1 minute Storys 「1分の物語」-1- 新しい恋が始まるとき
「へえーー!先輩と彼女さんって、付き合って5年なんですね」
「ああ。学生のころからの付き合いだからね」
「ながーい!ラブラブですか?」
「…どうだろう。他のカップルと比較できないからなんとも言えないけど…まあ仲良くはやってる方だと思うけどな」
「いいなー。なんか、すっごい綺麗で良い人っぽそう!」
「え?誰が?」
「先輩の彼女です!」
「…いやいや、そんなことないって」
…と、喋っているこっちまでもくすぐったくなる様な恋愛話をしている相手は、コイズミ マキ、23歳。僕の2つ下の後輩だ。
ファッションとメイクもバッチリの、いかにも今風で外見はちょっとクール目な感じなんだけど、こうやってとても気さくに話しかけてくれる。
──僕が少しだけ意識してしまっている、女の子でもある。
そして、話題に登場した僕の彼女の名前は、イサカ カスミ 25歳。僕と同い年で、大学1年の時にサークルで知り合った。美人というよりかは可愛らしい雰囲気の、インドア派の女の子。
付き合った当初、僕とカスミは毎日一緒だった。カスミの優しげな話し方と雰囲気が好きで、僕はそんな彼女の中に居場所を感ることが出来たから。
彼女も僕と一緒に過ごすことを強く望んでくれたし、どんな用事よりも僕を最優先してくれていた。
だけど、2人とも社会人になると、さすがに学生のころのようにしょっちゅうは会えなくなった。…まあ当然といえば当然だけれど。
更に、僕もカスミも真面目に仕事をする方…というか、一つの物ごとに集中すると他がおざなりになる性格で、それがまた二人の時間をより短くしていった。
最近は2人で会っても行動がマンネリ化してきている。お互い仕事で疲れていているからなんだろうけど、更には会話もあまり弾まなくなってきていて、そんな状況は、僕をちょっと寂しい気持ちにさせる。
倦怠期ってこういう時期を言うんだろうか ──って。
□ □ □
「ねえ、先輩!聞いてます!?」
「──え?」
「もう、彼女さんのこと考えてたんですかぁ?…今度のチーム飲み会なんですけど、あたしが幹事になっちゃって…。それで、今日お店の下見に行くんですけど、先輩に付き合ってほしくて」
そう言って後輩のマキは上目遣いで僕のことを視る。
女の子との恋愛がはじまるときに、いつも感じることがある。それは、付き合い始める前に特に意図していないのに、自然と2人が一緒になるシチュエーションが重なっていくということ。
──そして、今の僕とマキがまさにそんな状態だ。
マキとは興味や関心を持つポイントも近く、話していてとても楽しいし盛り上がる。
──このまま続けば、僕らはいつか付き合うことになるかもしれない。…もちろん、それはカスミとの関係がきちんと清算された場合だけど。
──そういえばカスミとは、最近話していてもどこかお互い上の空だ。カスミは僕と一緒にいて、楽しいと思っているのだろうか?
「…別れた方がいいのかな」
「え?」
後輩のマキがビックリした顔で僕を視る。…いけない、声に出てしまったようだ。
「なんでもない。…飲み会の下見だけど、いいよ。行こう。…今日は仕事早く切り上げられそうだから、19:00くらいに出発で良いかな?」
「えーー!本当ですかぁ!?…ありがとうございます!!」
── 僕は、嬉しそうにはしゃぐマキに笑いかける。
□ □ □
「ゴメン!…今日ちょっと急きょ上司と飲みになっちゃって…」
僕はカスミに電話口で謝った。
マキとの飲み会の下見の為に、僕は恋人との前からの約束を断ったのだ。──しかも、嘘の理由で。
「…そう。わかった」
カスミは決して電話口では怒ったりはしないけど、これでもかというくらい無言の重圧感を与えてくる。
そしてそれは、僕をたまらなく暗い気持ちにさせる。
(…しょうがないじゃないか。こっちだって職場の付き合いがあるんだから)
…そんな自己本位な言い訳の声が頭の中で響いていて、それがまた僕をさらに陰鬱にさせるのだ。
だけど、電話を切った後に…
「あ、先輩みっけ!!…こんなところに居たんですね!?探したんですよー!!」
そう言って僕に笑いながら駆け寄ってくる後輩の女の子を見ていると、
──少し前の黒々とした気持ちが嘘のように、心はパッと明るく晴れ渡るのだ。
(…つまり、そうことだったのか)
僕は一人心の中で、納得する。
──きっともう、新しい恋は、とっくに始まっているということを。