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本編



 すべての仕事が終わった彼らは居酒屋「アルコリコ」に集まっていた。


「────では、お疲れ様でした! 乾杯!!」


 監督の掛け声とともにグラスのぶつかり合う音が響く。


「グライウッドさん、お疲れ様でした」


「監督こそお疲れ様です」


 監督と呼ばれた肥え太った男と、暁 進人(アカツキ)役であったニール・グライウッドが硬い握手を交わす。

 その様子を他のスタッフが拍手をしたり、茶化して囃し立てたり、中には泣いて見つめる者もいる。




 彼ら──「異世界冒険譚表現委員会」のメンバーは今、映像演劇(ドラマ)『竜殺し異世界人の成り上がり生活』の打ち上げ中であった。




 異世界から流れ着いた者が偉業を成していくという御伽噺は昔からあった。

 誰もがそれは子供向の御伽噺であると、そう考えていた。


 ところが近年の時空間研究の発展により、「異世界人」と呼ばれる存在は本当に世界へ影響を与えていたことが発覚する。


 このセンセーショナルな発表が「異世界冒険者」の一大ブーム到来のきっかけであった。


 市井の娯楽であった表現芸能文化にもその影響が強く侵食してくる。


 王都を含めた各街に設置されている大型魔力伝気式光写鏡(ビジョン)に映し出され、誰もが無料で見ることができた「映像演劇」は最も影響を受けた分野であろう。




 これまで日常生活のドタバタ劇や架空王家の悲恋話がメインだった映像演劇の分野で「異世界人の英雄譚」を放映したところ、過去に例を見ないほど大ヒットした。


 異世界人が現れて圧倒的な力で人々を助け、悪事を働いていた領主を倒し、村を襲ってきた魔物を倒し、王都に攻め入った魔王を倒し、王から爵位を与えられるがそれを断り、姫と共に姿を眩まして伝説だけが残った──


 というなんてことはない古典とお伽噺を繋ぎ合わせたサクセスストーリー。


 しかしこのシンプルなストーリー、誰がいつ何処から視聴し始めても理解できる展開、前提の情報を必要としないでも楽しめる内容は万民に受け入れられた。


 それまでの知識、思考力、想像力、理解力といった個人の能力次第では十全に楽しめない映像演劇とは違ったのだ。




 この先駆者的作品によって次々と同じような「異世界人冒険モノ」は作りだされ、その多くは大きなハズレもなくヒットした。

 放映される時間帯になると大型魔力伝気式光写鏡の周辺は人が集まりすぎてひしめき合うほどだ。


 近年では「異世界人の冒険譚」以外の映像演劇は稀にしか放映されない。


 それは市井から人気が出ないという理由もあるが、人気が出ないと知られているのでまず「スポンサー」が付かないのだ。

 映像演劇は一つから複数のスポンサーの出資で成り立っているので、その大元がいなければ作ることも不可能になる。

 基本的に彼らはスポンサーの言うとおりに動かなければならなかった。


「異世界冒険譚表現委員会」は運良くもゴーウッド商会という街でもトップの商業組織から資金提供を受けることができた。

 もっともそれは、内容について口を出されて展開や出演者もゴーウッド商会の要求を呑んだ上で作るのが条件であったのだが。


 そして作り上げられたのが『竜殺し異世界人の成り上がり生活』であった。




「どうだったんですか? 評判」


「評判以前の問題……かな……。やっぱりあの一件がね?」


「あー……『道具屋』ですか。でもあれは仕方ないじゃないですか」


 素材取扱い店「オロバス」と酒場「ガラガム」で撮影が終わり、いざ放映という段階で店主達の殺人及び脱税事件が発覚し、王国によって公開を止められてしまったのだ。

 勿論「異世界冒険譚表現委員会」はそんなことに関係はなく、こんなことになるなんて予期もしていなかった。


 急遽予定変更で作られた「まとめ編」は視聴者から大きな顰蹙を買った。とはいえ今では笑いのネタにまで昇華されている。


「そうなんだけどね? あれで王国のほうからもお目付け役付いちゃったし」


 つい先日まで彼らには監視の目がついていた。


「あれ、厳しかったですね。俺なんか宿屋の室内まで調査受けましたよ」


「厳しい、それ……」




 ◇




「異世界人の英雄譚」以降の影響を受けた映像演劇は各作品がどれもどこかで見たようなものになっていったため、差をつけようとしのぎを削る。


 派手で激しく刺激的な表現方法を増やすことが人気を得るのに一番手っ取り早いと、早い段階で誰もが理解した。




「あれ、入浴シーン」


「ありましたね」


「あれもクレームがあって」


「えっ、何でですか?」


「どっかの団体が『王都の街頭で上映するのに女性の入浴姿は相応しくない』ってゴーウッド商会さんのほうに手紙送ってきてさ。じゃあ、男の入浴はいいのかよって」


「うわ、それ、俺聞いてませんよ」




 人気の映像演劇ほど暴力描写や性的表現が強まる傾向へとシフトした。


 そして街頭で放映されていることを忘れたようにやり過ぎていく。


 当たり前のように奴隷やハーレム、露骨な性表現、性的行為を想像させる表現、無法な私刑処罰、残虐性の高い暴力といったものが含まれるようになっていたのだ。

 救うようにしながら自身の奴隷を買う冒険者、道を説きながら法的権利を持たずに断罪する令嬢、毎回の戦闘終了後に必ず女性を抱く戦士、自分の奴隷を守るという名目で多くの民を殺戮する騎士。


 大義を語っては暴力、理由を付けては性行為。

 危うい表現も人々を活気づける冒険譚だという建前で乗り切れてしまった。

 内容がどうあれ建前を鵜呑みにしたままでいられる者が多かったためだ。


 映像演劇は過激で奇抜な表現を競うだけの催し物になりつつあった。




「だって言ってないし。他の団体からも『セクハラ紛いの描写も相応しくない』、『架空の生き物であっても首を斬るのは相応しくない』っていうのがあったよ」


「今回以外でも結構ありますよね? 他の場所で『剣で刺すのは人間が真似できる討伐方法なので相応しくない』っていうのがありました」


「この手合いは何処にでも手紙送ってんだろうけどさ。最近はこういう団体に感化された人たちが街頭上映場で観衆の邪魔したり、中止を求めたりしてるの知らない?」


「うわっ、終わる前に聞かないでよかったなぁ……」


「テンション下がるでしょ? だから言わなかったの」


「お気遣いありがとうございます」




 こうした事態に対してとうとう王国から表現の規制を行うように通達がなされる。


『街の中で誰もが見られる作品に過度な表現やその方法を入れるのは問題である』


 過度な行為であったがゆえにその反発は異常なほど強くでてしまう。


 暴力的、性的及び疑似的な性表現はすべて規制対象となり、表現する際にはすべてモザイクやぼかしなどの画面処理、文字処理がされることになった。

 これによって今ではウサギを一匹捕まえ、血抜きをしてから焼いて食べるという、日常生活ではよくある一連の行動もそのままで放映することはできない。


 また、映像演劇の視聴者の中から行動を真似する者たちが出てきたことも一因となっていた。

 認可されていない商品を流布する、自然動物を殺害する、保護区の魔物を殺害する、多くの異性を拐かし監禁するなどのこれまでは例を見ない事件が多発。

 捕まった者たちは誰もが「自分もやってみたかった」と述べた。


 それと同じように、映像演劇に登場した設定や道具を現実の物として考えてしまう者たちも出現する。

 これまでの映像演劇を嗜む層といえばある程度の年齢であり、分別や知識経験を持つ者たちだけであったために、そのような心配をする必要もなかったのだ。

 万民が関心を持ってしまったがために発生した問題であった。


 そこで王国側が規制へ乗り出す前に行われたのが「テロップ」を入れることだ。


 現実とは違う場面ごとに注意書きを出すことで勝手な勘違いを防ごうというものだった。

 これは効果があったらしく、常に入れなければならないものにまで変化している。




「そんなだったからもう後半なんか、テロップも手抜きで表現の自主規制もやる気なかったね。打ち切り決定されてたし。ゴーウッド商会さんも手紙には驚いてたよ」


「あ、でもゴーウッドさんはいいスポンサーさんですね。全員の御飯代、宿代まで持ってくれてたんですよね。この打ち上げ費用もでしたっけ?」


「『ウチの娘をメインヒロインに置けぇ』とか言わなければ、本当にいいスポンサーだったよ。いや、可愛い娘さんだったけどさ」


「監督、怒られますよ」


「いいよもう。終わったしー」




 ところが今度は「テロップ」がなければ 現 実 (ノンフィクション)として考えてしまう者、「テロップ」がなければ場面を理解できない者が登場してしまった。


 もはや何をどこまでどうすればいいのかと、映像演劇界の者たちも王国の識者たちも各所に手紙を送る団体も、全員が頭を抱えている。




 ◇




「グライウッド君、次どんなのやるとか言える? 聞いても大丈夫? 俺、口固くないけど」


「次は召喚職業物で、その次も召喚勇者物、並行して悪役令嬢の貴族ですね」


「同じ時期に似たようなのばっかりで役名間違えたりしない?」


「そこはまあ、一応プロですから」


「でもこれだけ同じ役ばっかりだと、飽きるでしょ? 監督の俺が飽きてるもん」


「……正直なことを言えば、昔はよくあった普通の役もやりたいんですけどね。等身大の人間の役。仕事行って、トラブルにくじけて、帰りに一杯飲んで、よし明日も頑張ろう、みたいな」


「今時そういうのはスポンサーつきにくいからなぁ。人気も出難いしさ」


「スポンサーの人も『異世界人冒険譚』ブームが終わったときのこと、もう少し考えてくれてもいいと思うんですよ。異世界人役貰えてから驚くほど仕事量増えましたけど、演技も台詞も演出も、どれも変化ないですよ」


「ま、商売だからさ? スポンサーさんにとっては芸術も創作もない、お金出して消耗品(せんでん)を作るために道具(おれたち)を動かしてるにすぎないから? 手堅い人気がある内は流行に乗ってくのが短期的には賢いよ。現場の人の未来のことなんて考えないさ」


「はぁ……。異世界人役がなくなって仕事貰えなくなったら本当に冒険者になっちゃいますよ、俺」


「『代わりはいくらでもいるんだ、嫌なら今すぐにやめてもいいんだぞ!』」


「それ、監督がゴーウッド商会さんところの交渉人に言われた言葉じゃないですか」


「こういうときはもう、ひたすら頭下げて仕事貰いに行くしかなくなるからね。自分が間違ってましたお仕事くださいって、何でもやりますって」


「監督、酔ってますね?」


「ディネイグ監督もアンゲル君も仕事断りまくって『この国じゃ新しいことが出来ない』つって別の国に行っちゃったけど、俺には無理だね」


「え!? アンゲル監督もういないんですか?」


「…………ごめん、酔っぱらってるから今のは聞かなかったことにして」




 ◇




 早々に打ち上げから抜け出したグライウッドは既に帰宅し、家のソファーで休んでいた。

 疲労もあって酔いの醒めが悪いと感じている。


 そこに同棲しているリリアナが水を持ってきてくれた。


 リリアナは何を思ったのか水の入ったカップをテーブルに置くと、ソファーの後ろに回って彼の頭を抱える。彼女の豊満な胸は枕にならず、上からの重圧感を伴っていた。


 彼は彼女の行動に少しばかり驚いたものの、宥めるように問い掛けた。


「どうしたの?」


「こうして欲しいのかなって」


 同じ村で育ち、一緒にこの街へやって来て一年も一緒に住んでいる彼女であるが、彼にはまだリリアナの行動が読めないことが多々あった。


 彼が黙っていると、頭を抱いていたリリアナは身体を曲げて頭頂部に顎をぐりぐりと押し付けはじめる。

 無言ながらも穏やかな時間だ。


 リリアナのかまえ(・・・)という態度にこらえ切れず動いた彼はようやく口を開いた。


「異世界ってどんなところなのかなって」


 彼が時折考えていることだ。


 多くの異世界人役を演じている彼であっても本当の異世界を知ることは能わない。

 残されている歴史的文献でも、異世界人の偉業は見つけられるが元の世界を語った記述は一切ないからだ。

 秘匿されているのか語るのが憚られるような世界なのか、何もわからないままである。


 リリアナは突然投げかけられた疑問に幾度か瞬きをして、隣に移動するとそのまま彼の膝に頭を乗せて寝転んだ。


「わかんないけど、こうやって隠れて暮らさなくてもすむような世界だと嬉しいね」


 ニール・グライウッドは映像演劇界で異世界人冒険譚モノの流行により、新人役者としてようやく脚光を浴び始めた立場である。

 そしてコジカ役として出演していたリリアナも同じ映像演劇役者としてデビューしたばかり。

 そんな二人が同じ村出身の恋人同士で既に同棲しているとなれば、人気にかげりが出るのは明らかだ。

 映像演劇の仕事でオファーを受け続けていくためにも二人の関係を公表することはまだできない。


 二人が一緒に暮らし始めるとき、彼がリリアナに言ったことだ。


 リリアナはこの状態を若干窮屈に感じているが、それでも別々に暮らすことはしない。


「偉業をなした聖人みたいのがたくさんいるんだから、平和で豊かな自由のある世界なんだろうな」


「うん、きっとそうだよね」


 何の根拠もない彼の言葉に彼女は満面の笑みを浮かべる。

 別の世界に夢を持てるだけで充分だった。




 しばらくしてからリリアナが彼に問いかけた。


「行ってみたい?」


『今も自分も捨ててまで別の環境に行きたいか』と訊かれれば、答えは考えるまでもなかった。


「……いや、あんまり」


 彼の苦笑交じりの答えに彼女は破顔し、ぶら下がるように抱き付く。


「うん、私も」




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