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4.ギルド

 翌朝である。

 未だまどろみの中、身体が重いと感じて目を覚ますとレイアさんが俺の上に藁を撒いてくれていた。


「すみません、起こしてしまいましたか? 寒いのではないかと藁を足していたのですが……」


「お気遣いいただきありがとうございます。でも起きるので大丈夫です」


 寝起きから藁で溺れ死ぬところだった。

 昨日少し感じたが、この子いい子だけどちょっと抜けてる、危ない方面に。


 ※藁専門家の指導のもとでおこなっております。危険なので真似しないでください



 依頼を受けた仕事の終了を報告しにギルドへと向かう。

 なぜか一緒にレイアさんがいる。

 理由を聞いてみると、ギルドに勤める知り合いが料理の件で心配していたらしく、解決したことを伝えたいそうだ。

 なるほど、いいお友達である。


 まだ朝早くだからか、ギルドにいるのは少人数だった。

 そのおかげですぐに、昨日受付をしてもらったアーシアさんを発見することができた。

 アーシアさんも俺とレイアさんに気がついたようで、微笑みながらこちらにやってくる。


「おはよう、レイア」


「アーシアさん、おはようございます」


 レイアさんが言っていたのはアーシアさんだったのか。


「どうしたの? レイアが自分から来てくれるなんて、滅多にないじゃない」


「実はですね、料理の味が元に戻ったんですよ!」


「えっ」


「アーシアさんにはすっごく心配かけてしまいましたから、真っ先にお伝えしにきたんです」


「そ、そうなの、よかったわね。私も嬉しいわ。それより、味が戻ったというのは、その、どうやって」


 アーシアさんが困惑しながら問い掛けると、レイアさんはしたり顔で、


「はい、それはギルドから来てくださったアカツキさんのおかげなんです。昨夜二人で一緒に料理をしたときに、『レイアさんの手に武骨な包丁は似合わない。このナイフでやってみな』って言ってくださって。そうしたら本当に美味しくなったんですよ!」


 などと答えたが、俺はそんなこと一言も言っていない。

 しかし、やっと俺のほうを見て話を振ってくれたのは助かる。このままいない者として扱われるのかと心配してしまった。


 レイアさんがにこにこと俺を見るのとは対照的に、アーシアさんはものすごい冷めた瞳で俺を見ている。

 というか今舌打ちしたけど。


「あ、どうも」


「……害虫が」


「えっ」


 アーシアさんの顔が一瞬、まるで親の仇でも見つけたかのような形相になってひどい一言を放った気がした。

 しかし一瞬である。

 すでに昨日拝見したお仕事中の表情になっている。


「ご苦労様です。昨日の依頼というと『長屋の清掃』ですね。では、依頼の達成報告手続きをおこないますので、あちらの通路の一番奥にある部屋でお待ちください」


「あ、はい、わかりました」


 勘違い、そう、俺の勘違いであろう。

 こんなクールビューティーがいきなり憎々しげに暴言を吐くなんてないだろう。


「じゃあ、そういうことで、レイアさん、色々とありがとうございました」


「いえ、わたしのほうこそ、ありがとうございました! よかったらまた来てくださいね。部屋に空きはありますので」


 レイアさんと笑顔のまま別れの挨拶をすませていると、すぐ傍からまたも舌打ちする音が聞こえた。

 なにか不穏なものを感じたので足早に言われた部屋へと向かう。

 後ろからはまだ話し合う二人の声が届くが気にしないほうがよさそうだ。





 石で囲まれた窓のない部屋に一人。

 部屋の中には古ぼけた四本脚の木の椅子が一つだけ。

 湿気の臭いと蝋燭の臭いが混じり合い、長時間ここにいると鼻の奥が痛くなりそうだ。


 待つこと十数分といったところか。

 退屈を感じ始めた頃合いを見計らったかのように、アーシアさんがやってきた。

 入室アーシアさんはガチャリと大きな音をたてて施錠をかけて、何度かガチャガチャと音を鳴らしながら錠の確認をしている。


 そして第一声が、


「……清掃なんて依頼を受けるから変だとは思っていましたが、そういうことですか」


 である。


「あの、なんの話ですか?」


 いったい何が『そういうこと』なんだ?


「とぼけないでください。あなたはレイアに近づくために依頼を受けたのですね」


「はい?」


 急にあらぬ疑いをかけられてしまった。


「不自然だと思ったんです。突然街にやってきて、無一文のままのくせに、あんな安い依頼を一つだけ受けるなんて……どう考えてもおかしいでしょう」


 おとなしく椅子に座る俺の周りをぐるぐるとゆっくり歩きながら、言い聞かせるようにアーシアさんが話を続ける。


「でも私もギルドの職員ですから、むやみやたらに詮索はできません。それに、依頼を受けてくれる人がいなくてがっかりしているレイアの姿をあまり見ていたくありませんでした。ええ、だから仕方なく、なにもできなさそうなあなたに依頼を受けることを許しましたよ」


 アーシアさんはそこまでいっきにまくしたてると、ピタっと足を止めた。

 そして俺の目の前に腕を組んで仁王立ちになる。


「それなのに、よくもまあ、あの子の家に泊まり、仲良く料理までして、あまつさえ男避けに持たせた包丁を使わないように言いくるめて……。これだからあんな市場で働くのも反対だったのに……」


 この人が犯人だったのか。

 しかも男避けに包丁って結構恐いし危ない。


 縮こまっている俺を無言のまま見下ろすアーシアさんは、しばらくそうしているとふぅと溜め息を一つ吐いた。


 いきなり懐に手を入れると、なにやらごそごそとまさぐっている。

 なんだろう、胸でも痒くなったんだろうか。それとも肩乳でも出してくるんだろうか。


 俺の期待は裏切られ、出てきたのは小袋である。

 押し付けるように渡されたその小袋はアーシアさんの肌で温められていた。

 ずっと胸の傍にあったのだと思うとつい頬擦りしたくなるような温かさだ。


 そうではなく、小袋の中には十数枚の赤銅色をしたコインが入っていた。

 これがこの世界の貨幣なのだろうと察する。


「それを差し上げますから、レイアに近寄らないでください」


「はい?」


「確かにあの子は大変可愛くとても元気があって、貧しくとも明るく強い心を持ち、人を疑うことも知らない素直な良い子で、汚れを知らない天使が人間になったような子ですから。あなたのような地味で冴えない風体の取りえも無さそうな人間が憧れ、愚かにも好いてしまうのは無理はありません」


「いえ、そこまでかどうかは知りませんけど」


「ですがそんな純粋さゆえに、あなたのようなどこぞの馬の骨とも知らぬ男に簡単に騙されてしまうのです。しかし、だからこそ、私はあの子を守りたい。ずっと守り続けたい。いつかエルフの里に連れて帰りたい」


 この人ちょっと危ないかもしれない。人じゃなくてエルフだからなのかは知らないけれど。

 どちらにせよ誤解をといておかないと危険かもしれない。


「あの、ご心配するようなことは一切ありませんので、このお金は受け取れません」


「……」


「料理のことですが、レイアさんが真剣に悩んでいらしたので、一宿一飯の恩もあり相談に乗ったら偶然、包丁が原因だとわかっただけです。まったく他意はありません」


「……」


「大体俺は昨日、ギルドを訪れる直前に街へやってきたんです。それにこの街へ来る前はここではない異世界にいたんです。レイアさんのことを知るよしもないんですよ」


「……そうなんですか? 苦し紛れに嘘を吐いていませんか?」


「本当のことです、信じてください。……とはいえ証明することは難しいですが」


 目を合わせてじっと見つめてくる。

 俺の中身を奥底まで覗きこまれているような錯覚が起きそうだ。


 しばしの沈黙はアーシアさんが顔をほころばせたことで破られた。


「どうやらあなたの言葉に虚偽はないようですね。大変失礼をしました、非礼を詫びます」


「いえ、わかってもらえたならそれでいいです」


 どうやら助かったようだ。

 これでようやく俺の話もできるだろう。


「それよりも、清掃依頼の完了報告と報酬をいただきたいのですが」


 その用事で来たのに余計な時間がかかってしまった気がしないでもない。


「ああ、そうでしたね。その手続きがありましたね。では、サインしていただく書類もありますので部屋を移しましょう。尋問室では机も筆もありませんしね」


 微笑みながら言っているが、とんでもない部屋に送りこんでくれたものだ。

 こちらとしてはわりと笑えないものがあるが。

 いきなりそんなところへ行かされるほど疑惑が強かったのか。


 ……あれ? おかしいな。


「あの、一つ、聞いてもいいですか? 俺の言葉をそんな簡単に信じていいんですか?」


 会って早々に疑いをかけてくるほど猜疑心だか警戒心が強い人が、一言二言身の潔白を訴えてきたていどで相手を信用するだろうか。

 それなのにこうもあっさり嘘はないと断じるのはどう考えても変だ。


「大丈夫です。ハイエルフには他者の嘘や間違いに惑わされず、真実を見る力がありますから」


 なるほど、誤魔化さなくてよかった。

 下手に記憶喪失だとか東の国から来たとか言ってたらその場で信用度がゼロだったかもしれない。

 真慧眼で見たステータス上ではなかったのになんとも便利で恐い能力を持っているものだ。


「自分の目で見たものや自分の耳で聞いたもの、自分で知ることができるものが真実であるとは限らない……そういう戒めを常に意識するよう進化してきた証とも言われています。まあこの話は機会があればにしましょう」


「え、ええ」


 促されるまま尋問室を出て廊下を歩くが、また一つ疑問が生まれる。

 そんなすごい力があったのなら、俺を尋問室に連れ込む必要なんてなかったんじゃなかろうか。

 なんだかすごく時間を奪われただけのような。




 ※ギルド施設内部に尋問室の設置がされているギルドと設置されていないギルドがあります。尋問室の有無についてはお近くのギルドにお問い合わせください

 ※今回の尋問室は街の中に組まれたセットです。このような尋問室はありません

 ※エルフの進化論については諸説あります




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