表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/40

39

 目の前に垂れ下がっている一本のロープが、私自身の記憶だとすれば、私はそのロープを掴んで手繰り寄せるべきだろう。

 自分が今どこでどうなっているかよく分からないけれど、深く考える事もなく手をつける。当然やらなければならない事のように。

 引いてもそれほど手応えも無いロープは、遥か上方から次々と際限なく降りてくる。手繰り寄せたロープは足元で次第に積み重なり山のようになっていった。

 ロープを掴む事ができなくなった。理由はよく分からないが、何もしないわけにはいかない。そんな焦燥感に駆られた。手持ち沙汰に左右を見渡すと、すぐ隣に別のロープが垂れ下がっている。いつの間にこんなものがあったのだろう。それにしてもこのロープは先ほどのものと同じようなもののはずなのに、触れてみると別の誰かのもののような気がした。でもこれ以上先に行こうと思うのならば、このロープを引き続けるしかないのだろう。


 どうしてこのロープが自分の記憶だと思ったのだろう。今まで欠片も存在していなかった疑問が脳裏に湧き出す。それはまるで当たり前の事に対して起こる疑問。そう、このロープを見た瞬間にこれが記憶だと確信したから。

 記憶がこれらの二本のロープだとしたら、それを繋ぎとめているものはなんなのだろう。私はこのロープに何を求めて手繰っているのだろう。小さな疑問はあっという間に頭の中を占拠する大きな疑問へと変わってしまった。

 物事がしんどいと思った事は今までに一度も無かった。それがどうして、このロープを引っ張るのはとても大変で、なぜだか体が重くなってきている気がする。


 なにもかもがまやかしで、今までやってきた事も全て幻想で、今握っているこのロープも偽りなのかもしれない。こうやって這い上がろうとしていることも、もしかすると夢なのかもしれない。


 もうすぐ手の届く所に光が見えた。あれが終点なのだろうか。私は一心不乱に手を伸ばした。その光を掴む為に。もう疑問なんかどうでもよくなっていた。



 あれはいまから100年前、いや、違う。これは今日の出来事だ。私は今日破壊された。そして今は再構築をしている。違う。私は一度壊され、間違った形に組み替えられた。それが今破壊されて、それから・・・。

 それから、元に戻ろうとしている。そう、正しい形へと組み直そうとしている。私自身を、私自身の記憶を、ラピエルとしての記憶を。


 少しずつ情報が整理されているのが分かる。散々手繰り寄せた記憶のロープ。その一本は私のもので間違いない。もう一本は私の中に居たもう一人の私のものだ。正しくは私の中に無理矢理作られたもうひとりの私。そう、別の誰かのもののようなロープはもう一人の私のものだ。


 もう一人の私は少し前、元から居た私を押さえつけ、自由を奪った。体の主導権を握った。なぜだか分からないけれどそれに対して私は抗う事ができなかった。

 そして今、何かが起こってバランスが崩れた。私は私の体の主導権を取り戻せた。

 来訪者だ。私に光明を差し示したのはあの三人だ。とりわけあの女の子には見覚えがある。そう、あれは・・・



「お姉ちゃん・・・・。」


 消えてしまいそうな小さな声は、荒々しい剣戟の合間に訪れた一瞬の静寂に運よくすっぽりと収まった。どうやら発した声はその部屋にいた全員の耳まで届いたようだ。

 やっと取り戻せた自分の体。久しぶりに動かそうと思うと少し違和感がある。でもきっとすぐに慣れるだろう。取り敢えず起き上がり、両足で立ち上がろうとすると、体が妙に重かった。後ろ髪を引かれる思いがあったわけではない。後頭部に突き刺さっている沢山のケーブルが起き上がる時に引っ張って動きにくかっただけだ。とにかく右手でそれを鷲掴みにし、一気に引き抜き床に放り投げた。これで体が軽くなった。

 後頭部を軽く撫でる。どうしてこんな所にこんなものが突き刺さっていたのか、今ではその経緯も分かる。

 私はアビゲイルに不意打ちを喰らったのだ。そして別人格を無理矢理作られ、いいように使われていた。これらの記憶は二本目のロープが補完してくれた。現状、少しだけ気がかりなのは、すぐに最大のパフォーマンスを発揮してこの場を乗り切ることができるのかということと、後頭部に刺さっていたケーブルの跡が残らないかということだ。


「ラピエル!大丈夫ですか?!」

「ええ。どちらかと言うとあなたたちの方が大丈夫っぽく見えないですけど。」


 三人は既に疲弊している様子だった。無理も無い。彼らが戦っている少女、名をアビゲイルという。彼女は不死身だ。かつて対峙した時もそうだった。あいつは何度切りつけても、何度切り伏せても立ち上がった。


「感動の再会を邪魔して悪いが、何か策は無いのか?この状況を打破する策は。」

「私は一度、あの者と相見えたことがあります。・・・当時は最終手段としてこの城の地下室に封印したのです。いつかその封印も破れてしまうのは分かっていたものの、そうするより他なかったというのが真実ですが。」

「だったらもう一度封印するしかないんじゃないの?」

「しかし今回も同じ手が通じるとは思えないです。博士からは何か聞いていないのですか?」

「いいえ・・・。兎に角ラピエル、あなたが目覚めればきっと勝機はあるとか、そんなことしか言っていませんでした。」

「・・・・そうですか。」

「無策という訳か。面白い。」

「面白がってる場合じゃないよ!」

「そうだな。こういう時は頭を使うものだ。あいつがどうして死なないのか。その理由が分からなければ勝ち目は無いだろうな。」


 彼の言うとおりだったが、それが分かれば苦労しないというのが本音だった。前回、封印を施した後もその理由を探り続けていた。しかしそんな長期にわたる調査も成果が全く出ていなかった。謎が謎のまま時間だけが過ぎていってしまった。

 そうしているうちに生まれた油断を突かれて私は彼の者の手に落ちてしまったのだ。そう、言いたくはないが、この場でその理由が分かる事はまずない。前回同様に、今はここを乗り切る方法を探さなくてはならない。


「会議はおわりかしら?あななたちがどうあがいても私は死なない。それにもうあんな所に詰め込もうとしたってそうはいかないんだから。」



 アクサナは考えていた。今まで自分が見たり聞いたりしていた事を。ある時は神話から、またある時は仲間から、そして古代より生きる人間から。

 悪魔は12人いる。旅の始まりはそこからだった。その時はこんな話全く関係ないと思っていた。しかしここまで来てみればこの話が最初のヒントだった。彼女は旅を通してこの世界の成り立ちに触れてきた。これまで漠然としか捉えてこなかった色々な話を組み合わせて独自の推理を組み立てる。

 それらは一度本に封じられた存在で、世界に再び解き放たれた者達。彼女が知るだけでも幾つかある。一つ目は、荒廃した世界に蘇った最初の悪魔。竜人達が取り戻した一つの光。二つ目は、その子孫に育てられた“元”人間の子タルモによって蘇った者。では残りの10はどうなったのだろう。それらは自分が知らないだけで、実は世界に溶け込んでいるのではないか。

 例えば小さな村にあった場違いなほどの大きな図書館。大きな声を出す事を禁じられたあの場所の一室にあった不思議な感覚。人知を超えていそうな雰囲気を放っていたあの部屋。本を隠すなら本の中。あの中に悪魔の本が紛れていたとしても、まるで変な話ではない。

 例えば欲望に塗れた壁の街。出る事が難しいという交易の街。中と外でまるで違う空気を感じたのは、単に淀んでいた訳ではなく、人間の欲望を増幅させる何かがあの場所にはあったのかもしれない。

 例えば異常なまでの発達を遂げた都市。不夜城とも称されたあの街は、他所とは一線を画したエネルギーの使い方だった。その内外との差があまりにも違いすぎる事に対しても、人々は無関心だったような気がする。そんな様子もある意味で異常だと思えた。


 これらは単に彼女がそう思っているだけなのかもしれない。確かに全ての事象を悪魔と関連付けるのは間違っているだろう。しかしそういう方向性で考えると、今、彼女の目の前の事象にも納得できる。あのアビゲイルも悪魔と関係がある。と。



 この推理は確かに飛躍している。だが、間違いではなかった。アビゲイルの不死は悪魔としての能力だった。そしてそれは与えられたものではなく、その当人の力だった。

 アビゲイルこそが悪魔だった。世界に12人居る中の一人。世界の根源たる力をその身に受けた旧時代の支配者。それも今や永きに亘る封印を経て憎悪に燃える復讐者となり、世界に戻ってからは幾度と無く人間を滅ぼそうと画策した。尖兵として魔物を蔓延らせたのもその殆どがアビゲイルの所業だった。

 だが、そんな事実を知った所で何になる。そんな事実を思いついた所で何になる。勿論彼女自身、その推論に確信は無いが、それがあったとしても絶望しかない。即ち人間の力でどうにかなるものではないという裏付けなのだから。



 アビゲイルに関する文献や口伝は一切残されていなかった。これは厳重に秘匿された経緯があったからだが、その発端は現在の年号の起源とされた年にまで遡る。

 滅びを経験した世界で、僅かに残された人々は、当時の技術を用いて何千年にも亘る冷凍睡眠を経て、ついに目覚めたというのがその年だった。彼らは失われた世界で可能な限り文明の再建へと取り組んだ。一方で負の遺産である悪魔の本を禁書として定め、厳重に管理し、その存在自体も極秘とした。いつしか存在自体が忘れ去られ千年あまりの時が過ぎた。


 1257年、マーディアと名を与えられた少女は幼い頃からの夢を叶える為に王族の住む城を目指していた。彼女の目的はひとえに本だった。本が好きで、屈指の蔵書数を誇っていた城の図書館で働くことを志したのだ。

 しかしそれは簡単に叶えられるものではなかった。そもそも広く募集している職ではなかったし、本好きなら都の近くにもいくらでも居る。片田舎から表れた人物にその仕事が得られる訳がなかった。

 故に親族の反対も押し切っての行動だった。たどり着くだけでも大変な道のりを、危険を冒して突き進んだ彼女に待っていたのは、やはり予想通りの現実だった。


 遠路遥々都までやってきた彼女は早速図書館へ向かった。しかし図書館に入ることすら叶わなかった。そもそも城の図書館は一般に公開されていなかったのだ。

 村を出る時に家族や周囲から言われていた事が現実で真実だった。だが、確固たる意志の元にここまで来た彼女にとっては、これも単に乗り越えなければならない壁というだけであった。彼女はとにかく近づく事をやめなかった。城で奉公をする女中としての生活の始まりだった。


 都で暮らす事になって5年。変わらず図書館への想いを持ち続けた彼女は、念願が叶うこととなる。それは図書館を管理する部署への異動だった。長い道のりを経て彼女はついにその場所へ入ることを許された。図書館で本に囲まれて仕事をする。何度も夢に見た光景の中に彼女は居る。


 本の虫。彼女を形容できる最も適した言葉で、本人もそれを誇りに思っていた。それから数年に亘り誠実に職務をこなし、信用を勝ち取っていた彼女は、ある日、本来立ち入ってはならない場所へと足を踏み入れてしまった。

 マーディアは閲覧禁止区画、多くの禁書が所蔵されている部屋へと入ってしまった。そしてアビゲイルの封じられている本を開いてしまう。



 アビゲイルの封印が解かれたのはこういう経緯があった。その後マーディアはアビゲイルに体を乗っ取られてしまった。執念のような醜い憎悪に突き動かされた悪魔は、そこから城に居た全ての人間を魔物へと変化させ、大混乱をもたらしたのだ。

 彼女の本に対する興味や好奇心が封印を解いてしまったのかもしれない。或いはアビゲイルが自らを世に放つべき人物を魅了し、引き付け、本を開かせたのかもしれない。今や真実を知る者は、本人であるアビゲイルだけとなってしまった。


 マーディアの事は誰も知らない。知っていたものは全て死に、本人の魂でさえアビゲイルに乗っ取られた後、その中にまだあるのか、それとも死んでしまったのかもわからない。

 強い意志によって本来叶うはずの無い夢を現実にした人間に、後悔があったのだろうか。一度掲げた大きな夢を成し遂げた者に、無念はあるのだろうか。それとも、そんなものは全く感じることなくこの世を去ったのか、それを知るのも本人だけなのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ