そのじゅう
前回までのあらすじ
山田真理はついに終止符を打ちに行く。
俺は血を乾かしたような、真っ黒な装束を身にまとう。
真っ暗な地下に幽閉されし三人の女。
俺は今日も彼女たちの体調をチェックする。
……え、チェックするのは体調だけじゃないだろう?
なかなか鋭い。その通りだ。
「くくくくく……。最高だ……!」
彼女たちの自由も、身体も、口では言えないことまで含めてすべて俺の支配下にあるのだ。
俺はこの帝国の王。
突然そうなっていた。
すべての国民を糸のように操れる自信がある。
俺をクレイジーだとほざく者が少なからず現れるが、先日一人残らず鳥のえさにしてやった。
「やあ、調子はどうかな」
俺は三人に話しかける。
番号001、番号002、番号003。
彼女たちに与えられるモノは布一枚のみ。
誰も文句を言わないのだから、仕方がない。
本当は俺だって心苦しいんだぜ? こんなに若くて将来有望な女の子たちが、こんなみすぼらしい格好で俺のためだけに生涯を費やすんだ。
でも、文句の一つも出てこない。反逆の様相など微塵も見られない。
なら、オールOK。
俺は持っている長剣を空中で振りかざす。
三人の女はびくっと身体を震わせた。
「ああああああああ、気持ちいいいいいいいい!!!?」
俺は剣を滅茶苦茶に振り回す。
意味ありげに、女たちの用足し用のドラム缶を蹴り飛ばし、中身を放出させる。
書斎から持ってきた軍事書物や医学書の数々をばらまき、ライターのスイッチを入れ放り投げる。
「うっひゃおおおおおおおおおおうううう!!!?」
気持ちよくて、俺は声を抑えられない。
女たちは声にならない悲鳴をあげながら、炎の中を逃げ惑う。
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!?」
今宵は炎の海をバックにした、情熱的な情事。それも悪くはないだろう。
「待たせたな、そろそろアレをくれてやろう」
俺はマントを脱ぎ捨てた。
女たちは俺から目を背けようとする。
そのわずかなしぐさに俺はひどく激高した。
持っていた管楽器のような銃のスイッチを入れ、ところかまわず乱射した。
「勝手に逃げようとするんじゃねえよクソ女どもおおおおおおおお!! この俺、K帝国の王たるこの俺から一般市民にも満たないてめえら奴隷どもが逃げられるわけねえだろうがああああああああ!!!!」
怒りを全部放出するまで、乱射は続く。
女たちは涙を見せた。
それがこの上なく腹立たしくもあり、この上なく俺にとってのご馳走でもあった。
「おらああああ!」
俺は女の一人を全力で思いっきり蹴飛ばした。
面白いように吹っ飛んでいったが、この部屋は広いので、激突して静止するための壁はうんと遠くにある。
数分ではここまで戻ってこれまい。
俺はもう一人も吹っ飛ばす。
今日は残りの一人、番号002の気分なのだ。
国民の中には、こんな俺のことをクレイジー呼ばわりするヤツがいる。
でも、こいつら全然文句を言わないから、仕方ないよなあ?
国民の中には、こんな俺のことを人間以下の粗大ごみだとぼろくそ言うヤツがいる……!
でもよおおおおおお!! こいつら全然文句なんかあああああ!! 言わねえからああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 仕方ねえよなああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
気分はハイテンション。
だいぶ使い古されたが、まだかすかに幼げな顔が見える。
俺は王なのだから、こいつらは贅沢に使うべきだろう。
飽きたらそこらに捨て置けば、鳥なんかが勝手に喰うだろう。
今回の世界、どうやらずいぶん心地が良い。
以前いた世界のことはほとんど覚えていないが、間違いなくこの世界の方がずっと快適だ。
黒い記憶もある。
俺の中に蓄積された、酷遇の歴史だ。
そんな履歴を俺は塗り替えるために……!
俺はこの愛してやまない、恋してやまない奴隷たちと夜を過ごすんだ……!
俺は番号002に近づく。
目の焦点が失われ、精神が完全に崩壊していた。
俺は医学専門の軍人に調合させた薬を飲ませた。
髭の良く生えた、俺の良い味方。
……だったのだが、最近は俺の政治方針やこの奴隷たちの扱いについて口うるさいただのヒゲジジイに成り下がった。
薬を飲んだ番号002はむっくりと立ち上がり、四つん這いになった。
彼女は俺と同じ方向を向く。
目の前の犬のような生き物を前にして、俺の興奮は最高潮に達した。
俺の着ている衣服は、上着、ネクタイ、手袋、靴下、一枚目のシャツ、二枚目のシャツ、時計、マスク、ズボン、そして最後の下着。
計十点だ。
俺は上着を脱ぐ。一つ目。
ネクタイを外す。二つ目。
手袋を外す。三つ目。
靴下を脱ぐ。四つ目。
一枚目のシャツを脱ぐ。五つ目。
時計を外す。六つ目。
……マスクをとる。七つ目。
…………二枚目のシャツを脱ぐ。八つ目。
………………ズボンを脱ぐ。九つ目。
最後の下着を……。
俺は……。
その時。
乾いた発砲音が鳴った。
気づいたときには、俺は地面に倒れていた。
立て続けに、俺の胸板を何かが貫いた。
……ナイフ?
え?
ついさっきまで、俺はこいつと……。番号002と……。
俺は女の方へ目を向ける。
……あれ? 俺の奴隷ちゃんは?
どこに行った?
あれあれ、よく考えたら、めちゃくちゃ明るい光が差し込んでくる……。
ここは奴隷を収容するための、俺の入り浸っていた地下ではなかったか?
「そこまでだよ、兄さん」
声が聞こえた。
ひどく懐かしいような気がした。
でも、つい最近、聞いたこともあるような……。
「……お前は、誰だ?」
「兄さん、僕は山田真理さ」
「……ヤマダ、シンリ?」
「兄さんの弟さ」
……弟?
周期的に浮き沈みする意識の中で、俺は弟というひとりの男と、三人の女を視界にとらえた。
「そして、私があなたの妹……山田さくらよ」
「お前は……番号003か?」
「違うわ。私はあくまで、あなたと、真理の妹よ」
「……おい、どうなってやがる。説明しやがれ……!」
俺は血を噴き出しながら言う。
そんな俺のことを、残りの二人の女が見下ろしてきた。
「私は水崎かえで。真理の幼馴染。歳は私の方が上だけど。ああ、あなたとはもともと同い年だったハズだわね」
「てめえは番号001……!」
「初めまして。私はアルジェーヌ・ミラーフェスタって言います。真理君とは同い年です」
「番号002……!? そんな馬鹿な……。しかし、よく見ると見た目が違う……?」
俺の弟と名乗る山田真理が、しゃがみ込んできた。
「それはそうだよ。さっきまでいた奴隷のみなさんは、兄さんが想像で創り上げた人たちなんだから。僕たちはあくまで現実の人間」
「はあ……? 現実の人間だと……? 現実はここだろ……? こここそが……俺にとってのリアルだろおおおおおおおおお!!!?」
「違うんだ、兄さん。兄さんにはもう、終わりが近づいているんだ」
ヤツは俺の目の方向に、小さい何かを置いた。
「これは花だよ。『幸福が押し詰められた花』……。これのおかげで、兄さんはこれまで夢を見られたんだ」
そのたった一輪の花は、もう枯れる寸前だった。
「兄さんの創り出した空想は、現実の世界まで呑み込もうとしている。それはもう死が近づいているってことのサイン。だから兄さん……もう楽になってほしい」
「何言ってんだよ……」
ここが空想?
あっちが現実?
俺が生きていた世界は……ただの夢?
「わっけ分かんねえよ……」
「兄さん……」
「でもさ……。なんか、出来すぎているって、直感的に思っていたかもな……」
「え?」
「なんか、よく分かんねえけど、これは絶対にめちゃくちゃなストーリーだなあと、思ってたよ……。突然俺の思い通りになったかと思うと、突然争いに巻き込まれたりさあ……」
「それは多分、兄さんの本質的な部分が現れた世界だからかもしれないね……」
山田真理は息を吸って、柔和な表情で俺を見つめた。
「僕がこの世界に来るとき、電子の流れに乗ってきたんだ。そこには兄さんの空想がたくさん詰まっていた。兄さんは知らないと思うけど、兄さんの世界を構築している要素の全ては、僕が定期的に送っていた情報に依っているんだ。それが電子の配列として記述されていた……。僕はちょっとうれしかった。いろいろな情報や事実が曲解されていたみたいだけれど、少なくとも、僕が送った情報のおかげで、兄さんは退屈せずに済んだんだなあって……」
俺は黙ることしかできなかった。
何だよ……。
訳分からんことばっかりなのに、どうしようもない暖かさがそこにあった。
「兄さん……痛いかい?」
「……ああ、痛い。でも、なんかさ……。これは、今まで俺が幾度となく味わった痛みと違ってさ……」
俺は舌が回らなくなった。
視界がすすけてきた。
聴覚も嗅覚も鈍ってきた。
……涙がぽたぽたと落ちた。
「ああ、もう終わるんだっていうのがさ、感じられるさ……。痛みだわ……」
明るかった光が、もうすぐ途切れてしまう……。
でも、その前に……。
俺にはすべきことがある。
「なあ、お前らさあ……」
俺がそう言うと、山田真理と女の子三人が、映像に入ってきた。
「お前らがいたことを知っていたら、俺、こんなことにならずに、済んだのかなあ……? 今までずっと迫害され続けてさあ……。でも、お前らさあ、多分、良いヤツだわ……。この上なくさあ……」
「兄さん……。兄さん。初めて会ったね。僕は山田真理。兄さんの弟です」
「私は山田さくら。お兄さんの妹です」
「私は水崎かえで。あなたと同い年です。えっと……よろしくって言えばいいのかな……? あ、人生部の部長です。って言っても分かんないか……」
「初めまして。私はアルジェーヌ・ミラーフェスタです。えっとじゃあ……私は人生部の副部長です」
みんなが自己紹介してきた。
それだけで弦が切れてはじけて、泣けた。
ああ、俺も自己紹介しなくては。
でも、俺の名前は何だっけ……?
死の直前で、俺の記憶はクリアになる。
……ああ、思い出した。
俺の定義はひどく曖昧だったけれど、俺はこう呼ばれていたことがある。
「俺は……。山田健一だ」
「よろしく……そして、ありがとう」
俺は人生の最後で、かけがえのないモノに気づき、そして、これまでの傲慢さに自責の念に駆られながら、現実世界のどこかで死んだ。
完。
これで完結です!
一話から読んでくださった方々。最終話だけ見たという方々。
「妹×異世界×幼馴染×後輩」を読んでくださり、本当にありがとうございました!
妄想垂れ流しの世界観で申し訳ありません!
でも七話まではこのお話の主人公が創り上げた空想世界ですから、ある意味仕方ないのかも……?
感想や評価ポイントがあると死ぬほど喜んで昇天します。
でも読んでくださるだけでももちろん感謝です!
補足
第一話の冒頭部分も山田健一の空想世界です。
主人公は本能が創り出した世界を転々と移動していくのです。
その時に記憶は保持されたりされなかったりします。
ちなみに山田健一は(最終話以外では)一度も現実世界の山田真理やヒロイン三人と会ったことはありません。




