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 一度壊れてしまったものは、どんなに心血を注いで修復したとしても、まるで元通りには戻らない。しかしそれが以前のものに劣るとも限らない。


 彼女は死の淵を漂っていた。躯体が修復され、いつでも稼動できる状態になったとしても、それに宿る意識が正常に動作しないのなら再び起き上がる事はない。

 アクサナは起動の段階から多くの問題を抱えていた。博士は様々なハード面、ソフト面の問題を一つずつ潰していき、アクサナが辛うじて稼動できる所まで持っていった。しかしそれは限られた時間の中で彼が可能だった最低限の修復で、本格的な、根本的な問題の解決を図る必要があった。博士がアクサナを追った理由もそれに尽きるだろう。


 博士としてはアクサナがこんな状況に陥っていようがそうでなかろうがチェックするつもりだった。今回はたまたまそれと色々な修理が重なっただけで、寧ろメンテナンスも兼ねて、やる必要のあるものを済ませる為のいい機会だったとも言えた。

 恐らく修復作業も捗るだろう。アクサナが作られた当時よりも高性能な、彼女が眠っていた部屋の設備よりも新しい技術を取り入れた装置。これは彼が人間でなくなった後に作られたもので、そこには入力の為の装置も、出力の為の装置も存在しない。彼が直接コンピューターにアクセスする事で、その両方を彼の意識と直結できる。アクサナにコンピューターを経由して介入できる。その内部を自らの視覚に投影することができる。

 そうすることでアクサナの内外で起きていた様々な事象を情報として事細かに錯誤なく理解できる。博士はその装置を経由してアクサナと接続を試みた。

 あらゆるデータが彼の頭の中に入り、瞬時にそのデータを解析する。それと同時に新たな問題が露呈した。それは彼女が無意識に行っていたデータの修復。本来なら直接データを消去、或いは書き換えなければならない箇所を、他のデータや新しい情報などで補って新たな繋がりを作るという、言わば自浄作用や自然修復と呼べるようなシステムがいつの間にか構築されていた。

 それにより空白や損傷によって分断されていたデータが関連付けられ、独自に修復、収束された情報はまるで木の根のように複雑に絡み合い、連携し、全く新しい構造が形成されていた。それは博士が手を加えようにも、どこをどうすればいいのかもわからない程だった。

 特に感情や思考の構築に重要な部分は幾重にもデータが折り重なり、まるでブラックボックスの様相を呈していた。



「これは・・・・・こんな事になっているとは・・・・。」


 暫く観察してみる。絶え間なく移り変わる文字列は、アクサナが今も思考している事を物語っている。


「しかし、下手につつくとそれこそ重大なエラーに・・・違う、それはすなわち・・・・。」


 すなわちこのデータの塊そのものが彼女の自我であり感情である。初めはそんなものを持ち合わせていなかったはずのアクサナが今やそれを発現し、その内面に宿している。これは果たして喜ばしい事ではないか。

 さながら娘の成長を喜ぶ親のような気分だったが、このまま放置していても彼女が目覚める事はないという事実は変わらないだろう。再度そのデータに注視する。彼女の起動を妨げているデータをまさに目を皿にして探し続けた。



 博士によるアクサナへの介入は、アクサナの視点から見ても博士の内部を垣間見る事ができる貴重な機会となった。彼女のデータは博士の接続によって計り知れない程に影響を受けていた。

 アクサナが博士の記憶とラピエルのデータに触れた。それは意識して行われた接触ではなかったが、博士はアクサナがそのデータを読み込んだ事に気がついていた。

 その上で彼は傍観した。問題の解決をアクサナ本人に委ねた。そしてその変化を偶然に任せた。



 アクサナは自分自身の心と闘っていた。意識と無意識の間で自問自答を繰り返していた。


 ここは何処?私は誰?私は今何をしているの?何も見えないし何も聞こえない。体の感覚は無いし声も出ない。なのに誰かが何かを訴えかけて来ているような気がする。誰かに抱きしめられているような気がする。

 何かが見える。目の前に誰かがカプセルのようなものに入っていて、それを見上げているような光景。これは・・・・・・私?


「これは誰?」


 突然声がする。どこか懐かしいような響き。聞いたことの無い筈なのに、でも何故か聞き覚えがある声。


「これはアクサナ。君のお姉さんだ。」


 今度は誰の声なのかはっきり判った。博士の声だ。でも何故か頭の中で響くように聞こえた。自動的に視界が動く。そして目に入ったのは女王の姿だった。



 その直後、ノイズが走り耳鳴りがする。高音のつんざくような音が響く。その音に気を取られている間に、いつの間にか場面が変わっている事に気が付いた。

 今度は?ここはどこ?視界には爽やかな緑がいっぱいで、そこに彩りを加えるのは小さくて色鮮やかな花々。それらは緑の大地の中でも一際に映えている。そこは木々が生い茂る豊かな森の中のようだった。

 そう理解した瞬間に、目の前に獣の様な異形の者が現れた。魔物だ!思わず体を動かそうとする。しかし体が動くことは無い。代わりに視界はゆっくりと周囲を見回すように左の方へと移っていく。さらに数匹の魔物たちが映り込んでくる。周囲を取り囲まれている。


「行けるか!?」


 また頭の中に響く声。


「はい!」


 更に右隣から返事が聞こえた。一瞬の閃光。前方に居た魔物が倒れている。ぐるりと視界が移動する。辛うじてラピエルの姿が見えた気がしたが、実際はその動きが早すぎて、捉える事ができたのは残像のみだったようだ。


「お前にもう敵は居ないな。」


 笑い声と共に聞こえる博士の声。


「はい!」


 それに答えるラピエルの声。声が遠ざかっていく。自分では何かをする事が出来ない。このヴィジョンは私のモノではない。これは・・・・・・



 轟音とともにまたもシーンが移り変わる。今度は何が起きたのか。薄暗くてよく見えない。


「一体何が起きている!?」


 叫ぶような大声。先ほどの轟音が今も継続して鳴り響いている。博士の声に白衣を着た人が答える。


「魔物です!巨大な魔物が研究所に突進を繰り返しているようです!」


 目が慣れてきて状況が分かってきた。張り詰めた空気の漂う室内の光景が眼前に映し出されている。そしてこの部屋は見覚えがある。雰囲気はかなり違うけれど、ここは私が目覚めたあの研究所だ。程なくして別の白衣を着た人物が声を上げる。


「速報!王都から魔物の大群が押し寄せているという情報が入りました!」


 数人の白衣を纏った人物を順番に見渡すように視界が動く。その間も轟音は鳴り続け、その度に地響きのような振動が伝わってくる。


「もう長くは持ちません!博士!」

「・・・・仕方ない。ラピエルを出す。」

「まだ実戦は無謀です!今やられてしまったら計画は全て水の泡ですよ!?」

「私が囮になる。隙があればきっと大丈夫だ。」


 視点は扉の方に向かい、同時にそちらに向かって動いていく。扉を開く為に伸ばした手が見える。


「そんな・・・だめです!それで博士が居なくなったらここを乗り越えたとしても無意味です!」

「ここで全滅するよりはマシだ。」

「待て。俺が行く。博士は残ってくれ。」


 後ろに向かって引っ張られる。一人の研究員と目が合う。


「駄目だ。そんな危険な事をさせるわけにはいかない。」

「そうは言っても博士が居ないとその起動もままならないでしょ。」

「・・・くそ、仕方ない。兎に角ラピエルの準備をするんだ。皆持ち場についてくれ。」


 時間は無い。危機的な状況において、焦りと混乱を表に出してはならないという意識が伝わってくる。落ち着き最善の策を考えようとする。しかしその間にも魔物が壁に激突する音が鳴り響いている。

 コンピューターのディスプレイの前に移動して、その画面が映し出される。作業開始直後に背後から扉の開く音がしてそちらの方に振り返る。あの研究員の後姿が確認できた。


「待て!早まるな!」


 立ち上がり駆け寄ろうとする。


「いいから!」


 その声に一瞬立ち竦む。


「・・・でも、長くは持たないだろう。それまでに何とか間に合わせてくれ。それと、博士、今まで有難う。」


 彼はそう言い残して扉を閉じてしまった。様々な感情が爆発したかのように感じ取れる。視界には再びディスプレイが映し出されたが、少しだけぼやけている。


「早く!何としても間に合わせろ!」


 少し前から音と振動が止んでいる。彼が魔物の気を引いているのだろうか。


「博士!準備完了です!」

「よし。ラピエル起動―――」


 目の前が真っ白になり、数秒後に暗くなった。間違いない。これらは博士の記憶だ。博士が私に何かを見せているんだ。そんな気がする。私が今どういう状況なのか自分でもよくわからない。でもきっと、博士が私をまた動ける状態にしようと試みているんだ。



「あなたは誰?」


 何も無い、何も見えない暗闇の中で声が聞こえる。その声は繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し問いかけてくる。


「私に訊いてるの?」


 思い切って喉を震わせると声が出せた。さっきとは状況が違うのかもしれない。私の問いかけに反応したのだろうか。少しだけ間が開く。


「あなたは誰?」

「私は・・・私はアクサナ。あなたは?」

「わたしはラピエル。」


 暗闇にぼんやりとラピエルの姿が現れる。いつの間にか自分にも姿があることに気がついた。どういう状況なのか理解できなかったが、体が自分の意思で動かせるという事は確認できた。


「あなたは何をするために生まれてきたの?」

「私は・・・・・ラピエルを、女王を倒す為に起動されました。」

「わたしを?どうして?」

「どうして・・・・?それは・・・」


 あの時の出来事が脳裏に蘇る。壁を破壊し、街を破壊し、私を破壊した女王。でもあれは、目の前にいるこの子ではない。姿かたちは同じだけれど、この子ではない。でも・・・


「・・・そう命令されたから。そうする事が私の使命だから。」

「そうなの?わたしはね、魔物を倒す為に生まれてきたんだよ。」


 笑顔を見せるラピエル。その表情は幼い子供のように屈託が無い。あの時対峙した女王とは全く違う。外見は同じだが中身はまるで違う。背格好は私と同じくらいの筈なのに、ものすごく幼く見える。これがあのラピエルならば、使命とは一体何なのだろうか。ラピエルの破壊とは、この子を破壊する事なのだろうか。


「わたしは博士にもみんなにも、よくやった。えらい。って言われるの。それが嬉しいから、魔物を倒すの。あなたは私を倒して博士にほめられたいの?」

「私は・・・・・そんなつもりで、そんな理由でここまで来たのではないです。」


 思えば、それをやれと言われたからという漠然とした理由でここまで来ていた。それだけだった。そしてその目的を成す為に何をするべきかもわからないし、どうやって達成すればいいかもわからない。というより、すでにそれは失敗した。私はラピエルに真っ二つにされて・・・・。

 頭に電撃が走るような感覚があった。私の体に何が起きているのか全く見当がつかない。どうして私が知るはずの無い博士の記憶や、ラピエルの姿が目に映るのだろう。


「あなたは何のために生まれてきたの?」


 恐らく、起動されたばかりの自分だったら、『わからないことを考えても仕方ない。』と、考える事を放棄しただろう。でも、今はそうはいかない気がしてならない。考えたくない事を考えないといけない時なのだろうか。


「あなたは何のためにうまれてきたの?」


 同じ質問が私を責め立てる。答えるまで何度も何度も、何度も何度も何度も何度も問いかける声。

 考えたくない考えたくない考えたくない。心が張り裂けそうだ。私は何のために生まれてきたのか。私は何のために生きているのか。私は何をする為に生きているのか。いっそのことこのままこの闇に溶けてしまえば楽になれるかもしれない。何も考えていなかった頃に戻る事が出来るならば、楽になれるのかもしれない。心に蓋をしてしまえば、考える事を止めれるかもしれない。こんな心が最初から無ければ、こんな辛い思いをしなくても良かったかもしれない。


「あなたはなんのために―――」

「私は!」


 ラピエルの言葉を遮る。これ以上聞きたくない。これ以上考えたくない。でも、答を出さなければいけない。答えなければいけない。


「私が生まれていなかったら、あなたは生まれていなかった!」


 私は、私が生まれた理由を知らない。でも、やらなければならないことがある。それは―――


「あなたを救う。あなたはあんな事をする子ではない。元に戻してあげるから、だから・・・・」


 目の前にいたはずのラピエルの姿が滲んでいく。ゆっくりと闇に飲み込まれていく。消えながら繰り返し何かを言っている。聞こえない聞こえない聞こえない。落ち着いて口の動きに注目する。


「あ、り、が、と、う・・・?」



 今度はどこの光景だろう。大きなライトがぶら下がっている天井が見える。体が少し重い。横たわっているような感覚がある。


「気がついたか。」


 声のする方向を見る。そこには博士が立っていて、なんとなく安心したような顔をしている。


「ここは・・・?」

「大変だったんだぞ。アラマントから近くの拠点まで担いできて治療したのだ。まぁこうしてまた動けるようになったんだから良しとしよう。」

「アラマント・・・?そうだ。私は体が真っ二つに・・・・・」


 起き上がりお腹を見る。一時は分断されていた体も今や同じものとしてくっついている。その断面だった場所には痛々しい傷を残していたが、それは問題ではなかった。


「思い出したか?」


 思い出した。私は夢を見ていたんだ。博士の記憶の夢、ラピエルに出会う夢。全て覚えている。そしてわたしの成すべき事、やらなければならないことも。


「博士」

「どうした?」

「ありがとう」

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