そのはち
前回までのあらすじ
ザコのように死んでいった山田健一。しかし彼はまだ変身を三回残している(嘘)。
僕は着替える。
雨が降っていた。
僕の家には、ある生き物がいる。
見たところウサギに似ている。
病気なのかと思うほど白い毛並みをしている。
僕が、街の中に降りしきる豪雨を恨めしく見ていると、ウサギも僕の傍らにちょこんと座って一緒に雨を眺めた。
何かと僕の真似をしたがる。
寂しいのだろうか。
残念ながら僕もたいして陽気な人間ではないから、彼の寂しさを晴らすことは不可能だ。
ウサギは寂しいと死んでしまうのだろうか。
でも、人間の方が、もっともっと寂しさで死んでしまう生き物だと思った。
妹は、すでに中学へ登校していった。
僕も、早く行こう。
雨を防ぐには、傘。
それをさしながら歩く、F高校への道。
某T大学へ毎年何十人もの生徒を輩出している。
いつも心の中を空っぽにして歩く。
するとあっという間に学校へ着くのだった。
教室へ着くと、女の子が話しかけてきた。
名前はアルジェーヌ・ミラーフェスタ。
イギリスから日本へ来た女の子である。
同時に僕をクラスメイトとして持つ。
明るい子だ。人懐っこく、容姿端麗でもある。
僕は男の子だけれど、不思議と彼女とは馬があう。
昼休みじゅう、彼女と談笑して過ごした。
雨はまだ止まない。
僕は情報を持ち帰らなければならない。
ふとそう思った。
情報とは何か、と問われても、情報、としか答えられない。
生きた情報なら何でもよい。
むしろ、取捨選択することは許されなかった。
人は他人とかかわりあって生きているが、とどのつまりそれは情報だ。
情報さえあれば、人は生きていけるのだろう。小さい身ひとつに収まりきらないほどの、溢れんばかりの情報量さえ保てれば。
よく分からない部活が、この学校にはある。
人生部。
部員数、驚異の三人。
この学校ではただ一人が、ひとつもの部活を発足させることができる。
人生部という独特の部活を生み出したのは……。
今僕の目の前にいる、水崎かえでという人だ。
この部活、活動内容はもちろん、存在意義自体がアバウトの海である。
活動内容は……人生を、する、みたいな。
水崎さんがそういうのだから、そういうものと理解するしかない。
分からない数学の問題の、解答だけを丸暗記している気分だ。
水崎かえでさんは、僕の一個上の先輩だった。
人生部の部長。
ミラーフェスタさんは副部長。
僕は書記係と会計係と雑用係を受け持っていた。
女の子ふたりがのんびりくつろいでいる間、僕は部室に備えられた給湯からお茶を生産し、お二方にお届けする。それが僕に定められし運命。
でも、というか、だからこそ、退屈はしなかった。
僕の中に情報が蓄積されていくのが分かる。
充実しているのだ。
充実は安心を生み、安心は明るさを生み出す。
かえでさんは立ち上がった。
おもちゃの銃を持っている。
なるほど、今日の活動内容は、それか。
昨日も一昨日もやった。彼女のお気に入りなのだ。
僕とミラーフェスタさんは微笑しあって、的を用意し始めた。
ただいま、と僕は形式的に言った。
妹は先に帰ってきていた。
妹に、今日中学でどんなことがあったのか、と質問する。
授業が難しかったとか、体育で疲れた、とか。
よくある家族の会話風景にすぎないと思いきや、これが僕たちにとって最も重要なタスクだ。
三十分ほど話した。
機は熟したといえた。
僕はベランダに出る。
ウサギは体積が十倍に太っていた。
白い毛並みは黒光りし、目は痛いほど充血していた。
興奮しているのか、寂しいのか分からない。
たまたま平素はウサギに似ているからそう呼称しているだけで、本当は彼は何者なのだろう。
その正体は知っているのだが、メカニズムや生態はいまだ理解しがたい。
凄まじい熱量を発し、今にも暴走しそうな巨体を、僕は眺めた。
僕はウサギに触れる。
念を入れた。
気を一転に集め、その存在を黒く示すように。
心と心を繋ぐ管が現れ、僕の身体をまさぐった。
血液を吸うように、僕が保有する情報の水を、いっぱいに汲み上げた。
それがウサギへと送られる。
僕はウサギを見た。
ウサギの見た目は、ノートのようなものに変貌していた。
しかしよく見ると、深紅の目玉が残っていた。
不安定なのだ、彼は。
そして。
僕――山田真理――は、
電子の海の奥深くにいる僕の兄に、
調子はどうだ、
と囁いた。
そのじゅう
くらいまでで終わると思います……多分。




