3
「ここからそう遠くない場所に小さな村があるはず。先ずはそこを目指しましょう。」
何気なく口走ったその言葉は誰に返されるでもなく空しく消えていく。唯一伴っているお手伝いロボは、聞こえているのか聞こえていないのか、全く無反応だった。
周囲を見渡す。研究所は静かな森の中にあり、その中でも少し開けた場所に建てられてあるようで、周辺は日の光が差し込み明るい。しかし他に誰か人がいるようには感じられない。
研究所の建物は蔦や葉によって覆い尽くされており、その周りも腰くらいの高さの草がびっしりと生えている。建物の入り口から数メートルの所までは石畳のアプローチが敷かれており、唯一通り道として機能していた。
また、研究所を囲う森は鬱蒼と生い茂る木々で満たされている。木漏れ日すら遮られ暗い、一層に人の気配を感じさせない。
辛うじて通れそうな所でさえ獣道のようであり、わずかに何者かが通行したような形跡を残すばかりである。まさに閉ざされた場所と言えるだろう。
アクサナはもう一度、地図データを参照する。そもそも先ほどからこの建物を研究所として認識していたのは、この地図データにそのような記載があったからである。周辺地域の地形や要所を大まかに纏めたものが、アクサナの初期データの一つとして記録されていたものだ。
「ここに道があるはずなのに何も無い。座標がおかしいのかしら。」
そう呟きながら地図の座標と現在位置を確認する。その場所は紛れも無く地図の座標と一致する。
座標についてはこの周辺に限定されるものの、付近の数箇所に建てられたアンテナから発する微弱な電波を感知して場所を特定するシステムが構築されていた。これはある種実験的な試みであったために、大まかにでしか場所を示す事はできなかった。それでも、この森で迷子になる事は回避できる程度の精度はあった。
とは言え、アクサナが作られた時代からは随分と時間が経過しているため、地形の情報も地域の状況もかなり変わってしまっていた。
それに、彼女自身が作られてから、よもや100年以上も経過しているという事など本人の考え至る所ではない。
「はぁ・・・・ここを通るしか無いようね・・・。」
諦めて茂みに足を踏み入れる。両脇には草木が迫っている。鉄パイプを振り回し、草や木の枝を払いながら分け入る。
30分ほど歩いた所で、少し開けた場所に出た。地図によるとここに目指していた村があったようだ。小屋が点々と数軒建っているのが、その場からでも確認できる。しかし例によって、人のいる気配は全くしなかった。ただ草木がその村を占拠している。そんな印象だ。
ざっと見渡してみても今は人は住んでいないようで、それらの建物も損傷が激しく、遠目に見てそれが建物だと認識できる程度であり、少し近づいてみればただの廃屋でしかなかった。
「どうして廃村が地図に載っているのかしら・・・もしかしてこれは古い地図なのかしら・・・。」
疑問が次々と口からあふれ出る。誰かこの答えを知っている者を探さなければならない。
廃村をぐるりと一周、見て回る事にした。
荒れ果てた集落跡。ここはまるで時間が止まっているような感覚に陥る。
廃屋の中をのぞいてみても、当時の生活がそのままに、ありのままに残されている家。内部を確認できないほど崩壊している家。また草や蔦によってその隙間すら埋め尽くされている家等、いずれにしても侵入するのはいささか危険が過ぎる。しかしアクサナはその内部を物色していく。調査の真似事のようなことをしてみる。
彼女のこの行動は単に好奇心のような、仮に年端も行かない男の子が風化したこの惨状を、森の中を冒険していて見つけ、あたかも世紀の大発見をしたかのように錯覚し、大興奮で更なる冒険を行う。という心境に似ているのかもしれない。
或いは、彼女自身もまた、およそ100年もの間、止まっていたものであり、この廃村に、この廃屋達に、自分自身を投影しているのかもしれない。
結果として何が得られたのかは別として、こういう風景が国内に依然として存在しているという事実は彼女の目に、記憶に焼きついたかもしれない。これが100年前に量産された廃村の一つだった事を彼女が知るのは、もう少し後の話になるが。
事実、100年前のあの事件以来ここで生活をした人は居ない。
100年前に廃棄された村、その光景は、同じく100年前に廃棄された存在であるアクサナ自身を想起させるものであり、彼女の中にも一種の共感のような感情がほんの一瞬よぎったが、彼女自身がそれに気がつくことは無かった。ただ、本能的に一瞬だけ奇妙な感覚に囚われたような気がしただけに留まった。
本来ならありえない非合理的な判断を、しかし敢えて下す人工知能を作り出す事こそ、アクサナプロジェクトにおいて最も難しかった部分であり、博士が苦心し、ついに成し遂げられたものである。それは同時にアクサナプロジェクトの一号機として作られたアクサナが廃棄されるに至った要因でもあった。
言い換えるならば、実に前向きに考えるならば、これは形に囚われずに行動できるとも言える。極めて不安定な、不確定な要素を絡むという意味を除けばの話だが。
そもそもアクサナは100年前に起きた事を、何が起きたのかを漠然としか知らないのである。そんな大事件をどうして最初からその詳細を所有させかったのか。
それに目覚めたばかりのアクサナが目にした複数のメモ。書き残した人物は間違いなく博士であるが、なぜその内容もわざわざアナログな方法で残したのだろうか。博士にもそれ相応の理由があったのだろうか。疑問が尽きない。
廃墟の探索に没頭していたアクサナは、ふと我に返り空を見上げる。太陽は既に西の空に傾きつつあった。
その数こそ少なかったとは言え、侵入するのも困難な廃屋を隅々まで見て回った結果、見つけたのはがらくたばかりで、単に時間を浪費してしまっただけであった。
兎に角、先に進むしかなかった。深く暗い森に迷う事こそ無かったが、行き先を見失ったのは事実である。何か目標が必要だった。
それから少し経ち、時は夕刻。周囲は葉っぱの囁きと刻一刻と視界を支配していく影で満たされていたが、その中に水の流れる音を聞き取る事ができる。
「川があるなら、下っていけば人のいる場所にたどり着くかもしれない。仮に、地図が古くても川の位置はそう大して変わらないでしょう。」
そう考え、方角と位置を確認して進む。
道無き道を進んでいくと、川原にたどり着いた。浅く川幅もそれほど広くない。所々深い場所もあるようだが、歩いて渡れる場所もありそうだ。辺りは清流のせせらぎに包まれている。
しかし、アクサナが聞いた音はそんな情緒に溢れたものではない。そもそも水の流れる音にリラックス効果を求める人形なんてお笑い種である。
それは本来、アクサナに課せられるはずだった任務『魔物狩り』。そのシステムが警報を鳴らしている。魔物が近づいている。と。
川原に敷き詰められた小石は、何者かの接近を知らせるのに好都合だった。小刻みに発せられるザクザクという足音。恐らく走っているのであろうか、次第にはっきりと聞こえるようになる。
アクサナは音のする方向を凝視する。
川の対岸を小さくて醜い小鬼のような生物が夕闇の中、こちらに向かってきているのがわずかに見える。それが魔物であるという事は明白だった。
「ギャアアアアアアア!」
魔物から発せられた金切り声は周囲の空気を凍らせる。実際に凍ったわけではなかったが、もし、対峙したのが普通の人間ならば、あるいはその声でその背筋が凍りついたかもしれない。そのくらいの音量と威圧感を与えてくるものだった。
アクサナは魔法の力を行使できる機械人形であり、また、魔物を排除する為に作り出された。しかし、その力を実際に使うどころか、魔物を見るのもこれが初めてで、起動されて活動を始めたのもほんの十数時間前の話だ。
魔物に対しては、その習性や行動に関するデータも皆無で、加えて魔物の接近を感知する機能の精度もそれほど高いものではなく、ただ、付近に魔物が存在しているという事を知らせる程度のものでしかなかった。
アクサナ本人も単に降りかかる火の粉を払うくらいの心構えしか持っていなかった。
すぐさま鉄パイプを両手で握り、力を込める。研究所の倉庫でやった時よりも強く念じる。
鉄パイプから発生した稲妻は対岸からこちら側へと、川を渡ろうとする魔物に向かって走り、貫く。間髪を入れずに飛び出したお手伝いロボが、何処から出したのか、いつの間にか持っていた長い槍でその魔物の急所を突く。
目の前まで走ってきていた魔物は完全に動きを止めた。
それとほぼ同時に、先に現れたものと同じような特徴の二体の魔物が、背後の茂みから飛び出し、アクサナに向かって飛び掛る。至近からの不意の突撃に一瞬反応が遅れたアクサナに対して、お手伝いロボはそんな風な事は無く、持っている槍を振り回し、比較的近くにいた一体をなぎ払う。
アクサナはもう一体の飛び掛ってくる魔物に対して、とっさに身構え防御姿勢をとる。
飛び掛って来る魔物と掴み合いになるアクサナ。魔物の腕力は強く、突進の衝撃にはどうにか持ち堪えたものの、完全に身動きが取れなくなってしまう。
もみ合いになっている所へ、先の魔物を振り払ったお手伝いロボの、なぎ払いの反動を利用した流れるような突きが、その槍が、まさに横槍を入れる形で魔物に突き刺さる。
致命傷を受けた魔物はそのまま崩れた。
一方、お手伝いロボに弾き飛ばされた魔物は、お手伝いロボによって文字通り打ち返された魔物は、数メートルほど飛ばされたが、それだけでは致命傷に至らなかったのだろう。お手伝いロボがアクサナを援護している間に、もう一度体勢を整えて突進する。
魔物の決死の突進に対して、またもお手伝いロボがその魔物を背後にしながらも、まるで後ろにも目がついているかのように捉え、先の突きからの引き戻しの石突で魔物を迎撃し、そのまま地面に叩き伏せる。お手伝いロボはさらに振り向き様にその魔物に狙いを定めて急所を突く。三匹目の魔物も息絶えた。
その間、アクサナは立っているだけで精一杯、ただ全力でその光景を眺めているだけだった。
状況を顧みると、川原の対岸をわざわざ足音の出るような場所を走っている魔物が囮役だったという事と、さらに別に二体の魔物が彼女の背後で息を潜めて機を伺っていたという事を、今のアクサナが気が付くはずも無かった。
もしこれが、アクサナよりも高性能、かつ、経験も豊富なラピエルであれば、それを看破し、また、或いはその狡猾な襲撃を一掃したのかもしれない。
一方、アクサナに襲い掛かった三匹の魔物。彼らの経験もまた不足していた。
アクサナが初めて魔物と対峙しているのと同様に、この三匹の魔物たちもアクサナのような魔法を使うものを相手にしたことが無かった。
およそ鉄パイプしかもっていないような相手にそのような不意打ちを食らうとは思ってもみなかった。
本来なら、今までの彼らの経験の中であったなら、囮役が攻撃される直前に飛び出していく算段だったものが、予期せぬ先制攻撃を受け、それに対して後れを取った形となり、三方向からの同時攻撃が成り立たなくなっていた。もう一つ、お手伝いロボがどの程度のものか、見た目では判断できなかったという事情もあった。
それでも飛び出したのは完全に悪手だった。アクサナもさることながら、この魔物たちもまた、まぬけである。もし次があれば、人は見かけに寄らない事を肝に銘じるだろう。もう彼らがこの経験を生かすことは出来ないが。
仮に、この襲撃が思惑通り成功していた場合、アクサナはダメージを追うことは必至であり、運が悪ければ致命的な打撃を受けていたかもしれない。そんな意味でもアクサナは幸運だけには恵まれていた。
これが魔物退治を課せられる筈の機械人形による、初めての魔物退治だ。ほとんどお手伝いロボに丸投げした形だった。
取り合えず危険は去ったようだ。アクサナは自分の持っているデータを確認する。当然の事ながら、魔物に関するデータなど、ほぼないに等しい。アクサナは今しがた対峙した魔物の情報を、新しい情報として記録する。
お手伝いロボには、このような比較的よく現れる種類の魔物、すなわち数も多く対処のしやすい魔物の情報は登録されている。これはおよそ100年前にラピエルが対処した魔物の情報を博士が纏めたもので、護衛として使用されることもあったお手伝いロボの戦闘システムに、あらかじめインプットされていたものである。
お手伝いロボが作られたのはアクサナよりも、ラピエルよりも後の事で、(これもまた博士の作である)多機能型ロボットとして一般の旅商人や外交官等の護衛や身の回りの世話役として作られた。故に、その道中で魔物が現れた場合に対処できるように戦闘システムを備え、魔物に対する情報も多く持っていた。ラピエルほどの強さはないものの、魔物の情報はそれを補って余りある戦力となりうるのだった。(ちなみに後ろにも目があります)
「それにしてもこのロボ、あんな槍みたいなもの持ってたのね。」
アクサナはお手伝いロボを一瞥した。
「まぁ助かったのは事実ね。」
当のお手伝いロボは何処へしまったのか、もうそんな長いものは持っていなかった。
アクサナは自分の、今まさに手に握られている鉄パイプを見つめる。魔物と戦うために生まれたにもかかわらず、この体たらくである。誰かに見られていたとしたらこんなに恥ずかしい事はない。なんて事をアクサナは微塵も思わなかった。彼女は感情を持っていないから。持つ事ができなかったから。
「こんなもの振り回してるなんて、まるでヤンキーか世紀末くらいのものね。」
そう呟いた彼女はヤンキーについても世紀末についてもあまりよく知らなかったが、客観的に見ても現状のアクサナはそれらと大して変わらない振る舞いであった。というかその下っ端のようでもある。
冗談はさておき、今後の事を考えれば、いつまでも棒切れを振り回すわけにはいかないのは確実である。魔物もさっきのようなものばかりではないだろう。それに、ラピエルに対してこのような戦い方が通用するのか、甚だ疑問だった。
「考えても仕方ないか。先を急ぎましょう。」
独り言が多いのもアクサナプロジェクト一号機における様々な不具合の賜物だったが、ただただ無言で進むよりは前向きになれるのかもしれない。




