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 長かった列車を使った旅は、もうすぐ終わりを迎える。


 その頃になるとタルモが暇だ暇だと訴える事はなくなっていた。あの夜以降、彼は乗務員と仲良くなったらしい。勝手気ままに立ち入り禁止区域に入るようになったのは笑って許されるものでもない事だが、荷物の運搬や掃除などの雑用も買って出るようになり、困るだけの存在ではなくなるのに時間は掛からなかった。また、彼もそれを楽しんでやっていたようだった。

 幸運にもその姿勢に対しては一定の評価を得ており、問題として糾弾する声は上がらなかった。


 マリウスは相変わらず自室に篭って何かをしているようだった。アクサナが興味本位に尋ねると新しい魔法の研究という言葉だけをその答えとした。


 あの少女については、特にやる事がないというアクサナたちと同じような状況に陥ってしまったために、暇を持て余し同席者とカードやボードゲームなどを楽しむ事もあった。それもきっと彼女の言う“役”の一つなのだろう。とはいえ、規則正しい生活習慣と三食のきちんとした食事には満足しているように見えた。



 一週間、一部例外はあったにしてもその殆どを何もしなかったという経験は、アクサナにとっては初めての事だったとも言えた。

 これまでは常に歩いたり見たり聞いたりの連続で、丸一日を何もしないで過ごすということはあったにしても、その期間が一週間にも及ぶことは無かった。

 それをある者は休暇と言い、ある者は充電期間と言い、ある者は暇な時間などと言うのだろう。それが彼女にとってどういう時間だったのかは、本人にしか分からない事だろうが、様子を見ている限りはただ窓から外の景色を眺めているに過ぎなかった。


 しかし実際にはその頭脳をフル回転させ、過去に起きた出来事や今まで起こしてきた行動を思い返し、その時とったものではないパターンを、別の行動をとっていた場合何が起きていたのかを想像していた。

 あの時の自分と今の自分を照らし合わせて考え続ける。客観的に見て自分がやってきた事を顧みる。大抵は失敗だと思ったり馬鹿な事をしたと思ったりしたが、当時はそうは思わなかった。その時々の心境と、思い返して見たときの心境。その二つの自分が自分の中で言い合っている。そしてその二人の討論を見ているのも自分だった。

 様々な議題に対して繰り広げられていく言葉の応酬に、自分自身の事にも関わらす驚きの感情が込上げてくる。次から次へと話を繰り出し、消化していく情景は、聞けば聞くほど自分のものではないような気がした。

 例えば『右の道を選んでいたらどうなっていたか。また、左を選んだ正当性は何か。』とか『コートは何処で無くしてしまったのか。』なんて議題もあった。大抵は自分でもよく憶えていない事を話しているが、目の前にいる自分はそういうことをよく憶えていると感心する。きっと忘れていると思っていた記憶は失われたわけではなく、どこかに圧縮されてしまってあったのだろう。そしてその記憶たちが自分の姿としてここに顕現して私の意思とぶつかり合っているのだろう。と、まぁ全て私の頭の中に限った話だが。


 因みに今議論しているのはあの少女の事だ。『貰ったりんごを渡すべきだったか。』という議題に端を発し、かなり話がこじれてきている印象だった。

 記憶の方の私の意見は「自分が食べられるものでもないし、あげても良かった。」という単純明快なものだったが、それに反論した私は「りんごを食べさせたから更なる暴力に見舞われる結果となったわけだし、そもそも関わっていなければ騙される事もなかった。」という意見だった。客観的に見るなら後者の方が説得力があったし、今も私自身そう思わなかったと言えば嘘になる。しかし、それは結果論であって、その時にその後がどうなるかなんてわかったものではない。そして記憶の方の私はやはりそのような反論をするのだった。

 

 とは言え、騙されたのは事実だし、その一件で私自身精神的にダメージも受けた。もし今、その時の自分に助言が出来たならあの少女は避けた方が良いと言うかもしれない。しかしあの時助けていなかったとして、あの少女に関わらなかったとして、今の状況に何か違いはあるだろうか?

 答えは『わからない』これは思考停止なのではなく、考え抜いた結果自分の判断だけではどうしようもない事でもあるという考えに至ったからだ。

 マリウスは彼女と面識があったためにあのような対応をとったと考えられる。しかしそうでなかったとしたら、この場合騙されるという事象が起こるのはこの列車の中になっていたのかもしれない。彼女にしてもあの一件があったからこそ、私はともかくマリウスを警戒して動いていたのではないか。狭い車内とはいえ、隠れる場所が完全に無かったわけでもないだろう。そもそも彼女がここに、この列車に乗り合わせていたとしても私たちに彼女の身分が分かる筈も無い。

 考えれば考えるほどそういう答えに辿りつく。自分ですらどうするかわからないのに、他人がどうするかなんてわかりっこない。今の彼女にしたって本心であのような行動をとっているとも到底思えない。考えれば考えるほど自分や他人がわからなくなってくる。少し気分転換をしたほうがよさそうだ。


 車両の連結部分は車内の空間に息が詰まった人たちの憩いの場となっている。転落防止の柵に少しだけもたれかかり、新鮮な空気と心地よい風に触れる。特にこうやって少し気分が滅入った時にはここへ来て休憩している。地平線を臨むここからの景色は好きだ。まぁ、窓から見るものと同じものなのだけれど。


 ケース毎に行われる論争は見ていて飽きることは無かったが、その模様を、主観と客観を俯瞰して見ているうちに少し思った事があった。それはタルモとあの町で話していた「後悔しているかどうか」という事だ。

 変えられない過去を議論する意味は果たしてあるのだろうか。仮に他の誰かから見たら、私が、私自身が犯した罪を償っているように、懺悔しているように映るのだろうか。そして多くの場合でこの議論には結論が出ていない。最終的にどうすればよかったなんて簡単に決着をつけるのは難しいものだ。

 しかしその討論が無駄な事だとは思わない。現に新しい可能性を見出した問題もあった。今後今回議論したような状況と全く同じ事が起こることはないだろうが、その考えを踏まえて決断を下せばよいではないか。


 そういえば議論に上がっていたアラマントで出会った愛すべき我が妹。その後、一撃で半分になった私の体。しかしその議題についての議論は殆どされなかった。なぜなら私がどうこうした所で結局どうにもならないといった結論にすぐに至ったからだ。おなかをさすりながら目視でもその断面だった場所を確認してみると、今となってはその傷も殆ど見えなくなってきている。

 見ようと思ったときにはそんな事思わなかったけれど、無闇にワンピースをたくし上げるのは、はしたないことだ。ハッとして周囲を見回す。幸運にも誰の姿も確認できなかった。もし誰かに見られていたらと思うと少し恥ずかしくなった。

 体の傷が癒えるように、心の傷も癒えるのだろう。きっと今回こうして色々考えていたのも、そのためなのだろう。現にいっそ忘れてしまいたいと思っていた事も今思い返してその経験を客観的に見ることができるようになっている。きっとダメージがあったからこそこうしてリカバリーが出来るのだろう。さっきは過去の自分に対する助言として避ける方に促したが、そう考えればぶつかる事も悪くないのかもしれない。遥か遠くを眺めながらそんな感傷に浸る。


 天井の無い場所は長い列車の旅のなかにあっては貴重な場所だ。あの夜にはただ雨に打たれるだけの場所だったけれど、私は雨に打たれるのが嫌いではない。ここはやっぱりいい場所だと再認識した。

 列車の揺れが収まってきている。同時に徐々に速度を落としている感覚がある。到着の時は近い。なにやら車内が騒がしくなってきている。既に他の三人も下車の準備をしているようだ。おそらく他の乗客もそうなのだろう。そろそろ車内に戻って準備しなきゃいけない。

 過去を振り返り過去を悔やむ。ここ数日やっているのはそういう事なのだろう。そうした上で何がやりたいのか。それもまた結論を出すにはまだ早い気がした。


 退屈で有意義な時間が終わろうとしている。少しだけ名残惜しいような、ここから出ることが、解放されることが楽しみのような・・・・・。

 車内に戻り下車の準備をし、残り僅かとなった列車での時間。最後までゆったりと椅子に座って待つ。ゆっくりと減速していった車両が完全に停車したのはすぐにわかった。今まで進むことをやめなかった体が今止まった。さあ、次は自分の足で歩く番だ。



 表は予想以上に活気付いていた。あの壁に囲まれた街を思い出させる程の喧騒。いや、あの街よりもすごい人ごみだ。

 到着の瞬間、アクサナ達はそちらの方に意識が行っていたせいか、あの少女の姿が無くなっていた事に気が付かなかった。恐らく彼女はこの街で生きていくのだろうと、特にそれ以上の事は思わなかった。


 今回、列車で到着したこの都市は大陸で一番大きな自治領だ。首都よりも面積も経済規模も大きく、鉄道で更にその大きさを盤石なるものにした。今後はここから各地へ鉄道網が敷かれ、大陸中、いや、ゆくゆくは世界中へとその手を広げようとしているようだ。


「スゴイ人の数・・・気分悪くなってくる・・・。」

「ここほど人が多い場所は他に無いだろう。私も来るのは初めてだが、まさかこれほどまでとは。」


 ターミナルを出た所から何も言わないアクサナを不審に思ったマリウスに嫌な予感が過ぎったのは言うまでもない。それにこの状況、思い当たる節がある。


「まさかとは思うが・・・」

「ええ。そのまさかです。」

「とにかく情報を集めよう。あれが一体何なのか、まだ分からない事ばかりだから直ぐに向かうのは得策とは言えない。」


 彼女が見ていたのは垂直に伸びる一本の線。こんな大都市には多種多様な施設や商店があったが、彼女はそれらには目もくれず、ただ一点を見つめていた。歩き出そうとした彼女を止めるのが彼にとって現状出来る最善の策だった。


 遠くから見るとそう見えるだけで、実際には高い塔らしい。それはその後、この街に住む人から聞いたものだ。その高さは下から見上げたならば果てしなく伸びていて、遠く離れて見れば高さが分からないほどだ。その塔は天まで届いていると言う人も少なくなかった。それらの情報と同時に、誰に尋ねても口を揃えて『あの場所へは行くな。』という警告を発した。

 あの塔に近づいたものは帰ってこない。それはこの辺りに住む人にとっては常識であり、塔に近づくことは禁忌とされている事だった。同時に、あそこへ近づく事はこの都市の法でも禁止されているらしい。



「それでもあの場所へ行くと言うのか?」


 マリウスは出し抜けに問うた。その晩は一先ず宿を取る運びとなった訳だが、それも一苦労だった。この街はこれまでに訪れた場所とは桁外れに、とにかく人が多い。そして彼らが何処で寝ているのか、それが判ったのは宿を取る段になった時だった。旅人は夜になると宿を探す。しかしこの街は現状その需要に供給が追いついていないという問題を抱えていた。三人分のベッドを確保するのにかなり時間を費やしてしまったのだ。右を見ても左を見ても宿場ばかりだというのに。

 眠らない街の異名を持つこの場所でも眠る者はやはり多いようだ。


「ええ。何があるか分からないなんて素敵じゃないですか。」

「それは何があるか知っている人間が帰ってこないっていうだけじゃないの?」

「では、私たちがその第一号になれば良いと言うだけの話ですね。」

「はぁ・・・・何を言っても効かんのか・・・。まぁいい。どうせ我々はただでは死なない。行く所まで言ってみるのも一興か。」

「えー・・・。まぁ、ちょっと面白そうっていうのも少しはあるかもしれないけど・・・。」

「では、謎を解明しに行きましょう!そうしましょう。」


 どうして彼女はそんなにノリノリなのか、他の二人にはわからなかったが、これは本人の心境として列車の旅の中で行っていた思考実験において、そういった否定的な意見に対して懐疑的になっていたからだろう。これが良いか悪いかはわからないが、少なくとも全てを否定して生きて行くよりはいいのではないかという考えに至ったからだ。

 そんな彼女の心情を知らない二人は肩をすくめ、いつものようにベッドに入ることなく就寝した彼女に一抹の不安を抱えた。



 朝が完全に訪れる前に彼らは出発した。目的地は少し遠い。でも迷う事はない。その姿はこの一帯であれば何処からでも一目で確認できるのだから。

 近づこうとすれば、あの塔が如何に異様かが分かった。市街地から塔へ近づくにつれて建造物は無くなっていく。そして、あるところを境にそこは険しい森となっていた。日の昇る頃、そこまでたどり着いた三人はその光景に目を奪われた。森の入り口には数多の立て札が地面に突き刺さっており、その何れも立ち入り禁止だの引き返せだのと謳っている。


「なんだか気持ち悪いね。」

「そうだな・・・。見てみろ。『引き返せ。まだ間に合う。』か。無数の立て札や看板が立ち並んでいるな。それこそ足の踏み場も無いほどに。」


 森の中に道は無い。誰も立ち入らない証拠だろう。そして歩きにくい場所にも拘らずそういった警告の類を記したものが、数え切れないほどに設置してある。おびただしい数のそれが視界を埋め尽くしている。


「なんと言うかおぞましいですね。」

「それでも行くと言うのか?」

「ええ。しかもこれほど人が入らない場所なら、もしあの子が、女王が来ても人的な被害は少なくなるでしょうし。」

「そうか。」


 森の中へと分け入っていくアクサナを追いかけるように、マリウスとタルモも森に入った。それなりに道のようになっているならまだしも、こんな野生の森の中を歩くのは骨が折れる。

 それに、分け入ってみて改めて思うのは、あんな大都市とこんな大自然が隣り合わせで存在しているのも奇怪なものだ。それほどまでにこの場所が危険視され、触れる事すら恐れられているというのは、何か秘密があるに違いない。


 虫と鳥の声がけたたましいほど鳴いている。鬱蒼と茂った森の様子に彼女はあのときの森を思い出していた。そしてこういう森の中を歩いた経験がある。アクサナはバキバキと魔法で作り上げた鉈を振り回して前に進んでいった。

 彼女のそんな様子を男二人は引きで見ながら感心していた。


「なんかすごいね。」

「ああ。一心不乱と言うか猪突猛進というか・・・・。」

「何か言いましたかー?」

「いや、続けてくれ。」


 ゴリゴリと脳筋プレイで進んでいくアクサナは、それこそ時間なんか忘れて突き進んでいた。その後ろを歩いていたタルモは、そんな彼女が作った道から少し離れた所に何かを見つけた。


「あれはなんだろう。今キラっとしたんだけど。」

「どこだ?」

「あっちあっち。」


 マリウスはタルモの指差す方向を凝視する。程なくしてなにか煌く物体があることに気が付いた。


「ふむ、確かに何か見える。黒い塊に光が反射しているのか。・・・おーい!ちょっと待ってくれー。」


 彼の呼びかけにアクサナは作業の手を止めた。それから少しだけ不機嫌な顔をして振り返った。


「せっかく調子よくいってたのに止めないでほしいです。」

「そいつは悪かった。所で、あの物体が何なのか気にならないか?」


 マリウスはタルモの見つけた謎の物体を指さした。その方向を彼がやったように凝視するアクサナ。


「あれですか。あれが何なのかはわかりませんが、似たようなものなら見たことがあります。」

「ほう、あれを識っているのか。」

「いいえ、識っているという訳ではないです。以前似たような何かを見た事があるだけです。それに、その時も変な物としか思いませんでしたし。」

「そうか、個人的には興味がある。ちょっと寄ってみても良いだろうか?」


 アクサナは少しだけ目を逸らし考えるような素振りを見せた。その目には例の塔の姿が映っている。一瞬の思考の後にその答えを返した。


「いいですよ。この調子なら明日には辿り着けそうですし。」

「ありがたい。妙に気になってな。」


 彼女はそちらの方向へと直角に曲がり、道を切り開いていく。しばらくガシガシと枝葉を切り払いしながら謎の物体の付近まで到達した。近くで見ればその周囲も緑のカーテンに包まれていて、それでは調査の邪魔になるだろうと、彼女は周囲を刈り払った。その尽力により足元はあまりよくないが見通しは良くなった。


 絡まっていた蔦や葉っぱを取り除くことにより、その全体像がはっきり見える。特徴としては新月の夜のように黒く、強い太陽の光をその表面で反射している。手触りはさっきまで野ざらしにされていたとは思えない程つるつるしている。形としては流線形をしていて、横倒しにした卵が半分地面に埋まっているような感じだ。少しだけ地面を掘って下側を見てみたが、やはり卵の形をしているという認識で間違いはなさそうだった。一目見るだけでも決して自然にここに生まれたとは思えない異様さを演出している。

 彼は早速その物体を見たり触ったりし始めた。


「・・・・・・・・これと似たようなものを見たと言ったな。それはどこだ?」

「えっと・・・詳しい場所は覚えていないのですか、貴方の館の近くの小さな村の向こう側の森です。と言っても、私が見たのはもっと直線で構成された言うなれば、柱のようなモノリスのようなオベリスクのようなそんな雰囲気でした。」

「つまり・・・君が見たものとこれが全く同じではないが、何か同じものだと思わせるものを持っている。と?」

「そうですね。色なんかはまるで同じです。」


 彼はナイフを取り出し、その物体を何度か傷つけようと試みた。しかし、物体には傷一つ付かない。手応えを全く感じない。確かに鋭い刃をその物体に思い切り叩きつけているにも拘らず、当たった感触が全くなかった。


「不思議とはまさにこの事だ。しかし、分かった事がある。」


 今度は魔法の光を透かせるように物体に押し当てる。するとなにやら文様のようなものが現れた。活性化した謎の物体は吸い込まれた光を、より強力な光源として遥か上空へと打ち上げた。昼間でも見えるその光は、まるで小さな太陽のように激しく輝きながら見えなくなった。


「これがただの石でないことがわかった。こんなものは見たことも聞いた事もないが、ここにこんなものがあるということには何か理由があるに違いないな。」

「ふむふむ、見る限りだと魔法に反応するといった所でしょうか?だったら・・・」


 彼女は手にした光る鉈をその物体に向けて振り下ろしてみた。しかし、ナイフ同様弾かれてしまった。


「こういう魔法では駄目みたいですね。」

「・・・・物理的な干渉は出来ないのかもしれないな。まぁいい、あまり時間を割いても仕方ないだろう。出発しよう。」

「そうですね。」


 まるで星界から譲り受けたアーティファクトの一つのような、その内面に満天の星空を湛えているような、決して見た事も聞いた事もない謎の物体。それを後ろ手に見送りながら一行は歩みを再開した。



 再びブルドーザーと化したアクサナが道を切り開いていき、暗くなり始める頃までそれは続いた。彼女は相当な体力を消耗したらしく、いつもの軽口もほどほどに睡眠へと誘われていった。マリウスは延焼防止に少し穴を掘り、その中で火を焚いた。穴のへりに丁度腰を掛ける形で火に当たりながら思考を巡らせていた。対象はあの物体についての事だった。



 あの黒い物体はそもそもなんなのか、謎と言えば聞こえはいいが、何か得体の知れない力があると感じられる。現状であの物体を破壊する事は不可能だろう。色からして黒曜石に見えなくも無いが、あんなに純度の高い結晶のようになっていると、その線は薄いだろう。構成物質が分からない以上、材質的な面からのアプローチは難しい。

 魔法に反応するということは確かなようだ。極僅かな光を出す魔法に対してあのように強い反応が出たのだ。もし、もっと強い魔法があの物体に取り込まれれば、最悪この周囲一帯に被害が出るだろう。もしかすると、その危険性からこの森は立ち入り禁止とされているのだろうか。いや、その線もあまり有力ではないだろう。昨今の世の中で魔法が使えるものは少ない。理由は定かではないが、私の生まれた頃ですらそうだったのだ。魔法を研究していると初めて言った時は笑われたものだ。


 アクサナが振りかざした魔法の鉈。あれには一切の反応が見られなかった。あの時は物理的なものは効果がないと言ったが、実は別の疑問を抱いていたのだ。これは今に始まった事ではないのだが、あのアクサナが魔法と言っているもの、この世界で魔法として認知されているもの。それらは私が行使している魔法とは別のものなのではないか。という疑問だった。100年前にあった騒動を鎮圧する為に利用された技術。そう、あれは“技術”なのだ。確かにそれまでの動力と言えば、水流を利用した水車や、それに順ずる風車に始まり、発達していた地域ですら発動機なんかが主流だったはずだ。それらよりも恒久的に莫大なエネルギーを生み出すという技術は、確かに魔法のようなものだ。だが、それまでだ。私の知っている魔法とは根源が違うような気がする。そしてその違いがあの物体に影響したのではないのか。それが私が導き出した推論だ。



 私も魔法のルーツはよく知らない。どうして私がこのような力を行使できるのかすらよく判っていない。もしかしたらこの先にその答が見つかるとでもいうのだろうか・・・・・・。



 今日もまた日が昇る。茂みに隠れた彼らが活動を再開したのは、太陽の光が僅かに届くようになる前だった。昨日と同じく突き進む彼女の後姿を見ながら、マリウスは昨夜の続きを考えていた。しかし、やはり昨日の調査だけではデータ不足が否めない。一旦は心に留めておくことしか出来なかった。


 午後には塔を見上げるのが物理的に辛くなるほどに近づいてきていた。依然としてこの辺りが立ち入り禁止にされているというほどの危険な感じはしない。その事を不審に思いつつも、塔の裾まで到着した。近づけばこの建物がいかに不思議かということがわかる。高さに対して塔の本体の径が小さすぎる。明らかに現在の技術では到底建造できそうも無い姿だ。


「うわぁ・・・・」

「近づいてもなかなか大きくならないと思っていましたが、思ったよりも細いのですね。」

「これは・・・・・一体なんだと言うのか。」

「でもこれ、入り口が無いみたいだよ?」

「きっと反対側にあるんですよ。見てみましょう。」


 周囲を一周回ってみたが、あったのは入り口ではなく、気味の悪い骸骨の石像があるのみだった。止む無くその石像の前で立ち止まる。

 骸骨の石像には下半身が無く、上半身のみが塔の壁面と一体化している。その造形はまるで本物のようだ。


「入り口が無いですね。」

「そもそも入り口があると思っていたのが間違いだったとか?」

「そうだな。中に入れると思い込んでいた節があるのは事実だ。」

「ここまで来て帰るのですか・・・。」

「まぁ、来た道を戻れば苦労は少ないだろう。」

「そうですね。ってあなた達は付いて来ただけじゃないですか!」

「なんだようるせーなごちゃごちゃと。」

「何ですって!私の苦労も考えてくださいよ!・・・・ん?・・・・今の声は・・・・」

「ぎゃあぎゃあ喚くんじゃねえ静かに出来ねーのか。」


 この声はアクサナでもなければタルモでもなく、ましてやマリウスのものでもない。カタカタを笑うような声の出ている方を見ると、そこには先ほど見つけた気味の悪い骸骨の姿が見えた。骸骨の石像はくるくると両腕を回しながら顎をカクつかせている。


「カタカタカタ・・・驚いてるよーだな嬢ちゃん。」

「え、あ、あなたは・・・?」

「まぁ無理もねーさ。こんなの常軌を逸してるからな。」

「お前は何者だー!?」

「俺か?今となってはよく憶えちゃいないが、昔はお前らみたいな人間だったんだぜ?坊主。」

「そうは見えないよ。」

「・・・何か理由があるのだろう。」

「お、兄ちゃんはわかってるねぇ。この世に理由の無いものなんてねぇ。俺がこうなっちまったのもまた同じで、それこそお前らみたいに興味本位でここまで来たのが始まりよ。」

「それで、その時は何があったのですか?」

「ああ、お前らも見ただろう。この森には人攫いのバケモノが居てそいつに捕まっちまったのさ。」

「そんなもの見ていないですけど・・・?」

「マジかよ最近はあまり見ねーと思ったがもう居ねーのか。運が良かったなお前ら。でも俺の時は居たんだよそいつが。んで、そいつにつかまったのが運の尽きでこの塔に連れ込まれたって寸法さ。その後何があったかなんてもう忘れちまったが、気が付いたらこんな体になっちまったって訳。そんでもってそれからもう長いことここで過ごしてるが一向に死なないんだよな、俺。とーーきどき来る連中も俺の姿見るなり逃げ出しちまうし、多分ひでえ姿なんだろうな、俺。お前らはそんな俺を見ても逃げなかったよしみでここを開けてやるぜ。まぁ、こん中は俺みたいのがうじゃうじゃ居るから気ぃつけるんだぜ。それと、久々に喋れて楽しかったぜ。あばよ。」


 カラカラと動いていた骸骨は唐突に力を無くしたかのように脱力し、同時に壁が動いて入り口が現れた。継ぎ目や隙間など全く無かったはずの壁が、今では大きな口を開けている。


「どういう構造になってるか全く判らんが、・・・・本当に入るつもりか?」

「ここまで来たらここが何なのかが気になります。入りましょう。」

「気になる気持ちも判るが・・・・」

「えぇ・・・・・本当にいくの?」

「大丈夫ですよ!きっと。さっきの骸骨さんみたいなのが居るって言うのなら話は通じる筈です。」

「はぁ、まぁいいだろう。ここが何なのか気になるのは事実だ。」

「うぅ・・・・仕方ないな・・・・・。」


 塔の中に足を踏み入れると、空気がまるで違うような気がした。肌を刺すような、それでいて舐めるような感覚がある。


「気持ち悪い!」

「なんだかムズムズします・・・。」

「何なんだこの場所は・・・・。」


 内部は外から見たより広いような気がする。特に光源があるわけではないが、なぜか明るい。振り返ってみると、いつの間にか入ってきたはずの入り口が無くなっていた。


「閉じ込められたのでしょうか?」

「やだーー!ここからだせーーー!!」


 既にタルモは半狂乱状態に陥ってしまったらしい。マリウスは彼に沈静の魔法をかけて落ち着かせた。あんなに取り乱していたのに、彼は数秒の内に大人しくなった。


「いや、しかしこの場は・・・微かだが魔法の力を感じる。もしかすると・・・・・」

「あれは何でしょうか?」


 部屋の中央に8本の半透明の柱が立っている。その中心に丸い台座があり、床に何か文字が彫ってあるようだ。少しだけ見覚えのあるその形は、あの時タルモが解読した文字であるということは直ぐにわかった。


「タルモ、これは読めますか?」

「のぼる、おりる?」

「もしかするとこの装置で塔の上に昇れるのではないか?」

「操作方法はわかりますか?」


 見上げてみると半透明の柱は深い闇に吸い込まれているように見える。その先を見ようとすればするほど頭がくらくらする。


「一応階段もあるようだが、この装置が使えるのなら使いたい所だな。」

「そうですね。壁際の階段は・・・・どこまでも続いているようですし。」


 丸い筒状の建造物の壁に沿うように延々と階段が付けられている。あれを上るとなると苦労はあのときの登山の比ではないだろう。

 タルモは床に彫られている文字の解読を終えて顔を上げた。


「多分、この出っ張りの所にスイッチがあるんだと思う。」

「そうですか。試してみましょう。」


 アクサナの手が台座の中央の突起物に触れたが、特に何も起きなかった。マリウスも続いてそれに触れてみる。

 何がスイッチになったのか、唐突に床面が光りだし、乗っていた台座は音も無く宙に浮いた。三人はその揺れにバランスをとるような体勢をとった。少しづつ速度を上げて上昇している。数秒後にはぐるぐると壁際に取り付けられている階段が目で終えないほどの速度で下に流れていくのがわかった。やはり上に向かっているようだ。

 数分間の上昇の後に徐々に速度が落ちている感覚があった。音も無く次の床に到着した台座はその光を消した。


「到着したようですね。でもここは・・・先ほどとは印象がまるで違います。まるで牢獄のような・・・。」

「嫌な予感がする。この臭気は何処から出ているのか・・・。」

「うええ。何かが腐っているような臭いだ。」

「とにかくあの階段を上ってみましょう。」


 階段の上には幾つかの部屋があるようだった。その何れも目を背けたくなる何かが収容されていた。肉の塊と何かが混じり合った物体は、生きているように蠢いている。時折聞こえるおぞましい叫び声に、驚きながらも、三人はその階層を通り抜けた。タルモは黙って耳を塞ぎ、ただ下を向いたまま歩いていた。

 次の階も同様に気味の悪い空間だったが、収容されている物体に、人間のパーツがあることに気が付いた。決して口にはしなかったし、口で形容出来るようなモノでもなかったが、恐らくはその材料は人間だったのだろう。そして下の階のモノもそうなのだろう。

 その次の階は、先ほどの階に比べると人間の形に近づいてきているようだった。これが何なのかは依然としてわからないが、入り口の骸骨の話の内容を顧みても。恐らく例の人攫いによって連れてこられた者がこのように“改造”されているのだろう。そしてこれらがこの森に足を踏み入れた者の成れの果てなのだろう。


 裏を返せば、こんなおぞましい恐ろしい事をしている者が、この塔に居るという事だ。その事実に気が付いた時、なんという場所に足を踏み入れてしまったのかと三人は戦慄した。そしてそれに気がついた時には既に手遅れだったという事実から目を背けたい気持ちでいっぱいだった。

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