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坑道の内部は恐ろしいほど静かで、自分たちの足音が反響し、まるで後ろから誰かがついて来ている様な気がする。当然振り返っても誰も居らず、もし本当に居たとしても目に入る事は無いだろう。ここに来るまでに何度後ろを振り返ってみたのか、私はもう覚えていない。
暗闇に支配された細長いトンネル。無数の横穴はその先に何かが潜んでいるかのような不気味さで口を開いている。そんな暗闇の中、ぼんやりとした光源を片手に付近を調査するマリウス。タルモと案内人と、私を含めた三人を少し離れた所に待機させて、彼は一人で現場を調べていた。
「うぅー気持ち悪いー。」
「そうですね。確かに嫌な臭いがします。」
むせ返るような血の臭い。ここまで強烈な臭いが染み付くにはどれほどの人間が犠牲になる必要があるのだろう。私はそのような光景を眺めながらそんな風な事を考えていた。
「疑問なんだが、これほどの惨劇が起きているというのに、対処をしているのは我々だけなのか?犠牲になった者の家族は何も言わないのか?」
「家族も何も、そんなもの居る人間がこの仕事をすると思ってるんすか?」
この言葉がなぜか心に引っかかった。親や家族の存在しないものは存在しない。あるとすれば私くらいのものだ。人が産まれる為には産む人間が必ず必要だ。あ、でも博士が私を生み出したと思えば、博士が私の親なのかもしれない。
「それはどういう意味です?」
色々と考えているうちに何が何だが分からなくなってきてしまった。ついつい案内をしてくれている彼に聞き返してしまった。
「そのままの意味っす。このご時勢、わざわざこんな場所で働かなければならない理由なんて多くないっす。それは大抵人生に限界を感じているか、そうならざるを得ない状況に陥っているかのどっちかっす。家族や子供が居るような人間はここには似つかわしくないっす。」
「つまり、ここに居る者が居なくなったとして探すものは無い・・・・いや、ここに居た。と言う方が正しいか。」
彼の言った事は本当にそのままの意味で、単純に既に家族はこの世に居ないとか、関係のある者がない。或いは少ない者という事だったらしい。
「それも普通の事っす。あっしらの界隈じゃここに来る人間なんてそんなもんっす。それ以上でもそれ以下でもないっす。」
「悲観しても仕方が無い。この様な問題は至る所で起きているものだ。ただ表に出ないだけの話なのだろう。」
それは普通の事。そう言ってしまえばそれまでの話。当人の親や子供が亡くなって、ただ一人だけ残されてしまう。そんなことは有り得る話。しかし今回のコレはその先の話。孤独に身をやつした人間がその上で惨殺されると言う結末。それに対してなぜか気分が落ち着かない。
「・・・色々と思う事はありますが、その話はもういいとして、何かわかりましたか?」
「いや・・・・・そうだ、魔物の気配はしないのか?」
「いえ、今の所反応は・・・特に無いです。」
「魔物の気配なんてわかるんっすか。」
「ええ。そのために生まれてきたので。」
「・・・?どういう事っすか。」
「いや、ある種の特異体質みたいなものだ。原理も理屈もわからないがそれなりに当たる。」
適当な事を言ってごまかす彼の態度に、少しだけ申し訳無い気持ちになった。自分達は特殊な存在が寄り集まっているという事を自覚しなければならない。そして大抵の場合それを知られない方がいいということも念頭に置かなければならないのだろう。
「そうなんっすか。魔物ハンターと言うだけあるっすね。」
「まぁそういうことだ。ついでにもう一つ聞きたいんだが、犠牲者は何人いるかわかっているのか?」
「ええ。こう見えて福利厚生は充実してるっす。毎日作業前と作業後にみんな揃っている事を確認するっす。当日は自分も入れて16人が作業に当たっていたっす。戻ったのは自分だけだったっすけど・・・。」
「と言う事は、ここには15人分の遺体があるという事でいいのだな?」
「そのはずっす。」
「そうか・・・。そう言えば、魔物が潜んでいたという坑道。そこに繋がった穴があると言ったな。それは何処にあるのだ?」
「え、ええと、多分もう少し先っす。」
「曖昧だな。・・・わかった。ありがとう。」
15人。この場所で命を落とした人数。この場所で末路を向かえた人間の数。この場所に撒き散らされたモノの元の個数。ここで幕を下ろした人生の話の数。15人。この数は多いのか。それとも少ないのか。
今まで見て来た人たちは文字通り沢山いる。小さな村で出会った人たちも、大きな街で見かけた人たちも、それぞれがそれぞれに違った人生を送り、違った道を歩んでいる。私もそうだしここで散らばっている者たちもそうだったのだろう。この街にも多くの人が居て、その中で毎日のように生まれたり死んだりしている。全体で見ればそうなのだろうが、個々で見た時はそれは一つの物語で、それぞれに重みがあって意味がある。
人形として生み出されてから今まで、常に考えていた事があった。それは自分と言う存在についてだ。私は機械で、頭脳も人間が作り出したものなのだ。初め、そこには縦の線しかなかった。その線の意味は命令に従うと言う事。やらなければならない事をやるという事。でも今はその縦の線の間に横の線が幾重にも掛かっているように思える。これは一体なんなのだろう。
人は産まれたらいつかは死ぬ。それから逃れる事など出来はしない。それが普通だ。しかし、私の周りにはその法則を無視したものが居る。機械になって生きながらえた者。人でなくなった事によってそれを失った者。何百年もの眠りを経て今を生きている者。それらもいつか死ぬのだろうか。私もいつかはしぬのだろうか・・・。
「・・・なんだか変ですね。」
考え事をしていたらつい口にしてしまった。
「・・・・何が変なんっすか?この現場が何かおかしなことでもあるっすか?」
つい口にしてしまった言葉を拾われてしまった。とりあえず今の事を考えよう。魔物がこれをやってのけたのだとしたら、その魔物は相当な力の持ち主だろう。それこそこの前出逢ったあの魔物のように、大きくて力強い魔物。しかしここはそんな大きな魔物が動き回れるような場所ではない。大きな魔物がわざわざここを選んでここで過ごしているとは考えにくい。
確かに小さな魔物でもその力は侮ってはいけない。しかし、一般人であれ15人も居ればそんな被害が出るものでもないだろう。ましてや鉱山で働けるほどの屈強な肉体の持ち主だ。
「いえ、と言うか、変じゃないなんていう方がおかしいですよね。ここで一体何が起きたのか。この事件が平常と言うのなら、それこそ異常です。」
「事件っすか?魔物に襲われるのが事故ではなく事件と言うっすか?」
「分からないですが、ただ、魔物がこの惨劇を起こしたにしては、なんとなく妙な点があるような気がします。」
「どういう事っすか?」
「はぁ・・・。中途半端に勘がいいな君は。それについては一先ずこの場を去ってから詳しい話がしたかったのだが。」
「ここを出るって言ったんすか?まだ魔物を倒してないじゃないっすか。」
「やれやれ、ここには15人の被害者・・・いや、犠牲者が居ると言っていたな。しかし、実際はもっと少ないようだ。」
「少ないのですか?では、実際は何人くらい居たのでしょうか?」
「多く見積もっても7、8人といったところだろう。」
「なぜそんなことが分かるんすか?」
「詳しく説明するつもりはない。ただ、それが分かるというだけだ。」
「じゃあ自分が嘘をついているって言うんすか?」
「いいや、だが、隠している事があるのではないか?」
「・・・・隠し事なんて無いっす。早く魔物を退治するっす。出るのはそれからっす。」
案内の男は先に行ってしまった。私たちはそれについていくより他無かった。少し歩いた所で男は足を止め、壁の方を指差した。暗闇の中に壁が剥がれている様に見える場所があり、目を凝らしてみると直径数十センチほどの小さい穴が開いているのがわかった。その向こうはそれなりに大きな空間があるようだ。
「もう少し先と言ったのはここっす。」
「確かに穴が開いているように見えます。しかしここを通れる魔物って・・・・」
「ああ。私も同じことを考えていた。魔物を見たと言ったな。その魔物はこの穴を通れるほど小さい個体だったのか?」
「それは・・・わからないっす。自分がそれを見たのは一瞬だったっす。」
「あの穴を通れるほどの小さな魔物が、あのように多数の人間を惨殺できるものなのでしょうか・・・・。」
「仮に、小さな魔物が無数に居たとすれば・・・・、このような凶行は可能だろう。しかしそうなると遺体の損傷の仕方に疑問が残る。小さな魔物がつけたというには傷が大きすぎる。」
「何が言いたいんすか?」
「例えば・・・・・そこに落ちているつるはし。それがぴったりなのだよ。あの傷口には。」
「魔物がつるはしを使ったって事っすか?」
「さあ、どうだろうな。」
「もしかして自分を疑ってるんすか!?」
「さあな。お前の仕業なのか?」
「そ、そんな訳無いっす!」
マリウスの疑問は恐らくそういう事なのだろう。もしかしたら作業中の工員を背後から襲えばこれは可能なのかもしれない。この坑道にはなぜかこのようなつるはしがよく落ちている。理由は不明だが、確かにこれを使えば人を殺めるのは容易いだろう。足元に落ちていたその一つを手に取ってみる。金属で作られた先端は鋭くずっしりと重い。もしこれを振り下ろされたとしたらひとたまりもないだろう。
「冗談だ。」
「言いがかりも甚だしいっす。」
「魔物を探しましょう。あの穴の中から来たと言うのならその向こう側へ行かなければならないということでしょう。」
「それはそうだが、ここを通るのは我々にも不可能だ。魔物がここを通ってきたということは、この先に行く迂回路は存在しないのだろう。穴を広げるという方法もあるが、それだと魔物も通りやすくなってしまうだろうな。」
「ここを塞げばいいのではないでしょうか?」
「それじゃ根本的な問題の解決にはならないっす。自分達が依頼したのは魔物の駆逐っす。」
「ではここで魔物がこの穴を通ってくるのを待つしかないな。」
「それにしても、15人の内の7,8人があの場所で亡くなったとして、残りの人たちはどうしているのでしょうか。今も生きている可能性はあるのでしょうか。」
「事故が起きてからそこまで時間は経っていないっす。そう考えれば生き残っている可能性も無くはないっす。」
「しかし、もし魔物の手から逃れてこの坑道内に散らばっているのなら、それこそ探すのは不可能だろう。彼らが脱出していないと言う事はもう亡くなっているか動けないかのどちらかなのではないか。」
「実際、工員ですら迷う事はよくあるっす。ここは迷宮になっているのは見て来たっすよね。自分はこういう道を覚えるのが得意っすから大丈夫っすけど、中にはやっぱり苦手な奴も居たっす。」
「魔物の所在もわからない以上、ここに居続ける意味もないかもしれんな。」
当前の事だがあの悲劇を起こしたであろう魔物が、あの現場にずっと留まっているなんてことは無い。そして魔物がこのトンネルの中を動き回っているとしたら、それに遭遇するのは難しいだろう。そう考えると、この暗闇が途方もなく恐ろしいものに思えてきた。
「他に何かの意図があれば、話は変わるのだが。」
「どういう意味ですか?」
「・・・・調査の結果を教えてやろう。あの事件は魔物の手によって行われたものではない。あれは間違いなく人間の手による犯行だ。」
「魔物は初めから居なかったということですか?」
「状況からみてそう考えるのが妥当だろう。と言うより、ここで何が起きたのか、全て判ったのだからな。後は証拠を見つければいい。誰が見ても一目瞭然の証拠をな。」
「・・・・・・・・」
彼の手にはつるはしが握られていた。それを振り上げてから振り下ろすまで殆ど時間は掛からなかった。それに気が付いた時には鈍い音が聞こえていた。
「全く、油断の隙もない奴だ。君ももっと警戒心を持ちたまえ。」
「何が起きたのですか!?」
「兎に角ここから出るのが先だ。そいつにも来て貰おう。」
マリウスはあの男がつるはしを振り上げた瞬間に魔法で意識を奪っていたようだった。重力にまかせて落下したつるはしが地面に突き刺さり、誰かを傷つけることはなかった。
付近にあった土砂を運搬する車に男を乗せて来た道を戻った。マリウスは歩いてきた道のあちこちに魔法でマーキングをしていたらしく、その道を辿り外まで出ることができた。なんと気が利く仲間だろう。
夕刻に差し掛かった日の光は初夏らしい少しの暑さと優しい光を届けてくれる。暗闇の中に慣れきった目には少し眩しすぎるくらいだったが、外に出てきたという実感は清清しさを与えてくれているようだ。




