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 既にこの日は終わりを迎えようとしていたが、その足で例の事務所へ向かった。どうしても今日中に確かめなければならない事があるらしい。

 マリウスは朝の時と同様にボロボロの小屋を暫し眺め、扉を叩いた。小太りの男もその表情は曇っていたが朝と同じように彼らを招き入れた。


「報酬を受け取りに来た。」


 彼は堂々と、当然の権利を主張するようにそう言ったが、実際は何も成してはいない。強いて言うなら案内人の男を気絶させたくらいのものだ。


「ああ。魔物を殺したという証拠を示せばな。」

「魔物の首でも持って来れば良かったのか?」

「そのためにそいつを同行させたんだろう。なぜ意識を失っているんだ。」

「魔物との戦闘で気絶しただけだ。」

「その話を信じろと?どうせ貴様が気絶させて話をでっち上げたんだろう。世迷いごとに付き合ってる暇はないんだ。とっとと行け。いまなら見逃してやる。」

「ずいぶんと高圧的な態度だな。しかし・・・今日はこれで失礼する。」


 客観的に見ても小太りの男は的を射た事を言い、マリウスの引き際はなんとも無様だった。しかし本人はさほど気にしている様子もなく、その後すぐに小屋から追い出されてしまった。

 暫く歩いた所で彼は少し溜息を混じらせながら呟いた。


「問題は『決定的な証拠をどうやって手に入れるか』だ。」

「どうするつもりですか?」

「情報を集めなければならない。今日は一旦宿に戻ろう。」


 その夜、宿に戻りいつも通り睡眠をとったアクサナ。しかしタルモはそれとは対照的になかなか寝付くことが出来なかった。あの坑道の暗闇の中で見た光景が忘れられない。目を瞑ると真っ赤に染まった壁が思い出される。そして体に染み付いた血の臭いを意識してしまう。シャワーでいくら洗い流しても落ちなかった血の臭い。目を閉じることが苦痛だったが、何度も眠ろうと試みた。真っ暗な寝室の天井を見上げながら目を開けたり閉じたりしているうちにいつの間にか眠ってしまった。


 残響の中に声がする。闇の中、あの惨劇をバックにアクサナとマリウスがこちらを見ている。

『だから来なくていいと言っただろう。』

『そんな事言ったってわかんないよ!』

『そもそもついて来るなんて言うのが間違いだった。』

『そうですよ。どうしてついてくるなんて言ったのですか?』

『お、お前はついて来いって言っただろ!』

『何を言ってるのです?ついて来ると言ったのはあなたではないですか。』

『うるさい!』

『だから私は反対したのだ。それでも来ると言ったのは君だろう。』

『うるさいうるさいうるさい!』

『やっぱりお子様は来ないのが正解でしたね。そもそも何のためにここに居るのですか?』


「うるさい!」


 気が付くとそこは寝室で、暗闇の中、独りで自分の発した声で目が覚めたようだった。全身から汗が吹き出ていた。寒い。こんな寒さを今まで生きていて感じた事はなかった。どうしてこんな事になってしまったのだろう。悪夢に魘されていた事を朧げに思い出しながら呟いた。


「おかあさん・・・おとうさん・・・。」


 窓から夜空を見上げると、殆どまんまるに近い月がこちらを見ていた。彼は真っ暗闇にぽつんと浮かぶ月の姿に孤独を見た。そしてその姿に自分の現状を投影し、少しだけ気分が落ち着いた。

 しかしその後も眠る事は出来ず、朝が来るのをただ待った。外が明るくなり始める頃にマリウスが部屋に戻ってきた。本当は見たくない顔のはずなのに、誰かが居るという安心感は彼の心を少しだけ和ませた。


「なんだ、もう起きていたのか。」


 まだ薄暗い室内に一人、目を赤く染めていたタルモに声を掛けたマリウスは、彼が涙を流していることには気が付かなかった。

 タルモは声が震えそうになるのを必死に我慢して返答した。


「満月がキレイだったから見てたんだ。」

「満月?昨夜は半月が出ていた筈だったが・・・。」


 余談だが、朝までの間、タルモがアクサナを起こそうとどんなに声を掛けても彼女が目を覚ますことはなかった。


「さて、何から話そうか。」


 タルモの心も落ち着いた頃にはアクサナも眠りから覚め、前日のように椅子に座っていた。


「少し調べてみたのだが、判ったのはせいぜい大まかな事くらいだった。どうやら、あの鉱山の付近では3年ほど前からたびたび失踪事件が起きていたらしい。」

「3年前?そんな前の事件と関係があるのですか。」

「順を追って話すべきか。君たちが眠りについた後、私はいつもと同じようにパブへ行き噂話を仕入れた。勿論、この手の噂話は根も葉もないものばかりだが、信用に足る情報もごく稀に含まれていることがある。そして昨日聞いたのは『最近もまた失踪した者があった。』という話だ。聞くところによるとそういった事件は3年前に始まり一時は社会現象にまで発展した。その年は最も多くの失踪者があったが、それをピークに減少傾向にあった為に、騒がれはしたもののすぐに沈静化したらしい。それが今になってまた発生しているという事を話していた。」

「あの鉱山では身寄りの無い人達が働いていると言っていましたね。」

「恐らくそういった者たちや旅人が狙われて被害にあったのだろう。」

「まだ断言は出来ないですが、これを昨日見た事件と結びつけるのは自然だと思います。」

「しかし推理をこれ以上進めるにはもっと情報が必要だ。そこで、この件を告発しようと思う。」


 訪れたのはどこかで見たような大きな建築物。この街もまた自治権があり、治安の維持や事件や事故が起こった場合に対応する組織らしい。その中でも特に事件性の強い事案を扱う部署があり、今回当たるのはそういう所らしい。


「被害にあったというのは君たちか?」


 だるそうな表情の男が一人、彼女らに声をかけた。彼は刑事という職務を担っている人物だ。


「・・・それともあいかけたと言う方が正しいか?」

「実質的な被害は無いからな。そう言った方が正しいかもしれんが、意味はそう変わらないだろう。」

「・・・・さて、先ずは起こった事を詳しく話してくれ。」


 事の顛末を話す。男は少し俯きながらその話を聞き、終わると直ぐに立ち上がった。


「ありがとう。参考になったよ。」

「それだけですか?彼らに対して何かしらの情報とか、どうやって懲らしめるとか無いのですか?」

「ははは。面白い事を言うね。お嬢さん。心配しなくていい。君たちのやるべき事は済んだ。後は我々に任せたまえ。」

「え・・・?」

「聞こえなかったか?これ以上は危険だ。次は本当に命を奪われるかもしれないのだぞ。この街はそれなりに治安がいいとは言え、そういう事件が無い事はないのだからな。まぁ、治安がいいのは我々の仕事ぶりがいいからだがな。」


 刑事の男はニヒルに笑いながら言ったが、その目は笑っていなかった。


「では、更なる情報を提供しよう。あの事務所には過去の事件に関する資料が置いてあった。これはその一つだ。」


 彼が取り出したのは十数枚も重ねられた資料。それは何かの名簿のようで、名前がびっしりと書かれている。男は渋々といった様子で椅子に座りなおし、その資料に目を落とした。


「これは・・・名簿か。しかも見覚えのある名前ばかりではないか。どうしてこんなものを持っているんだ?」

「我々も捜査に協力する。仮にあんたがそれを拒否したとしても、我々は我々で動くつもりだがな。」

「全く・・・・市民が首を突っ込む事ではないぞ。」

「それはごもっとも。しかし我々はここの市民ではない。そして懐が寂しがっている。」

「ふん、当てにしたって出ないものは出ないぞ。それに実害を被ったとしても俺は知らんからな。お前らがどれほどの力があるかは知らないが、それだけは憶えとけよ。」


 言い終わるや否や再び立ち上がった刑事の男はそのまま部屋を飛び出そうとした。マリウスはその後姿に言葉を投げかけた。


「では早速捜査に赴くのだな?」

「いや、市民の目は公平さを求めるものさ。例えそれがどんなに歪んでいたとしてもだ。法に則った捜査をしない限りその正当性は認められない。お前がいくら資料を盗んできた所で、それは証拠として効果を発揮する事はない。」

「しかしそれが足がかりになる事だってあるだろう?」

「はぁ・・・・否定はしないが・・・まぁいい。」


 捜査の礼状。これがあるとこの街ではそれらの行為が正当化されるらしい。それも妙な話な気がした。そもそも法を破る行為を行う者に対して法に則って対抗するには無理があるのではないだろうか。それでも市民はその正当性を叫ぶというのだろうか。


「くれぐれも邪魔はするなよ。それと、何かあっても手荒な真似はするな。」

「手荒な真似をしたのはあいつらだと思うけど。」


 タルモは勇気を振り絞って発言した。彼はあんな惨い現場を見せられた事に憤慨していたが、それを見たのも自分の責任だということを心のどこかでは理解していた。しかし到底納得は出来ていなかった。

 自分がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。彼は外見と同じく中身もまだ子供で、でもそんな自分を子供と割り切れない。そんな微妙な時期にあったからこそ、見たものや聞いたものに対して過剰に反応してしまうのかもしれない。と言っても、あの惨たらしい光景は彼でなくともその心を簡単に破壊せしめるのだろうが。


 そんな彼に対して刑事の男は諭すように言った。


「どんなに無法をされたとしても、それに無法で対抗したらこちらも同じ事だ。正当な方法で勝たなければ真の勝者とは呼べないだろう?」


 真の勝者。それがどういう意味なのか。それを考える時間が、言葉の意味を理解するための時間が、彼には必要だった。

 刑事の男は少々不服そうな顔をしたタルモに小さく溜息をつき、もう一言を投げかけた。


「まぁお子様にはまだわからんかも知れんがな。」


 ここ数日、『どうして』だとか『なんで』だとか、そういったことをよく思い悩むようになった少年の心は、今一歩大きくなれていなかった。口では子供じゃない事を主張するが、その内面はやっぱり子供で、そんな苛立ちを向ける矛先がどうしても必要だった。自分の心を守る為にも。ましてやもう自分の事を守ってくれる人間など居ない。自分の事は自分で守らなければならない。その意識だけが一人歩きし、彼の態度はいっそうに強張った。


 刑事の男は捜査令状を手に、複数の同僚を伴って例の事務所に来ていた。三人はそれに付いていった形となった。


「ここか。準備はいいか?」

「はい。」


 扉を叩いても反応は無かった。止む無くそれを蹴破り中へと突入した。

 彼らの仕事は早かった。ほぼ無人だった事務所にあった、ありとあらゆる書類を箱詰めにし、持ち出した。そこいらにあるもの全てを証拠として押収した。ついでに未だ昏睡している昨日の実行犯も殺人未遂の容疑で逮捕した。


 三人は殆どその仕事ぶりを見学しただけだったが、それが終わると一緒に本部に戻っていた。


「本来なら一般人がここに入る事は禁止されているのですが、あなた方の協力が必要なようです。」


 部長を名乗る人物は事情を聞くなりそのような判断を下した。

 マリウスが眠らせた案内人の男。それを起こすのもまた、彼の仕事だった。あれは単なる昏睡ではなく数日間にも及ぶ魔法による昏睡。時間が来ればきっちり目覚めるが、それ以外では術者が起こさなければならなかった。


 目を覚ました案内人の男からの聴取により色々な事がわかった。彼はここ最近雇われたらしく、過去の事件には関与していなかったものの、ここ最近の事件。とりわけ例の15人が失踪したというものに関しては、その実行犯だったという事を自白した。魔物の話もでっちあげで、アクサナたちもあの場で殺害する為に誘い出した。という事も白状した。しかしその動機については口を割らなかった。


「押収した資料からは、被害者のリスト、事件に関する資料、殺害方法に関するメモ、事件の現場の見取り図など、様々な証拠品がある中にこんなものが見つかった。もしこれが読めるのなら協力願いたい。」


 刑事の男は一枚の紙片を取り出した。それはどこの言語にも当てはまらない形をした記号だったが、全体を見たときにそれが文章になっているということは分かった。


「なんでしょうか・・・。」

「何かの記号?暗号の類なのか。」

「すぐに にげろ れいのばしょで おちあおう」

「何だって?」

「え?」

「読めるのか。」


 一同驚きを隠せなかった。この文字をすらっと読んだのが年端もいかない子供だったからだ。


「おとうさんにこういう文字の読み方を教えてもらったんだ。」


 この文字は竜人に伝わる文字だったのか。とつい口にしそうになったのを堪えたマリウス。アクサナは次の言葉を選んでいるのか、考え込んでいるようだった。


「おとうさん?君のおとうさんとは何者なんだ?」

「僕のおとうさんは竜人・・・」

「そ!それを研究してる人なんですよね!」

「どうして君が答えるんだ?それに竜人というのは御伽話ではないのか。」

「竜人は居るよ!僕だって・・・」

「そうですよ!私だって信じていますよ!竜人は実在するって!」

「・・・・・まぁいい。それは竜人に関係ある文字だったという事なのか。」


 思わず叫んでしまったアクサナの功名によりこの場はなんとか誤魔化せた。少し強引だったが、ホッと胸を撫で下ろしたアクサナ。それを見てマリウスは何故か吹き出しそうになったのを抑えた。


「結局、あの男の消息は掴めないままか。」

「分かったのはそのメッセージを送った別の何者かが居るということくらいか。」


 書かれている言葉が判る事とその意味が判る事は全く違う事である。単純に今回の場合は解読が出来たものの、その真相までたどり着ける内容ではなかったというだけだろう。場は一気に落胆の雰囲気に包まれたのは事実だが。


「次の一手のヒントをくれてやろう。例の場所。その心当たりがあると言ったら?」


 アクサナはマリウスの同行者でありながら、彼が何を知っていて、それをどうやって知り得たのか、一切何も知らなかった。しかし彼が先ほど放ったそれは間違いなく何かを知っているといった物言いだった。


「いい加減認めたらどうだ?我々の協力が無ければこの事件を解決できないという事を。」

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