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決意のアクサナは前に出る。敢えて魔物の間合いへと自らの意志で入っていく。迷いはない。仲間を信じているからこそ出来る事である。後ろで控えた二人もまた、その後姿に勇気付けられた。そして信頼に足る結果を出すと誓った。
「さあ!こっちへ来なさい!あなたの相手は私です!」
高らかに声を上げたアクサナは魔物に歩み寄りながら魔法の装具を作る準備する。その様子に魔物は一瞬たじろいだが、次の瞬間には彼女に喰らいつこうという構えを見せた。
今まさに目の前に居る魔物。こういう動きの素早い相手に対して“見てから”の対処をするのは愚かな事だ。この事に気が付いたのは下山途中にこの魔物と出くわした時の事だった。
あの時、マリウスが言っていた言葉を考えていた。小さな動きに注視する事とは、予備動作を見逃さない事。そして、動き方を観察し、予測する事だ。そうすればチャンスを掴み取れる。戦いの主導権を握れる。
あの魔物に対峙するのは二度目で、更に相手がどういう動き方をするのか既に間近で見ている。と言うより一撃貰っている。危ない所だったがその経験も判断材料になる。幸い、魔物が自ら放った火によって周囲一帯が明るく照らされており、その小さな動きすらハッキリと見える。そしてこちらは相手の攻撃を最小限の被害で受け切るだけなので、そこに集中すればいい。それだけの事だと自分に言い聞かせる。
動作を分析し軌道を読む事。これは本来の彼女にとって造作のない事。の筈なのだが、今まで彼女はそれを行うことはなかった。なぜならそういう発想をしなかったから。
彼女にとって魔物との戦いと言えば、相手の行動に対して見てから反応をするというものだった。彼女はこれまで当たらなくてもいい打撃を、付かなくてもいい傷を受けてきた。しかしそれも当然と言えば当然の話だった。彼女は誰に教わったでもなく戦い、誰に教わったでもなく鉄パイプを振り回してきたのだ。
だがそれは過去の話。今彼女には仲間がいて、状況に適切な意見と判断を添えてくれる。そしてそれらの言葉や行動から時に教えられ、時に気付き、時には彼女自身の経験を掛け合わせて考え、思いつく事が出来るようになっていた。
これらの計算を彼女が出来る筈なのは、様々な情報を計算し、答を見出す事が出来るシステムを持っているからに他ならないが、今までそれが出来なかったのは単に知識が実体験に基づいていなかったからだとも言えた。
「来る!」
魔物が一瞬の、僅かな屈伸運動をしたのが見えた。魔物の全身の筋肉が緊張している。すぐに動きの予測を試みる。間合いと速度を計算、軌道と狙いを推測。考えうるあらゆる実行可能な方法の中で最も効果的な防御法を導き出す。
遠い未来を推測するのは難しい。明日の事ですらそうだ。しかし一秒後、二秒後に何が起きるかを予測するのは可能だ。計算に掛かる時間は一瞬。ほんのひと時の思考。なのにその一瞬がとてつもなく長い時間に思えた。感覚を研ぎ澄まし全ての事象を情報として捉える。轟々と燃え盛る炎の中にあるにも拘らず、その中に静寂を見た。そしてその静寂の中に魔物の息遣いすら感じたような気がした。
彼女は先ほどよりも分厚い装甲を篭手のように作り身構えた。魔物はそこ目掛けて一足飛びに喰らいついた。何の対処もしていなければ腕を付け根から持っていかれた事は容易に想像できた。しかし、分厚い装甲が魔物の牙によって砕かれる事はなかった。そして魔物の口に腕を噛ませる事によってその動きを封じる事に成功した。
「今だ!」
マリウスは空に向かって閃光弾を放った。それは魔法によるもので、一瞬だけ強い光が生まれた。しかしこれは目を眩ませる為に使ったのではない。これは遠くに居る者への合図だった。
合図を確認し、直ぐに攻撃の態勢に移ったタルモが居たのは遥か上空だった。彼は飛翔していたのだ。
しかし「いつでもどこでも飛べるというわけじゃない。風に乗らなければ飛ぶ事は出来ないし、そうでない時は助走とかで速度を稼がなきゃいけないし。特に夜、視界の効かない所を飛ぶのは無謀。」と前日に言っていた筈の彼がどうしてそんな事が可能だったのか。
その理由の一つ目は激しい炎によって巻き起こる上昇気流の助けだ。これにより少ない助走でも飛び立てたと言う事。二つ目は広範囲で激しく燃え盛る村を真夜中の空中から見失うことがなかったからだ。また、十分な速度を保ったままの再突入も可能だった。そして夜空に舞う事で人目を気にする心配もなかった。
「見えた!今なら魔物を狙える!」
高高度からの落下による衝撃を直接魔物に当てるのが理想ではあったものの、そんなことをすればタルモ自身の体が木っ端微塵になりかねない。故に彼はその巨大な木刀を落下の勢いに任せて垂直に投げ飛ばした。
材質こそ木で出来ているものの、その先端はそれなりに鋭く、これほどの勢いがあればかなりの威力になる。高所より魔物の中心に向かって落下した木刀は、杭のように魔物を貫き地面へ突き刺さった。たまらず魔物はアクサナの腕をその口から放した。
ひれ伏す格好で地面に杭打ちされた魔物はそれでもまだ抵抗し暴れる。しかし体に突き刺さったまま地面に届いた木の杭を引き抜く時間を与えられる事はなかった。
「この弾は特別製だ。用意するのに手間が掛かるからあまり使いたくないのだが、仕方ない。くれてやる。」
マリウスは魔物のそばに歩み寄りながら呟いた。魔物から1メートル程度の距離まで近づくと両手で銃を押さえ、足を大きく開いて衝撃に備えた。
至近距離から放たれた弾丸は、まるで大砲のような爆音と共に魔物の脳天を吹き飛ばした。頭が半分消失した魔物は、遂に動くのを止めた。
「・・・・や、やりました!」
「あぁ、最悪だ。腕も耳も千切れそうだ。」
「すごい音がしたけど、終わったみたいだね。」
「ええ。無事に終わって良かったです。」
三人で動かなくなった魔物の亡骸が塵になっていくのを見届けた。魔物は死体が残らない。これも研究が進まなかった理由の一つだった。
「あーあ、お気に入りの剣が・・・これはもう使えないや。」
「半分砕けていますね。」
「しかし、そのお陰で抜けにくくなっていたとも考えられるだろう。」
「そう言うマリウスの銃も、半分になってるじゃん。」
「壊れた銃の破片すらも弾丸になるように設計しているからな。」
「と言う事は、二人の攻撃がもし失敗していたら、二人とも武器がなくなっていたという事ですか?」
「そういうことになるな。全く、滅茶苦茶なやり方をしたもんだ。」
「おまえがそういう作戦で行こうって言ったんだろー!」
「何はどうあれ、結果は出せたのですし、今回はそれでいいではないですか。」
「待て待て。この惨状はまだ終わってはいないぞ。」
次々と焼け落ち始めた家屋の崩れる音が耳に入ってくる。
「そうでした!この火事を何とかしないと!」
「いや、我々が出来る事は避難する事だけだ。」
巨大な魔物に襲撃された村は、家屋は概ね焼け落ちてしまったものの、逃げ惑う人々が魔物に蹂躙されるという事態にはならなかったと言う意味では、間一髪の所で救われたとも言えた。しかし火事で命を落とした者もあったのは事実で、全員が全く無傷という訳ではなかった。
避難した村人たちの中でも「なぜこのような大規模な火災が起こったのか」その原因を知る者は極少数だった。
また、複数の住民が語った「巨大な魔物が巨大な松明を咥えていた。」という証言に対しては、その半分現実離れした内容で世間をざわつかせたものの、一定の信憑性があるとみられ詳しい調査が行われた。それによりその証言が認められ、魔物による被害という形でこの一軒は処理された。
一方で、巨大な魔物が退治された現場を見たという者が居て、「三人の旅人が魔物を退治した。」と言い、他にも「空から巨大な木刀が降って来て魔物に天罰を与えた。」と言う者や、「突然起こった爆発によって魔物が吹き飛んだ。」等と言うもの、他にも様々な噂が流され、最終的な真相は闇に葬られた。
余談だが、地面に突き刺さったまま放置されたタルモの木刀は、「天から降った神罰」の証拠として残され、後に復興した村のシンボルとして残される運びになるのだが、それをその三人の旅人が知ることは無かった。
やがて木刀は巨木へと成長し、人々から「世界樹」と呼ばれるようになった。しかしこれは遠い未来の話である。
話をアクサナ達の方に戻そう。その夜は簡単な野営で朝を待ち、夜が明けてからは焼け落ちた村を一回り見学した。その後、先日に仕入れていた「歩いても一日ほどで到着する場所に町がある。」という情報から、その足でそちらへ向かう事とした。
「やっぱり無茶な作戦だったよ!」
「いいや、極めて合理的な判断だった。」
「あんな真っ暗の中を飛ぶのは怖かったんだから。」
「竜人のお子様は空を飛ぶのが怖いのか?」
「こ、怖くなんか無いやい!」
「では夜が怖いのか?」
「怖くない!」
丸一日歩き、夕方ごろに到着した町にある一軒の飲食店。その賑やかな席で彼らは話に花を咲かせていた。話題は先の魔物との戦いについてだった。
「とは言え、君があんな行動をとるとは思わなかった。」
「私は私なりにあれが最善だと思っただけです。」
「でもかっこよかったよ。なぜか負ける気がしなかったし。」
「そうですか?」
「まぁ、仮にやられていた所で、我々がやる事は変わらなかったが。」
「何ですかそれ。私がやられてたらどうするつもりだったのですか!」
「またくっつけて貰うんだろう。でもうまくいったんだ。いいじゃないか。」
「なんだか腑に落ちない言い方ですね。それに先ほどから食べるものを振り回して行儀が悪いですよ。」
「君に行儀が悪いなどと言われるとは心外だ。なにせ君は風呂上りに・・・・・」
「それは言わない約束です!」
「言っただろう。あれは約束ではなく君が一方的に・・・・」
「わかりました。お願いですもう言わないでください。」
「・・・・・お風呂上りに一体何が・・・。」
「話は戻りますが、あの魔物は火を怖がりませんでした。」
「どうして魔物が火を怖がると思ったのだ?現存する生物とは別の存在だぞ。それにその理も知っているのだろう?」
「ええ・・・。」
「でもどうしてわざわざ火を放ったんだろうね。そうじゃなきゃ村人が起きる事もなかったと思うし。あんな大騒ぎになる前にきっと全滅していたよ。」
「そうなのだよ。いい所に気が付いたな。」
「へへへ。」
「確かに闇を利用されていたとしたら、私たちもまとめてやられていたかもしれませんね。あの火があったからこそ、魔物の姿が見えてそれを迎え撃つ事が出来たのですから。」
「そうだ!あんな火があったから飛ぶ羽目になったんだよ。火も怖くなりそう・・・。」
「やっぱり怖いのか?」
「こ、怖くない!」
「何か理由があったのでしょうか。」
「まあ、そんな事より我々が失った物をまた準備しなければならない。明日はそれを探しに行こうと思っている。幸い、この町は産業が割りと盛んで鉄鋼の町としても名を轟かせているような所だしな。」
「はぁ、お気に入りだったのになーあの剣・・・。」
「あの木製の剣に思い入れがあったのですか?」
「あれは僕が狩りを初めて成功させた時にお父さんから貰ったんだ。」
「そうだったのですか。」
「ん、と言う事はあの木の棒は何百年も放置されて尚、あの形を保っていたと言うのか?」
「剣だよ!うーん。そうだね。眠る前に見たのと殆ど変わっていなかったね。」
「木製でありながらかなりの業物だったと言う事か。面白い。」
「そんな大事な剣をそんな使い方してよかったのですか?」
「よくないから落ち込んでいるんじゃないかー。」
「落ち込んでいたのですか・・・。」
「もしあれが普通の木の普通の木刀だったら恐らく杭のように魔物を貫く事はなかっただろう。知らなかったとは言え、あのような采配。私も捨てたものじゃないな。」
「褒めるなら僕を褒めてよー。」
「どうでもいいですけどまだ食べるつもりですか?そろそろ宿に戻った方が良いのではないですか?」
「私はもう少しここに居る。部屋に戻るなら先に行っていてくれ。」
彼女らを見送った後、彼はいつも通り情報を集める。そこで面白い話を聞くことが出来た。それはこのような話だった。
あの村から少しだけ離れた所に一人の男性が暮らしていました。彼は犬好きとして知られ、各地から色々な種類の犬を集めていました。
時は流れて、彼もすっかりおじいさん。歳を重ねるにつれて、犬達の世話をするのも難しくなっていきました。そんなあくる日、おじいさんは足に怪我をしてしまい、寝たきりになっていよいよ犬どころではありませんでした。
それから数ヶ月。寝たきりのおじいさんの家は荒れ果ててしまいました。犬達は半分野生化し、村の人たちの家を荒らすようになりました。さらに病気も蔓延して、衛生的にも良くない状態になってしまいました。
それからしばらく経ってから。これは今から十日程前の事です。おじいさんを心配した古い友人が家を訪ねてみると、そこにおじいさんは居ませんでした。
行方が分からなくなったおじいさんを探すのはもちろんですが、この家の状況は酷い有り様で、村の人たちと話し合った結果、燃やして浄化するのが一番いいという事になりました。
その夜、おじいさんの家は焼き払われ、病気を持っている犬達も一緒に処分されました。
「さて、この話が真実なら・・・いや、もう私には関係の無い話だ。」
マリウスは宿屋の部屋に戻っていった。




