」
サリーはハッとしてこちらを見る。
「すみません。話が飛んでしまって。」
取り繕うように早口で喋るサリー。
「あまり大きな町ではないですが、図書館があるので、まずはそこへ行ってみましょう!きっと何か、その・・・情報が得られるはずです!」
矢継ぎ早に言葉を発するサリー。一方でアクサナは上の空だった。
思えば、人間と会話をするのはこれが初めてのことだったのか。そんな事をぼんやりと考えていた。
「近所では私、“世話好きのサリー”って呼ばれているのですよ!」
サリーは突然立ち上がり、てきぱきと片づけを始めた。どうやら彼女は案内をする気満々らしい。
結局、サリーの世話焼きを断りきる事が出来ず、一緒に図書館を目指す事になってしまった。
意気揚々と外に繰り出すサリーに次いで外に出る。お手伝いロボはサリーの家の前に待機させておいた。連れて回るのは邪魔だし人目に付く。
いざ外に出てみると、町の中は平穏な空気が漂っている。先ほどサリーが言っていた不穏な話。あれが事実ならば、もう少し物々しい雰囲気であってもおかしくないのではないか。街の警備も行われているようだが、やはり少しサリーの話とはギャップがある気がする。とは言え、騒ぐほどのことでもないし、それについてもサリーの言う図書館で判るかもしれない。
サリーの案内で町を歩く。すれ違う人々はにこやかに挨拶を交わしてくる。
「ここが図書館ですよ。」
そう言って彼女が指差した先には大きな建物がある。サリーの先導で中に入る。自分の知りたい情報が本に書いてあるとは思えなかったが、彼女に続く。
入り口をくぐった瞬間から、研ぎ澄まされた静寂が辺りを支配していた。
「魔法ですか?」
声を出そうとしたが、思ったより声量が小さかったのか、その声は誰にも届いていないようだった。サリーは思い出したかのように振り向き、耳打ちをしてくる。
「ここでは大きな声は出せません。話をするときは耳元で声を出す必要があります。」
軽く頷いてみせる。
微妙な魔力の流れを感じながら通路を歩いていく。途中に幾つかの扉がある。一際、目に付いたのは大きな扉だった。その扉には仰々しく封印が施されている様子で、その扉の向こう側から、この図書館に入った時から感じていた魔力の流れを一層強く感じた。きっとこの図書館の秘密があの扉の向こうにはある。そんな予感をしつつ、横目に通り過ぎる。
サリーはそんな扉に見向きもせずに進んでいき、突き当たりの扉を開いた。
最奥の部屋の内部は大きな吹き抜けの空間で、見上げると本棚が天井付近まで積み上げられ、その棚にはびっしりと本が詰め込まれている。
視線を前に戻すと、そこには若い男が立っていた。
サリーは軽く会釈をした後、その男に近づいていき、また耳打ちをする。いきさつを話しているのだろうか。その様子から、なんとなく自分がこの町に居るという事が既に町全体に知れ渡っているような気がした。
そういえば、ここへ来る道すがら、すれ違った人が既に自分がこの町に居るのを知っている風だった。だからと言って意に介すほどの事でもないが。
そんな事を考えているうちに、話が済んだようで、二人がこちらを見ている。軽く会釈した後、近づいてくる若い男。
「私は魔法と本の関係を研究している者です。宜しければ、私の研究室にいらしてみませんか?」
突然の申し出だったが、単にここでは話がしにくいと言う意味だと理解した。
「こんなおとぎ話はご存知ですか?」
研究室に到着するなり、また話を始めるこの男の名前はテザード・レンズ。彼は魔法の本について調べている学者だ。最近は魔物に関しても調べているといい、森の中で魔物と戦ってきたアクサナに対しても興味があるらしく、長い距離ではなかったが、図書館からここへ来る道中にも絶えることなく話をしていた。
「これはこの星が生まれた時の話。はじめは一体の神がありました。神はその力でこの星を創りました。殆どの力を使い果たした神は、残った力を12に分けて神の化身とし、星の管理を任せる事にしました。神の化身はそれぞれ役割を持ってこの星を今の形に作り上げていきました。神の化身は色々な生物を創り、最後に人間を創りました。その後、神の化身たちは本の中に入って眠る事にしました。」
「・・・・・それは何か関係があるのですか?」
「これはこの世界で広く信仰されている宗教の経典の一節です。これと関係があるのはまた別の宗教で、こちらは所謂悪魔信仰でして、詳しくは話しませんが、こちらでは12体の悪魔と封印について信仰しているようです。」
所詮自分には関係の無い話だろう。神だろうが悪魔だろうが、そんなものを信じる機械人形が居るものか。と、つい口に出そうになるのを抑えた。代わりに相打ちを打ってみせる。
「もう一つ、これはある英雄譚なのですが、その一節には12の支配者を倒し、封印し、自由を手にする。というものがあります。ここで出てくる話を同列に考えると、12という数字、封印と本。これらは全く無関係ということではなく―――」
「これは私に関係がある話ですか?」
「ええ。ここからが本題です。端折って申し上げますので今しばらくご容赦ください。魔物の発生とこれらの話は関係があります。結論から申しますと、この世界には“悪魔”が存在します。」
一呼吸おいて、こちらをじっと見つめてくる。少しうんざりしてきた。
「魔物は人間の成れの果てです。一部の人間は悪魔と契約する事で、自らの願いを叶えようとしました。詳しいプロセスは調査中ですが、悪魔と契約した人間が魔物になったということは明らかになっています。そして一度魔物になってしまった方が元の姿に戻ったという例はありません。」
人間があの異形に変貌するらしい。急に血なまぐさい話になった。
「魔物は元人間・・・ですか。」
だからと言って倒さないわけにはいかない。放っておいても新たな犠牲者を生むだけだ。それに魔物になった人間の事が可哀想などとは思わない。きっと自業自得なのだろう。そして自分はそれを排除する為に生まれてきたのだ。存在意義のない人形はそれこそ粗大ごみでしかない。
「話は変わりますが、あなたは100年前に起こった出来事はご存知ですか?」
100年という時間は人々にあらゆることを忘れさせるのに充分な時間。普通、100年前に何が起こったかなど、はっきり答えれるのは物好きか学者くらいのものだろう。それを直接体験した人間は存命していないはずだから。
しかしそれが建国の年の出来事であると言う事は、この国で産まれる者に知らないものはいないだろう。その年に払われた多大なる犠牲と現女王の功績が、今日の発展と平和を築いたのだ。
「いいえ。」
短く答える。なぜかよく知らないこの話を、ここで押さえておく必要があると直感した。
「そうでしたか。では・・・」
―彼は堰を切ったように100年前の出来事を語り出す。まるで自分が体験してきたかのように―
「・・・女王はたった一人で、膨大な数の魔物と戦って、そして打ち勝った。・・・これは余計なお世話かもしれませんが、あなたは女王を倒すと仰っておりましたが、今のままではそれを達成するのは難しいでしょう。」




