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「当然、博士の言葉を疑うわけではないが、市街地での情報収集において、その“噴火により生成された洞窟”の存在を確認するまでには至らなかった。」


 昨晩の情報収集の成果をマリウスはそう纏めた。


 南の地域には山岳地帯があり、そこは人気の温泉地としても有名だった。博士の話では千年前にそのうちの一つの山が噴火したらしいが、あの一帯で噴火が起きたという記録は残っていなかった。本当に噴火があったのか。それとも単に記録に残っていないだけなのだろうか。その違いを判別する事は現時点では不可能だった。


「やっぱり直接行かなきゃわからないね。」

「そうですね。ここからだと距離はどれくらい離れているのですか?」

「それなりに離れているものの、有名な場所という事もあって、アクセスに不便は無いらしい。と言うのも、この街と鉄道で繋がっているようだ。」

「また列車ですか。」

「嫌なら徒歩でも行くことは可能だ。軽く見積もっても二日は掛かるだろうがな。その点、列車なら半日もあれば着くはずだ。」


 二度目の列車の旅はおよそ3時間という短いものだが、ただ座っているのも退屈だ。アクサナは自分が居なかった一ヶ月の間、二人がどう過ごしていたのかというのが少しだけ気になっていた。


「そういえば、一ヶ月無為に過ごしていたわけではなかったのですよね。何をしていたのですか?」

「あぁ。大半はいつもやってる事だ。情報収集と資金調達。それと例の卵の調査だろう。」

「タルモは何をしていたのですか?」

「僕は狩りに出て小遣い稼ぎしたり、たまにだけど、にーちゃんの手伝いしたり、勉強教えてもらったりしてたよ。」

「勉強!?どうして急に・・・」

「文字が読めないのは色々と不便だからな。気持ちは分かる。『判らないから教えてくれ』だなんてなかなか言えるもんじゃない。」

「うるさいやい!分からない事を分からないと言って何が悪い!」

「そう怒るな。けなしている訳ではない。その姿勢に関しては賞賛に値すると言っているのだ。」

「なんだかなー。」

「そうだったのですか。では、狩りはどういった感じなのですか?罠を仕掛けたりとかですか?」

「ううん。こう、ばーっと行ってガツっとやるだけだよ。まぁ刃は使わないけどね。毛皮が痛むから。」

「という事は大物を狙っていたと言うわけですね。」

「うーん。確かに大物は狙ってはいたけど、大体はウサギとか水鳥とかだね。」

「その剣を使うのですよね・・・?」

「そうだよ。」

「・・・・・・・どうやってるのか少し見てみたいですね。」

「じゃあ今度一緒に行こう。まぁ多分付いて来れないと思うけど。」

「そうですか・・・。えっと、じゃあ持ち帰った得物はどうしたのですか?」

「僕は毛皮の加工が出来ないから、生の皮でも欲しがっている人に売ったりとか―後は市場にもって行ったりとかかな。肉は直接料理屋に買ってもらったりとか。」

「へぇー。」

「最近はなんて言ってたっけ。じびえ料理?なんかそんなのが流行ってたらしくってなかなかいい肉が手に入りにくいとか何とかで、なかなかいい小遣い稼ぎになったんだよね。」

「じびえ料理・・・どんなのなんでしょうか・・・。」

「さあ。そこまでは知らないよ。きっと焼いたりするんでしょ。」

「恐らく、これほどに近代化の進んだ都会において、野生の動物を狩猟するという文化は失われたのだろう。彼らにとって見ればそういった『過去の産物』が面白いのだろう。」

「つまり僕にとっては普通の事があそこの人たちにとって見たらそうじゃ無かったって話だね。」



――場所によって文化や常識は全く違う。そういう違いに触れる事を楽しむのも旅の醍醐味なのかもしれない。この話からはそんな事を感じたが、自分自身が既にまるで変わってしまっているという都合上、何が起きてもそれは新しい視点での新しい発見の連続に違いない。今の自分が過去の自分にできることは殆ど無い。私は過去の私へ、こんな新しい世界の見え方をはなむけにしようと考えた。もう渡す事はできないのかもしれないけれど。

 流れ行く車窓からの景色は過去の自分のようでもあった。短い列車の旅はもうじき終わる。少しだけ物悲しいような気もする――



 彼らの目的は温泉などでは決してないが、温泉が目的である他の乗客にほだされて、若干の浮かれ気分を味わっていた。そんな中列車に数時間揺られ、目的の温泉地へと到着した。

 趣あるこの温泉街は、訪れる人間を無条件で落ち着かせてくれる。


「ん?なんだかガス臭いよ。」

「温泉街だからな。火山特有の硫黄の臭気だろう。」

「何か腐ったようなニオイですね。でも、慣れてくればクセになりそうです。」

「えー!?だめだよ。キケンなんだから!」

「そうなのですか。覚えておきます。」

「ホントに危ないんだってー!」

「そんな事より件の洞窟とやらの場所を特定せねばならんだろう。」

「そうですね。先ずはそういった情報を取り扱っていそうな場所ですか。心当たりは何かあるのですか?」

「ああ。近くに地質を研究している施設があるらしい。そこへ行って詳しく話を聞くとしよう。」



 研究所の場所はある程度の調べはついていたらしい。しかしその外観は、およそこの街には馴染まないようなものだった。古ぼけた建物はその外壁が崩れかけ、窓ガラスにはひびが入っている。


「この建物なのですか?」

「そうだ。そのはずだ。とにかく誰か居ないか見てみよう。」


 彼は扉に手を掛けたが、それが開くことはなかった。鍵が掛かっているというのなら中には誰も居ないのだろう。


「参ったな。得られた情報が少なかった故に、ここが望みだったのだが。」

「どうしますか?ひたすら歩いて探すというのも――」

「これは――来客とは珍しいですね。」


 その声に振り返った三人の目には痩身の男の姿が映っている。髪はぼさぼさで無精ひげを蓄え、眼鏡をかけている。いかにも何かの研究に没頭しそれ以外はなりふり構わないといった印象だった。


「あなたは・・・?」


 言葉の途中でアクサナのおなかが食事の催促をする音を出した。豪快に高らかに響き渡ったその音は、まるで彼女のおなかには、なにか音楽の演奏団が居るのではないかと思えるほどだ。


「丁度いい。僕もこれから飯を作ろうと思っていたのです。ご一緒にどうですか?」


 男は言いながら手に持っていた手さげ鞄を見せ付けるように持ち上げた。その鞄の口からは色々な野菜が顔を覗かせている。


「と言っても、僕みたいな地質学者はそれなりの料理しか出来ませんがね。」


 笑いながら扉の鍵を開けて来訪者を中へと導いた。

 外観よろしく内装も殆ど飾り気も無くボロボロだった。なんとか建築物として保っているような状況ともとれる。長らく使われた形跡のないテーブルと椅子の置かれた部屋は、きっと来客が会った時のための部屋なのだろう。彼は埃の積もった椅子とテーブルを軽く掃除し、「直ぐ戻る」と一言だけ残して部屋を出て行った。


「なんとか足で探すという事態は回避できそうな感じですね。」

「ああ。彼が話に聞いていた地質学者と見て間違いないだろう。」

「なんだかどこかで見た事あるような気がするんだよなぁ。」

「お知り合いですか?」

「うーん、こんな所に来たことは無い筈だからそんなわけが無いと思うんだけど。」

「君は何百年も石になっていたのに、知りようも無いだろう。」

「そうなんだよなー。きっと気のせいだよね。」

「あちちちちち!」


 どかどかと盛大に走りこんできた彼はテーブルの中央に鍋を置いた。見るからに熱そうなこの物体を運んできた彼は両手をぱたぱたと振っている。


「ふぅ。地質学者の地質料理です。」


 彼はそう言い残し、またも部屋から出て行ってしまった。残されたのはぐつぐつと煮えたぎる鍋。その中には大きく乱雑に切られた野菜が盛られている。季節は初夏。窓は開け放され、緩やかに暖かな風が流れ込む室内に煮えたぎる鍋。

 このようなものは冬の寒いときに食べるものだと言わんばかりの顔でそれを見つめるマリウス。そんな季節の移り変わりも知らずに催促を続けるアクサナのおなか。少し考え込むような素振りを見せているタルモ。そんな彼らの想いなど知ったことかと言わんばかりに煮え続ける鍋。それぞれ何か思う事があるという空気も一緒に温まっていく。

 無言の室内にぐつぐつと鍋の煮える音とアクサナの合唱団の歌声が響いている。例の彼が再び入室したのはそんな所だった。


「もういい頃合でしょう。遠慮せずどうぞ。」

「いただきます!」


 もう待ちきれないという勢いで頬張るアクサナ。彼女はいつからこんな“食いキャラ”になったのだろう。とマリウスは何となく考えていた。タルモは依然として何かを考え込んでいる。


「おいしいですよ!」

「そうでしょうとも。実はこの鍋には秘密がありましてね。まぁ秘密と言うほどでもないんですけど。いいですか?上のほうに見えるのは大きな岩や建物を表しているんです。その下には少し小さく切った野菜が入っていて土壌を表しています。そしてその下には薄い肉の層があってそれは堆積した火山灰を示しています。一番下にはすりおろした芋とトマトが入っていてそれが流動するマグマです。そして!充分に熱せられた芋とトマトのマグマが上の層をぶち破ってあふれ出してくる!それがこの『噴火鍋』です!」

「おー、なんだかよく分からないですけどすごいですね。」

「ふっふっふ。この鍋の本気を見たときに同じことが言えますか?上から取り分ける事で内圧を押さえるのが難しくなり、その爆発的なパワーが向かう矛先は―」


 立ち上がった彼に触発されるように、鍋はもう待ちきれないと言わんばかりに震えだす。マリウスは既に帽子で顔を隠していた。

 芋とトマトのマグマは“噴火”を起こし、辺りに飛び散った。熱々の芋の溶けたスープはテンションの上がった彼を襲い、彼は叫び声を上げた。爆発の終わったテーブルの上は大惨事だったが、アクサナはその様子にぱちぱちと拍手を送っていた。


「大丈夫ですか?お客さんに被害が無くてよかったです。」

「自分でこんなもの用意しておいて心配するのか・・・。」

「まぁ面白かったしいいじゃないですか。それに、爆発した事で具材がいい感じに混ざってます。」

「いい所に気がつきましたね。それがこの鍋の正しい食べ方なのですよ。」

「・・・後片付けがたいへんだけどね・・・・。」

「そう。噴火とはそういうものです。」

「はぁ。」


 インパクトの強すぎる鍋料理“噴火鍋”。それはその名の通り食べているうちに噴火を起こして大変な事になるという迷惑極まりない料理だったが、噴火後の味はなかなか美味でこの鍋の正しい食べ方と言った彼の言葉に間違いはなかった。問題を強いて挙げるならどういう風に食べたとしても勝手に噴火する所だろうか。まるで本物の火山のように。

 彼は噴火後の鍋をポストアポカリプスと呼んでいるらしい。色々思う事はあるが、その辺りはそっとしておいた方がいいのだろう。

 余談だが、この鍋は鍋自体に加熱する能力が備わっている。鍋の下側についているつまみを左右に操作することで火力を変えられるらしい。これも魔法工学から生まれた製品で、現在では大抵の家庭で使われていると言っても過言ではないほどのヒット商品だ。


「実はあの鍋はこの街を表しているんですよ。地表に多く見られる大岩や、人の営みの象徴でもある建物群。その下にある豊かな土壌。そして過去の噴火と、いつ起こるかどうかも判らない次の噴火。」

「という事は、千年前に噴火したと言うのは事実なのですね。」

「・・・・・その話を何処で聞いたのですか?」

「え?」

「冗談ですよ。僕は一目見たときから気がついていましたよ。タルモ。そうでしょう?」


 ハッとして目を見開いたタルモは何かを思い出しかけている。そんな表情だった。


「ええ。あれは遠い遠い昔の話でしたからね。忘れていても仕方ない事・・・。でも、わざわざ食事を振舞ったのも、あなたが居たからなんですよ。そう。かつて僕たちはあの山に住んでいたのですよ。確か名前が付けられていましたね。モリーホーンでしたっけ?」

「という事はあなたも・・・竜人・・・?」

「そうです。このペンダントに見覚えがあるでしょう。僕は彼の集落から離れた後に、人間としてこの場所に住み着いた。いわば変わり者ですが・・・。それも理由があるのですよ。」

「ロ、ロディス・・・・?」

「そうです。思い出したようですね。でもあなたがまだ当時の姿をしているとは驚きですよ。」

「そうだよね。僕だけ取り残されたから・・・・。」

「・・・・・僕はあまりその話は知らないのですよ。ただ、記憶の隅にあったタルモの面影が、なんというか思い出されたというのか・・・。まぁ殆ど忘れていた所ですが。」

「あの頃が懐かしい・・・。どうしてこんな事になったのだろう。」

「詳しい話は聞いていません。当時の事で記憶にあるのはタルモの姿が無くなった事と、それからしばらくして――僕ら子供が十分に成長してと言った方がいいでしょうか。まぁ移動出来るようになってここへ移ってきたという事くらいですね。それももう随分昔の話です。」


 タルモは俯いて沈黙を守っていた。ロディスは言葉を選んでいる様子だ。


「それはそうと、お二方は・・・タルモの保護者でしょうか?」

「ちょっと違うな。まぁ話せば長くなるのだがな。」

「そうですね。一言で言うのなら、私の旅に付き合ってもらっている“仲間”という方が正しいですね。」

「あなた方がどこまで知っているのか分かりかねますが・・・。その様子だとここを訪れたのも偶然なのでしょう。」



 ――偶然。そう。私たちは偶然ここを訪れた。偶然オリハルコンを探す事になって、偶然列車に乗って大陸の反対側からやってきた。モリーホーンの山頂付近でタルモに出会ったのも、私が思いつきであの山に登ることになったのも偶然。こんな事になるとは予想もしていないただの偶然。でも、偶然にしては出来すぎている気がしてならない。


 偶然が幾度も重なる事を奇跡と呼ぶ者がいて、そのような奇跡の事を運命と呼ぶ者がいる。これは運命なのだろうか。たった一つでも“別の選択”をしていたらこうはならなかったかもしれない。これは私自身にも当てはまる事だ。そしてあの列車で考えていた事だ。

 私たちは偶然の中に生きている。今しがた私が噴火鍋を食べる事になったのも偶然だろうし、そもそも私が物を食べることが出来るようになったのも偶然なのだろう。果たしてこれは偶然なのだろうか・・・――



「そうですね。私たちがどうしてここへ来たのか話した方がよさそうですね。別に隠す必要も無いでしょう。」

「そうだな。むしろ彼の協力が必要不可欠な事態になるかもしれないしな。」

「私たちは『オリハルコン』というものを探しにここへ来たのです。」

「・・・・・・オリハルコンですか。ええ。知っていますよ。でも・・・・。」

「何か問題があるのですか?」

「あなた方がどうしてそれを欲するのか。それも聞く必要があります。なにせあれは、僕らの秘宝ですので。」


 アクサナはこの旅の動機と経緯を、タルモとの出会いと関係性を、そして今後の目的とその方法もわかる範囲で話した。勿論自らが機械人形の生まれで、今は謎の改造によって受肉したこと。マリウスがただの人間ではないこと。そんな普通ではない事情を話した。


「なるほど。さっき仲間だと言った意味が判りました。では、今度は僕が話す番ですね。」


―――僕らは知っての通り人間ではない。強い体と翼を持つ種族。しかし、代々この力は人を統べるために使ってはならないという掟が受け継がれています。僕たちは僕たちよりも体の弱い、力の無い人間たちを支配する事はしませんでした。

 必然的に人間とはお互い介入しない形で生活を営んでいました。その頃は人間も竜人たちもお互いの存在を認知して互いによい関係を築いていました。と言っても、過度に干渉はせず、時々商売などの簡単な交流がある程度だったらしいですが。

 しかし、事件が起きました。一部の人間が竜人の力を使って人間を支配しようという話を持ってきたのです。当然竜人たちは掟に反する行為ですし、その提案を退けました。でも彼らは竜人を勝手に神と崇めて人々を支配しようとした。

 小さなコミュニティ同士の交流だったはずが、その一件以降は話がどんどんと膨れていってしまいました。いつしか人間たちの間で竜人は恐ろしいもので、危険なものだという認識が持たれるようになっていきました。

 竜人たちは人間たちから追われるようになってしまったのです。一方の竜人は力で人間をねじ伏せると言う事は決してしませんでした。人間がどれだけ頑張っても竜人を殺すのは簡単な事ではないですが、それでも多少の被害が出たらしいです。

 そういった理由から竜人たちは住んでいた場所から離れる事を決めました。その後、幾つかの場所を転々とし、行きついた場所があのモリーホーン山でした。僕もタルモもそこで生まれそこで育った。というのは知っての通りでしょう。


 次にどうしてここで人間として生活しているのかという事を話しましょう。およそ千年前に起きたという噴火。その時に出来たと言われる洞窟に移り住む事を決めた僕らの長は、彼の山からここまで移動してきたのですが、当時の時点で噴火から数百年は経過していました。再び噴火してもおかしくないような場所を拠点にするのは簡単な事ではありませんでしたが、竜人の秘儀により再び噴火させないようにする事は可能でした。詳しいやり方は話せませんが、色々と面倒な事も多いのですよね。

 話が逸れました。僕たちが住む為に噴火はさせないようにしているのですがそれが裏目に出てしまいました。噴火が起きていないと言う事は安全だと言う事で、人間たちがこの付近に集落を作ってしまったのです。最後の噴火から数百年経てば、その事実は彼らの記憶から消えてしまいます。新しく移り住んだ人たちはそんな事があった事すら知らず、この地を切り開き、いつしか観光地にしてしまいました。そうなると人口は増える一方で僕たちも頭を悩ませました。

 そこで、逆手を取ることにしたのです。これ以上僕らの集落の近くへと調査の手を伸ばさせない為に僕がこうやって地質の調査をすることにしたのです。今では僕が変人扱いですが、まぁ情報操作の最前線なんてそんなものでしょう。こうして1000年前の噴火の事実の隠蔽し、今後起こるかもしれない噴火に対する調査をさせないという目的でここに居るわけです。勿論。噴火で出来た洞窟の存在なんて知られたら大変ですからね―――


「と、そこでもう一つ疑問です。どうしてその、『博士』という方は1000年前の噴火と洞窟の事を知っているのですか?」

「どうしてでしょう。博士はその情報源について何も語りませんでした。」

「それどころか我々もその情報だけを頼りにここまで来たのだ。・・・とはいえ私が情報を集めようとしても噴火の事実が見当たらなかったというのも、今の話を聞けば納得だが。そういう意味では隠し通せていると言えるが。」

「そうですか・・・もしかして博士とは、ワイズマン博士ですか?」

「そうだったと思います。」

「あぁ・・・・そういうことでしたか。彼も確か随分前に一度訪れていたと思います。でもまだ生きているのですか?もうかれこれ100年以上前だったと思いますが。」

「博士にも色々と事情があるもので・・・。」

「・・・彼はかなりしつこく地質について聞いてきたので、秘密を守るという条件で、ある程度の事情は教えたのです。まぁ、結果的に話が広まっていない所を見るとその口は堅かったということでしょう。」

「もしかしてその時にオリハルコンの事も?」

「いいえ。彼がなぜここにオリハルコンがあると分かったのか・・・。まぁかなり聡明な方だったので分かっていても不思議ではない気もしますが。」

「私たちは先ほども話したとおり、そのオリハルコンが必要なのです。これは世界の存続に関わる危機として聞いてください。」

「うーん。・・・僕もあなた方に協力したいとは考えているのですが、一存ではなんとも言えないのが事実ですね。タルモの事もありますし、一度、長に会ってみてください。勿論僕が案内しますよ。」

「それは実にありがたい。」

「っと、もうこんな時間ですか。ここの二階を使っても構わないので、今日はゆっくりしてください。と言っても、あまり綺麗な部屋ではないので宿をとるのならそっちの方が過ごしやすいと思いますが。」

「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます。」



 日没までもう少し時間がある。せっかくだから少し散策しよう。そう言って夕日に染まりつつある街並みに、例によって少しのお小遣いを貰い、一人外出したアクサナ。

 彼女の目的は他でもない。温泉だった。「シャワーもいいけど、やっぱり湯に浸かるのが気持ちがいい。」これは列車の中で隣の乗客が話していたものだった。観光に来たわけではないという事は重々承知している。しかし、シャワー好きとしてはそういう話を耳にしては無視するわけにはいかない。


 異国の地を歩いているような気がする街並みに、自分からすれば間違いなく異国の地だということに遅ればせながら気が付いた。自分には育ってきた環境と言えるものがないので、あまり感じた事のないものだが、なるほど実際に歩いてみるとこれが異国なのかと実感できる。そんなよく分からない事を考えながら、ロディスに教えてもらった浴場のある場所を目指して歩いた。

 夕暮れを行き交う人達も恐らく温泉に向かっているのだろう。「一日の疲れを癒すには風呂に限る」これも列車で聞いた言葉だ。温泉とは、それはもうすごいものなのだと胸を高鳴らせながら歩いた。


 教えてもらった場所に到着した。建物に入ると履物を脱ぐように書いてある。それに従って靴を棚に収めた。少し奥に行くと人が並んでいるのが見える。他に道はないしあそこに行ってみよう。

 後ろから眺めていると、財布から銀貨を取り出して支払っているのに気が付いた。なるほど。ここでお金を払うのか。その順番は直ぐに回ってきた。


「いらっしゃいませ。」

「ええと―」

「お一人でしたら銀貨2枚になります。」

「はい。」

「石鹸やタオルはお持ちでしょうか?」

「いいえ。」

「銀貨5枚で貸し出ししております。あちらの係員から受け取りください。」

「はい。」


 示された場所へ行き、銀貨を支払う。タオルと小さな石鹸が手渡され、そのまま奥へ行くように促された。廊下を進むと入り口が二つあり、ぞれぞれに「男」「女」と書かれている。あの二人が来たがらなかったのは、どうせここで分かれるから無理に一緒にいなくていいということだったのか。あまり性別について深く考えた事はなかったが、私は女性だからこっちだろう。とその奥へ入っていった。

 脱衣所には沢山の人が居たが、その人たちの様子を見ながら見よう見まねでやってみる。棚にある籠に衣服を入れて全裸で扉の向こうへ行くのか。観察から導き出された指針にそって行動する。受付で貰った小さいタオルと石鹸を持って扉を跨いだ。


 湯気に覆われた浴場は例の硫黄の臭いが少しする。壁には「湯船に浸かる前に体を洗う」という意味の文言が記されている。体を洗わなければならないのか。今までは水をかぶるだけだったから、石鹸で体を洗うというのは初めての体験だ。

 改めて全体を見回してみると、壁際に沢山のシャワーが備え付けられていて、みなさん思い思いにそれらのシャワーから出るお湯を体にかけている。これは得意な奴だ。と言わんばかりに空いているシャワーへ近づき手を掛けた。

 つまみを思い切りひねり、いつものように頭からお湯をかける。いつもと違う事があるとすれば、それは水圧だろうか。痛いほどに叩きつける飛沫は、隣に居る人を引かせる程だった。流石に強すぎる。とつまみを戻し少し弱めた。

 いつもならここまでで終わるのだが、今回は洗いと、さらに湯船まで待っている。石鹸を手に取り、こね回して泡を立てる。これは隣の人がやっていたのを真似しているだけだが、石鹸はこうやって泡立てるのだ!と言わんばかりにこねくり回し、十分に立った泡を使って今度は体を撫で回す。

 かつては存在していなかった体の代謝というものを最近は実感している。汗などの水分は勿論、皮膚も日々生まれ変わっていると知ったのは、ついこの前だ。そういった不必要なものを取り除く事は大事らしい。そしてそのやり方がこれだったのか。と今、合点がいった。

 体中を泡で包まれるのはなかなかいい感触だった。これなら毎日でもやりたいと思えた。頭髪も同じく泡で洗う。他の人が今の自分を見たら泡が蠢いているように見えるのだろう。

 隣の人はそれを見てやはり引いていた。泡を洗い流すとかつて無いほどの爽快感を得た。これはすごい。


 次はいよいよ湯に浸かるところだ。人工的に作られた池にお湯が張ってあるのだろう。多くの人がその池に肩まで浸かっている。試しに真っ先に目に付く所へ入ってみよう。

 足を池に沈めると、温かいお湯の温度が非常に心地よい。そのままの勢いで両足、そして全身を湯に浸けた。一日の疲れを癒すには風呂に限る。今、その言葉の本当の意味が理解できた。


 暫く放心状態で湯を味わった後、入り口とは別の扉があることに気が付いた。少し覗くとそこは外になっていた。もしやと思い、よく見るとやはり池が見える。行くしかないと直感し扉を開け放った。

 外の空気は少しだけ涼しく開放感のある空間だ。いつの間にか日も沈んで暗くなっていたものの、天気は良く、空を見ると星が瞬いている。こんな環境で風呂に入るなんて、それはもう爽快だろう。そんな事は入らなくたって分かる。そして入らないわけにはいかない。

 先ほどのものも良かったが、これはもっといい。爽やかな風が頬を撫でる。上を見れば星がよく見える。今はもう何も考える事ができない。またも放心状態でこの状況を楽しんだ。


 他にも色々な風呂があり、全部に入ってみたいと思ったが、少しだけ頭がくらっとする。もしかしたら入りすぎるのもあまりよくないのかもしれない。

 若干ふらつきながら外へ出る。脱衣所との境目で水分を拭き取る事を謳った張り紙を入るときに見た。出る時の作法は心得ている。そうでないと外が水浸しになってしまう。小さいタオルで体の水分を適当に取るとこの先に進む事ができる。脱衣所に入り今度は大きい方のタオルで全身の水分を完全に拭き取り、服を着て上がり。の筈だったが、髪がまだ乾いていない。昔の体なら髪の毛は水をはじいて濡れる事はなかったが、今はそうではない。

 見るとなにやら温風の出る装置があって、その風で髪を乾かしている人があるではないか。その様子を少し観察して自分も試しにやってみる。温風を当てるとみるみるうちに乾いていく髪の毛。触ってみるとかつてないほどさらさらになっている。満足して風呂場を後にした。


 出口へ進むと、そこには売店があり、多くの人たちが腰掛けて何かを飲んでいる。その光景を見たとき、確かに何か飲みたいと感じた。喉が渇いていた事に今気が付いた。お金はまだある。少し何かを買ってみよう。売店の方に向かうと、それに気が付いた売り子はすかさず声を掛けてきた。


「なににしますか?」

「えっと、何がありますか?」

「牛乳とコーヒー牛乳とフルーツ牛乳です。」


 ずらりと並んだそれらは白や少し茶色いものなどの、様々な色の付いた液体がビンに入っているというものだ。下には一本銀貨一枚と書いてある。


「じゃあ白いのください。」

「ありがとうございます。」


 ポンと小気味よい音を立ててあけられたビンの蓋。それを口に含んでみる。冷たくてすっきりすると同時に滑らかでまろやかな味わいが感じられる。少しの甘さも相まって気が付いたら一気に飲み干していた。


 温泉。素晴らしい。

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