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 けたたましく鳴り始めたその音には聞き覚えがあった。これは博士からの通信の音だ。


 族長との会談も終わり、無事に洞窟から抜け出せた事に一安心。そんな気を抜いた瞬間の隙を突いた大きな音に体が勝手に反応し、その勢いで少し飛び跳ねてしまった。二度目とはいえ急に鳴り出すのには慣れない。心臓の鼓動が大きくなったような気がする。そんな事を考えつつも、気を取り直して装置のボタンを押すと通話が始まった。


「首尾はどうだ?」

「あ、はい!いいと思います。」

「そうではないだろう。我々は先ほどオリハルコンを手に入れる事ができた。連絡を入れてきたということは何か理由があるのだろう。直ぐに落ち合う必要があると言うのなら、場所を指定してくれ。」

「話が早いのはありがたい。では前回落ち合った所まで来てくれ。なるべく早く。」


 ブツンと回線の切れる音がした。



 前回もそうだったが、会話の殆どをマリウスに奪われている。確かに彼が話す方が間違いなく話は早い。もちろん自分の受け答えをする能力が劣っているのも理解できる。それはわかっている。しかしどこか納得できない。



「すぐにでも出発するべきだが。その前に列車がまだ出ているかを調べなければいけない。」

「もう日も暮れてるよ。出発は明日のほうがいいんじゃない?」

「そうですよ。こんな時間に列車は出ていないでしょう。」

「いいえ、・・・確か、今の時間ならまだ列車は出ていたと思います。」

「ではそれに乗ろう。」

「・・・仕方がないですね・・・・。」

「それにしても今のがワイズマン博士ですか?」

「そうです。この装置を使えば遠く離れた場所でも会話できるのですよ。」

「へぇ、面白いですね。っと、もうすぐ最終便の時間でしたね。あまり無駄話する時間は無いでしょう。」

「色々とありがとうございました。」

「ええ。こちらこそ。タルモも、会えて嬉しかったですよ。」

「うん。・・・ロディス、またね。」



 すぐに駅まで急いだ。そしてロディスの助言のお陰で多少の余裕をもって列車に乗る事ができた。もし逡巡して初動が遅れていれば、或いは乗り遅れていただろう。重ね重ね彼には感謝しなければならない。



 そういった事実の一方で、アクサナとタルモは、出来ればもう一泊この町で過ごしたかったというのが本音だった。

 アクサナは単純にもう少し温泉を堪能したかったとか、おいしいものが食べたかったとか殆ど観光のような動機だったが、一方のタルモはというと、かつての親友で遠い思い出の中の人物との再会にもう少し時間を取りたかった。彼の中でその現実を受け入れる為の時間が欲しかった。結果としてタルモはロディスとまともに話をする事ができなかったのだ。

 その理由は勿論、タルモが精神的にもまだ幼く、そのような事態を受け止めるのに、どうしても時間が掛かってしまうからだが、彼も彼なりに目覚めて以降様々な経験を積んできた。大抵は到底納得できるものではなかったが、それ故に納得がいかない事情に対して納得するという、ある種の妥協のような心境を乗り越えてきた。

 だからこそ今回に関しては妥協したくないという想いが強かった。彼自身の過去をその心に刻んで生きて行くことを是としたのだ。そしてその答をタルモはロディスにぶつけなければいけないと考えていた。ロディスにその答を求めなければならないと考えていた。だが、それは不可能になってしまった。帰りの列車の中で彼はただその無念を思考の中に廻らせていた。



 決して座り心地のよい座席ではなかったが、疲れからか車内でうとうとしているアクサナ。タルモも一丁前に物思いに耽っているようだ。

 お嬢さんは眠りの中へと落ちていったようだ。今朝は早くから目が覚めていたらしい。そっとしておいてやろう。

 アステリディスに入ったのは日付が変わる少し前だった。それもいよいよ到着という頃に、眠っている彼女の体をゆする。だるそうに目を擦りながら、まどろみの中で暫し列車が止まるまで待っている。そんな様子だ。


 人もまばらな最終列車から下車し、我々三人はその足で博士の待つという宿へと向かった。嫌な予感はしていた。確かにこの旅は初めから急ぐ任務だという話だが、しかし今回の状況はいつになく急を要しているような気がする。そう、今までに無いほどに。


 我々が博士の部屋に到着したのはさらにそれから少し後の事で、すでに日付は新しいものに変わっていた。博士は深夜の来訪者の姿を見るなり言葉をかけてきた。


「急がせてしまった事は詫びよう。しかし既に猶予は殆ど残されていない。」

「一体どうしたのですか・・・?」


 言葉を発したアクサナは眠気によって落ちてくる瞼を必死に持ち上げている様子だ。もし彼女の身体が人形だったとしても、恐らく似たような感じになっていただろう。少し滑稽だ。


「まだ予兆の段階だが、とうとう動き始めるようだ。」

「動き始める・・・・?今まで何もしてなかったのにどうして急に・・・。」

「表立っての活動はあまり行われていなかったが、実は水面下での攻防戦はずっと続いていた。もしかすると先のアラマントの街で起きた事件が一つの起点となったのかもしれん。あれ以降ラピエルは私を探す事を止め、姿を見せる事も無かった。それが今日になってその沈黙を破った。」


 あの街で起きた事件で事態が動き出したと言うのだろうか。しかしそれにしては時間が経ちすぎているような気がする。それとも、掛けた時間に相応しい何かが始まるというのだろうか。とにかく眠そうなアクサナは放っといて話を聞かなければならない。


「それで奴等は何をしようとしているのだ?」

「具体的な行動はまだだが、どうやら殲滅戦が始まるらしい。そうなる前に手を打たなければ甚大な被害が予想される。」

「手を打つとは何をするのですか?」


 所々しどろもどろに相槌を打ったり聞き返したりする彼女は、あんな状況でまだ起きていると言い張るのだろうか。そう考えるとおかしくなってくる。しかしこんな場面で笑みを零している訳にはいかない。笑いを堪えるのに必死になると、余計におかしくなってくる。考える振りをして口元を手で覆った。


「奴等の準備が完全に終わる前に直接叩く。本当ならすぐにでも首都に向かいたいのだが・・・・」


 博士はアクサナの方を見ながら肩をすくめた。どうやら博士も同じような事を考えていたようで、再び眠りの淵へと落ちようとしていた彼女に向かって何か言いたげだった。仕方ない。少しフォローしてやろう。


「あまり責めてやるのもかわいそうだ。今朝は早くから起きていたようだったからな。」

「いや・・・・。どちらにしても移動するのは明日だ。」


 話の流れでその日はそこで一泊する事になった。幸運にも部屋は空いていた。いや、この部屋は恐らく博士が押さえていたものだろう。彼はそんなこと言わなかったが、そう考えるのが妥当だろう。



 完全に眠ってしまったアクサナを抱えて部屋へと連れ帰った。そんな姿を見ていると、なんとも言えないもどかしいような感情がこみ上げて来る。


 このお嬢さんが館にやってきた時には、想像もしていなかった未来へやって来たものだ。一緒に旅立つ事になり、散々色々な場所へ連れ回され、私も数多の文句を垂れてきた。本当は館から外に出るつもりは無く、死ぬまで閉じ篭っていようと思っていたのに。

 いつものように“見送り”を終えた後、いつも通りすぐにやってきたこの娘は、はっきり言って異常だった。姿形は女性のものであるが、今回はきっと何かの間違いないだと思った。この呪いはあまりに奇怪で執拗で、いい加減死んだ方がマシだと思っていた事もあり、この娘の口から出る話を聞いた時は、やっと解放されるかもしれない等と思ったものだ。結局、今もこうして共に過ごしているのだからお笑いだ。自己分析をするなら、あの時は自暴自棄になっていたのだろう。


 しかしこのお嬢さんにも私の呪いの事について話した方が良いのだろうか。あの頃に比べればものを考えるようになったとは思うが、いかんせん生まれ持っての人間ではないという所が気掛かりだ。なによりこいつには常識というものが通用しない。私の心境を語ったとしてそれが理解出来るものなのか。

 それこそ、この一件が終わったらいっそ・・・・・。いや、こんな事をもし彼女に聞かれたら怒られるだろうな。彼女の事を思い出すなんていつ以来だろう。


「・・・・・・」


 名前を呟こうとすると、急に気恥ずかしくなる。もう遠い遠い過去の事で、とっくに清算の終わった事件だ。今更出来ることなど無い。だが、このお嬢さんの姿を見ていると、彼女の姿を思い出す。

 やっぱり私の素性も話すべきなのかもしれない。



「いいから早く準備をするんだ。我々は始発に乗らなければならない。」


 次の朝。そんな言葉で目が覚めた。全く状況が飲み込めない。昨日の記憶は博士との会話の途中で途切れていた。日も昇らない早朝に叩き起こされたという事も混乱を悪化させる要因の一つなのだろう。頭の中にまだあった冷静な部分ですらそんな的外れな事を考えている。


 博士のプランを聞いたのはその列車の中でだった。アステリディスからは首都へ向かう直行便が出ており、それは前回まで乗っていたものとは比べ物にならないような速度が出る列車だ。きっと高度な技術が使われているのだろう。それこそ、博士ならその仕組みを知っているのだろうが。

 この街は何もかもがつるつるのぴかぴかで、そこらの建物がどういう素材で出来ているのかすらわからない。文明のレベルがどうしてこんなに違うのか。私は何も知らない。でもきっと、これも博士が関係しているのだろう。なにせ私を作ったのだから。


「明日には首都に入れる。我々はその足ですぐにラピエルの居る王城へ向かう。」

「ラピエル・・・でも私たちに彼女に対抗する術があるのですか?」

「ああ。そのために君たちにオリハルコンを持ってきてもらったのだからな。私は今日中にその装置を作り上げなければならない。それまで君たちは・・・・・そうだな、英気を養っていてくれ。」


 博士はそう言い残して個室へと姿を消した。この列車もやはり寝台列車で、私たちは博士が用意した一番奥の車両に乗っている。ここなら他の乗客の目に触れることもない。博士もオリハルコンを使った装置を作る事に専念できるし、私たちも到着までの間窮屈な思いをすることはない。

 あの時の、列車での事を思い出す。ここまで長い道のりだったけれど、ついにこの旅の終着地へと向かっているのだ。きっと私たちならやり遂げる。その言葉を強く心に刻む。



「おねーちゃん。ちょっといい?」


 タルモが目の前にある椅子に腰掛けて話しかけてきた。あの洞窟から出て以降、彼が言葉を発する事はなかった。何かを考えていた風だったけど・・・。


「はい。なんでしょう。」

「えっと、おねーちゃんは怖くないの?」

「どういう意味です?」

「だって一回やられちゃったんだよね。その、ラピエルに。」

「そうです。もう傷は無いですけど、おなかの所から半分にされてしまって、私は私の足が立っているのを地面に伏して見上げたのですよ。」

「うぇ・・・・。」

「冗談ですよ。まぁ事実ですけど。」

「はぁ、・・・・それで、そんな事になった相手にまた会いに行くのって怖くないの?」

「いいえ。私は知っているのですよ。あの子が何を考えていたか。・・・・違いますね。本来のあの子がどういう子だったのかを知っている。と言った方が正しいですね。」

「よくわからないけど・・・・、またやられちゃうんじゃないかって思わないの?」

「そうですね・・・・。それに関しては、博士が何とかしてくれるでしょう。私は私に出来る事をやるだけです。最初からその部分は変わっていないですよ。」

「自分にできること。かぁ・・・。」

「それに、悪いのは何とかっていう方なのでしょう?ラピエルはきっと私たちの味方です。」

「アビゲイルだよ。・・・・でも確かに、おねーちゃんの体を真っ二つにするような人が味方なら勝てそうな気がするよ。」

「当たり前ですよ。私の自慢の妹なのですから。」

「ははは・・・・・。まぁきっとなんとかなるか。」

「そうですよ。傷つく事を恐れてはいけないですよ。」

「・・・・・・・それって・・・・」

「どうかしましたか?」

「ううん。なんでもない。ありがとう。少しすっきりしたよ。」

「そうですか。」


 タルモの後姿を見ながら心に残った言葉を反芻する。怖くても進まなければならない。


「私は私の存在を賭けてラピエルに挑むのです。」


 タルモに届かないくらいの音量で呟いた。彼は個室へ入っていった。それと同時に今度はマリウスが出てきた。もしかしたら、タルモと私の話が終わるのを待っていたのかもしれない。



「ちょっといいか。」

「はい。」


 さっきまでタルモが座っていた場所に、今度はマリウスが座る。腕を組み、足まで組んで少し難しい顔をしている。話しかけてきたのに一向に話を始めない彼は、私に何の用事があるのだろうか・・・・。ここは素直に彼が沈黙を破るのを待とう。


「すまない。ちょっと長い話になるかもしれない。」

「はい。」

「今日は・・・・私の過去について話そうと思ってな。今まではぐらかしていた部分だ。」

「はい。」

「あの館での出来事を憶えているか。君も見たあの館の肖像画を。あれは私が『伴侶』とした女性たちだ。」

「どういうことですか?」

「私にかけられた呪いがそうさせた。とも言えるが、責任を転嫁するつもりは無い。そう、この体になった時、私は呪いも同時に受けたのだ。言葉にしにくいのだが、私の下に女性がやってきて離れられなくなる。そして丁度10年経つとその女性は亡くなってしまい、そしてその日の内に別の女性がやってきて館に住むようになる。100年にも亘り幾度も繰り返された別離に私は疲れ果てていた。想像できるか判らないが、悲しむ時間も与えられず、そんな事情を何も知らない犠牲者が際限なく訪れる・・・。そんな状態が続いていたのだ。」

「ではあの肖像画の下に書いてあった年が・・・。」

「そうだ。あれも狂気じみているが、彼女たちを忘れない為にも残す事にしたのだ。そしてもう判っていると思うが、君が来る前にも亡くなった人が居る。」

「・・・あの日記に書いてあった事は本当だったのですね。」

「日記?まさか他人の日記を勝手に読んだのか?まぁ、あの部屋を当てた私のミスだが・・・。」

「うぅ・・・すみません・・・・・。」


 彼は少しだけ肩をすくめて見せた。当時はそんなに考えなかったと言うだけで、今になってみれば他人の日記など見るものではないなんて分かっている。そして十分に申し訳ない気持ちを抱いている。


「話が逸れたな。・・・あの時、・・・君が来た時もそういう状況だった。それが私の負った呪いだ。」

「ややこしいですね。率直に。」

「ああ。ややこしい。全くだ。」

「でも、そんなに大変なら避ければよかったのではないでしょうか?」

「ふん。試していないとでも思ったか?どんな手を用いて逃れようとしても、何の因果か離れる事が出来なかった。」

「そんな得意気に言われても・・・。」

「だから君があの塔で行方不明になった時には、その呪いも解けたのではないかと思って安心していたのだぞ・・・・。」

「そんな事言われても知らないですよ。それに私は戻ってきたので呪いはまだ健在ということですね。」

「やれやれ全く、忌々しい。」

「という事は、あなたが研究しているのはその呪いを解くためなのですね。」

「いや、呪いに関しては今更どうこうしようとは思わない。それに呪いというものはかけた本人に働きかけるしか解く方法などないものだ。そしてそれはもう叶わないものなのだよ。」

「なんだか大変ですね。」

「ああ。大変だ。」

「話と言うのはそれだけですか?」


 彼は少しだけ言葉に詰まった。きっと話はまだあるのだろう。それこそ彼が私に伝えるべきか悩んでいるような話が。


「いいや、話は終わりだ。」


 読みが外れた。のだろうか?でも何か話があるような感じがするのだが。踏み込んで聞いてみよう。


「本当にそれだけですか?」

「まだ話したいのか?だったら今少し思った事を。私はこの体になって以降、ずっとあの場所で暮らしていた。本当なら死ぬまであの館で暮らすつもりだったのだ。」

「・・・・それは私が旅をすると言ったから?」

「無論だ。だからあの時聞いたのだろう。あの場所で死ねるか。と。」

「・・・・・どちらにしてもあの場所で死ぬ事はできません。私にはやらなければならない事があるのです。」

「そうだな。そう言うと思った。今度こそ話は終わりだ。」


 彼は立ち上がって個室へと戻っていった。その後姿には、やはりまだ言っていない事があるような、そんな雰囲気が漂っていた。それはきっと今はまだ話す事ができない内容なのだろう。或いは、彼の中で墓場まで持っていくべき話なのだろう。どちらにしてもそんな話を無理に聞きだそうとするのは野暮というものだ。



 自問自答を繰り返して繰り返して繰り返してここまで来た。答が出せた事はあまりなかったけれど、私は人形だった頃から言えばかなり成長している。客観的に見てもそう思う。それは体の強さとか力の強さとかではなく、心の強さだ。そして『初志貫徹』私は私の進む道を諦めない。諦めなかった結果がここにある。そして明日にはこの旅の決着がつくだろう。

次回、1月6日分の投稿はお休みします。

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