33
人は選択を迫られる。しかし時としてその選択すら許されない。それをある者は運命と呼ぶのかもしれない。ある者は因果と呼ぶのかもしれない。
強いられた選択が、その選択自体に選択の余地のないものだったとしたら、それは本人の責任と言えるのだろうか。それともそれ以前の、過去の選択に遡ってまで清算されるべきなのだろうか。
「あの塔から帰されて約一ヶ月、私も無為に過ごしていた訳ではない。それにこれは、君が例の老人から聞いた話と関係ありそうな内容だしな。と言っても・・・」
彼はあの黒い卵型の物体の方をちらりと見た。今はその傍らに三人で輪を作って腰を下ろしている。
「あれについてなのだがな。」
「ということは、何か判ったのですね。」
「ああ。あんなものは現在の技術で作れる代物でもないし、ましてや自然に出来上がるものでもない。ではどうやってここに存在しているのか。そこで君が先ほど語った例の老人の話から推測すると、この物体はその時期からここにあったと考えられる。」
「つまり6000年以上前ということですか。」
旧世界の遺産。そんなもの現実に存在しているなんて考えた事もなかった。それ以前にそんな遠い過去にそんな事が起きていたなんて想像したことすらなかった。
興味深いのはここに座っている三人とも、その6000年前に何らかのルーツを持っているという事なのだろう。あの老人が語ったマリウスに関しての話は彼にはしていない。するつもりもない。しかしタルモには竜人のルーツの話をしたほうがいいのだろうか・・・?
「おねえちゃんの体が変わった事と何か関係があるの?」
「そういえば、あなたにはまだ詳しく話していませんでしたね。私はあの塔で体をそっくり入れ替えられたようなのです。今は潤滑油や冷却液ではなく、血液が体を廻っているというわけです。」
「へぇー。・・・・それって悪魔と契約したとかじゃなくてそうなったって事・・・?」
「そういうわけではないと思います。まぁある意味では悪魔の所業かも知れませんが。」
「ふっ。確かにな。悪魔の仕業ならあり得るだろう。奴らが人形の魂を欲しがるかという問題があるがな。」
「今回の場合は『魂』ではなく『体』が欲しかったみたいですけどね。」
「なんだかよくわかんないけど、大丈夫なの?その・・・体が変わったら今までみたいな滅茶苦茶な事できなくなるんじゃない?」
「確かに今までみたいな滅茶苦茶な・・・・・いやいや、今までもちゃんと考えてましたよ。ええ。それなりに・・・少しは・・・。」
「やれやれ、しかし実際の所はどうなのだ?急激な環境の変化や極度の疲労なんかには対応出来ないのではないか?」
「どうなのでしょうか・・・。その辺りも徐々に確かめるしかないと思いますが、・・・なんでもこの体は『特別製』らしいので多少の無茶はきくらしいです。」
「とは言え体が半分になったりすればひとたまりもないだろう。」
「そうですね。ひとたまりもないどころか一つの血溜まりになるでしょうね。」
「・・・・冗談のつもりのようだが、あの時、既に血溜まりのようになっていたのだがな。」
「物騒な話はもうやめやめ。・・・結局よくわかんないけど、無理はしない方がいいって事だよね。」
「そうですね。しばらくは様子を見ながら生活しなければいけませんね。」
「話を戻そう。遥か遠い過去の出来事について耳にする事になるとは思わなかったが、色々と興味深い事実が浮上した。まず、先程も話題に上がった悪魔についての話だ。」
「悪魔についての研究は私も長く続けているが、はっきり言って文献や逸話をいくら掘り下げても実際に邂逅した時以上の情報は得られなかった。しかし、今は新しい仮説を立てられる程の情報を得たと言える。それは例の老人が戦い、後に封印したという12の力の源だ。それは本来人間が、人類が持ち得るはずの力ではないはずなのだ。だが、彼らはどうにかしてその力を手にした。それが魔法の始まりだろう。」
「その後悪魔は封印され、その更に後に解き放たれた。それは僕も知ってるよ。言い伝えでは、かつてのコウハイした世界を救うために竜人たちが魔法の力を解放したってさ。」
「それも恐らく事実だろう。竜人の偉業は世界の礎となったとも言える。尤も、そこにお前は居ない。自慢げな顔をしても無意味だ。」
「なんだよーそこはもっと敬うとこだろー!」
「まぁまぁ、竜人の活躍があったのは事実ですし、タルモもそれでいいじゃないですか。」
「まぁ、僕が何もしてないのも事実だけどねー。」
「ふん、・・・・と、まぁそこで私が思いついたのは、悪魔とはその魔法の力を取り込んだ人間なのではないか。という事だ。」
「今や概念と化した悪魔は元は人間だったということですか。」
「そうだな・・・。いや、もしかしたら逆なのかもしれない。」
「どういう事?」
「うーん。逆ということは・・・。魔法の力に人間が取り込まれてそれ自体が意思を持った存在・・・・?」
「それだ。そう考えれば辻褄が合う。一旦まとめてみよう。まず、世界は六千年前に一度終わりを迎えた。その発端は魔法の力を使う人間とそうでない人間の争いによるものだった。魔法の力を持つ者たちはその人智を超えた力に飲み込まれ、その一部は現在で言う悪魔となってしまった。」
「現在生きて活動している人間は魔法が使えなかった方の人々の末裔でしょうか。それなら魔法という概念がないというのも説明がつきますが・・・」
「私か?」
「ええ。マリウス。あなたはどうして魔法が使えるのですか?」
「さあな、私の家系はもしかすると“あちら側”なのかもしれない。今となっては判らないがな。」
「そうですか。」
あの老人の話が本当なのであれば、彼は魔法の力にあてられた一族に関係している。そうでなければあのように魔法の力を巧みに操る事など考えられないだろう。確かにこの世にはそのような力を研究している人達もいるだろうが、彼のように使いこなしているという話は聞いた事がない。
「どうした?なにやら考え込んで。」
「いいえ。何でもないです。」
「おねーちゃんはどうなのさ。魔法はまだ使えるの?」
「・・・いいえ。私の魔法はどうやら魔法ではなかったみたいなんです。」
「やっぱりそうか。」
「え、じゃあどうするの?そうだ!僕が剣を教えてあげようか?」
得意げに胸を張った彼は、新しい鋼の剣を鞘に入れたままドスンと地面に突き立てた。見るからに重そうなそれを扱うには相応の腕力が必要だろう。その上、彼の振るう「竜人の剣の業」は大胆に振り回す類のもので、尚且つ翼で風を捉えてその反動を抑えるように動く。とりわけ翼の無い者がそれをやろうとすると逆に剣に吹き飛ばされてしまうだろう。故に彼がまだ人間の子だった頃は、重量の軽い木刀を振り回していたのだろう。
木刀と言えば、昨日の木の枝は一体何だったのだろうか。確かそこら辺に置いたと思ったが・・・。
「どうしたの?何か探しているの?」
「あ、いえ、昨日ここに来るまで枝葉を切り開くのに使った木の枝が、何故か切れ味鋭かったんですよ。それがその辺りに落ちてるなというのを思い出したので。」
「木の枝で木の枝を切ってきたのか?なんというか面白い事をするな君は。」
「ほ、本当によく切れたんですよ。まるで刃物のようにスパッと。」
「不思議な事もあるもんだねー。」
「あ!多分これです!これこれ。」
拾い上げた枝を振り回してみると、風を切る音もしない。試しに近くの枝を払ってみると、昨日と同じようにスパスパと切れていく。
「どうですか!これ!不思議でしょう?」
「確かに・・・・折れた訳ではないようだ。」
「すごい!ちょっと貸してー。」
タルモが同じように木の枝を払ったが、バシンと音が響いただけで切れる事はなかった。
「おかしいなぁ・・・」
「ちょっと見せてみろ。」
今度はマリウスがその木の枝を手にし、まじまじを観察している。次に何度か振り回していたが、ビュンビュンと風を切る音がする。彼も葉っぱに木の枝を叩きつけていたが、タルモがやったのと同じ結果だった。
「これはどうやら木の棒で切っているわけではないようだな。」
「どういうことでしょう。」
「さぁな。その謎が解けたら新しい可能性が見出せるのではないか?」
「え!?教えてくれないのですか!?」
「たまには自分で考えたまえ。」
「私は余程何も考えていないように見えるようですね。これでも色々考えているのですけど・・・・」
「!?」
突然の騒音に背筋を凍らせたアクサナ。その背後から鳴り出した音は当然三人を驚かせたが、その発信源を突き止めるのはいとも容易い事だった。
アクサナはそれを掌の上に乗せた。これは例のビーコンと一緒に博士から渡された小さなものだ。さも押してくれと言わんばかりに赤色に点滅する真ん中の大きなボタンを彼女は押した。鳴り響く音が止まると同時に、聞き覚えのある声が聞こえた。
『・・・・聞こえ・・・るか・・・?・・・聞こえるだろう?聞こえたら返事をしろ。』
「これは博士の声?でも、なんでこんな所から声が聞こえるのでしょう。」
『聞こえているようだな。あの時は説明しなかったが、これは遠隔で会話する事のできる装置なのだ。』
「そうでしたか。それなら私の声も聞こえているということですね?」
『そうだ。・・・・・生きていたか。』
「以前よりも生きています。」
『以前より?何を言っている?・・・・・まぁいい。一ヶ月前に信号が途絶えて以来、これを使って呼びかけ続けていたがやっと繋がった。今も尚信号は発せられていないようだが。』
彼女の体から出続けていた信号は、彼女の体をあの老人に譲り渡したときに停止していた。体は死んだということなのだろうか。それ以降一ヶ月もの間、博士の呼びかけに対してこの装置は作動する事はなかった。恐らく何らかの妨害装置のようなものがあの塔にはあったのだろう。
博士の言葉から心配をかけたという事は伝わってきていた。しかし彼女は博士の言葉や気持ちに対して「そんな事言われても」という感想を抱いた。彼女の体が変わってしまったのも、彼女自身が望んだことではなかった。それを理不尽に感じる事はあまりなかったが、それでも自分には選択の余地がないものだった。故に博士の言葉に対してそう思った。
『・・・・まぁそんなことはどうでいい。連絡したのにはもう一つ理由がある。どこかで落ち合おう。今何処にいる?』
「ここは・・・どこでしょうね。」
「君は地理に興味が無かったんだったな・・・。今はアステリディスの都の郊外にいる。」
「あすと・・・?」
「あの都市の名前だ。別に憶えなくてもいいぞ。ただし、憶えておいた方が便利だ。今のようにな。」
『それなら街まで出てきてくれ。場所はサンフォックスホテルだ。』
「そこならわかる。今すぐに向かえばいいか?」
『なるべく早い方がいいだろう。』
「わかった。昼ごろには着くだろう。」
『では後ほど。』
装置を使った博士との会話はその程度で終わった。アクサナは地理に疎いせいで会話に置いていかれた。後半は博士とマリウスの会話になっていたが、それで話がつくのなら問題ないだろう。むしろその方が短く切り上げられた。
博士はあの時この装置をあまり使うべきではないと言った。それはつまりこの装置は会話を傍受される可能性があるということに他ならない。使わないなら使わない方がいいし、使うなら短い時間に留めた方がいい。それを知ってか知らずか、彼らは無駄話をすることなく通話を終わりにした。
「そうと決まれば出発です。善は急げですよ。」
「善かどうかは知らんが、急いだ方が良さそうだ。」
マリウスが例の卵へ足しげく通ったせいで、森の中には獣道のようなものが出来ていた。彼は毎日のようにあそこへ行き、実験や観察を重ねてきたらしい。アクサナはあの卵の事を聞きそびれたことにも気が付かずに先を急いだ。
歩きながら彼女は博士と自分について考えていた。
今回の事で、自分は新しい体を手に入れた。記憶や思考はそのままに。
仮に存在というものが物質的な意味を持つとすれば、私は別のものになったという事でいいのだろうか。前の私の体が「アクサナ」という名前なら、今の私の体はなんという名前なのだろう。本来、頭脳と体は離れるべきではないのだろうが、それが起きてしまった場合、それ以前とそれ以降で存在自体が別のものにかわってしまっているのではないだろうか。
私は、私がこの体になったことに対して特に意識せずに「アクサナ」を名乗っているが、前の体の方はどうなのだろう。博士は信号が途絶えたと言っていたが、つまり停止したということでいいのだろうか。もし、前の体にまだ意識があったとしたら、彼女の旅はそこで幕を降ろしたということではないだろうか。もしそうなら私は彼女の生まれ変わりでしかなく、記憶や意識を継承しただけの存在で、オリジナルとは言えなくなってしまったのではないか。
私が私である事にかわりは無い。自分は自分だということは以前にも考えていた事だ。しかし、その“以前の方”からしてみれば、私はその存在を乗っ取って生きているに過ぎないのではないか。
周囲の人間は私を「アクサナ」だと思って接しているし、私も私自身そう思っている。では前の体の方の自分は一体私をどう思っているのだろう。考えても判らないし、恐らく知らないほうがいい事だろう。もっと言えば考えない方がいい事なのだろう。
あの老人曰く私の逆が博士らしい。博士は人間から機械になって今も生きている。彼の方はどうなのだろう。機械になった時に昔の体は捨てたのだろうか。そこに意識はあったのだろうか。その、昔の自分と対話したのだろうか。
もう一つ、別の条件があるとすれば、体が半分になったあの時、もし、かわりの体がそこにあって、新しい体にそっくりそのまま成り代わっていたとしたら、半分になった体と対面したとしたら、私はどうしていただろうか・・・。
昼頃には予定通り博士の待つホテルに到着した。ロビーで待っていた博士と合流し、挨拶もそこそこに、とりあえずホテルの食堂へ行く事になった。つまりお昼ご飯の時間だ。
「私は結構だ。」
「ではこのパスタを頂こう。」
「にくー!肉が食いたいー。」
「えっと、じゃあ私はー・・・」
「君も注文するのか?」
「え、はい。これをください。」
「かしこまりました。」
ウェイターの後姿を見送ると、博士の視線が痛いほど突き刺さってきているように思えた。
「話せば長くなるのですが・・・・・」
今日この話をするのは何度目だろう。三度目?そんな事を思いながら博士に説明した。現状とこうなった経緯を。博士は黙って聞いていた。一通りの説明が終わると、すかさず博士は問う。
「その結果に不満はないか?」
「無いです。そうでないと前の体に申し訳ないです。」
「そうか。」
「博士は・・・・どうだったのですか?」
「どういう意味だ?」
「その、前の体の持ち主と、対話があったのですか?」
「・・・ふふふ、ははははは。面白い事を聞くな君は。」
「なんとなく思ったんです。私はこの体になってから、前の体に会っていません。どういう風になっているのかは、もう判らないのです。・・・・そしてこう思ったのです。前の体の持ち主は今の私をどう思っているのか、と。」
「私の体は私のものだ。自ら望んでこうなった訳だからな。仮にあの時、私が元の体と対面していたとしても、考えている事は同じだろう。全く同じだろうとも。」
「そうですか。」
博士の場合は、そこに選択があった。前の体と今の体で見解の相違が無かった。私の場合はどうなのだろう。私は望んでこうなった訳ではなかった。成り行き上仕方なくなってしまったに過ぎない。私は、もしかしたら私自身を、あの塔にいた骸骨やよく判らない塊のような状況に、彼女を捨て置いたのかもしれない。彼女を置き去りにしたのかもしれない。今でこそここに居るが、やはりここに居る私は本当の私ではないのではないか。あの塔に残した私は私の事を怨嗟している。そんな風に考えてしまう。
とにかく今は前に進むしかない。そうでないと自分の生まれた意味が無くなってしまう。機械人形のアクサナの為にも目的を果たさなければならない。
考え込んでいる間に料理が運ばれてきた。暫らくは消化のいい物を食べるように言われていた。故にスープと名の付くものを注文した訳だった。目の前にある少しとろみのある黄色い液体をスプーンですくい、口へ運ぶ。あの塔で食べたものとは比べ物にならないほどおいしい。舌の上で転がして味わう。直ぐに飲み込むのがもったいない気がしたからだ。包み込まれるような甘みの中に、ほんの少しだけピリッとする刺激がある。その刺激が次の一口を誘い、いつまででも食べていたいと思った。二口目も甘みの中の刺激を感じる。それと何かが入っている。小さなつぶのようなそれは、噛むと中からまろやかな甘みが溢れてくる。懐の深い味わいは今まで食べていたものがなんだったのか判らなくなる。二口目を飲み下すと、口の中に香りがまだ残っている事に気が付いた。この香りはあのお茶の香りに似ていた。お皿が空になるまでこの新しい料理との、新しい味覚との邂逅を楽しんだ。
確かメニューにはコーンスープと書いてあった。また食べたいと思う味だ。憶えておかなければ。
食べ終わる頃に気が付いたのだが、博士がすごく羨ましそうな目で見ていた。もしかしたら彼も食べたいのではないかと思ったが、それ以上考えない事にした。というか食べている間はほかの事を考えている余裕の無いくらいに衝撃的だった。食べることはやはり生きる上で欠かせないエッセンスだ。
かつてマリウスが言っていたものも今では共感できる。あの時の私は未熟だったと、今なら思う。あの時の自分と今の自分が同一かどうかなんて悩みもすっかり忘れてそう思った。
味覚もそうだが、嗅覚についても新しくなったと感じた。以前も匂いを感じる事は出来たものの、今考えるとかなり感覚は鈍かったのだと思う。体が変わって目が覚めたときの悪臭は耐え難いものだったが、もしかすると今までに感じていた臭いも、本来はもっと強烈だったのではないか。
例えば彼の邸宅で感じた埃とカビの臭い。あの汚い港で感じた腐った潮の臭い。燃え盛る街で感じた焦げた臭い。そして地の底にあった残虐の血の臭い。それらを今感じたとすれば、もしかすると顔をしかめて鼻を覆いたくなるほどの臭いだったのではないか。
今は芳醇な香りを楽しむものとして機能しているこの鼻も、然るべき場所では別の感覚を発揮するのではないか。これは少しだけ楽しみなようなおっかないような、複雑な感じだった。
「さて、場所を変えようか。私の部屋に来たまえ。話の続きはそこでしよう。」
三人が食事を終えるのを見届けた博士はそう提案した。このホテルの上階に博士が使っているという部屋があった。
そこへ移動し、本格的な話をする姿勢になった博士は、直ぐに口を開いた。
「先ずは、新しく判明した事だ。ラピエルを影で操っていた人物がわかった。その者は100年前の一件の首謀者で、名を『アビゲイル』という。」
「何だと・・・。それは本当なのか?」
「知っていたか。その名はあまり世間には流れていない情報のはずだが。」
「ああ。たまたまな。」
「誰なのですか?その、あび何とかっていう方は。」
「そこから話さなければならないな。かの者はさっきも言った通り、100年前の事件に大いに関わっていた人物だが、あまり表に出てこなかった。奴の存在が明らかになったのも事態が収まりかけた頃の事だった。当時ラピエルは大半の魔物を封殺したが、根絶までは至らなかった。それは奴が隙あらば新たな魔物を生み出していたせいだった。当然我々はアビゲイルを直接叩く作戦を決行した。しかし当時のラピエルの力を持ってしてもアビゲイルを倒す事はできなかった。だからあの時は封印したのだ。」
「それが今になって再び出てきたのですか?」
「封印が解けた理由はわからないが、活動を再開しているのは事実だ。執拗に私を追跡してくる理由もそのせいだろう。今は何とか逃げ延びているがな。」
「ラピエルを改造したのもアビゲイルの仕業ということでいいのですね。」
「そうだ。だから問題がある。一度封印されているという経緯のせいで奴も警戒度が増している。その上恨みまで買っているとなると、奴は容赦ないだろう。ラピエルを操るのも恐らくその意趣返しなのだろう。」
「それで、・・・具体的にどうする?その様子ではこの場もあまり長居は出来ないのだろう?」
「ああ。だが、奴の所在もわからん。まずは奴を引きずり出さなければならないだろう。それにはラピエルを何とかするのが一番だ。彼女は恐らく首都に居るはず。彼女を取り戻せば勝算がある。」
「でも、どうやって?この前は近づくことすらままならなかったのですよ。」
「それも考えがある。だが、まだ準備が完全ではない。そこで君たちには行ってもらいたい場所がある。ここから南に行った所に火山がある。そこには1000年程前、噴火した時に出来た洞窟があって、今回はその奥にあると言われている物を取ってきて欲しい。」
「それはなんですか?」
「オリハルコンだ。ここらで手に入れようとするならそこへ行くしかない。危険は伴うが、行ってくれるか?」
「行きます。詳細を教えてください。」
その後、概要を聞き、博士と別れた。今日は準備をして明日朝に出発することになった。今はその買出しをしに商店街にやってきた。
「今後は食糧やキャンプ用品が必要です。」
「そうだろうな。だがそうなると荷物が大変になるぞ。」
「あ、あなた達だって野宿する時は寝袋くらいあったほうが良いでしょう!?」
「私は前にも言った通りそこまで重要ではないのでな。それに必要ないといって突っぱねたのは君ではないか。」
「僕だっておねーちゃんに合わせてご飯も野宿も我慢してたんだぞー。」
「うぅ・・・、それは申し訳なかったです。」
「とは言え工夫次第で何とかなるものだ。しかし念のために携帯食糧くらいは持っていった方がいいのは事実だ。それと、衣類も少しあったほうが良いだろう。」
「そうですね。衣類については用意するべきだと思っています。」
吸水性の皆無であるアクサナのワンピースは少なくとも肌着くらいはないと汗をかいたときに気持ちが悪い。今まで気にしていなかったことにも気を配る必要があるというのは面倒な事だが、こうなってしまったからには仕方ないと割り切るしかないだろう。
そしてマリウスの言うとおり、今後は色々な工夫が必要になってくるだろう。そんな事を考えながら彼女らは買い物を済ませた。
日も落ち、宿に戻った三人は寝るまでの時間を雑談で潰していた。
「そういえば、朝の話が中途半端でしたね。あの卵形の物体についての話です。」
「あぁ、あれの話か。もしかするとあの物体こそが例の封印の触媒になったのではないかと考えたのだ。」
「あれに悪魔が封印されていたということですか?」
「あれ自体に封印されていたわけではないようだが、魔法を取り込んで別の力にする作用があったのでな。まぁこれも仮定の話だが。それと、出力された力は、なんというか君が使っていた『魔法』に似ている気がしたのだ。もしかしたら、あの物体のようなものが君の体にも備わっていたのではないか。と考えたわけだ。」
「もしかしたら、私が、いえ、元の私が作られた研究所の近くの森にあった物体を博士が研究していたとすれば・・・・・。」
「なんだかややこしいね。」
「可能性としてはあるだろう。わざわざそのような辺鄙な場所に研究所を構える理由があるのだろうとは思っていたが、研究対象が付近にあったというのはその根拠になりうる。」
「やはり魔法工学自体が太古の技術から生まれたものなのですね。」
「それこそ先ほど本人に聞いてみればよかったものだがな。」
「あははは・・・。それもそうでしたね。今度会ったら聞いてみます。憶えていれば。」
「さて、明日はまた早いんでしょ?僕はもう寝るよ。」
「そうですね。私も休みます。おやすみなさい。」
次の日の朝も快晴だった。彼女は昨日のような激痛に起こされる事は無く、今日は朝の日の光によって目覚めた。爽やかな朝だ。そう思いながら大きく体を伸ばした。やはり寝る時はベッドで寝るのがいい。今一度、彼の語ったベッドへの想いが心に響いた。




