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 ある者はそれに「知性」を与えた。

 それは技術により生まれた知性だった。

 ある者はそれに「使命」を与えた。

 それは必要に駆られた理由だった。

 ある者はそれに「感情」を与えた。

 それは失敗に終わった。

 ある者はそれに「自由」を与えた。

 それはその意味を知らなかった。


 暗い暗い闇の中、とにかく何も無いところ。「ここはどこなのだろう」なんて事を考えるのをやめたのはいつのことだったか。何も分からないまま、何も知らないままに、意識だけが宙に浮いているようだ。

それを止めたのは「使命」だった。


 足音がする。硬い靴底が、同じく硬いコンクリートの上を叩く音。

音。今まで感じた事のない感覚。しかしそれは自然と入ってきて、そして心地よい響きでもあった。

ぼんやりと、白衣を着た男が、何かの端末に向かって作業をしているのが見える。


 とにかく新しい情報が、まるで流れ落ちる滝のように、次々と頭の中に入ってくる。その音や光を私は知っている。今まで考えていた事が薄れていくような気がする。静かで暗い闇の中にいた事は、いつの間にか忘れてしまったようだ。


 それからどれほどの時間が経ったのだろうか、それはとてつもなく長い時間の様に思えた。まるで束の間のまどろみに支配されているような感覚。


 そんな最中、白衣の男は突然、私に向かって巨大なハンマーを打ちつけてくる。いや、正確には私の入っている透明なカプセルを割ろうとしているようだ。なんとも荒っぽいやり方。軽く呆れていた所で、カプセルは砕け、私は一緒に入っていた液体と共に流れ出していた。


「やれやれ、簡単に開けられるように作っていればよかった。」


 そんな言葉を聞き取った後の事は、よく覚えていない。気が付いた時には、簡素なベッドの上だったからだ。


 目が覚めてからは新しい情報を全身から感じる事が出来た。それは「自分が寝ている」という感覚。「体を、四肢を動かせる」という感覚。体を起こして動かしてみる。実に興味深い。腕や肩をくるくると動かしてみる。

 そうしてある程度遊んだ後、不意に新たな疑問が生まれる。


「ここはどこなのだろう」


 自然と心の中の声が口から出てくる。それもまた、不思議な感覚だった。

 見渡してみると、ぼんやりと灯る明かりと、正面に扉が一つ。出口は一つだけのようだ。部屋の大きさに比べて明かりは少なく、暗闇の先が壁なのかどうかすらここからではわからない。目が慣れればもう少し見えるようになるだろうか。


 ひとまずベッドから足を垂らし、床に足をつける。床はひんやりと足の裏を迎え入れた。


「寒い」


 静かな部屋に声が響く。口から出る声をまだ制御できない。

 立ち上がると、目の前に服が吊るされている。ご丁寧に姿見まで置いてあった。改めて自分の姿を見てみる。中肉中背の女性。色白の肌に長く真っ直ぐな白髪。そして何も着ていないことに気が付いた。

『これを着たまえ』と走り書きのメモが服に貼り付けられている。私はそれに従う事にした。

 服を着て、靴を履き、身だしなみを整える。


「こんなものかしら」


 また声が出る。依然として状況は掴めなかったが、時間が経つにつれて思考がはっきりしてくる。

「私は誰なのかしら」その疑問について考えながら、歩く練習も兼ねて部屋を散策する。ふらふらと辺りを見渡しながら歩く。倉庫のような大きな部屋。長い間使われていなかったのだろうか、埃が積もっている。


 不意に目に飛び込んできたのは埃が積もった倉庫の中に、埃の積もっていないメモ。そういえば服にも埃は付いていなかった。そんな事を考えながら内容を確認する。


『お前の名は「アクサナ」』


 私の名前らしい。私が誰なのかという疑問をほとんど解決してくれたこのメモ。


「とはいえ・・・」


 名前を知った所で根本の問題は解決しない。はっきり言って重要なのはそこではない。なんだかもやもやとしていると、『お前は機械人形だ』というメモを発見する。

 別に自分のことを人間だともそうでないとも思っていなかったアクサナは、少し戸惑ったものの、すぐに受け入れた。なぜなら


「私は自立型の人形。そんなことは既に記憶領域へ入力されています。」


 目が覚めたばかりというのは誰しも記憶は混濁し混乱するものだ。人形も例外ではない。機械でも迷いや乱れが存在するのだ。


 機械であるという事。暑かろうが寒かろうが、稼動可能範囲であれば関係ないし、裸であろうがそうでなかろうが関係ない。むしろ服など動きにくいだけではないか、しかしその認識は間違っている。

 寒いという感覚は、「寒いから」ではなく、「服を着なければならない」と言う警告だった。

 これは服である以上に、必要な「装備」だ。寒冷地では勿論防寒具として機能する(とは言え見た目には暖かい服装には見えない)他、高温時は体内から発する熱を放出し、パフォーマンスを保つ為の冷却装置。それと同時に、大気中に含まれる魔法の力を吸収し、エネルギーに変換する機能。


 高度に集約された科学技術と太古より存在する魔法の力。それらを融合させて培われた技術。魔法工学。一見、相反するものとしても取れる両者を掛け合わせる事は、この世界ではごく一般的なことで、今や人々の日常生活とは切り離すことが出来ない技術となっている。

 例えば、ボタンを押すだけで火が出る調理器具。食料品などを冷蔵する保管庫。闇を照らす光を放つ器具。それらは全てこの魔法工学に基づく技術であり、文明的な、文化的な生活には欠かせない存在となっている。と、長くなってしまったが、要するに


「要するに魔法の力で動いている機械人形。です。」


 全く、誰に言っているのか。と思いつつ、他にもメモがないか探した。

 程なくして『お前の後継機であり、この国の女王でもある「ラピエル」を破壊するのだ』というメモを見つけた。

 これがすなわち、アクサナが起動された理由。果たすべき使命。そしてあの白衣の男をアクサナは知っている。彼が彼女を作った男で、名前はスティーブン・ワイズマン。魔法工学の先駆者である。謎の多い人物だが、「博士」と呼ばれる事が多いようだ。


「ラピエルの破壊」


 創造主たる男が、創造物であるアクサナに、これもまた創造物であるラピエルを破壊させようとしている。という事実。だが、機械人形とは目的や使命がなければ活動できないものだ。自分の姉妹機であるラピエルを破壊する事。状況としては不明な点は多いが、目的はできた。


 破壊が目的であるなら力が必要である。ラピエルとしても簡単に破壊されてくれるなんてことは、きっと無い。むしろ抵抗してくるだろう。そうした場合、実力行使するより他はない。何か戦うための「武器」が必要だった。


 適当に辺りを物色する。やがて、もう一つメモを見つけた。『この部屋にあるものは好きに使ってかまわない』と。


「もとよりそのつもりだわ。」


 一応、許しを得る事により、後ろめたさは無くなった。そんなもの持ち合わせていたのか?と聞かれたとして、返答に困るようなものでもない。「気を使う」なんて事を考える機械ではない。


 倉庫のような部屋。いろいろなものが散乱し山積している。その中から武器になりそうなものを拾い上げる。何かの廃材であろうか、鉄パイプやら棒切れならありそうだが、いずれにしても無いよりはマシ程度のものだろう。

 ただしそれは普通の人間もしくは人形であるならの話。

 アクサナタイプの機械人形は元々、戦う為に作られた人形。その能力は魔法の力を操る事で発現され、それはただの棒切れや鉄パイプですらも凶器に変える能力。とりわけアクサナは雷の力を操る事に長けている、小規模ながら稲妻を作り出すことができる。


 棒切れを手に取り、力を込める。たちまち棒切れは感電し、黒焦げになってしまった。

 焦げた棒切れを無造作に投げ捨て、今度は鉄パイプのようなものを持ち上げる。30センチほどの長さの鉄パイプ。太すぎず細すぎず握りやすい。力を込めると電撃が走り、一瞬だけ光を放った。


「これならいいかしら。」


 もう一つ、気になるものがある部屋の片隅に、何年、いや、何十年と使われた形跡の無いロボット。おそらくこの施設の清掃などの雑用を担っていたであろうこのロボット。


「もしかしたら使えるかもしれない。」


 ロボットの背面にあった起動ボタンを押してみる。が、反応がない。よく調べてみると動力源が抜き取られているようだ。諦めるしかないのか。


「閃いた。」


 壁面に据え付けられたブレーカーボックス。もしかしたらこの中に電源の代わりになるものがあるかもしれない。とりわけ大きい配電盤を開く。中には大げさな注意書きと共にこの施設の動力源、パワーコアがはめ込まれている。


「好きに使ってかまわないのよね。」


 アクサナはそれを強引に引き抜くと、火花が走り、辺りは真っ暗になる。そこに所内アナウンスが流れる。


「電源の消失を確認しました。予備電力に切り替えます。」


 突然の人の声に少し驚いたが、数回繰り返し流れる音声の内容を理解し、それが自分の行動に対する反応だった事にも気がついた。


 数秒後、今までより弱い明かりが辺りを照らしだす。

 普通なら、普段なら大騒ぎになるような事を平気でやってのけた(実際の所笑って済ませれるレベルの行いではない)当のアクサナは、何の悪びれる様子も無く、むしろ得意気だった。


 早速手に入れたパワーコアを先ほどのロボットにはめ込み、起動ボタンを押す。

 ロボットは低いうなるような音を出し始める。どうやら動いたようだ。


「初期設定が必要です。名前を入力してください。」


 唐突に投げかけられた言葉は、人間の声帯から出された声ではない。機械の出す音声そのものである。それを出しているのは紛れも無く、今起動したばかりのロボットだった。


「名前が必要なの?お手伝いロボの分際で?」

「確認:『お手伝いロボ』を名前として登録します。」

「え?」

 音声を識別するシステムが採用されていたらしく、何気なく口走った皮肉が、皮肉にも入力されてしまった。

「登録完了:タスクを設定してください。」

「え・・・じゃあ、私についてきて使命を果たす手伝いをしなさい。」

「認証失敗:タスクの内容は具体的なものに限られます。」

「だったらそうね・・・私はラピエルを破壊する。それをサポートしなさい。それと・・・私が破壊されないように守る事。」

「認証:『破壊行為のサポート、及び対象の護衛』」

「戦闘システムをインストールします。」

 見かけによらずこの『お手伝いロボ』は高性能で、家事全般から戦闘行為もこなすらしい。

「初期設定が終了しました。これよりタスクを遂行します。」

「それでは行きましょう。」


 別に言う必要の無い事かもしれない。でも、なんとなく口にした言葉。不安などはない。機械の人形が、感情を持たない人形が、そんな事を思うのはおかしな話だ。


 ただ一つしかないドアを開けると、薄暗く、細い通路が真っ直ぐに伸びている。窓はなく、突き当たりにまた扉が見える。左右にも複数のドアが確認できたが、いずれもロックされていて開きそうも無かった。

 アクサナは知らなかったが、ロックされていたのは補助電源に切り替わった為で、それを引き起こしたのが紛れも無く自分だったと言う事すら想像することも出来なかった。

 突き当たりのドアを抜けた先に進むと、吹き抜けになっていて、窓から光が差し込んでいる。

 一際目を引く大きな扉もある。どうやらそれが玄関のようだ。


 外に繋がる玄関のドアを開ける前に、目が覚めたときと同様にカメラの感度を調整する。とは言っても、そういう類の調整は自動的に行われる仕様になっているので、感覚的には先ほど同様「慣れるまで待つ」というもので、人間のそれと同じようなものだ。

 勿論能動的に調整も出来るが無理にいじると故障の原因になりかねないので推奨はされていない。と、言うような事が一種の「マニュアル」として記録されている。そう、目覚めたばかりで歩けるのも、喋れるのも、そんな類の記録によるものだ。


 玄関ホールで目が慣れるのを待ってから扉を開く。初めて見る外の世界。その空はどこまでも青く、青はどこまでも澄み渡っていた。丁度雨上がりだったのだろう。木々の緑はその青にくっきりと映え、雨水の雫が光を反射してきらきらと輝いている。

 しかし、そんなものを見たところで、何の感想も感傷もない。なぜなら彼女は「感情」を持っていないから。

 持っているのは僅かな記録と成すべき使命。


 アクサナは外の世界へと足を踏み出す。ここから始まる先の見えない旅路に怯んでいる時間など無い。

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