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3.依頼

 描かれていた地図を頼りに市街地を抜けてやってきた。

 着いた場所はなんというか、小汚い通りだ。

 そこに一人の少女がほうきを持って立っている。

 他に人も見当たらないので、ここで合っているのか声をかけて確認しよう。


「すみません、この辺の区長のギルド依頼で来た者なんですが……」


「来ていただけたんですね! こんにちは、わたしが区長代理のレイア・ビアスです」


「どうも、暁といいます」


 話しかけてみると屈託のない笑みで挨拶をされた。

 泥と埃で薄汚れてはいるものの、可愛らしさが滲み出ている。

 首を傾げると茶褐色のポニーテールが揺れるのもポイントが高い。

 こんな娘さんに区長なんて肩書きは若すぎな気もするがこの世界では認可されているのか。


「よかった……来ていただけて助かります。こんなお仕事は引き受けてもらえないと、半分諦めていたんです。賃金もそれほど出すことができませんし……」


 そうだったのか……。

 そういや人形を探してほしいとかいうガキの依頼よりも安かったな。

 どうしよう、帰ろうかな。


 ※実際にはギルドへの依頼委託掲示は依頼内容により最低金額が決められております。「5dg」は物語上の演出です



「それじゃあ、一緒に頑張りましょう!」


「あ、はい」


 逃げ遅れてしまった。

 ぐっと拳を握ってガッツポーズをされている。元気な子だな。

 仕方がない、可愛い子が張り切っているし諦めて頑張ろう。


 ※ギルドの依頼を放棄する際には必ず通達してください。こちらを怠りますと罰 則(ペナルティ)が発生します




 用意された雑巾で長屋の石壁を黙々と拭き続ける。

 小一時間ほどかけてまだ三部屋目に取り掛かったばかりだ。

 近くではレイアさんが機嫌良さそうにまとまった枯れ葉やらわけのわからないゴミやらで小さな山を作っていた。

 焚き火にして芋でも焼きたくなる。


 五部屋目の外壁が終わり、そろそろ腕が限界に差し掛かった頃、陽が傾きかけていることに気がついた。

 熱心にやっていたせいか時間が経つのが早い。


「アカツキさん、もうそのくらいで結構ですよ。というか、ここまでやってくださったんですね……」


 残り二部屋分の壁磨きにラストスパートをかけるかといったところで声をかけられた。

 驚いているのか呆れているのかわからないが、やらなくてよかったようだ。

 頑張り損であったか。


 ※依頼の詳細内容は事前にギルドの受付か依頼主に確認を取ってください。トラブルの原因になります



「ほんと、すごいですね……まるで大理石みたいに艶々(つやつや)になっていますけど」


 普通に渡された湯と雑巾しか使っていないが。

 まさか。


 【サバイバル技術階級5 …… 生活、生存に関する技術的な強さ。野営に困らない。市街地戦では家事に強い】


 どんな技術だ。市街地戦て掃除かよ。

 しかも壁拭いてただけで上がってるし。


 ※実際の修得技術の練度を上げることは短時間で済むものではありません。物語上の演出です



「それじゃあ仕事おしまいってことで、いいんですか?」


「はい、お疲れ様でした!」


 レイアさんはとても嬉しそうだ。

 ここまで喜ばれるなら、頑張ってよかったかもしれない。


「あ、ちょっといいですか。この街で5dgでも泊まれる宿ってあるでしょうか?」


「5dgで、ですか? うーん、難しいと思います」


「そうですか……」


 どうしよう、受ける依頼を間違えた。

 今晩は野宿になるかな。


「もしかしてアカツキさんは旅のお方でしたか?」


「似たようなものです。数時間前に街へ着いたばかりです。それに無一文でして」


「そうでしたか。……そこに空き部屋が一つありますので、お貸ししましょうか?」


「え。いいんですか?」


「はい。あんな少ない賃金でここまでやっていただけましたし……」


 少し申し訳なさそうに言われるが建物の壁すべてを拭くつもりでいたのであまり気にならない。

 とりあえずお言葉に甘えて一晩だけ部屋を借りよう。




 床は薄い木の板、部屋の隅に(わら)が敷き詰められた木の台(ベッド)があるだけの簡素すぎる部屋であった。

 この世界における生活水準のどのくらいのものなのかわからないのでなんともいえない。

 お金払って宿屋に泊まってこんな部屋だったかもしれんな。


 ※このような宿泊施設はありません。物語上の演出です



 眠れずにごろごろしているとレイアさんが部屋にやって来た。

 どうやら頼んでもいないのに夕飯を持ってきてくれたようだ。

 明日の朝まで空腹を我慢しようと思っていたので助かる。


「こんなものしかありませんが、よろしかったらどうぞ」


「これはこれは、わざわざどうも」


 小さなパンにじゃがいもと何か緑色の葉っぱが入っているだけのスープ。

 質素というか、なんとも悲しくなる食事だ。

 むしろもらってしまっていいのか考えてしまう。


 一口食べてみると大変残念な味だった。

 野菜は泥臭いし、パンはカピカピだし、目の前にレイアさんがいなかったら盛大に吹いていただろう。

 ぶぶ漬けみたいな意味合いで持ってきたのだとしたらどうしようか。


 ※この地方にそのような風習はありません



 にこにことしているし善意なのだろうけど。

 何口も食べてから考えるのも間抜けだが、これで実は毒とか盛ってましたー! とか言われたら人間不信になる。


「ど、どうでしょうか?」


「え? とても不味いです。吐いていいですか?」


 可愛らしい人が笑顔で自分のために料理を持ってきたのだ、吐きたいほど不味いですとは言いにくい。


 だが言いにくいだけでは言わない理由にはならない。


 ※見た目は悪くなっておりますが、味は問題ありません。物語上の演出です

 ※王国調理師免許及び王国食品衛生管理免許所持者のもと、人体に問題のない調理がおこなわれています



「ああ……すみません、やっぱりお口に合いませんででしたか」


「いえ、空腹なので大丈夫です。それより今の「やっぱり」というのはなんですか?」


「えっと、その、実は──」




 なるほど、話を端折ろう。


 レイアさんはこの区域の区長の孫で、寝込んでいる祖父の代理をやっている。

 本当は腕を買われて市場(いちば)にある食堂で働き始めたばかりだったらしい。

 ところが働き始めてからすぐにレイアさんはクソ不味いものしか作れなくなってしまったという。

 しばらくは様子を見ていた雇用者も、今月中にまともな腕前にならないとクビだと言ってきた。

 昼は食堂の仕事、夜は区長代理としての仕事と家族の面倒で料理の練習をする時間はない。


 つまり「どうしよう、困ったな」という話だ。


「なるほど、それで練習を兼ねて」


「はい、すみません」


 普通の材料を使って普通にやれば普通のものができるはずなんだけどな。

 どういう風にやっているのか見ていないのでなんともいえない。

 食材と行程を聞いても別段おかしなところはないようだ。

 そうなると、他に理由があるんじゃないのか……?




 名前    :レイア・ビアス


 種族    :人間


 第一職業  :料理人


 第二職業  :ゾルグ区長の代理


 修得技術  :家事技術階級3




 真慧眼が発動してレイアさんの情報は見えたが、これだけではわからない。

 変なもんを食べたせいで逆に空腹が刺激されてしまった。

 これはもう一緒に料理を作って、作業を見たほうがいい。


 そんなわけでレイアさんのお宅の台所へとやってきた。


 そしてすぐに問題解決の糸口は掴めてしまった。


「それは?」


「はい? この包丁ですか?」


 レイアさんが持ち出してきたのは、刃の切っ先から刃元まで黒光りしている禍々しい一品であった。

 口金には指の骨が絡まったような細かい装飾が掘られ、柄に打たれた鋲は髑髏の形状をしている。

 どう見てもまともな包丁じゃないんですが。

 なんだこれ?


 【陳腐包丁 …… 包丁使用者が作る料理は、本来の味に関わらずすべて不味いと認識されてしまう。軽度の呪いがかかった貴重な包丁】


 よし、解決した。


「珍しいものみたいですけど、それは最近使い始めたものだったりしませんか?」


「そうです、アカツキさんよくわかりますね。これは、お世話になっているお姉さんからいただいた包丁なんです」


「そうでしたか」


 犯人も判明した。


「なんでも、『悪いものが近づかないようになる包丁』で、そのお姉さんの故郷では結婚前の女性が持つお守りみたいな物らしいです。わたしが食堂で働くことが決まったときに、お祝いとして届けてくださったんですよ」


 お守りとして呪いのかかった包丁をくれるお姉さんか。

 魔女か何かをイメージしてしまう。


「レイアさん、その包丁を使わないでやってみましょう」


「これ、すごく切れ味がいいんですよ? かぼちゃも紙を切るみたいに切れますし、獣の骨も力を入れずにすぱっと」


「それはとてもあぶないです」


 そんな妖刀みたいなのは素人に持たせていい業物(わざもの)ではない。

 ひとまずレイアさんから包丁を取り上げて、効率は落ちるが別のナイフでやってもらう。

 葉物が多いので別に困らない。


 そして完成したのがこちらの野菜のスープ。

 見た目は先ほどのものとたいしてかわらない。

 けれどその味は、まるで別物として完成した。


「まず普通」


「アカツキさん今不味いって言おうとしませんでした?」


 不味くはないけれど美味くもないという出来栄えだ。

 だがそれも仕方がないのだろう。

 塩以外の調味料もないし、かまどの火は調整することができない。

 むしろ野菜と塩と水だけでここまでできることが不思議なまである。

 これがこの世界の一般的に美味しいと言われる味なのか……。


 ※文化の未開拓を表現するためにあえて簡素なものを出しています。物語上の演出です



「いえ、失礼しました。味はとても良くなったと思います」


「そ、そうですよね? 驚かさないでくださいよ」


 レイアさんがほっとしているので、まあ良いのだろう。


 作りなおした料理を二人で食べる。

 レイアさんがスープを担当したので俺は勝手にパンを受けもっていた。

 バターもマーガリンもないので、その場にあったオリーブ油を軽く塗ってから焼いたものだ。

 なぜオリーブ油だけはあったのかはわからない。


「アカツキさん、パン美味しいですよ」


「そうですか? 普通に焼いただけなんですけど」


 自分でも食べてみるが、面白味のない普通のパンであった。

 変なもんとか入れてないんだけどな?


 【自分で焼いたパン …… ほどよく熱が通り、オリーブ油がなじんでいる。補正により評価C+】


 パンをみると変な評価がつけられている。

 誰の付けた評価なんだよ。


 【レイアさんの野菜スープ …… 余った野菜を入れて熱を通しただけのスープ。評価D+】


 こっちにも付けられている。しかも評価が高くなさそうだ。


「どうしたんですか?」


「いえ、おいしいですね」


「はい!」


 まあ今は夕食を味わえばいいか。


 食事を済ませ一人で部屋へと戻る。

 敷かれた藁が存外温かくて少し驚いたりしながら今日一日を振り返りつつ眠りについた。


 ※記述後に宿屋で寝ていただきました

 ※独り語りによる回想と葛藤がありましたが尺の都合によりカットになりました




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