23
巨大な獣の姿をした魔物は三人から目を離すことはなかった。そして彼らもまた、その魔物から目を離すことはなかった。
お互い間合いを計るようにゆっくりと動く。依然として膠着状態は続き、アクサナはそれを打開する為の策を練ろうと試みる。魔物の動向に注目しながらも小声で相談する。
「どうするべきでしょうか。このまま睨み合いを続けても状況は変わらない気がします。」
「奴はこちらの隙を突こうとしているのだろうが、どういうつもりなのかは判らん。気を抜くな。」
「そうは言ってもこのまま日が暮れるまでこうしている訳にもいきませんよ。」
「では、何か策はあるのか?」
「三人で取り囲んでしまうというのはどうですか?」
「それは危険だ。奴ほどの力のある相手に行えば、各個撃破されてしまうだろう。奴の一撃を我々が受けたとしたらそれだけで致命傷に成りうる。」
「駄目ですか・・・。」
「だったら、あいつの動きに合わせて三人で同時に攻撃するのはどう?」
「策とは呼び難いが、その方がいいだろう。この状況、先に動く方が分が悪そうだ。奴が仕掛けてきた時が勝負になる。」
「あの魔物の攻撃を一度は凌ぐ必要があると言うわけですね。」
「この距離を詰めようとするなら動き出す直前に予備動作があるはずだ。小さな動きにも注意を払え。」
暫く続いた睨み合いは唐突に終わりを迎えた。先に動いたのは魔物の方だ。しかしそれは三人が思っていたものとはまるで違うものだった。魔物は彼らから目を離し、あっという間に姿を消してしまった。
三人の何れもそれを目で追うことは出来なかった。というのも、魔物が通ったと思われる方向には濃い霧がかかっていて、その中に姿を隠したからである。程なくして霧は消え、その頃には付近から魔物の気配はなくなっていた。
「なんだったのでしょうか。」
「わかんないけど、あいつはもう逃げたんだからいいんじゃない?」
「取り敢えずの危険は去った様だが・・・。」
「また現れるかもしれないですし、警戒は怠らない様にしましょう。」
「その通りだ。」
「でも、もう来てほしくないよ。」
「そうですね。出来ればもう会いたくないです。」
「ああ・・・・・。」
「何か気になる事でも有るのですか?」
「いや、なんでもない。」
「それでは行きましょうか。」
準備期間を含めて一週間ほどの日程で行われた弾丸登山も、ここまで来れば終わりが見える。何も無かった訳ではないが、目的は果たせた。後はこの先を無事に歩き抜くだけだ。
「しかし、なんというかあのような魔物がこの山に居るなどという話は、村では聞かなかったが。」
「単に麓まで降りてないだけじゃないの?」
「その可能性もあるが、それでもこの山に住まうのであれば遭遇しないというのも変な話だ。」
「そもそもあの村で買い物以外はしていない気もしますが。」
「君が眠っている間に情報を集めていたのだ。まぁ、そんな事はどうでもいい。他に考えられる可能性があるとすれば、あの魔物が発生したのがごく最近だったという事くらいか。」
「なんにしても、強そうなやつだったね。あんな爪に引っ掻かれたらただじゃ済まないよ。」
「改めて考えても、もう二度と会いたくない相手です。」
「ああ。何れにしてもまともにやり合うのは危険な相手だった。」
その後は野営するより多少暗くなろうが進む方が良いと判断し、日没後も行進を続けた。村に着いたのは日が暮れてから数時間後の事だった。
「やれやれ、やっと着いた。」
「ふぅ、でも思ったより簡単でしたね。寒さも平気でしたし。今となってはあの風の音が恋しいですよ。」
「すっかり山の虜だな。しかし無事に下山できたのは喜ばしい事だ。」
「これからどうしますか?」
「今日はもう暗い。先ずは宿を取ろう。」
「そうですね。それがいいと思います。」
「ところで少年、君はこの後どうするのか。当てがあると言っていたが、本当にあるのか?」
「う~ん・・・。」
「では、ここでさよならですか?」
「いや~、ものは相談なんだけどね・・・」
「無理だ。」
「まだ何も聞いていないではないですか。」
「嫌な予感がしただけだ。」
「取り敢えず聞かなければ分かりません。何の相談ですか?」
「えっと・・・もしよかったら、一緒に連れて行って貰えないかなと思って・・・・。」
「はぁ、・・・そんな事だろうと思った。」
「一緒に行きますか?行きましょう。これで戦力アップです。」
「やったー。」
「待て。君の使命は年端もいかない子供に背負わせるようなものではないだろう。」
「では、年端もいかない子供をこのまま放り出すのですか?こんな夜中に。」
「・・・・仕方ない。今夜はとりあえず宿を取ろう。話はそれからだ。」
宿に着くなり各々好きなことを始めてしまった。アクサナはシャワー室に入ったきり出てこない。タルモはベッドでコロコロしている。早々に話を始めるつもりだったマリウスもそれを見るなり少しうんざりし、腹いせに食事をとることにした。
暫くして落ち着いた後、マリウスは二人に声を掛けた。
「二人共取り敢えずこっちへ来い。そして椅子に座りたまえ。」
「なんでしょうか。」
「少年、はっきり言っておくが、もし、君が言う“当て”が我々の事ならその考えは甘い。我々が君の保護者になることはありえない。」
「・・・・・。」
「何か問題があるのですか?私にはこの申し出が悪い事だとは思いません。昼間の事を顧みても魔物を相手にして差し支えない力量が認められるではないですか。」
「そういうことを言っている訳ではない。君も知っているだろう。我々の相手がいかに危険かと言う事を。この少年にそれを背負わせる事が出来るのか、そしてこの少年が君の二の舞にならないとも限らない。私はそれを危惧しているのだ。」
「考えすぎです。それにきっとこれはお互いにプラスになります。」
「何を根拠にそんなことが言える?私は事実としてその点をを述べているだけだ。」
「そもそもあなたは私に勝手に付いて来ているだけですよね?私の判断に文句を言うのは違うのではないでしょうか?」
「・・・・確かにそれはそうだが・・・いや、・・・・・・出過ぎた真似だったことを謝ろう。」
「・・・こちらこそ言い過ぎました。ごめんなさい。」
「私こそ思い上がっていた。いいだろう。もう何も言うまい。」
「えっと・・・という訳で、一緒に旅をしましょう。」
「え、あ、うん。ありがとう。」
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はアクサナ。機械人形です。」
「機械人形!?」
「はい。そして彼はマリウス。吸血鬼です。」
「吸血鬼!?」
「はい。よろしくお願いします。」
「う、うん。よろしくね。」
「・・・・やれやれ。まぁ、・・・よろしく。」
旅の仲間が増える事を喜ぶアクサナと、色々と複雑な心境のマリウス。そして自らが特殊で、複雑な事情を持っていると思い込んでいた竜人の子供タルモ。
生まれた場所も時間もバラバラな三人はその何れも異端で、それ故に引き合った結果がこれだったのかもしれない。
アクサナが今まで何を言っても何をやっても、その口から出る事は無かった謝罪の言葉。マリウスはそれに対してなんとも言えない不思議な気持ちを抱いた。彼女は彼と出会った頃と比べても目覚ましい変化が起きているのは間違いない。本人は気にも留めていない様子だが、その姿に本当の人間らしさを映し出しているようだった。
出会いというものは不思議なもので、その一つ一つは些細なものかもしれない。しかし実際はその一つ一つが当人にとって多大な影響を与え得るものだ。この三人はお互いに干渉し合う事で既に色んな変化が起きている事をそれぞれがそれぞれの視点で感じていた。
「これも言っておかなければなりませんね。私たちの旅の目的は、女王ラピエルを止める事です。」
「女王?そんなのがいるの?」
「君が生まれて育っている頃には全く何も起こっていなかった事だからな。無理も無い。色々と説明が必要だろう。」
「そうですね。そもそも事の発端は――――――という事であの山に登っていた訳です。」
「へぇ、なんだかよくわかんないけど、御伽噺じゃないよね?」
「ええ。全て事実です。」
「魔法に機械に色々あったってことはわかった。」
「最初に言っていたが、兎に角その女王の暴走を止めるというのが第一の目標との事だ。」
「といった所で、遅くなってしまいましたね。私はもう眠ります。」
「ふぁあぁ・・・僕も寝るよ。おやすみ・・・。」
「はぁ、全く。と思ったが既にこんな時間か。長々と話し込んでしまったな。しかし・・・・」
胸騒ぎがする。何も無ければいいのだが。
なんだか騒がしい?何かが聞こえる?私を呼ぶ声?
「!?」
「おい!起きろ!外の様子がおかしい。」
「もう朝ですか?違いますね。まだ夜中ですね。うーん。それにしては外が明るいような。」
「暢気な事言いう暇があったら窓から外をよく見てみろ!」
「なんですか?これは・・・・。燃えているではないですか!」
「そうだ!いつまでも寝ぼけていないで早くしろ!」
「はい!そういえば、タルモは何処へ?」
「あいつはもう外に出てる。早く合流しなければならない。」
外に出てみると村中どこを見ても火の手が上がっている。一体何が起きたのか状況がまるで掴めないアクサナ。彼女と同じく訳もわからないまま家々から避難する住民たち。
こんな事が自然発生する事はない筈で、それが道理なら何者かが火を放ったに違いない。そんな考えが脳裏を過った時には、その犯人が目の前に現れていた。
それは前日に対峙したあの巨大な獣。その口には人の背丈ほどはあろうかという巨大な松明が咥えられていて、今も炎がバチバチと音を立てて激しく燃え盛っている。獣が火を恐れないどころか、それをその口に咥えているなんて、そもそもどうやってそんな物を準備したのか。謎が多いが今はそんな事を考えている場合ではない。
「な、そんなもの口に咥えて熱くないのですか!?」
「そんな事言ってる暇ないよ!」
「まだ状況に混乱しているのか?」
「いえ、率直にそう思っただけです。」
「来るぞ!集中しろ!」
「危ない!」
魔物は大きく首を振りかぶり、咥えていた大きな松明を投げ飛ばした。それは真っ直ぐアクサナの方に飛んでいく。彼女はそれを見るや否や身を躱そうと試みる。想像以上の速度で飛来する松明は、近付く程にその巨大さを威圧感に変えて、受ける側に絶望感を植え付ける。アクサナは身を屈めそれをなんとか回避したが、立ち昇る火の粉に紛れて急接近していた魔物に対しては無防備になってしまった。
その隙きを突かない選択肢を魔物は持っていない。そして倒れ込んでしまったアクサナは魔物の爪に抵抗する暇もなかった。二人はアクサナの方へ直ぐに駆け寄り、魔物の動きに注意しながらも声を掛ける。
「大丈夫!?」
「返事をしろ!」
「ええ。何とか。」
「思いっきりやられたと思ったけど、殆ど傷は無いみたいだね。」
「ギリギリで魔法の装甲を纏う事が出来たので致命傷は避けられました。」
「よかったー。」
「安心するのは早い。奴はここで決着をつけるつもりらしい。」
手応えから仕留め損なったのを察したのか、魔物は直ぐにそこから離れていた。マリウスとタルモが近付こうとした時には、既にかなり距離を取られてしまっていた。
「用心深く狡猾な魔物。知性を持っていないとは言えないですね。」
「強靭な肉体。素早い動き。優れた知能。それに加えて魔法も操るとなると、はっきり言って手に負えないが・・・。」
「あいつに対抗する手段は無いって言うの?」
「・・・・・一つ分かった事があります。」
「何か分かったの?」
「あの魔物の爪は、防げると言う事です。そこで、私が囮になりますので、その間に魔物を仕留めて下さい。防御に専念すれば短時間なら耐えられる筈です。」
「それは危険過ぎる。奴はまだ力を隠している可能性も有るのだぞ。」
「では、代案は有るのですか?」
「それは・・・・。」
「大丈夫。私は死にません。半分になっても死ななかったくらいですし。」
「上手くいくかわかんないよ!」
「心配しないで下さい。それに・・・」
アクサナは元より魔物を打倒する為に作られた人形だ。姿形もその名の通り人間を模して作られていて、その姿には理由があった。
第一に、魔物は本能で人間を攻撃すると言われている。仮に人間と他の動物、例えば犬がいた場合は間違いなく人間を狙う。
第二に、人間が二人いた場合には弱く見える方から狙う。肉体的、精神的に弱いとみなされた方が先に狙われる。また、男性と女性がいた場合、女性から狙う傾向があるとも言われている。
このようなデータを基に作られたアクサナ。加えて彼女には魔物を引き付ける機能も備わっており、魔物の存在を察知すると同時にその狙いを自分に向ける事ができる。
森の中でも霧の中でも炎の中でも彼女が狙われていたのはそういう風にデザインされていたからだった。
今回のこの策も彼女の本能とも呼べる意識からの発想であり、それを知ってか知らずか、自ら敢えて危険に立ち向かおうとする行為が、彼女の存在そのものなのかもしれない。
「他人を守るということは、その人に代わって自分がその被害を被るという事だと思います。私はあなた達を信頼しています。なので不安はありません。任せてください。今回は私が守る番です。」




