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 思えば僕は、今まで起きていた色々な出来事に対して逃げてばかりだった。正面に立ちはだかった問題から目を背け、駄々をこね、その上で無かった事にしてきた。事実を事実として認めきれず、結果を結果として捉えなかった。本当の両親の事にしても、去っていった友達の事にしても、亡くなってしまったお父さんとお母さんの事にしても。自分に出来る事は無かったと声を上げるしかなかった。その後孤独になってもそれは同じだった。

 おねえちゃんが言った「傷つく事を恐れてはいけない」という言葉で、僕は改めて認識した。僕は怖かったんだ。傷ついてしまう事が。誰だってそうでしょう?自分自身が傷ついて嬉しいと思う人はおかしいと思う。お父さんやお母さんだって僕に傷ついて欲しくないと思っていたと思う。僕は自分が傷つかないように、僕の体や心を守るために問題から逃げてきたんだ。

 逃げていれば傷つく事はない。目的はそれで果たせる。僕はそう自分に言い聞かせて今まで生きてきたじゃないか。でもそれで、本当にそれでよかったの?


 思えば僕は、僕の出生に関する事実を聞かされた時、お父さんが言っていた言葉に対して耳を塞いだ。それでも聞こえた言葉の内容も自分の中で勝手に都合のいいように変えてしてしまっていた。その言葉をもう一度思い出そう。

 お父さんは言った。僕は本当の子供じゃないって。お母さんは言った。でも本当の子供のように育ててきたって。僕ははじめ、その意味がよく分からなかった。お父さんが言った。お母さんが雪の積もる険しい山道で僕を拾ってきたって。お母さんは言った。お母さんには子供が出来なかったから僕を大事にしてきたって。でもそれって本当の子供をお母さんが産んだら僕なんかどうでもいいって事じゃないの?言葉にはしなかった。そんな勇気は無かった。だから代わりに言った。本当のお父さんとお母さんはどこにいるの?と。本当のお父さんとお母さんの事なんか本当はどうでもよかった。でも僕の口から出た言葉に対して、お父さんは言った。僕の本当の両親は僕を捨てたって。お母さんは言った。生まれてきた瞬間に捨てたんだって。僕は思った。こんな事聞かなきゃよかった。こんな事知らなきゃよかった。こんな世界に生まれてこなければよかった。


 思えば僕は、多くの眠れぬ夜を過ごしてきた。その時もそうだった。翼はないけど、崖から飛べばそんな気分になれるかもしれないと思った。月が見えればそこまで行きたいと願った。遠くへ行ってしまえば今の自分が考えている事なんて無くなってしまうと思ったから。おかしいよね。僕だって知ってたよ。手の冷たさに耐えるためには、あたたかいものに触れるんじゃなくて、冷たさに慣れるしかないなんてことは。

 悪魔に出会ったのもそんな頃だった。

 結果、お父さんとお母さんに会う事はもう出来なくなった。この気持ちをぶつける事はもう出来なくなった。体は竜人になったけど、本当はそうじゃない。僕は何者なのだろう。

 竜人の友達だったロディスとは再会する事ができた。そんな機会はもう来ないと思っていた。だからそれ以上考える事から逃げた。時間が足りなかったと言うのは言い訳だ。そんなものいくらでもあったじゃないか。そうだ、少しくらい話をする時間なんていくらでもあったじゃないか。僕は急ぎで彼と離れることになった時、安心した。そして安心してしまった自分に嫌気が差した。僕はここまで愚かな事を思うようになってしまったのだと。


 傷つく事を恐れてはいけない。そんなの分かっている。だって生きていれば誰だって嫌でも傷つくじゃないか。逃げたっていいじゃないか。逃げ続けたっていいじゃないか・・・・・・・。

 僕は知っている。逃げた先に何があるかを。一つの事実から逃げた後、待っているのは新しい別の事実だ。一度逃げると、その次も逃げなければならなくなる。そしてその次も。心に蓋をして耐えるしかなくなる。そうして行き着く先はどこ?わからないけど今は逃げるしかない。そういう風になる。

 だったらどうすればいいかなんて分かっている。それに向き合って解決すればいい。本当の意味で納得すればいい。諦めではなく、納得をすればいい。

 頭では分かっていても、いざ問題を目にした時にはそれから逃げ出したくなる。そしてそこにあるのは『後悔』だ。なんだ。結局逃げても傷つくだけじゃないか。


 傷つく事を恐れてはいけない。それは後悔しないようにするという意味にもとれる。でもきっとそういう意味ではないような気がする。

 逆に考えてみよう。傷つく事を恐れて生きていって一体何が残ると言うのだろう。逃げるように生きてきた僕は何を得たのだろう。

 僕はどうするべきだったのだろうか。僕はこれからどうするべきなのだろうか。




 全ての事情を話す事は恐らくないだろう。それは私自身の虚栄心というか羞恥心というか・・・そういうものが邪魔をして言葉にするのを阻むからなのだろうか。本当は言ってしまいたい気もするが、言いたくないという気持ちの方がやはり強い。それに他人の昔の色の話なぞ聞きたいとは思わないだろう。

 とはいえ、ここまで思い出してしまったのならいっそ今一度思い出してみよう。そう、供養として・・・・。


 あれは15・・・いや16の頃だったか。私は街でも指折りの秀才だった。頭が冴えているのは今もだが、今と違うとすればその時は周囲からももてはやされていたという所か。

 とにかく本が好きで、俗にいう本の虫だった。そんな当時の私にとってロマンスなんて想像もしていない大事件だった。

 それは晴れた日の午後の事。私はいつものように部屋に閉じこもって本を読んでいた。忘れることはない。なぜなら、開いた窓から見えた空は今でも色を失う事はないからだ。そしてその開かれていた窓から飛び込んできたもう一つのものが彼女だった。広い庭を臨む開口は人が通るには十分な広さだったが、それなりの高さがあった。普段そんな場所から人間が侵入してくる事はない。当然、予想もしていなかった珍事に口に含みかけていたお茶を噴出しそうになった。

 私は一瞬戸惑ったが声を掛けずにはいられなかった。当然だろう。自室に来訪した者に話しかけない方がおかしい。しかも通常とは全く別のルートからの来訪だ。だが私は沈黙を守った。窓の傍で耳を欹てる彼女の姿勢と、訴えかけるような視線。何より静かにして欲しいという要求を表す動作。つまり人差し指一本を唇に当てる動作だ。暫くすると数人の足音が聞こえ、離れていった。全く、他人の家の庭で何をしているのだ。

 よく見れば彼女は裸足で両手に履いていたらしい靴を握っているではないか。部屋に上がるのに靴を脱いだ?違う。これはきっと家を出る時から掴んでいたものだろう。足の裏の皮が分厚いようだ。そんなくだらない事を考えていた所で、彼女は警戒を解いて立ち上がった。上背は私と同じくらいだった。恐らく歳も同じくらいだったのだろう。彼女は少し恥ずかしそうな仕草をとりながら謝罪の言葉を漏らした。私は半分呆れていたが、怒鳴り散らすような事はしなかった。もしかしたらその時から私は彼女のことを好きになっていたのかもしれない。


 それから暫らく匿ってやる事にした。別に何かするわけではない。私は読書を再開した。お茶を飲みながらのんびりする彼女を横目に見ながら私はそのまま読書を続けていたが、彼女は退屈だっただろうか。今になって思えばもう少し構ってやればよかったと思う。

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。太陽は黄昏になりたそうに色を変え始めたようだった。西にある小窓から覗くその姿を見ながら私は久しぶりに声を出した。もう帰らなくてはならないのではないか?と。彼女はその言葉に頷き、脱いでいた靴を履き始めた。そしてまた来ると言い残して窓から出て行った。

 彼女との出会いはこんな感じだった。その日から部屋の窓は彼女専用の通用口となり、日中、私が部屋に居る時は常に開いたままにしていた。彼女は私の部屋を訪れ、部屋に入るときもあればそうでない時もあった。そんな事が何度か続いた頃、もういい加減玄関から入ってくれという私の申し出も彼女は聞かなかった。


 誰かに話す事もなかった魔法についての研究。当時手がけていたのが、アンダーヴィジョンの魔法の作成だった。厳密に言えばその前の段階なのだが、当時の私はこの魔法が完成すれば社会に多大なる貢献が出来ると確信していた。彼女にその事を話すと笑われてしまった。一般的に魔法というものが浸透していないという事実を私はあまりに知らなかったからだ。しかし彼女は私の研究に興味を抱いていたようだった。彼女に魔法というものが存在すると証明するのに時間は掛からなかった。現に私が色々な実験を彼女に付き合ってもらっていたからというのもあるが、彼女自身の心もきっとそれに対して寛容だったのだろう。


 彼女の存在が私の魔法の研究に貢献してくれた。その結果として想定していたよりも早く魔法が完成した。私は感謝した。彼女は笑った。

 そんなひとときは私にとってかけがえのない時間となっていた。勿論いつまでも続くわけではないという事は分かっていたつもりだった。しかしその別れがあんなにも突然に訪れるとは思ってもいなかった。


 ここからは私が悪魔と契約するきっかけとなった事件だ。ある日、彼女は約束していた時間になっても現れなかった。その時は妙な胸騒ぎを覚えた。それから数日が経ち、彼女が来ない日が続いた。その時は本を読んでも内容が全く頭に入らないほどに気になった。もしかしたら何か事故に巻き込まれたのでは、そんな風に考えると居ても立ってもいられなかった。

 私は彼女の家へ行く事を決意した。場所は聞いていたが実際に行ったことはなかった。彼女の家は街の反対側のエリアにあり、そこは普段近づかない方面だった。本当は行くと全てが終わってしまいそうで怖かったからなのかもしれない。

 しかし現実は違った。そこはすでに全てが終わっていた。炭化した家屋からはひどく焦げた臭いがする。どうしてもっと早く来なかったのだろう。私は数日を暢気に過ごしていた自分を呪った。

 第一印象の全焼した家屋から察するに火事があったのは間違いない。そこで役に立ったのは出来たばかりの魔法だった。私はすぐに準備して何が起きたのかを探った。


 その光景を目の当たりにした時、私は唖然とした。魔法により得られた情報は思っていたよりも酷い状況を示していたからだ。

 事件が起きたのは3日前、当時屋敷の中に居た者は残らず惨殺された様だった。目を覆いたくなるような惨劇を前に私は自らの愚かさを改めて認識した。

 唯一の希望は彼女だった。彼女らしき影はその場で殺害された訳ではなかったらしく、連れ去られたような痕跡があったのだ。

 私は街を飛び出して森の中を走った。無我夢中だった。彼女が生きているかもしれないという微かな希望が、たったそれだけが私を支えていた。もし彼女を救えるのなら何を差し出しても良かった。


 彼女を危機から救う方法があるのなら、もし時間を巻き戻せるのなら、もし過去に戻れるのなら、私は迷うことなくここの瞬間に戻るだろう。そんな妄想をする事もあった。だが、その時々で最善の手を打つ努力をするしかない。私は連れ去られた彼女の痕跡を追い続けた。

 しかし時間が経ちすぎていた。作りたての魔法で追うには限界があった。気持ちばかりが焦っていた。私は彼女のもとへ行きたいと強く望んだ。

 その望みを掬ったのが『悪魔』だった。あいつは笑いながら私に問いかけた。代償を捧げる覚悟はあるか。と。私は答えた。ある。と・・・・・。

 その後の事はあまり記憶には無い。体には力が溢れているような気がして、感覚は鋭くなっている気がした。残された足跡や匂いを頼りに追跡を続けた。自分の体がどうなっているかなんて二の次だった。


 私は彼女のもとへたどり着いた。彼女はまだ生きていたのだ。しかし恐怖に凍りついた彼女の顔を見たときに、私は私の体を意識した。もし、鏡があったら私は絶叫していただろう。しかし、そこにあったのはそんな高尚なものではなかった。

 まず嗅覚が捉えた。むせ返るような血の臭いと腐ったような獣の臭いを。次に地響きを感じた。それは何かが近づいてきているような感覚だった。私には心当たりがあった。魔物だ。

 何が起きていたのか知ったのは全てが終わった後の事だった。当時は彼女を守ろうと必死になっていた。襲い来る魔物をなぎ払う力はあった。しかし、あまりにも多すぎた。私の目の前で彼女はその波に飲み込まれてしまった。


 意識が戻った時には、元の体に戻っていた。いや、新しい体になっていたと表した方が正しいか。すなわち今の私が出来上がったのがその時だった。それどころではなかったが。

 彼女は、ずたずたに切り裂かれ絶命していた。最期の言葉を交わす事も許されなかった。そして、手についた血の臭いが微かな記憶を呼び覚まさせた。私はこの手で彼女を引き裂いたのかもしれない。

 不確かな記憶は私を混乱させた。そして不意にもう一つ記憶を取り戻した。


 彼女は最期に私を呪った。そんな光景を思い出した。

 真実は判らない。私は彼女を殺したかもしれないし、殺してないかもしれない。彼女は私を呪ったのかもしれないし、呪っていないかもしれない。

 しかし、もうそんな事はどうでもよかった。事実として彼女はもうこの世には居ないし、私もすぐに後を追おうと思ったからだ。


 だがその願いは叶わなかった。私はなぜかそのときに現れた見知らぬ女性に保護された。そう、この瞬間からこの地獄の日々が始まったのだ。そして何度試みても私の体が死ぬ事はなかった。

 やはりこんな事、誰かに語ろうとは思わない。この事は私が責任を持って墓まで持って行かなければならない。それも“行ければ”の話だが。




 結局あの二人は私に話があったみたいだったけど、なんだったのだろう。結論が出ない話に付き合わされただけだったような気がした。どちらにしても明日の為に十分に休んでおかなければいけない。そうだ、シャワーでも浴びよう。

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