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この世界には魔物と呼ばれる異形のものが存在する。
それは、古より存在し、どこからともなく現れ、人々を蹂躙する。
魔物が現れると必ず、誰かが犠牲になる。
それは自然現象や物の怪の類と呼ばれる事もあった。どうして魔物が現れるのかは長らく謎のままだった。
この頃、これらの魔物と呼ばれる存在が現れる頻度はそれほど多くなかっものの、ひとたび現れてしまうと甚大な被害をもたらし、村や町が丸々一つ無くなることも少なくなかった。確かに存在する脅威に人々は恐怖するより他なかった。
この大陸においては、所謂都市国家が多く存在し、その規模は大小さまざまである。その中でも大国と呼ばれるような規模の国であったとしても、魔物という存在がある為に、資源の確保等の理由により領地の拡大を行うこと自体が困難だった。自国の防衛や魔物への対策によって、或いはその被害によって人員や物資は失われ、どの国も疲弊し民衆もまた、貧しい生活を強いられていた。
場合によっては隣国同士で同盟を組み、協力関係にある国家もあったものの、魔物の脅威の前では、国家間を繋ぐルートの確立は困難を極め、目的地に到達する事すら稀だった。
魔物に対しては、出来る事は少なかった。なぜなら彼らが襲来する予知が全く出来なかった事と、仮に発生した瞬間を見たものが居たとしても、その脅威に真っ先にさらされるのはその目撃者であり、襲われたら最後、生き延びる物は皆無だったからだ。そしてその場を運よく生き延びた者でさえ、数日後には息を引き取るか寝たきり。中には狂ってしまうものもあった。
そんな中で得られた情報も、それは獣の形をしていたり、人の形をしていたりと、断片的な情報のみで、核心に触れるようなものではなかった。
恐怖の時代は長く続いた。
しかし時の流れが進むと共に、緩やかにではあるものの、技術力や様々な研究も進み、魔物の脅威にも少すづつではあったものの対処ができるようになっていった。
対峙するのがよほどの手練であれば、撃退できたという例も増え始めた。
物理的に撃退が出来たという事例があるのならと、魔物に抵抗する為に個々で武装する者、もう少し大きな規模で魔物を狩る集団を組織する者達、そのような兵士や兵器を開発する国。その手段は様々だった。
人口は増えつつあったが、その一方で魔物も年々数を増していった。
そんな中、とある国で立ち上がったのが「アクサナプロジェクト」である。
国家主導で始まったこのプロジェクトの中心人物こそ、スティーブン・ワイズマン博士。彼は魔法工学の天才でこの国で彼の右に出るものは居なかった。寧ろ、彼が居なかったらこの国はここまで発展しなかったと言っても過言ではないほどだ。この国では「博士」といったら彼のことと認識されているほどの人物である。
その博士が発明したのが、魔物と戦う為の機械人形。
しかし、その一号機は不具合が多く、それから数年後にはその開発は一時中止となった。なぜならその過程で、新たな可能性。抜本的な解決法が発見されたからだ。
その後、一号機の技術を応用し、アクサナプロジェクトの二号機として作られたのが「ラピエル」である。
二号機の完成と共に、一号機はやむなく廃棄される運びとなった。不安定な要素が多すぎて暴走しかねない。と考えられた為だ。
技術の更なる革新により、様々な問題も解決され、その戦闘能力も格段に向上されたこの「ラピエル」型機械人形の誕生によって、魔物の脅威にも現場レベルではあるが、対応できるようになるはずだった。
具体的には、国家間を行き交う通商隊の護衛。或いは、突発的に現れる魔物への対応という任が課せられる予定だった。
それはラピエルの完成も間近に迫ったある日、数百、いや、数千にも上る数の魔物が出現した。
国の中心地であったその城から、まるで洪水のようにあふれ出た魔物は城下町の人々を喰らい尽くした。僅かに生き残った人々は、息を潜めてやり過ごすより他なかった。
また、後の調査によると災禍の中心地だった城内に居た筈だった王やその付き人、あるいは兵士も一切の痕跡も残さず行方不明となっていた。
このような大規模な魔物の出現は過去にも起きた事はなかった。
その様子はさながら津波の様相で、押し寄せた魔物たちは市街地の四方八方ありとあらゆる建物や通路へと散っていき見るもの全てを蹴散らしながら、それはその勢いのままに周辺諸国へ到達し、蹂躙した。
一方、博士は、幸運にも研究所が国の郊外にあったため、その直撃は免れた。
多少の犠牲もあったものの、研究所をそしてその研究成果を守る事が出来た。
そして数日後、ラピエルの実戦投入準備が完了し、その力を繰り出す時が来た。
ラピエルはただただ、強かった。瞬きする間に対峙する魔物は消し飛び、ラピエルに飛び掛る魔物があれば、近づくだけで真っ二つになった。
ラピエルに休息や補給は必要なかった。なぜなら、大気中の魔法の力を取り込みエネルギーに変え、稼動する為である。
また、ラピエルが傷を負うことも無かった。その動きに隙は無く、ラピエルに触れる事が出来る魔物は居なかったからだ。そして魔物を倒せば倒すほど、経験を積めば積むほど、その刃は鋭くなり力強くなる。
ラピエルが魔物を退治する光景を目の当たりにした者は、彼女のことを全く知らなかったとしても、直感的に救い手だと理解するほどの尊さを覚えた。
また、ラピエルは怪我をした人を目にすれば、介抱し、助けた。
ラピエルに昼も夜も無かった。魔物が居れば斬り、人が居れば助ける。彼女はひたすら走り続けた。
ラピエルは一週間の内に、国内の魔物はほとんど片付けてしまった。事態は終息に向かっていた。
博士もこれほどまでの成果を上げるとは思っていなかったが、とても誇らしかった。ラピエルはまるで自分の娘のようなものだからだ。
博士はラピエルに休むように促したが、彼女はまだやる事があると言ってまた出発してしまった。
ラピエルが向かったのは周辺の国々だった。そして自分の居た国と同じような事をした。魔物がいたら切り伏せ、人が居れば助ける。中には国自体が壊滅し、生き残った国民が全て難民となっているところもあった。ラピエルは手を差し伸べ、自分の国で面倒が見れるように手配した。人々の心が集まりつつあった。
そうして数ヶ月が経ち、一旦はその騒動が治まることとなった。救われた人々は彼女を篤く信頼し、また信奉した。彼女が国の代表になる事を叫ぶものも居た。また、それに賛同する声も多かった。
しかし、彼女は機械人形である。人間に作られた存在であるラピエルを、国のトップにするという事を危険だと判断し、許容しないとする人々も少なからずあった。とは言え、その人たちですら、ラピエルの功績や恩恵を多大に受けている人たちでもあり、また、ラピエルの人格や、人工知能そのものの安定性や安全性についての理解も浸透していったので、そういった声も減少していった。
その後、機運が高まるのにそれほど時間は掛からなかった。ラピエルは女王となり、新しく国を興した。
この新興国は、元からあった大陸中の国という国を含めた、大陸唯一の統一国家と成り、経済的にも繁栄の兆一途をたどる。以前は貧しかった人々の生活も少しづつ改善されていった。水やエネルギー等のインフラの整備も、博士の発明により、一般庶民でも恩恵が受けられるようになっていった。
魔物への脅威は依然あったものの、その数は減少し、人々に平和な日々が訪れた。
それから100年を経た現在。女王として、国の象徴として務めてきたラピエル。
彼女の下で築かれていた平和と安定が、崩れ去る時が来る。
事の発端は数ヶ月前。絶対の信頼が寄せられていたラピエルだったが、ある日を境に彼女の行方がわからなくなってしまう。続いて町や村が破壊された状態で発見されるという事件が頻発し、それとほぼ同時期に、一時期は影を潜めていた魔物が再び姿を見せるようになる。象徴の行方不明。原因不明の破壊。魔物による脅威の再来。迫りくる見えない恐怖に、人々は不安を募らせていた。
廃棄されていたはずの「アクサナ」が起動されたのは、そんな時代の幕が開かれた。そんな時だった。




