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8.通過儀礼



 昨夜の豪勢な晩餐のおかげで本日は爽快な目覚めだ。

 食べるものが良くなるだけでこんなにも調子が良くなってしまうとは。

 更にいえばもうちょっとマシな生活環境が欲しいという欲求も起きてしまう。

 朝だから起きちゃうのは仕方ないね。男の子だもんね。


 ひとしきり木の床をごろごろと転がってから、アイネとの交渉を思い出す。

 どうやら俺に飯を食べさせてくれたのは、その話をするためでもあったようだ。


 ◇


 俺が夢中で手羽の骨をしゃぶっているときだ。

 突然アイネが話を切り出してきた。


「ねえ、どうせ何処にも所属してないならウチで雇われてみない?」


「いきなりですね」


「即採用ってわけにはいかないけどね」


 じゃあなぜ言ったのか。


「ウチみたいに手広くやってるとこだとね、戦闘能力が高い従業員がいるのは色々重宝するのよ」


「その色々というのは、聞いても大丈夫な話ですか?」


 ゴーウッド商会というのがとても大きな組織だというのは既に理解している。

 そんなところのお嬢様が言うと不穏な要素を含んでいるとしか思えない。

 戦闘のために天統流を発揮するのは嫌いではないが、些事に持ち出すのは俺の流儀に反する。


 しかし俺の不安とは無縁といった感じでアイネは答えてくれた。


「まず今日みたいな収集依頼の護衛でしょ? それと山豹の狩りだってお願いするわ。特殊な素材を取りに行ってもらうこともあって、階級が低い人じゃ危険な場所もあるのよ」


「ああ、そういうまっとうな感じですか」


「何を想像したのよ」


 そりゃ大きい組織だから、荒事の処理や商売敵を潰すといった汚れ仕事を。


 ※ゴーウッド商会はクリーンな組織です。あくまで冗句であり批判や揶揄ではありません



「いえ、何も」


「それで、どう? ギルドから貸してもらっている小屋より良い家も貸すわよ?」


 雇用なあ……。約二日間ほどこの世界を楽しんだから、そろそろ元の世界に帰ることも視野に入れておきたい。

 だがこのままここでしばらく生活しているのも悪くはない気もする。帰還方法がわかれば好きなときに帰ればいいだけだしな。


 まあ、なんにしろ返事はアーシアさん待ちだ。


「ありがとうございます、考えさせてください」


「きっとウチに来ると思うけどね」


 なんとも自信満々な笑みだ。

 酒のせいもあってか、中々可愛い歳相応な少女に見えてしまうではないか。


 ※登場人物及び役者の方々は全員18歳以上です



「あっ、これだけ渡しておくわ」


 アイネが胸のポケットから何かを取り出して俺に渡してきた。

 四角い銀色の小さな板だ。ご丁寧にチェーンも付いている。


「これは……タグプレート?」


「それを見せればウチの傘下の店舗で買い物も、素材や獲物を売るのも融通がきくわ」


「俺はまだ、お返事をしていないんですけど……。これ受け取ったらどうなるんです?」


 強制的に契約成立、みたいなことだったら困る。さすがにないとは思うが。


「さあ、どうなるんでしょうね」


 俺の質問は笑ってはぐらかされた。そこははっきりしていただきたいところである。

 アイネは笑っているだけで雇用に関しては、それ以上何も言ってこなかった。


 ◇


 働く場所をくれるというのはありがたい話だ。それは理解している。

 しかしながら俺はいつまでこちらの世界にいるのかわからない者だ。迂闊に返事はできない。

 急に仕事に来なくなったりしたら他の従業員に迷惑がかかってしまうしな。ブラックな仕事を辞められない心理とか今は考えたくない。




 そんなわけで本日も朝からギルドへとやってきた。

 はやいとこアーシアさんから帰還方法さえ聞いてしまえばいつでも帰れるので悩むこともない。



 

「アーシアですか? まだ戻ってきていないですね」


「あの、戻っていない、とは?」


「彼女なら資料の確認をしに、隣町のギルドへ行きました。戻ってくるのは明後日になるのではないでしょうか」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 どうやら明後日までお預けのようだ。

 アーシアさんがいないのであればギルドに用などない。依頼を受ける気にはなれないのだからさっさと出よう。小屋に篭っていよう。



 と、出口の方から見るからにガラの悪い男二人が歩いてきた。ギルド施設内は広いとはいえ、屈強な男が並んで歩くといささか道が狭くなる。


 ──どんっ


「おおお、おおっと。に、兄ちゃん、待っ……やがれぇ」


「……はい」




 肩がぶつかったと因縁を付けられたので言い合いとなり、他の連中から施設の外でやれと言われてギルド施設の正面通りに出るが、結局二人組を一瞬にして捻じ伏せてしまう場面を多くの通行人に見せてしまうこととなった。そして二人組は階級が俺よりも上の「8」であった。やったぜ。


 ※こちらの都合により高等古典「ギルド熟練者が新人に絡む」のシーンは大部分がカットとなり、ワンセンテンスで済んでしまいました。申し訳ありません

 ※二人組の方は本職の冒険者さんなので演技力は求めないでください



 二人組とじゃれ合っている間に随分と人が集まってしまっていたようだった。そしてそんなやじ馬の中に昨日見た顔を発見する。

 アイネの使用人のダンピールの……、ダンピールの美少年だ。


「おはようございます」


「……………………あっ。おじょうの、おんじん」


 よかった、こいつも俺のことを覚えていなかったっぽい。いや、大事なのはそこじゃないか。

 今しがたのいざこざをこいつにも見られていたというのか。


「みっともないところを見られてしまいましたね」


「ほんとに、つよいね」


「いえいえ」


「きのうのいぬ、からだにきずがすくなくてよかったって」


「はい?」


「□■□やがいってた」


「ええと、山豹のことですか?」


「そざいが、たくさんとれる」


「そ、そうですか」


 なんとも独特な話し方である。ゆっくりというかマイペースというかとろいというか……。これもダンピールという種族はみなこんななんだろうか。


 ※こうした言動は種族間差別にあたり、色々失う可能性があります。物語上の演出です

 ※思っても形にしないようにご留意ください



「ところで、……さんは朝からこんな場所にどうしたんです?」


 名前が思い出せないのでごにょごにょ言ってみたが、気にされずにすんだようだ。


「きのう、おじょうが、うちではたらくと、いってた」


 ゆっくりと、黒い外套の中から色白の腕を伸ばして俺の手を掴もうとしてきた。男同士で手をつなぐ趣味はないので、つい避けてしまう。

 それに、働くという返事をした覚えはない。


「あの、そうするかどうかはまだ考え中です。保留にしていただいてます」


 俺がそう言っても、美少年は頭の上に「?」を浮かべてまばたきをしている。おかしい、言葉は通じているはずなのだが。

 再度手を掴もうとしてきたので一歩さがる。すると一歩前にきてまた掴もうとする。そして俺も一歩退いてそれから逃げる。


 そんなことを何度か繰り返していると、美少年は変なことを言いだした。


「かんがえなくても、おじょうの、いうとおりに、なる」


「アイネさんを信用なさっているんですね」


「うん、だから、そう(・・)なる」


「いえ、ですからまだ、わからないとお返事しました」


「どうせ、はたらく。それが、おじょうの、ちから」


 ダメだ、話が一方的すぎだ。アーシアさんの誤解と違って、こいつは微塵の疑いも持たずに結論在りきで来ている。

 使用人の域を越えたアイネの狂信者が期待通りに働こうとしているんだろうか。



 仕方がない。こういうときは、


「すみません、用事があるので失礼します。それじゃ」


「あ」


 逃げるにこしたことはない。後ろから間延びした声で「待って」と聞こえたが、ちょっと勘弁してほしい。相手にしちゃいけないタイプだ、あの子は。






 全力で駆け出したせいか、追っては来なかった。

 それとも単純に俺の足に付いてこれなかっただけで、こちらに向かって来ているのかはわからないが。


 ところで。


 ここは、街のどの辺りなんだろう。小屋の方面でも街の出入り口方面でもない。

 逃走に集中していたせいで、どんな道順で走っていくかを気にかけていなかった。おかげで今は見たことのない建物に囲まれている。


 その辺りにある店に入ってギルドの方向だけでも確認しておくか。

 少し先に、牛の頭の骨を象った看板が建物にぶら下がっているのが見える。何を表している店かはわからないが、とりあえずあそこの店で聞いてみよう。




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