22
ビーコンを山頂に設置した後、彼等は夜が訪れるよりも先にタルモの小屋へと戻っていた。
「さて、今後の予定として往路と同様な道程、日程での下山を提案する。」
「ええ。異論は無いです。」
タルモは黙して二人の会話を聞き流していた。そもそも彼からしてみればあの二人がここまで来た理由も、関係性も、ましてやあの二人の名前すら知らない。山頂に何かを設置した事。おそらくそれが目的なのだろうと考えてはいたが、それが何で何のために置いたのかなどもまた知る由もない事だ。
「しかし、一応はビーコンを設置する事に成功しましたが、これの意味はあの装置が作動した時、ラピエルが此処を訪れるかもしれないということで、仮にそうなった場合タルモに危険が及ぶのではないでしょうか。」
「そんな事を考えていたのか。・・・・それともあれを設置するのを見送れば良かったなどと言うつもりなのか。」
「いえ・・・・そういうつもりではないのですが。」
「はぁ、・・・そもそもこの山に登ると言い出したのも君だ。それを全て丸々無駄足に変える選択肢は無い。寄り道は結構だが、目的を忘れるべきではない。厳しいかもしれないが、我々が置かれている状況は到底楽観視出来るものではない。」
「そこまでの事を考えていた訳ではありません。現にビーコンはあの場所に設置したし、あそこ以上に適した場所があるとも思えません。その上で一つ気掛かりになったのがタルモの事で、事情を察するにかなり不憫です。何百年も眠っていた挙げ句、両親は亡くなり仲間からも見捨てられたのですから。」
その言葉にマリウスは凍りつき、タルモは目を真丸に見開いてアクサナを凝視している。そしてその目に大粒の泪を蓄え始めた。
一頻り号泣した後、落ち着きを取り戻したタルモにマリウスが語りかけるような口調で言う。
「実はそのペンダントがあった場所に、二人の遺体を発見した。その遺体は状況から推理して君の目覚めを待っていた両親と考えるのが妥当だろうと考えた。もし、それが誰のものなのかを君が判別出来たら、その推測の裏付けになると思って持ち出したものだ。」
彼は目を伏せていたが、聞いている様子だった。マリウスの言葉に少しだけ頷いているようにも見える。
「君はそれを君の父親の物だと言った。・・・その持ち主は既に亡くなっていた。その隣にあった遺体は恐らくその伴侶だったと思われる。」
タルモは俯いたままの姿勢で答える。
「本当はそんな事じゃないかって思ってたんだ。起きたときには様子がちょっと変だと思っただけだったけど、その日あの辺りを走り回ってやっぱりおかしいって思って、でもどうしていいのかわかんなくて。」
色々と思い出したのだろうか、声を詰まらせながら語る。
「でもやっぱりわかんなくて、これは夢なんだって思って、その時は今度目が覚めた時はおとうさんもおかあさんも居るって信じて。でも起きてもなにも変わってなくって。その後も走り回って飛び回って疲れきって、目が覚めたらまた探しての繰り返しで。」
「わかった。もういい。もういい・・・・。」
タルモは泪に塗れて眠りに付いてしまった。
「しかし、どうしたものか。この状況。」
彼は今、静かに眠っている。二人はその様子を見ながら話をする。
「どうするもこうするも無いですよ。どちらにしてもこのまま放って置く訳にはいきません。」
「どうするつもりだ?まさか連れて行くとは言うまいな。」
「そのまさかです。」
「だからって親の代わりになろうとでも言うのか?」
「親の代わり・・・・そこまで考えているわけではありません。しかしここに残して行く訳にはいきません。」
「・・・本人に聞いてみればいい。結論はそれからでもいいだろう。」
明け方、いつものように目覚めたアクサナは、小屋の中に二人が居ないことに気が付いた。扉を開け外に出てみると既にその二人は起きていて、日の出を待っていたらしい。彼らは扉が開いた事に気が付いて振り向いた。
「おはよう!おねえちゃん!」
元気よく声を上げたタルモと対照的にマリウスは彼女の方を一瞥しただけだった。
「おはようございます。もう起きていたのですね。」
「折角だから朝日でも拝もうと思ってな。」
「毎朝おひさまを眺めるのが日課さ!」
ゆっくりと順に明るくなる空。眼下には雲海が静かな風で流れ、まるでこの世界に唯一つ残された陸地のような光景だった。
「さて、その様子だともう大丈夫のようだが。」
「うん。僕はもう竜人族の成人だって言ったでしょ。だから一人になっても生きていける。」
「だそうだ。我々の考えは杞憂だったらしい。」
「でも危険が及ぶかもしれないというのは変わらない事です。」
「だからと言って目立つのはもっと危険なのだぞ。」
結論が急がれる状況だったが、二人はもう意見を出し尽くしていた。暫くの沈黙を破ったのはタルモだった。
「昨日のペンダント。」
小さく、まるで独り言のような声量だった。
「お父さんは時々山を降りて人間の村に行ってたんだ。」
発言の意図が分からない二人は彼に注目し、言葉の続きを待つ。
「その頃はそんな事したらまずいんじゃないかって言ったんだけど、お父さんはまだ秘密だと言って教えてくれなかったんだ。でも、このペンダントを付けた時に理解したんだ。これには特別な力がある。見てて。」
彼の背中に生えていた筈の翼が、ひらひらと畳まれるように折り重なり、あっという間にコートのような形に変わった。それと同時に尻尾も存在感を消した。
「秘密はこれだったんだ。これを使えば人間に紛れて過ごせるかもしれない。」
「人間に紛れるということは、ここを離れるつもりなのですね。」
「そういうことになるかな。ここに居ても誰も居ないし。」
「しかし行く当てはあるのか?子供が一人でどこへ行くにしても危険な事に変わりないぞ。」
「子供じゃないやい!それと、多分、行く当てはあるし。」
「それは良かった。出発するなら下山するまでは同行してやろう。」
「へへへ、じゃあ直ぐ準備してくる。」
タルモは小屋に入っていき、その後数分も経たぬうちに彼は小屋から出てきた。その背中には身の丈ほどもある重そうな幅の広い木刀が携えられていた。
「何を背負っているのですか?重そうですが、何に使うものなのですか?」
「これは狩りに使うものだよ。」
「狩り?私が知っている狩りではもっと小回りが利くようなものを使うものだが・・・。」
「一体その大きな剣で何を狩るのですか?」
「この辺りだと・・・ヤギとかかな?もう少し下の方だとウサギとか?」
「そんな大きなものを振り回して狩る相手はさぞ大きな相手だと思ったのですか、そういう訳ではなかったのですね。」
「その得物を手にウサギを狩るのは、なんと言うか適していないと思うのだが。」
「そうなの?あの頃はみんなから狩りが上手だって言われてたんだよ。と言ってもおなかがすいて困るという事はなかったから。獲ってもその日がごちそうになるくらいで、狩りをするのも趣味みたいなものだし。」
「竜人にとっても、食事はそこまで重要じゃないということですか?」
「そうだね竜人になってからは何かを食べたいと思った事はあんまりないし・・・何日間か食べなくても平気になったと思う。」
「重そうですし、狩りをしなくてもいいのなら邪魔ではないですか?」
「とはいえ、往路で魔物と遭遇した経緯もある。武装が不必要といえば嘘になる。」
「魔物?見たことないや。それってどんなのなの?」
「一昨日見た魔物は犬のような姿をしたものでした。」
「君が他の竜人と共に暮らしていた頃には魔物は居なかったのか?」
「そうだね。居なかったと思うよ。動物も襲ってくるような獰猛なものはいたけれど、殆ど見ることは無かったから。」
「その頃には魔物が居なかった。魔物の発生時期は判然としないが、古くは凡そ500年前には出没したという記録が残っている。君が生まれた頃は恐らくそれよりも前だったのだろう。」
「500年・・・・。」
「それと例のあの遺体の話だが、・・・昨日行った時に埋葬した。在り合せの簡単なものでしか出来なかったが、もし気になるなら今一度行ってみてもいいが。」
「いや、今はいいよ。いつか、行くよ。」
「そうか。」
「さて、そうと決まれば出発です。」
三人は下山の途に就いた。タルモは二人に合わせ、歩いて山を下った。
道中何事もなく進み、翌朝には例の信者の死体のあった付近まで戻っていた。
「何か聞こえませんか?」
アクサナが言葉を発する直前、既に異様な雰囲気を感じ取っていたマリウスとタルモの二人は歩みを止め、周囲に気を配っていた。
辺りは瞬く間に濃い霧で覆われ、少し先すらも見えなくなっていた。
「あの時と同じですね。」
「いや、今回は・・・」
マリウスの言葉を遮ったのは、響き渡る獣の声。
「今のは!?」
「響き方から推測して、前回のものよりも大きい個体だろう。」
「もうすぐ近くまで来てる!」
前回同様に霧の中を蠢く気配を感じる。地面を引掻くような足音が全方位から聞き取れた。包囲されているのは間違いないだろう。
「任せて。」
タルモはいつの間にか元の姿に戻っていた翼をはばたかせて風を巻き起こし、周囲の空気を霧と共に吹き飛ばす。これによって霧の中に隠れていたものが露わになる。そこには5匹の前回と同種の魔物と、一際目を引く大型の個体が確認できた。それは人の身の丈よりも大きく、形は小型と同じく犬に似ているものの、むき出しにされた牙と大きく鋭い爪はその獰猛さを表しているように思える。明らかに凶悪な見た目のあの魔物がリーダーなのは一瞬で理解できる事だった。
「大きいのが居ます!」
「そんな事を言ってる暇は無いぞ。」
「来る!」
霧が無い状態でも前回と同じように三人それぞれに一匹ずつ、同じタイミングで飛び掛る魔物。視界が効く分対応しやすくなっているものの、それでも魔物の動きは速かった。
アクサナは素早く魔法で武器を作った。前回よりも長さを抑えて鋭さを増したナイフのような物だ。これなら準備時間も力の消耗も少なくて制御もしやすい。作ったナイフを魔物の跳躍に合わせて突き出した。魔物は直前まで何も持っていなかったアクサナへ無防備に突進する判断を下した為に、突然に差し出された光るナイフに対応する事が出来なかった。魔物はその勢いのままにナイフが根元まで深々と突き刺さった。魔物の中心を捉えたナイフの一撃は、魔物を絶命せしめた。
咄嗟に銃を構えたマリウスは狙いをつけてから発砲するまでの間に1秒も掛からなかった。放たれた弾丸は魔物の頭を直撃し砕いた。致命傷を受けた魔物はその衝撃で弾き飛ばされ地に伏せた。彼は落ち着いた様子で銃に新しい弾を込め直す。
巨大な木刀はその見た目よりも素早く動いた。大振りなそれは他の二人を巻き込む可能性があった。故にタルモは魔物の方に一歩踏み込んでいた。既に飛び掛ろうとする魔物の直ぐ脇をすれ違うように動き、流れるように振られた重量のある木刀は魔物を捉えた。スピードとタイミングが完全に噛み合い、魔物はぐしゃりと鈍い音を立て、いともたやすく吹き飛ばされた。打撃を受けた魔物はそのまま動かなくなった。
「大丈夫か!」
「はい!」
「うん!」
声掛けを合図にしたかのように、残る二匹の小型魔物が飛び掛る。タルモは木刀を横にして構え、その刀身に魔物の牙を噛ませた。
次弾を込め終わったマリウスは直ぐに走り来る別の一匹を撃ち抜く。
動きが封じられている魔物に、アクサナが止めを刺す。手斧のような形に作った武器は、さながら断頭台に立つ処刑人のように振り下ろされた。魔物の首はは体から別れ、力無く地面に倒れこんだ。タルモは感謝の言葉と共に木刀を振り、牙の食い込んだ頭を払い落とした。
「残すはあの大型だけです。」
三人が巨大な獣に注目した。その獣は彼女らの動きを注意深く観察しているような気味悪さを三人に与えた。
「まるで知性を持っているような動きですね。」
―――魔物に知性があるのか。というのは近年議論されている題目だ。結論こそ未だに出ていないものの、意見の大多数は「魔物は本能で人間を襲う」というものだった。一部の人間はその意見は尤もとしながらも、知性と呼べるものがそれらにあると言い、またその危険性を訴えていた。しかし、実際は大多数の魔物にはそのような傾向は無く、単純に人間を襲っているだけだと推測されている。では、極一部の魔物には知性があるのか。と問われた所で、そのようなデータは存在していない。仮に知性のある魔物に人間が遭遇した場合、生き残って情報を得ることは困難を極める事だからだ。因みに魔物が知性を持っている可能性があると言われ始めたのは最近の事で、100年前にとられたデータからはそのような記録は無い。この100年で魔物にも変化が起きているという題目も専門家の間で議論されている。―――
「そう考えるのが妥当かもしれない。あの霧も、もしかしたらあいつの仕業なのか・・・いや、そんな事考えている場合ではないな。」
巨大な魔物から発される威圧感は、今まで相手をしてきた魔物には無いものだった。常人ならたちまち腰を抜かすだろうというこの状況。下手に手を出すと返り討ちに遭うのは必至だろう。お互いに睨み合いの膠着状態に陥っていた。




