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 正直な感想を述べるとすれば、楽しかったのは最初の数時間といった所だった。彼女を除いては。三人は特に何をするでもなく、大部屋で思い思いの時間を過ごしていた。


 アクサナは飽きもせず景色を眺めていたが、二日目、三日目を過ごしたところで、他の二人は既に退屈を謳歌していた。


「はぁ〜〜〜。」

「溜息をつくな。聞くだけで気分が悪い。」

「うぇー」

「だからと言って変な声を出すな。」

「うぅ・・・」

「・・・・・・」

「退屈だー!早く夜になれ!そうすれば寝れるのに!」

「馬鹿な事を。時間を無駄にするものではないだろうに。」

「ウワー!」

「やれやれ。あいつを見てみろ。窓の外を眺める姿はまるで聖女のような振る舞いではないか。」

「嘘つけ!寝てるだけだろー!返事したらどうだー!」

「・・・・・・・・」

「・・・ほらみろ寝てるだけじゃないか!」

「ぴーぴー喚くなまったく・・・・・わかったいいだろう教えてやろう。この後一度補給の為にこの列車は停車する。そこは小さな町だが、停まっている間は外出できる。」

「ホント!?」

「ああ。よく見ろここに書いてある。」

「僕はそういう文字は読めないんだーーー!」

「そうか、なら読んでやろう。要約すると今日の午前10時頃にその村の駅に停車し補給作業をする。と記されている。」

「フムフム・・・・・・って事は知ってたのに今まで言わなかったのかーー・・・!」


 それから列車は30分程で予定通りその町に到着した。しばらくの間、予定では日暮れ前くらいまで積み荷の出し入れや水や食料の補充を行うらしい。乗客も外の空気を吸うためか続々と降りていく姿が見える。


「早く!」

「せっかちな奴め。急ぐ必要など無いだろう。それとも何か用事でもあるのか?」

「用事なんて無くったっていいじゃないか。とにかく早くー!」

「ふん。先に言っておくが私には用事がある。遊ぶのならあいつに相手してもらえ。」

「え、あ、私?」

「頼んだぞ。・・・ではまた後ほど。」


 颯爽と彼は消えてしまった。残された二人は顔を見合わせると同時に少しだけ肩を落とした。その行動に殆ど意味は無かったが、二人はなんとなく滑稽な気がして笑ってしまった。


「さて、どうしましょう。」

「うーん、とりあえず町へ行きたい。」


 通りには様々な商店が軒を連ねていた。その多くは飲食店のようで、その隙間に土産物屋のような店がちらほらと見受けられた。時折発着する列車はこの町の大動脈とも言える。と町の人達は口を揃えて教えてくれた。聞けばそもそもの始まりはここにあった小さな農村で、鉄道の話が持ち上がって以来、日の目を見ることとなった場所だという。

 わずか数年間で爆発的な発展を遂げ、今では重要な補給拠点として名を知られるようになった。町の現状としては農村の名残で農産物は多く生産され、それらを主軸にしているのか食事処に困る事は無さそうだったが、アクサナにとってみれば、それすら必要ないものだと言えるせいで、あまり面白味がないというのが正直な感想だった。


「私に出来ることはないですね。」

「何か言った?」

「いいえ。何も。それより、何か欲しいものはありますか?」


 手元にある小銭袋は列車から降りる前、マリウスから渡されたものだった。以前も似たような事があったが、今回は中身も入っているようで、ずしりとした重さがある。なんでも、これを使って好きなものを買っていいとの事だ。


「欲しいもの・・・・新しい剣はもう買ったからなぁ・・・。おねえちゃんは何かないの?欲しいもの。」

「・・・・・。」

「どうしたの?財布が何かおかしい?」

「いえ、少し思い出したんですよ。こうやってマリウスからこれを渡された事が前に一度あったことを。まぁ、その時は空っぽだったんですけどね。」

「へぇ、新しいのくれたって事はその時の財布は無くしたの?」

「あの時のものは・・・話せば長い話なのですが、結果的に言えば『差し出した』と言えばいいのでしょうか。」

「ふぅん、やっぱり無くったって事かー。」

「不本意でしたけどね。今思い返してみても、自分でも馬鹿な事をしたと思っています。」

「後悔してるの?」

「後悔?・・・・もしかしたらそうなのかもしれません。でも、過ぎてしまった事をどうする事もできません。」

「そうだよなぁ。悩んだ所でどうしようもないもの。」

「強いて言うとすればその時出逢った、名も知らないあの子は今も元気にしているのかということですか。」

「あの子?」

「あの小銭袋を持っているとすればその子のはずです。もう手放していれば別ですが。」

「ふぅん。でもさー、その名前も知らない子が見つかるとは思えないよ。」

「別に探そうとしている訳ではないのです。少し思い出しただけです。」


 言葉にはしなかったが自分も色々な出来事を経験してきたんだなと感じた。自分に何も無かったあの時から考えれば、他人に語ることのできる物語が増えてきている。これまで聞くことが多かった自分が、今誰かに自らの経験を話して聞かせているという事実について、話をしながら考えていた。

 意味もなく色々な店を覘いて回ったが、それはまさしく俗に言うウィンドウショッピングだった。結果として何かを買う事はなく、ただ、時間だけが過ぎていた。


「さっきの話の続きなんだけど、その名前も知らない子にまた会いたいと思う?」

「それは・・・・・判らないです。」


 もうすぐ日が暮れてしまう。戻らなければ置いていかれてしまう。そんな焦燥感に駆られ、駅まで急いだ。結局、散歩をして話し込んで終わったこの休憩時間。しかし無駄な時間だとは露も思わなかった。

 日毎に長くなる日照時間に夏の訪れを感じるのは毎年の夏を経験している者の特権だ。彼女にとっては今回初めて迎える夏で、その暑さもまだ知らない。その暑ささえ感じないのかもしれないが。


「また退屈な日々が続くと思うと憂鬱だー・・・。」

「ふん。外に出る機会があったのなら退屈しないように準備すればよかったのだ。時間を無駄にするなと言っただろう。」

「うげぇ」

「では一つ助言をやろう。些末な事も敏感に感じ取れば、面白い事を経験できるかもしれないぞ。」

「どういう意味?」

「さぁな。それ以上は自分で考えろ。」



 殆ど発車と同時に食事の時間となった。アクサナにとっては全く必要無く、他の二人にとってもそれほど重要ではないこの時間。毎日三回決まった時間に運ばれてくるこれらの食事。彼女が断りを入れたのは最初にそれが運ばれた時だった。それ以降無闇に不審に思われぬように、持参した食料しか食べることが出来ないという事にしている。

 今回もまた、給仕兼料理人の男がこの部屋まで食事を持ってやって来た。


「それにしても助かりましたよ。貴方がこちらで用意するものを召し上がれないという事情の持ち主で。」

「どういうことです?」

「実は、貯蔵していた食糧が知らないうちに減っていたのですよ。こちらはきっちり人数分を用意しているもので、もし貴方が召し上がっておれば足りないという事態に直面するところでした。」

「そうだったのですか。」

「ええ。この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。」

「感謝されるような事ではないですよ。それより、どうしてその・・・食糧が減っていたのですか?」

「最初はネズミの仕業かと思ったのですが、そういう感じでもないようで・・・。誰かが盗んでいるという声もあったのですが、証拠もないものですし。」

「証拠・・・。」

「私は何もしないぞ。」

「まだ何も言ってないではないですか。」

「そんな目で見た所で無駄だ。」

「解決しなくてもいいの?」

「はっきり言う。私には関係ない事だ。首を突っ込みたいなら好きにすればいいだろう。だが、私は協力しない。」

「あの、・・・もし真相解明に助力していただけるなら、ありがたいお話です。」

「私も手伝います。」

「僕もー。」

「ありがとうございます。今日の深夜に食堂車までお越しください。どちらにしても今夜は寝ずに番をするつもりでしたので。宜しくお願いします。それでは失礼します。」


 給仕兼料理人の男は一礼をして退室した。


 乗客の殆どは小さな個室を利用しているが、このように食事を各々の部屋まで運ぶことはない。彼らは共同の食堂を利用していて時間になるとそこへ行き食事を楽しむ。乗客にとって文字通り唯一の楽しみとも言える時間だろう。また、夜の食堂車はバーとして営業しており、そこでお酒などを楽しむことができる。余談だが食事は乗車料に含まれているが、お酒などは別途支払いを行わなければならない。


「安請け合いなどしない方が身のためだぞ。」

「なぜかなんとなく気になるんです。それに、人の役に立たなければ私の存在意義が失われてしまいます。もっと言えば最近活躍出来ていないので―――」

「判ったそれ以上言うな。しかし、深夜に活動など出来るのか?君は決まって日が暮れたら死んだように動かなくなるだろう。」

「はい。直ぐにスリープモー―――」

「・・・・・はぁ。」


 昼も夜も休むことなく走り続けるこの列車の動力は、言わずと知れた例の博士の作であり、その技術の大元はアクサナの時代のものから成り立っている。彼女からみると妹の様な存在の列車に揺られる事になったというのは、ある意味で運命の巡り合わせだろうか。



 夜半に目覚めた私は、自室に戻る事も忘れていたとその時に気が付いた。耳はざあざあとノイズのような音を捉えている。窓から外を臨めば真っ暗闇の世界が広がっていたが、目を凝らしてみると雨が降っているように見える。この音は雨粒が車体を激しく打ち付けているせいで発生しているのだろう。

 部屋の明かりを点すと夜の闇がより暗く見える気がする。なぜだか嫌な予感がする。


「いいえ、気のせい気のせい。」


 首を振って言葉を出した。自分に言い聞かせるように。その声に反応したのか、タルモが自室からゆっくりと出てきた。


「もう起きてたんだね。」

「あなたも行くのですか?」

「うん。言ったからにはやらなきゃ。」

「そうですね。では行きましょうか。」


 マリウスの部屋には明かりが点っている。おそらく寝ずに何かをしているのだろう。彼が何をしているのかはわからないが、あの町でなにやら色々な材料を買い込んでいたので、何かを作っているのだろうということは想像できた。そしてそれ以上立ち入ってはならないという事も理解できた。


 自分たちの部屋は一つの車両を丸々一部屋にしている大変豪華なものだ。そこから出るという事は必然的に車両の外に出ることになる。また、車両の接合部に屋根は無く、外気に露出する形になっている。

 一枚戸を跨げばそこは外であり、そこは当然運行中の列車であり、車内よりもガタガタと揺れる車輪の音と、ざあざあと叩きつける雨の音がいっそう激しく聞こえる。私はそこを雨に体が濡れる事を厭わず通り抜ける。ここからはじき出されたらただでは済まないだろうなと、軽く考えながら通路を渡った。

 再び車両の内部へと足を踏み入れる。ここからは一般の客室ということで、中央の通路を挟んで個室がずらりと並んでいる。乗務員なら話は別だが、こんな時間に起きて何かするほど忙しい人は少ないだろう。それこそ、食糧をつまみ食いする不届き者にとっては、活動するのに最適な時間とも言えるだろうか。そんなことを考えながら寝静まる客室の通路を歩く。


 暫く似たような車両を通り抜けた後、二人で食堂車に到着した。営業時間はもう終わりだとバーテンダーが言ってきたが、そこに先ほどの給仕兼料理人の男が割って入った。彼は私達を協力者と説明し、そういうことならと言った具合で奥の車両に招かれた。

 食堂車から先は乗務員の部屋などがあり、本来ここに客は入ってはいけない事になっているらしいが、今回は特例と言う事でそれを許可された。そんな一般人立ち入り禁止の区域には先も挙げたように乗務員の個室があり、その更に奥には貯蔵室、貨物室と続き、先頭車両には動力室がある。といった具合だ。その長い列車の内部を踏破するなんて、思いもしていなかった私たちにとって、それは本当に長いものだった。

 私たちはその先頭車両の手前の車両まで進んだ。そこには数人の乗務員が待機しており、自分たちも加えると、10人もの人員が集まる形となった。その様子からこの問題に対して並々ならぬ危機感を持って対処しようという意識によって計画されたものだと感じた。


「さて、説明をしなければならないですね。まず、ここで起こった事は誰にも話さないで頂きたい。こんな事が起きているなんて乗客に知られては私共の信用も地に落ちるでしょう。」

「僕たちもその乗客なんだけど?」

「ええ。それについてもお話しておいたほうがよさそうですね。実は、あなた方はあの街ではちょっとした有名人だったのですよ。例の連続失踪事件を解決に導いた三人の旅人として。あなた方はもしかしたら知らないかもしれませんが、新聞や噂話はあなた方のお話で持ちきりだったのですよ。そんな『時の人』が私共の運行する列車にお乗りになられると聞きまして、だったら是非ともと言う事であのお部屋を用意致しました。」

「そうだったのですか。」

「有名人かぁ~」

「そして、今回はあの事件を解決したと言うそのお力をお借りしたく、お声をお掛けした次第でございます。」


 どおりで急に話を振られたわけだ。しかしそうなると、荷が重い。私たち二人はあの事件において特に何かをしたわけではない。殆ど彼の手柄のようなものだ。もしかして彼はそれを知っていて手を貸さないと言ったのだろうか。そうだとすれば意地が悪い。

 とは言っても、ここまで来た以上は出来る事を、問題を解決する手助けを、全力でしなければいけないのだろう。


「と、ここまではよろしいですか?」

「はい。」「うん。」

「もう一つ、先ほども申した通りですが、状況から言って招かれざる客が乗っているのは明白でしょう。私共はそんなネズミなど看過しかねます。よって此度はこのように大々的に捜索しようという事になりました。」


 今回のこの捜索を彼らは「作戦」と呼んでいる。私もそれにならってそう呼ぼうと思う。

 この作戦は簡単に言うと、その「ネズミ」とやらを捕らえるものだ。具体的には列車の頭の方からと尻尾の方からの二手に別れて捜索し、真ん中でぶつかるまでには見つかるだろうという単純明快なものだ。

 この狭い列車の中で一グループ五人編成で探すなんて、なんというか殺意の高いやり方だが、恐らく彼らにとってこの行為はそれ程までに許し難いものなのだろう。

 私とタルモは、車両の前方から探すグループに入って捜索を始めた。

 依然として降りしきる雨に叩かれ、その音は車内に響き渡る。気のせいかもしれないが、先ほどよりも雨脚が強くなったようだ。



 その頃、夜の無い男マリウスは自室に籠もって怪しげな研究をしている真っ最中だったが、少しだけその手を止めた。


「あの二人は先程出ていったと思ったが・・・。」


 違和感がある。もし、もう例の“作戦”が終わって戻って来たとしても、それなら「二人」の気配があるはずだ。仮に何かがあったとしたら、こんなに静かなはずは無い。いや、何も無かったにしてもこんなに静かなはずは無い。と言ったほうがいいだろうか。

 思い当たる節があるとすれば、例の「ネズミ」だろう。確かにあの作戦を掻い潜ろうというのであれば、この部屋に来るのが一番いい。何せここはあの作戦の範囲外なのだから。

 私も暇だ暇だと言いながら、いつもの癖で色々話を聞いていた。そして当然、この作戦についても知っている。何ならその「ネズミ」の正体すらも・・・。それを踏まえた上で相見えることを避けた。そういうふうに動くつもりだった。

 しかしその「ネズミ」も同じく作戦の事を知っているとなると話は別だ。仮にそれを察知していたとすれば、ここへ来るのは予想できる。故にあの話には乗らない事にしたのだ。彼女らは私がこの件に対して非協力的だと考えているだろうが、私がここに居るのもそういった理由があるのだ。単純に行きたくないという気持ちが強かったというのもあるのだが。

 何にしても今の状況をどうにかしなければならない。個室の扉を音が出ないように慎重に少しだけ開き、覗き見る。人影は無いが、床が少しだけ濡れている。侵入者は間違いなくここにいる。静かに部屋を出て、そっと空き部屋の前に張り付いた。


 スイートルームは寛ぐ為の大部屋と、プライバシーの守られる四つの小部屋、それと専用のバスルームで構成されている。我々が使っている小部屋は三つ。必然的に一つ余る事になるのだが、実はその空き部屋に侵入する者があることには、随分前から気が付いていた。

 それについては大方そのような事ではないかと思って、運行側から話が無い限りは放置しようと思っていたのだが、このようなことが起きたのならそうもいかない。それに彼らの様子からして、あれを捕らえて引き渡せば何らかの見返りも期待できるだろう。


 線路の上を走る列車の車内は常にガタガタと音がしている。もういい加減聞き飽きたこの音だが、侵入者からしてみれば少しくらい物音がしても気づかれにくいという利点もある。それがあったとしてもこの侵入者が大胆不敵過ぎるのか、我々が間抜けすぎるのか・・・まぁ今はそんな事考えている場合ではないか。耳を澄ましてみれば、間違いなくこの扉の向こうには誰かがいることがわかる。


「いつまでこそこそしているつもりだ!?」


 声を張り上げ、扉を開け放った。そこに居たのはやはり見た事のある顔だった。


「・・・・・・・・」

「何とか言ったらどうだ?小娘。」

「それが、年若き乙女に対してとる態度?」


 それはアラマントの街でアクサナが拾ってきたあの少女だった。しかしあれから一月も経っていない。あの時は態度などから幼さを感じ取れたが、これを見る限り恐らくそれも演技だったのだろう。今目の前に居る彼女の体つきは、少女から大人の女性へと変わりつつある。そんな印象だった。

 どうしてそんな詳細がわかるのかって?なぜなら彼女は殆ど裸でそこに立っているからだ。おおかた、捜査の目をかいくぐる為に列車の屋根の上を歩いたのだろう。辺りには雨に濡れた衣服が散乱している。


「男だろうが女だろうが、服を着ていようが着ていまいが、罪の重さは変わらない。」

「ふん。せめて服を着るまで待って下さる?」

「好きにしろ。だが、目を離す訳にはいかない。」

「着替えを見たいなんてサイテーね。」

「やかましい。口より手を動かせ。」


 それが一糸纏わぬ女性だろうが、容赦はしない。そこに漬け込まれるのは目に見えている。彼女はこちらを警戒しながらも服を身に着けていく。ボロを着ていたあのときと違い、それなりにきちんとした服を着ていく。それを何処で手に入れたのかは知らないが、どうせ全うな方法ではないのだろう。

 服を着終えて睨むような目つきでこちらに向かう少女。


「満足かしら?」

「それはこっちのセリフだ。」


 パチンと指を鳴らす。この行為に意味はあまりないが、その方がかっこいいだろう。人一人、それも女を捕らえるなど、これで十分。少しの幻覚と体に疲労感を与える魔法だ。

 そして体に力が入らなくなる。立っているのも難しいだろう。思ったとおり彼女は床にへたり込んだ。


「あれ?何をしたの!?体が縛られている・・・・?」

「大人しくしていろ。」

「こんな事するなんて趣味が悪いわね!」

「そんな事言われなくても判っている。」


 彼女の言ったとおり、この魔法は体を紐で縛りつける魔法。正確に言うなら、そう思わせる魔法。実際に縛り付けるわけではない故に、動けないと思い込んでいるうちにきちんと正式に縛り付けてやる必要があるのが唯一の弱点だろう。手足を縛り、抱きかかえ、取り敢えず大部屋の椅子に座らせた。


「私をどうするつもり!?」

「それを今考えていた。」

「性悪男!私の体がそんなに欲しいの!?どうせそういうことやるつもりなんでしょ!」

「はぁ・・・。疲れるからそういうのはもういい。」

「あんたにはわからないでしょ!ボコボコに殴られて血反吐を吐きながら、それでも立ち上がって這い上がってきた私の気持ちが!」

「そうか。だから見逃せとでも言うつもりか?」

「縄を解きなさい!」

「はぁ、状況は分かっているだろう。ここで私の手から逃れる事が出来たとして、その後はどうする?飛び降りるつもりか?それこそあいつらに見つかりでもしたらもっとひどい目に遭うだろう。」

「私に情けを掛ける気?そんなものいらない!私は独りで生きてきたし、死ぬときも独りだ!」

「はぁ、言ってる事が支離滅裂だ。私は取引しようと言っている。」

「取引?どうせヤりたいことヤるつもりでしょ!?そんなの願い下げよ!飛び降りて死んだ方がマシ!」

「私にそのような趣味は無いし出来ない。こちらとて、もういい好きにしろ。と言いたいところだが、何れにしても代償が必要だ。そしておまえが支払うべきは『体で』ではない。『金で』だ。」

「金?あんたにやる金なんて無い!ふざけるな!」

「無事にここを出ようと思うのならよく考える事だな。運賃さえ払われればあいつらだって悪いようにはしないだろう。それを取り持ってやると言っている。悪い話ではないだろう?」

「うぅ・・・・」

「決断は早い方がいいぞ。例の“作戦”が終わったらここの同居人が戻って来るだろう。そうすれば必然的にお前を引き渡す事になるのだからな。」

「ううう・・・・わかった・・・・。いくら払えばいいのよ?」

「お前がどれほど持っているか知らんが、全部寄越せ。それで手を打ってやる。」

「この外道!でもいいわ。払うからこの縄を解いて。」

「もし逃げるつもりなら止めた方が身の為だぞ。お前は私の目から逃れる事は出来ないからな。」

「・・・・・わかったわ。払うから。とりあえず手の縄を解いて。」


 彼女は観念したのか素直に金貨の入った袋を差し出した。その袋は見覚えのあるものだった。私はその中身をひっくり返し、袋は彼女に返した。その袋をもう持つ気分になれなかった。

 そして彼女には空き部屋を使う事を許そうと思う。列車が到着するまでの間は同行者として振舞う事も同様に許そうと思う。

 きっと狡猾な彼女の事だろうから、持っている金がこれで全てではないだろう。そして元々私が持っていたこの袋を差し出したのもきっと意趣返しの一つなのだろう。



 暫くするとまさか自分たちの部屋でそんなことが行われていたなんて知らない二人が肩を落として帰ってきた。当然、二人がテーブルの上に積まれた金貨の山を見逃すはずも無く、隣に座して待機していたマリウスもまた、二人が帰ってくる所を見逃さなかった。


「ん?んん?なにかあったの?」

「金貨?こんなに?数えて遊んでいたのですか?」

「そんな訳無いだろう。一言で言えば、事件は解決した。君たちが探していた侵入者を捕らえて金を出させた。」

「だったら直ぐに伝えに行かないと!」

「ちょっと待ちたまえ。行くならこの金貨を持っていってくれ。そして侵入者とは話をつけてここの空き部屋に入れてやることになったと伝えてくれ。」

「え?ここに居るのですか?というかあの部屋に入れてやるって・・・?」

「然り。・・・会いたいか?尤も、初対面の相手ではないが。」

「と、とにかく伝えに行きます。」


 数十分後に戻ってきた彼女は、詳しい話をするのは夜が明けてからの方がいいという結論を持って帰ってきた。大捜索作戦で殆ど成果を出せなかった乗務員たちは当然疲弊していたし、翌日も仕事はある。直ぐにでも部屋に戻って眠りたいと思うのは当然だった。

 アクサナとタルモは作戦の参加者として、相応の責任は果たしてきた。侵入者の痕跡を見つけ、それを追跡しようとした。しかし結局見つける事は出来なかった。これはあの少女の方が彼らより上手だったという事だろう。



 夜が明け、いつも通りの時間に起床した三人と、新しく空き部屋を占領する事になった隣人は、大部屋のテーブルを囲んで座った。改めて彼女は以前会った事のある、以前騙した事のある二人と対面した。


「あの街以来ですね。まさか本当に再会するとは思ってもいませんでした。」

「憶えててくれたのね。うれしいこと言ってくれるわね。それとも、借りを返して欲しいとでも?」

「・・・・いいえ。そんなつもりはないです。未熟だったのは私の方ですので、それよりも、雰囲気がまるで違いますね。一目では気が付きませんでした。」

「・・・あの時は、そういう“役”だっただけよ。」

「では今もそういう“役”になりきっているという事ですか?」

「ふん!別にそう思っていてもいいわよ。」


 とてもやり辛い。この場に居た彼女以外の三人は等しくそう思っていた。以前のように無垢な雰囲気があれば、いくらか話しやすかったかもしれないが、彼女曰くそれも一つの“役”なのだろう。では本当の彼女は一体どんなものなのだろうか。逆に彼女の対応が演技でなかったとしたら、あれ以降変わったことになってしまう。アクサナはそれもまた腑に落ちない気がした。

 彼女の経験は彼女だけのものだ。他の誰もそれを寸分狂わす知ることなど出来はしない。あらゆる状況の中で、“役”を演じる事が彼女の人間性として定着したのであれば、きっとそれが彼女で、彼女の生き方なのだろう。


「とにかく、暫らくはこうして食卓を囲む仲になった訳だ。それを楽しむ“役”を演じればいいのだろう。」

「勝手な事を!でもまぁいいわ。お金はなくなったけど、こそこそしなくていいし。」


 口には決して出さないが、彼女は心の中では少しだけ感謝していたのは事実だった。もしこれが一日二日なら逃げ回る事は出来ただろう。しかしそれ以上こんな狭い“列車”という密室の中で逃げ回る事は容易ではない。現に三日目には存在が露呈し、次の日の夜にはお縄に付いたのだ。そしてそれでもまだ日程の半分なのだ。そういう意味では最後の一言は本心が出たとも言えた。


 これまたいつも通りの時間になると朝食が運ばれてきた。給仕の男はその異変に気が付いた。気が付かないわけはない。一人増えているのだ。マリウスはその新しい乗客にも朝食を持って来てくれと頼んだ。直ぐにもう一食分を持ってきた給仕にも簡単に説明し、今後は毎食追加で持ってくるようにも頼んだ。その上で詳しい事は後で聞いてくれと言って話を切った。


 朝食の時間が終わった後、責任者と名乗る男が現れた。顔つきは少々不服だったようだが、それも当然の事だろう。しかし問題は解決に向けて進んでいるという前向きな状況も、彼の心境をより複雑にしているのだろう。


「おはようございます。今回は申し訳ございませんでした。それと、昨夜の協力、真にありがとうございました。」


 男は帽子を脱いで深々と頭を下げた。その天辺がうすら禿げ上がっていたのが目に付いた。


「それで、お話を付けられたと伺ったのですが・・・、どういった経緯でそうなったのでしょう。今一度お聞かせ願いたく申し上げます。」


 マリウスは状況をかいつまんで説明した。


「・・・・・私の独断で申し訳ないが、今回はあのお金で手を打って欲しい。一般の客室の方も満席なのだろう?ここなら一つ空き部屋もあるし、昨夜の金は・・・こう言っては何だが、この件は表に出したくはないだろう?」

「仰るとおりですが・・・・しかし犯罪者ですよ?貴方様に迷惑が掛かるようでは本末転倒です。」

「迷惑か・・・。確かに迷惑な話ではある。だが、それでいいと言っている。」

「左様ですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます。」


 男はもう一度深々と頭を下げて出て行った。



 彼女は貨物に紛れ込んで侵入したと言っていた。確かにそんな行為は許されるべきではない。ましてや、私たちは彼女に散々騙されたのだ。今更許してもらえると思われても困る。しかし、あのまま彼らに任せていたら何をされたか分からなかったというのも事実だった。

 陸の上とは言え、周囲には何もない。ただ、一本のレールの上だ。仮に放り出されでもすれば、命の保障はない。近くに集落などがあればいいが、きっとその前に魔物や野生動物に襲われるだろう。それに彼らは彼女を降ろすのに列車を止める事もないだろう。もしそうなったら投げ出された瞬間、ほぼ生き延びるのは不可能だろう。そして、彼らはそれを分かっていてそうするだろう。

 私には命の重さなどはわからないし、それをどうこう言うつもりもない。ただ、彼女には私たちに、マリウスに再び救われたという事実を、もっと心に刻んで欲しかったのかもしれない。

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