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首都であるこの街は先に訪れた街よりも、どちらかと言えば古い街並みで、石やレンガで出来た建物が多いという印象だ。依然として人々は穏やかな暮らしを営んでいるようで、危機が迫っているという雰囲気は全く感じられない。ここにあるのはいつも通りの一日、いつも通りの光景。この人たちから見れば、私たちは単なる観光客に見えているのだろうか。
目的地である女王の城が目に止まる。高台にそびえる大きな建物。一目でそれが私たちの目的地だということがわかる。どうやら街のどこにいてもあの城が見えるような街作りが計画されたらしく、名実共にランドマークとして機能しているようだった。
話によると、百年前のあの日、あの場所から多くの魔物が現れたらしい。博士の見解では、アビゲイルが当時城内に数百人ほどいた兵たちを魔物に変えたのだという。公にはされていない事実のようだが、つまりあの惨事が始まったのがこの場所だったらしい。
また、当時は国土を守ったり治安を維持したりするのに必要だったそういう存在も、それ以降は必要ないものになった。一つ目の理由は、戦うべき外敵が居なくなった事。これはラピエルが大陸中の国々を統一したからで、軍隊が必要ないほどの威力を持っている彼女が治めている間はそういう類のものは必要ないだろうという判断だった。そんなものを維持する余裕があるのなら、もっと別の事に予算を割くべきだという方針らしい。それに海外の国々にしても、強すぎるラピエルを相手に喧嘩を挑もうとするものない。文字通りのワンマンアーミーである。
二つ目の理由は、各地方に自治権を認めたこと。始まりは元々一つの国だった地域に対してそうする事で反発を最小限にしようとしたのだが、結果的に自警団や警察、司法といった組織も街ごとに構築されていった。また、中央は指南や手引きなどの助力を惜しむことはなく、ラピエルはそうして秩序ある国を作り上げた。当然問題が起きれば女王が直々に地域をまわることを厭わなかった。多忙を極めたが、ラピエルは機械人形のバイタリティでそれをこなしていたのだった。
最終的にこの街の行政機関は城を離れ、そこに居るべき王族も滅び、機能を失っている王城は遺構として残るばかりである。
そんな観光の名所に私たちは到着した。周囲にはそれなりに人が居る。本当にこんな場所にラピエルが居るのだろうか。アビゲイルが居るのだろうか。そんな疑問を抱きつつも入場料を支払って城の中へ入っていく。
内装も立派な建物だ。施された装飾は芸術的にも歴史的にも価値のあるものばかり。という感じの情報が掲示板に書いてあった。通路の両脇の柱の彫刻。各室に置かれた調度品や壁に掛けられた絵画。天井や壁面に描かれた模様や壁画。色とりどりの光を透かし出すステンドグラス。どれをとっても一目にすごいものだとわかるものばかりだった。私たちは観光もほどほどに、奥へと進んでいった。
今回の作戦に必要な情報は全て確認済みだし、あとは手筈通りに事を進めるだけだ。当然この城の見取り図は既に頭の中に入っている。記憶を頼りに扉を開く。一般客立ち入り禁止区域に入ったのだろうか。いつの間にか他の観光客の姿も見えなくなった。
準備に抜かりはない筈で、博士の導き出した作戦にもきっと穴はない筈なのに、どうして嫌な予感を拭い去れないのだろうか。どうして体が小刻みに震えているのだろうか。それとも、この先に待ち受けているであろう運命に対して知らないうちに恐怖を感じているのだろうか。隠し通路から地下へと伸びる階段を下る。
作戦の第一段階は滞りなく進んでいた。それは即ちあちら側に悟られる事なくここまでたどり着くことだ。そう、この扉の先にはラピエルが居る。
「私は今日、この日の為に生まれてきたと言っても過言ではないのです。」
「どうしたの?急に。」
「ですが、少し不安に思うのです。このままこの先に進んでもいいのだろうかと。」
「なんだ。怖気づいたのか?らしくないな。君は無鉄砲が取り柄ではなかったのか?」
「そうだよ。考えなしの向こう見ずの行き当たりばったりでここまで来たじゃん。」
「あんまりな物言いですね。」
「それに昨日自分で言ってたじゃん。傷つく事を恐れるなって。」
「・・・・・私はその姿勢に対してはそれなりに評価していたんだぞ。それに、まだ何も成していないではないか。」
「そう・・・・ですね。少しだけ変な事考えてしまいました。まだ私はなにも成してはいない。今は目の前の事を全力で考えるべきでしたね。」
「え!?考えていたの!?」
「と、当然ですよ。私を何だと思っているのですか!?」
「・・・・そうか、君も考えていたのか。」
「そうですこれでも色々思う事はあるのですよ。」
「・・・冗談はさておき、自信をもって挑めば結果は出せる。今までだってそうだっただろう?」
「そうですね。この先にどんな運命が待っていようとも、自分を信じていれば受け止めるられる。きっと。」
「・・・・・・ああ。そうだな。」
この扉の先にはあの子が待っているのだろう。私は今朝から徐々に大きく早くなっている鼓動を全身で感じていた。しかし、彼らとの会話でその鼓動の音は少しだけ静かになったような気がする。私はもう一人ではない。この二人も居るし、ここには居ないけれど博士も居る。もうこの扉を開く事に恐怖は感じなかった。
扉が開く。薄暗くて広い大きな部屋だ。まず視界に飛び込んできたのはそんな部屋の中央、正面に鎮座している女王の姿。彼女は緩やかな光の中に照らし出され、俯いているようだ。その周囲には所々に小さな光源があり赤や緑や青など様々な色でぴかぴかと明滅を繰り返している。唸るような低音が響いている。もしかするとその光源一つ一つが何かの装置なのかもしれない。よく見れば彼女の周りには様々な色のケーブルが木の根のように這っており、それぞれが各装置へと繋がっているようにも見える。
異様な光景は筆舌にしがたい邪悪さを私の心に植えつけた。ラピエルが本人の意志でこういう状況に身を置いているとは到底思えない。或いは、これこそが博士の言っていた改造そのものなのかもしれない。どちらにしてもこのまま放置する事は出来ない。見たところこちらには気が付いていないようだ。近づくのなら今しかないだろう。一歩、また一歩と距離を詰める。周囲に熱源を感じる。ここは一体なんなのだろう。出てくるのはそんな感想ばかりだ。
ラピエルと目が合った。思わず足が止まった。さっきまで俯いていた筈なのに、いつの間に意識を取り戻したのだろうか。いや、意識が無いと勝手に決め付けていただけで、もしかしたら部屋に入ったことを、延いてはこの城に足を踏み入れた事すら筒抜けだったのかもしれない。
ラピエルは笑っていた。表現としてただその表情が笑っているというだけであって、実態は目を見開き口を横長に開け、声は上げずこちらを凝視している。
恐怖。私の思考はその二文字に支配されてしまった。一瞬硬直してしまった思考回路は私の体が一歩後ずさりをしていたことに気が付いた。アラマントで会った時は無表情だった。あれはあれで怖かったが、今はその比ではない。頭ではわかっていた。作戦の第二段階を遂行しなければならない事を。しかし体が固まって動かない。
「あなたはだれですか?」
ラピエルがついに声を出した。その声は音が割れたような色々な声が交じり合ったような、雑音めいた音だったが、聞き覚えのある響きを最後に残した。彼女はがくがくと四肢を、間接を別々に動かすような異様な動きで椅子から立ち上がった。私は自分の足がガタガタと震えている事に気が付いた。
恐怖とは人の心だけでなく体も支配するものだった。私はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、体はそれについていけなかった。そして、ラピエルはゆっくりと一歩踏み出した。
「しっかりしろ!前を見ろ!」
マリウスの声に我に返った。恐怖に支配されて動けなかった体が開放されたような気がした。しかし既に遅かった。ラピエルは既に私を間合いに捉えていた。正常な判断なんて程遠い。それはきっとお互い様だったのだろう。繋がっていたケーブルがラピエルの体を引っ張った。一瞬だけ動きが緩慢になった彼女の一撃に、対応する事ができた。それは私ではなかったが。
マリウスはラピエルの振り下ろした拳を腕で受け止めた。同時に鈍い音が鳴った。私は心臓が耳にあるのではないかと思うほどに鼓動が大きくなったのを感じた。
「早く!」
彼は身を挺して私を守った。一瞬何が起きたのか理解が追いつかなかったが、彼の言葉が、やらなければならない事を思い出させてくれた。私は既に手にしていた、部屋に入る前から握り締めていた装置を起動させた。これは博士が昨日作成したもので、周辺のあらゆる機械類に影響を与える電磁波を出す機械だ。手に収まるような大きさながら、動力源であるオリハルコンのパワーは凄まじいらしく、これを使えばラピエルにダメージを与える事ができるらしい。博士がこの場に居ない理由も、これを使うと彼自身もただではすまないからだった。そして私が機械の体ではなくなったために実行できるようになった作戦でもあった。
起動させた装置は発熱し、私の手から落ちてしまった。しかし、強い光を放っているところを見ると、作動自体は問題なく行われたようだ。周波数の高い音が装置から出ている。
頭が痛い。耳鳴りがする。生身ですらこのように影響を受けるのなら、ラピエルには大きなダメージを与えているはずだ。
激しい頭痛も徐々に治まり、ラピエルが居た方を見る。チカチカと点滅する照明に辛うじて照らされた彼女は、うつ伏せに倒れていて動かない。周囲にあった装置からは音が止まり、部屋には暫く無音が訪れていた。
「はっ!大丈夫ですか?!」
私は私を庇って負傷したマリウスの方へ近づいた。彼は左腕を押さえながら返事をした。
「ああ。腕をやられたが、なんとかなる・・・・。それより、あいつは?」
「倒れたまま動きません。」
「そうか。」
「タルモは大丈夫ですか?」
「う、うん。」
後ろのほうで固まっていた彼はその声で我に返ったらしく、動転したような様子で応えた。なんとか作戦の第二段階も突破できたらしい。静寂の中で、私は深く息を吐いた。
「なにをしているのですかぁ?」
入り口の方から聞こえた、広い部屋に響き渡る声。それを発した少女は白衣のようなものを羽織っており、それは明らかに異様な雰囲気を纏っていた。ちょっと迷い込んだという訳では断じてないと言い切れる。つまりこの少女こそが、アビゲイルだと見て間違いは無いだろう。
「あ、あなたこそ何をしているのですか!?」
「・・・・・。」
アビゲイルは私たちの間を迷い無くすり抜け、倒れたラピエルの横まで歩いた。私たちは彼女の所作をただ見つめる事しか出来なかった。
しゃがみこんでラピエルの様子を見るアビゲイル。その後、きょろきょろと周囲を見回して少女は声を上げた。
「ラピちゃん壊れちゃったみたい。でも直そうにもデバイスがぜんぶ死んでるしぃ。」
「あなたがアビゲイルですね。」
「・・・どうしようかなぁ。」
「あなたは何者なのですか!?」
「うるさいわねぇ。とりあえず静かにしなさい。」
少女の右手が暗く光る。何をしているのか全く分からなかったが、数秒後に元に戻った。
「あんたたち何者なのよ。人間じゃないわね。」
とうとうこちらに向き直っていた少女。小さな体からは信じられないほどの威圧感を放っている。よく見ると体が宙に浮いているようにも見える。
「まぁいいわ。新しいオモチャになってくれたらゆるしてあげる。」
「そんなものこっちから願い下げだ。」
軽い発破音と共にマリウスが撃ち出した弾丸は少女を的に捉えた。胸部に命中した弾丸は少女の白衣を少しだけ赤く染めさせた。軽い悲鳴と共に床に崩れた少女は半笑いを浮かべてすぐに立ち上がった。
「いたいよー」
この少女の反応に困る。本当に痛がっているようには到底見えない。そして泣いた振りをする彼女の血に染まった白衣はいつの間にか白に戻っていた。
背後から強い風圧を感じた。それがタルモが跳躍した時に起きたものだとは、彼が落ちてきてからわかった。天井のとても高い部屋は彼の得意とする高さを利用した兜割を繰り出すのにうってつけだ。そうして脳天から直撃した鋼の剣は、重みで彼女の体の殆どを切り離した。普通なら絶対に死んでいる。縦に体が半分になれば、もしかしたら一度横に半分になった機械人形ですら死んでいたかもしれない。
無残に床に転がった少女の欠片は、音もなく宙に浮かび上がりそのままくっついて元に戻った。白衣もまた白に戻った。至近距離に居たタルモは後ろに飛び退いた。
「いたいいたい」
この少女は人間ではない。それは間違いないことだ。そして先ほどの様子をみるなり、彼女を殺すのは困難だ。なにせ半分になった体をその場で再生せしめたのだ。どうすればいいのかまるでわからない。
「こいつ・・・・・!」
マリウスはもう一度弾丸を少女に放った。今度は直撃した場所から激しく燃え上がっていく。一体どういう仕組みでこうなるのか見当も付かなかったが、そんな事を考えている余裕は無かった。次第に大きくなる炎は少女の白衣を黒く炭化させるまで大きくなったが、彼女が膝をつく事は無かった。
タルモはもうやけくそだった。縦へ横へと何度も何度も剣を振りぬき振り下ろした。それでも、数秒後には元通りの姿をした少女がその場に立っている。
まるで悪夢を見ているようだった。しかしこれはそうではない。自分達が相手にしようとしているモノが正真正銘に得体の知れないものだったとは、博士はこれについて知らなかったのだろうか、アビゲイルについての情報は何も無かったというのだろうか。
作戦の第三段階を遂行するにはまだ時間が足りない。この状況でもう少し時間を稼がなければならない。私は床に転がっているケーブルを拾い上げ、先端の被服を引き抜いた。これはさっきタルモが切りつけた時に一緒に切れたものだ。金属の導線がむき出しになったものは恐らく武器になる。あの時の木の枝の要領でこれを振れば、きっと見た目以上に効果はあるはず。
腰を入れて長さ1メートル足らずのケーブルをアビゲイル目掛けて叩き付けた。思ったとおりの効果は出たようだったが、暫くするとまた元に戻った。
どれほど時間が経ったのだろう。ひたすらに攻撃を繰り返し、その度にアビゲイルは再生を繰り返した。私たちは既に絶望の淵に立たされていた。アビゲイルのこの戦い方はとてつもなくえげつない。物理的でなく精神的に厳しい。彼女は何もしない事で私たちの心を折ってくる。
作戦の第三段階は博士がやるはずだった。彼が遠隔でラピエルを修復して正常な状態に戻すという行程だ。しかしどうだろう。一向にラピエルが立ち上がる様子は見受けられない。もしかして失敗したのだろうか。私は頭に浮かんだそんな考えを打ち消して再びアビゲイルに立ち向かった。
その性質上、試験運転をする事が難しかった電磁波発生装置。オリハルコンの強度によってその効果がまちまちで、正確な出力を制御する事が困難という問題を解決する時間も無かった。結果として作戦の第三段階は失敗に終わっていた。博士自身も電磁波の影響を受けてしまい、それどころでは無かったのだ。そうと知らずに不毛な戦いを強いられているアクサナたちは、ただ信じていた。きっとうまくいくと。




