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悪魔に対抗するには悪魔の力を借りるしかない。そんな戯言が考え付けるはこの中では一人しか居ないだろう。それはアクサナだ。マリウスやタルモのように既に一度その声を聞いているものは、決してそんな発想はしないだろう。同様に、機械人形として生まれ、そして今もそれとして存在しているラピエルにあっても、悪魔に頼るという思考には至らないだろう。
そんな思案の中、アクサナはいつの間にか不可思議な場所にいた。確かに城の地下の大きな部屋に居たはずなのに。記憶を辿ってみてもどうしても途中で途切れてしまう。
それに周りを見ても真っ暗闇で、他の誰の姿も確認できない。例えるとすれば、まるでスポットライトを当てられた明るみのような。誰か大勢の目を一身に受けているようで、誰からも見向きもされていない。そんな感覚に囚われる。どこか得体の知れない場所の中に取り残されているという感覚もある。
いくら周りを見渡してみても、やはり他の三人やアビゲイルすらも忽然と姿を消してしまっていた。
暗闇から声が聞こえてくる。それは聞いたことも無い声。私に語りかけているわけではなさそうだったが、耳を澄ましてその声を聞き取ろうと試みた。
「何を言っているんだ?まだそんな甘い事を言っているのか?」
「アビゲイルだってもういい歳なのですから、自由を認めてやってもよいでしょう。」
「馬鹿な事を!その結果があの大惨事だったのではないか。」
「まぁまぁお二人とも、落ち着いて、それでは議論になりませんよ。」
「やかましいわ!俺は客観的に見て、あいつにはもう一度封印されるのが望ましいと言っているだけだ。」
「私はそこまですることはないって言ってるだけよ。人間がいくら死のうがいいじゃない。また増えるんでしょ。前回から100年経って、もう大分増えてるじゃない。むしろ少しくらい減らさなきゃダメよ。」
「そういうのはもう止めだと決めただろう!」
「でも、満場一致って訳でもなかったですわ。それに私の記憶では欠席者も多くて、公正に認められたとは思っておりませんことよ。」
「わからんやつだな・・・。フンッ、お前の悪事は知ってるんだぞ。なんでも人間を唆して“共食い”させてるらしいじゃねえか。」
「い、今は関係ないことじゃありませんか!それにそんなことしておりませんわ!」
「はいはいそうですか。俺には痛いところを突かれてうろたえているようにしか見えねぇがなぁ。」
「そこまで言うのであれば証拠を見せてみなさいよ。しょーこを!」
「証拠もなにも、見てきたんだろ?なぁジェスター?」
「・・・見てきた?ええ。見てきましたとも。人間を殺して人間を食う人間。その差し金たるはそこに居られる悪魔!カサンドラ!それに逆らうことを知らない人間どもは、いつしかどうしてそんな事もしているかもわからない!」
「もういい。だが、そういうことだ。目撃者が居るんだぞ。これ以上の証拠など無い。」
「アラーマン・・・!!今回はそんな話をしに来たのではないでしょう!」
「これでは議論になりません。本題へ戻る努力をしてください。」
「やっと喋ったと思ったら私を責めるのですわね。ザナリー?」
「彼女は話を戻そうと言っただけですよ。」
「フン!よその国の事だからって無関係を決め込むって訳ですわね。クレイトスタン。」
「静粛に。今一度議題を確認する。『アビゲイルの処分』これについて議論したまえ。」
複数の人物が登場している会話。もしかすると会議でもしているのだろうか。しかしあの声の主達は一体何者なのだろう。状況は全く分からないが、いやな予感はする。私は来てはならない場所へ飛ばされてしまったのかもしれない。
来てはならない場所。会ってはならない人たち。もし、この声の主達が、正真正銘の悪魔だとしたら・・・。そう考えるとなんとなく話している内容もに合点がいく。それに彼らの会話の中に覚えのある事柄が幾つかあった。
一つ目は『アラーマン』という名前。これは声を荒げていた男性の名前だろう。そしてアラマントの街を作ったというのも『アラーマン』という人物らしいと聞いた。もしかしてあの街を作った人なのだろうか。
二つ目は『人間を殺して人間を食う人間』これはきっとあの“鉄の街”で起きた事件の事だろう。カサンドラ。彼女があの事件の黒幕だったとしたら、現在では使われていない言語のメモや、あの時解明できなかった事象も納得できる。あの事件、悪魔の仕業だったなら、人間がいくら苦心しても真実にたどり着く事はないのかもしれない。
三つ目は『アビゲイル』まさに目の前に居た不死身の少女。彼女もやはり悪魔の一人だったのだろうか。もしそうなのだとすれば、いよいよ私達に勝算などないのかもしれない。それこそ、この悪魔達の会議の結果によって、なんとかなる可能性もあるのかもしれないが・・・・。
「そこで、参考人として彼女を召喚した。」
周囲の暗闇が次第に薄くなり、沢山の大きな椅子に座った人たちの姿が見えるようになった。どうやら私をぐるりと取り囲むように12脚の椅子が並べられていたらしい。しかし欠席が目立つ。12ある中の、実に6つが空席になっている。
「さぁ、名前を述べたまえ。」
戸惑うより他無い。急にこんな所に引っ張り込まれて、それだけでも訳がわからないのに、自分をその真ん中へ置いて一体何をするつもりなのだろうか。
「聞こえなかったか?名を述べよ。」
「あ、アクサナです。」
「よろしい。ではアクサナよ。お前はどうしてここに呼ばれたのか、判るかね?」
「わかりません。そもそも悪魔の方々の事なんてわからないですし。」
「悪魔か。お前は我らの事をそのように認知しているのか?」
「はい。・・・違うのですか?」
「違いはしない。我らはかつて、“神”から力を受け継ぎ、世界の支配者となった訳だが、今の人類からそう思われても仕方ない過去があるのも事実。」
力のある存在だということはわかる。実際にアビゲイルの能力を目の当たりにした直後で、そこを疑う余地はない。彼らは世界の支配者で、今もこうやって裏側からコントロールしているのだろう。もし、アビゲイルをどうにかできる存在があるとすれば、彼らしかいない。それにきっと自分達の存在が世間一般に悪魔ということになっている点も自覚しているのだろう。
「では本題だ。アクサナよ、アビゲイルの処分に何を望む?」
「処分・・・その前に、アビゲイルはどうしてあのように人間を滅ぼすような事をしたのでしょうか?」
「君、人間には人間の領分ってものがあるんだ。少しは弁えたまえ。」
「お待ちになって!これは人間ではないですわ。まがい物ですわ。」
「まがい物!にせもの!作り物!どれが正しいか!?どれが偽りか!?」
「そういえば、この娘、散々うちの街を荒らし回った奴にそっくりだ。」
矢継ぎ早に囃し立てて来る人物を一人ずつ見ると、その外見はそれぞれ個性的で悪魔にも色々な人物が居るものなのか。と少しだけ興味深い気分にさせられた。
声から察するに、最初に口を出した人物がクレイトスタンと呼ばれていた悪魔だろう。体格はすらっとしていて身長は高い。服装はやや橙色に寄った茶色の背広に蝶ネクタイをつけている。言葉遣いも外見も上品な印象で、紳士と呼べるような人物像だ。
空席を挟んでその隣に座っている女性がカサンドラと呼ばれていた悪魔だろう。濃い紫色のドレスを纏っていて、姿は若いように見えるが、口ぶりや性格から察するに・・・これ以上は考えない方がいいかもしれない。
その対角辺りに座っているのがジェスターと呼ばれた悪魔だろう。名前の通り道化師の姿をした悪魔で、物言いや動きはコミカルで見る人によって好き嫌いが分かれそうな悪魔だ。悪魔を選り好みするなんておかしな話だが。
そんな道化師の隣の席に座っている恰幅のいい男性がアラーマンだろう。イライラと声を荒げる姿から、あまりお近づきになりたくない類の人物だが、口ぶりから言ってアラマントの市長である可能性が極めて高い。当然言及は避けるが、アラマントの件では少し申し訳ない事をしたという気持ちがある。
あまり発言していないがもう一人名前が出ていた人物。確かザナリーと呼ばれていた悪魔。きっちりとしたスーツを身に着けた女性で、真面目でしっかり者といった雰囲気を醸し出している。
最後の一人は、先ほどから私に語りかけてきている厳つい面持ちの男性。悪魔達を束ねる立場にあると見て間違いないだろう。悪魔達から名前を呼ばれないところを見ても、畏敬されている存在だということが感じられる。他にはない堂々とした態度には、私でさえ畏まってしまう。
「静粛に!今は彼女が話す番だ。他の者は黙っておれ。」
「・・・私達が倒されたら、きっとアビゲイルは破壊を始めるでしょう。それを止める為には、彼女がどうしてそういう行動をとるのかを考えなければなりません。」
「至極、正鵠を射る言葉。それに答えるとするならば、恐らく永きに亘る封印の末か、元々持っておる憎悪か・・・今にして思えば、アビゲイルは当初より幼かった。故に厳罰を下すのは忍びない。だがあれはやりすぎと言う声もある。」
「やりすぎやりすぎ!人間の大半を殺した。人類の半分を殺した!」
「ジェスター、軽口は慎め。お前にも罰を下す事になるぞ。」
「道化はこうして口を噤む。お口にチャックはエチケット。」
「・・・・。幼さ故の行動と思い、前回は反省させる意味で100年の封印を罰としたが、もしかするとその間にも憎悪は増幅されたのやもしれん。そうなれば、今回は我々が交代で面倒を見なければならんだろう。」
「えっ!?そんなのは困りますわ。あんな子の面倒を見ろだなんて・・・。」
「ハッ!何を今更、厳罰を望まなかった過去の自分を恨むんだな!」
「そういうあなたも関係が無い話ではないのですよ。」
「そうですわ!それに、ここに居ないものはどうするのですか!勝手に決めたとなれば文句を言うに決まっておりますわ!」
「そいつはいい。未だ封印されているならまだしも、意図して来なかった連中にも関係ある話か。それに来ないということは万事賛成の意思表示でもあるだろう!」
「ランスロットとクリストファーとワンダの三名は、いまだ所在不明となっておりますが、メイメイとシズカは今回も欠席しています。この案が決すればその二人にも通告をしなければなりません。」
「シズカはともかく、メイメイに任せるのは少々心配な気もしますが・・・。」
「あなただって他人の事言えたものじゃないでしょ?それとも・・・自分は人格者気取りですか?クレイトスタン“先生”。」
「煩いですね。あなたこそそんな器ではないでしょう。」
「静粛に!・・・こうなったら我が引き取り再教育するより方法が無いのかもしれん。」
「それなら異論は無いですわ。」
「では決を採る。『アビゲイルについては我が全責任を持って再教育にあたる』賛否を述べよ。」
「カサンドラ。賛成」
「アラーマン。賛成」
「クレイトスタン。賛成」
「んっんー。んーんー」
「ザナリー。反対」
「ザナリー、異論があるのなら今述べよ。」
「AAA議長。あなたばかりに責任を押し付けるのは忍びないので、私もその一端を担う事をお許しください。」
「・・・いいだろう。他に異論はないな?これにて今回の会議を終了する。」
「お待ちください議長。あの小娘はどうさいますか?ある意味で願いを叶えたと言えなくもないのではございませんこと?」
「それもそうだ。あいつは少なからず悪魔に願いを聞いて欲しかったからここへ紛れ込んだに違いない。」
「しかしこれは我々の定める契約とは少し違う気もしますが・・・。それに彼女は人間ではないようですし。」
「そんな事関係あるかよ。それが作り物の体だろうが、作り物の心だろうが、自律して鼓動するのならば人間だろう。そこに例外は無い。」
「・・・我としてはそこまでする事は無いと思っていたが・・・。この場で彼らを納得させるには、それを受け入れるより他なさそうだ。こんな結果になってしまった事を謝罪する。」
「お気になさらないでください。私が願ったのも事実ですので。」
「そうと決まれば、ジェスター!あんたが丁度いいわね。この小娘の友達共々責任持って契約なさい。」
「んっんーんーー」
「・・・いい加減にしないとぶつわよ。」
「おぉ、こわいこわい。代償代償。友達思いの“元”機械の人形への代償は、その奇怪な機械の機会を奪う。あんたはだあれ?今となっては判らない。誰もあんたが分からない・・・・。」
・・・・・ここはどこなのだろう。今度は一体何が起きたのだろうか。なんだか懐かしい雰囲気の場所だ。・・・・・・どうやら、どこかの森の中のようだ。
あの会議の結論では、アビゲイルをあの強面の議長、AAAという名の悪魔が引き取る事になったようだが――――
「きっと疲れていたのね。」
目が覚めるとベッドの中に居た。なんだか見覚えのある光景、聞き覚えのある声。
「あ!目が覚めたのですね。私はサリーといいます。あなたは?」
「え?・・・・私はアクサナですが。」
「アクサナね。あなた、お人形さんみたいな顔してたので、ちょっと見とれてしまっていたのですよ。」
「ここはどこですか?」
「ここは静かな村シズカといいます。覚えやすい名前でしょう?」
「シズカ?それって・・・・。」
「それって・・・?」
「あ、いえ、なんでもないです。」
静かな村『シズカ』それがこの村の名前。前回訪れた時には興味も無かった。マリウスが教えてくれそうだったが、無駄な事だと切り捨てたのだ。しかし今になって聞いてみればその名前に聞き覚えがある。あの時、その場に本人は居なかったが、確かに言っていた。欠席していた悪魔の一人の名前。そしてここにあるのはそれを象徴するような不思議な図書館。そこに悪魔が居るのは間違いないだろう。
「図書館・・・。」
「あぁ、知っているのですね。と、その前に食事にしませんか?」
あの時は断った。作ってもらったのに手をつけなかった。そもそも食べる事ができなかったのだけれど、思い返せば色々と申し訳ないことをした。その事もすでに彼女は気にしていないのだろうか。今回助けられたのは二度目のはずなのに、サリーの口ぶりは前回の事を全く憶えていない風に見える。本当に単に彼女が私を忘れてしまっただけなのだろうか。
サラダとスープ。前回と同じようなメニュー。当時はその内容をよく確認することもしなかったが、今回は色々あって食べる事が出来る。その事には感謝しなければならない。そんな風に思った。当然この食事を提供してくれている彼女にも礼を言い、手をつける。
スープは少し濁りのある薄い黄色をしていて、スプーンで少しかき混ぜてみると一口サイズの小さな芋や穀物のようなものが浮き上がってくる。口に含んでみると素材のみのシンプルな味わいで、水っぽくて具も少ない。物足りないし、味気もない。それでも口へ運ぶうちに味が分かってくるかもしれないと思い試してみたが、それは叶わない願いだった。
サラダにしても野菜や野草に少しだけオイルと塩胡椒を振りかけただけの本当に簡単なものだった。歯切れが悪く、噛み切るのが難しいほどに繊維の張った野菜。それに噛むほどに苦味と土の臭いが出てくる。油にしても本当に食用なのか疑いたくなるような臭いがする。べっとりとしていて後口は少しだけ気分が悪くなった。
控えめに言って、『お世辞でしかおいしいとは言えない。』という評価だ。でも、とてもおなかが空いていたせいで全て平らげてしまった。空腹は最高のスパイスという言葉の意味が真に理解できた瞬間だった。
「ご馳走様でした。」
「お口に合いましたか?」
「え、あ、はい。素朴な感じで、ええ。いいと思います。ありがとうございます。」
「そう。ならよかった。それでは行きましょうか。」
「あ・・・はい。」
「あなたは知らないかもしれないけど私、近所では“世話好きのサリー”って呼ばれているのよ。」
嬉しそうにそう話す彼女の申し出を断る事はできなかった。とは言え、また付き合ってもらうのも悪くない。とも思ったので案内を頼む事にした。
図書館までの道のりは既に見たことのある景色だ。途中ですれ違う人たちも同様で、なんだか自分だけどこかに取り残されたような感覚がある。目的の図書館が見えてきた。その建物も変わらずこの村の風景に溶け込んでいるように見える。入り口の扉の前でサリーはこちらへ振り返った。私はすかさず、中では大きな声が出せなくなるのか聞いてみた。彼女はその言葉に少し驚いたような表情をして、首を縦に大きく降った。まだ声は出せるのに。
静寂が質量を持っているのなら、この図書館は倒壊するだろう。そう感じさせずに居られないほど、威圧的にのしかかって来る静けさは、その本質が名に表れた悪魔の仕業であると改めて感じる。やはりあの部屋に居るのだろう。そんな事を考えながらサリーの後ろについて歩く。
例の扉の前に差し掛かったとき、私の手は、サリーの背中へと伸びていた。私の合図に反応してサリーは振り返って耳を近づけてきた。
「すみません。少し聞きたいのですが、この扉の向こうには何があるのですか?」
「この扉の向こう側?こんな所に扉なんてありましたか・・・?」
戸惑うようにきょろきょろと周りを見ているサリー。もしかすると、この扉が見えていないのだろうか・・・。
「なんでもないです。申し訳ないですけど、少しお手洗いに行って来ます。先に行っていてください。」
私は適当に理由をつけてサリーを先に向かわせた。彼女はお手洗いの位置を身振り手振りの動作で指し示して、笑顔で奥の部屋の方へ歩いていった。
あの時はこの扉を開く時が来るとは思ってもいなかった。しかし、ここまで来たら真実を確かめなければならないような気がする。
音もなく開かれる扉。その向こうには、静かに、ただ静かに座って音も無く本を捲り、読み続けている女性の姿が見えた。その容姿はどことなく優雅で美しい印象だ。長い灰色の頭髪は後ろで三つ編みにされて床まで投げ出されている。黒で縁取られ、薄い緑色を基調とした衣装は、たっぷりとしたゆとりのあるデザインで、動くのを邪魔しないように作られているのだろうか。
きっと、いや、間違いなく彼女がシズカで、彼女は悪魔の一人だ。意を決し、部屋に入った。
『貴女がアクサナですね。話には聞いています。しかし、何の用があってこの場所を訪れたのですか?』
頭の中に響くような声だ。返事をしようとしても、まるで喉を押し潰されたような違和感があり、全く声が出せない。
『そうでしょう。この部屋では声は出せないのですよ。』
では、この聞こえてくる声はどうやって発しているのだろうか。シズカの方を見ても彼女がこちらを見る様子もなければ、喋っている仕草もない。
『私が悪魔だということはご存知なのでしょう?それが答えになると思います。』
もしかして声に出さずとも私の意志が感じ取れるとでも言うのだろうか?なんだか変な気分だ。
『そうです。もし気分を害されたのなら謝罪します。』
いいえ。そうと分かれば話が早いですから。あなたは先ほどの会議に来ていませんでしたね。それはどうしてですか?
『私はここから出る事を拒否し、そしてここから全てを見ているのです。』
全てを見ている?・・・ということは、あなたは私に何があったのか知っているのですか?
『はい。貴女は悪魔に、ジェスターに契約の代償を払わされたのです。その内容は、貴女を知っている、或いは貴女と知り合った全ての人々から貴女に関する記憶を消し、貴女に関係した事実すらも消してしまう。というものです。』
初対面のような対応をしたサリーの言動もそれで納得がいく。即ち初対面だったからだ。
『そういうことですね。この世で自分を知るものが居ないということが、どういうことなのか。貴女は今後知る事になるでしょうが・・・。今、私が出来ることはそれを教えてあげる事くらいですね。』
この世で自分を知るものが居ない。その言葉だけ聞くと、生まれてきたばかりで右も左も分からなかった頃のようだと一瞬思ったが、すぐに本当はもう一歩先の事を言っているのだと気がついた。それは私を目覚めさせた博士の存在だ。博士が私を作り、そしてラピエルを作り、時を経て私を呼び覚ました。その博士が私を知らないと言う事は、誰が私を生み出したのだろう・・・。
『すぐにその考えに至るとは、感服に値します。・・・これは少し矛盾した話になるのですが、貴女自身は貴女が知っている“事実”に基づいて生まれてきた事に変わりはないのです。周囲が忘れてしまっているだけで。しかし、貴女は何を言おうとも何を示そうとも、その誤りを正す事はもう不可能なのです。そのさだめを背負って生きて行くしかないのですから。』
私の存在を肯定する人物がこの世に居なくなってしまったのなら、私を私として認識できるのは私しか居ない。そういえば、かつてこれと似たような悩みを持っていた事を思い出す。
同時に私の体が移し変わった時に、元の私の体がどうなったのか。元の体に宿っていた自分は、今のこの私に怨嗟しているのではないか。そんな悩みを抱いている事も思い出した。
『その疑問に対してはここで答を聞かせて差し上げましょう。貴女の古い方の体はあの時点で死にました。貴女を恨む事はしないし、ましてや今後、貴女の前に現れる事も無い。貴女は過去の貴女を引き継いでここまできたのです。ですからもう気にしなくてもいい事ですよ。』
なんだかすごく救われたような気がした。全てが終わったら、もう一度あの場所へ戻って確かめるべきだと思っていたから。私は私として存在してもいいのだ。後にも先にも私は私一人だけなのだ。
心の閊えがとれたことによって、頭の中をもう一度整理できた。今、この場でアビゲイルに関しての話を聞くべきだ。あの後、私が居なくなった後、何が起きたのかが気になる。
『貴女たちの戦いは、アビゲイルの消失によって幕を下ろしました。マリウスとタルモは、どうにかしてあの場所までたどり着いたということは理解していましたが、その肝心な貴女の存在を忘れてしまったせいで少し混乱があったようです。しかしどうにかして目的は達成できたという“結果”はその気持ちを補ったようです。一方、アビゲイルは、今はAAAの下で再教育と称した問答を繰り返していますが、きっとこれも悪循環でしょう。彼女の心は既に治らない域に達してしまっています。やはり幼さという部分においては、やり直しが利かない事案だったのだと思います。』
マリウスとタルモは無事だったようだ。あの二人が命を落とさなかったというのは吉報だ。事実は私が巻き込んで死地へと向かわせたのだから。となるとラピエルはあの後どうなったのだろう。
『ラピエルは本人の心配していた後頭部の傷が少しだけ残っているみたいですが、それ以外は元通りといった具合でしょう。他のお二人にしても、今は新しい伴侶、或いはかつての仲間のもとへ帰っています。貴女はそれを踏まえた上で、今後どうするおつもりですか?』
私の使命は達せられた。ラピエルは元通り、アビゲイルはもう違う世界に居る。世界の危機は去ったのだ。同時に私の存在意義も、存在を証明するものもなくなってしまった。そうか、全てもう終わったんだ。
達成感と虚無感が私を襲う。これでよかった。全て丸く収まった。もう私はいらない。
『ということは、そのまま死ぬつもりですか?』
死。この言葉に今まで感じてこなかった感情が芽生えたような気がした。私は死を恐れずに戦ってきた。でもこれは、それとは別の意味の死だ。これは存在自体の死。私を知るものが居なくなり、私の成した事は闇に葬られた。別に後世に語り継がれたくてやったわけではない。ましてや誰かに分かって貰おうとしてやったわけでもない。なのになぜか悲しくなってくる。どうしてだろう。もし、このまま死んでしまったとしたら、私はどこに行き着いたことになるのだろうか・・・・。
『今の貴女はどこかに行き着くことはありませんよ。もし、この部屋を出て、もう一度世界を見に行きたいと“願う”のであれば、その願いは叶えて差し上げましょう。さもなくば、ここで永遠に終わるだけです。』
願い。この言葉を悪魔が口にする時は、それ相応の対価を支払わなければならないのだろう。そうか。この部屋に入った瞬間から、私はもう悪魔の手に落ちていたのか。
『物分りが良くて助かります。勿論、貴女が“望む”のならですが。』
生きるということはどういうことなのだろう。生きるというのは、どうする事なのだろう。このまま私が居なくなっても、困る人はもう居ない。このまま私が居なくなっても気が付く人は誰も居ない。
死ぬということはどういうことなのだろう。生と死。常に対極として語られる、この二つの言葉の間には何があるのだろう。単に息をすることが生きているという事ではない。同様に動かなくなるということだけが死んでしまうという事でもない。
この感情が欲望なのかどうかなんて分からない。未練があるのかどうかも分からない。でも私は、もう一度世界を見に行きたい!この足でもう一度世界を歩きたい!
『そうですか。では、対価を貰い受けましょう。これで貴女は自由です・・・・・・・・・』
その日、シズカの村では大騒ぎとなっていた。何もない、村人全てが家族のような付き合いをするような村で起きた事件。それは一人の赤子が道端に転がっていたというものだった。
当時どこからか訪れていたという、旅の人が落としていったのではないかという噂もあったが、その本人も行方不明となっているせいで真実は誰にもわからない。
身寄りのない赤子の世話は、自他共に認める“世話好き”のサリーが買って出た。そして彼女は行方不明となった旅人の名「アクサナ」をその赤子に与えた。その名を直接聞いたのは村中で彼女だけだった。彼女はもしかすると、その二つ名以上に、その事に対して何か責任のようなものを感じたのかもしれない。
それから20年後。アクサナは村で順調に育ち、大人の女性になっていた。
ある晩、彼女は旅に出たいと思っている事をサリーに打ち明けた。それは数日前から夢に見ていた近くにあるお屋敷を訪れなければならないと猛烈に感じたためだ。
サリーも彼女言い出した事に反対はしなかった。むしろいつかこの日が来ると思っていたサリーは、その時には快く送り出すと決意していた。
それは草木が芽吹く頃、お日様が稜線を跨いで顔をあげる時間。まだ少し冬の寒さを引きずったこの日の朝は、澄んだ空気の中に温かい光が降り注ぐ、気分の良くなる朝だった。照らされた朝露が透き通るような青空から降り注ぐ光を反射して煌いている。そんないつか見たような光景の中で、白く美しい髪を穏やかな風になびかせ、小さいが小奇麗な鞄を肩に掛けた彼女は旅立った。
サリーはその後姿を見送り、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
アクサナは、時々振り返っては手を振り返した。
休むことなく歩き続けた。午後になり、急に雨が降り始めると、その強さは一気に増していった。目を開けるのも大変なほどの豪雨だったが、彼女は歩くのを止めなかった。なぜかこの光景に見覚えがある。それに、雨に打たれるのはそれほど嫌ではない。
ずぶ濡れになりながらも、大昔から放置されていたような、ボロボロに朽ち果てたよくわからない機械の隣を通り過ぎ、大きな門をくぐり抜ける。迷い無く屋敷の扉を敲くと、すぐに一人の若い男が顔を出した。まるで彼女が訪れる事を既に知っていたかのように。
「私はアクサナ。私は私の真実を探す旅をしています。」
「アクサナ・・・・か。・・・私はマリウス。とにかく入るがいい。そこに居ては寒いだろう。」
「ありがとうございます。それにしてもすごい雨ですね。」
「ああ。これは祝福だ。」
第一話を投稿した時から数えて約9ヶ月。ここまで読んでいただいた皆様に感謝を申し上げます。
同時にこの物語を書き始めたきっかけを下さったsyazuna様、うばら様、この物語の基盤というか、アクサナやマリウスやタルモといったキャラクターに出会わせてくださった関係者の方々に、この場を借りて感謝を申し上げます。
私がアクサナprojectを知った時点では、ある程度の設定や物語が組み立てられていました。
しかし、当時このゲームの作成に関しましては停滞していて、ストーリーを考える担当者と連絡が付かない旨の話を聞きまして、それならば手助けをしようという事で考え始めた物語でした。
それこそ当初はアクサナがマリウスの伴侶を家に閉じ込め放火したり、タルモの宝物を騙して奪ったりと、散々な話でしたが、syazuna様よりストーリーを変えてもらって構わないという言葉を頂きまして、ゲーム版のシナリオを考案した次第でした。その後、小説版として各キャラクターの生い立ちや心境、あるいは彼女らの生きている世界観など、ゲームに織り込めなかった部分を書いていこうと思いまして、考え始めたのがこのアクサナプロジェクトの物語でした。
当初はゲーム版と同じ内容を、と考えていたのですが、それよりももっと人間性というかAIから人間になっていくという変化に重きを置いた作品にしようと考えまして、このように少しというかだいぶ違った世界の冒険を書く感じになってしまいました。結果的に私が書きたかったように書けたので、これについては満足していますが、ゲームに登場するのとは、少し違ったキャラクター性で話を作ってしまった部分もありました。
まぁどちらと言う事もないですが、それぞれに語られなかった部分が表現できたのではないかと感じております。特に、マリウスやタルモのルーツの話や、世界の裏側の話等は、初期の段階では全く無かった物語でした。ゲームと小説で共通して出てくる人物については大体同じような設定であると思っていただいて間違いはないです。どちらも都合上仕方ない設定とかもあったりしたので、完全に統一ではありませんが。
2018年の5月頃から小説版として投稿を始めて約半年後、ゲームが2018年の10月にリリースされ、そして年をまたいで2019年の2月に完結できた事を、とても嬉しく思います。ナガカッタナア。
ここまで読んでくださった皆様、関係者様様に熱く厚くお礼申し上げます。本当に本当にありがとうございました。




