13.ドラゴン退治③
ドラゴンの炎がしつこく俺を追い回す。
立ち止まろうとする瞬間や速度を落とす隙はおろか、距離を取ろうとするだけでも強烈な炎が襲ってきた。
タイミングを計って火炎を吐くなんて芸当までできるなんて事前情報で聞いてない。
【ネストドラゴン …… 山岳や渓谷に棲息する亜竜種。産卵期には巣作りのため人の生活圏へ降りてくることもある。竜種としての知能は低い】
あれで知能が低いなら他のドラゴンはもっとこちらの行動を読んでくるってことか。
できれば遭遇したくないものだ。
しかしこれではいつまで経っても攻撃へと転じることはでき──ないこともないと閃いた。
と、その前に。確認はしておかなければならない。
「コジカさん、体力は戻りましたか?」
「もう、へいき、おりれる」
コジカは抱えられたまま俺の胸に拳をトンと当てる。顔を見るにまだ熱っぽそうだが先ほどまでより元気そうだ。
これなら大丈夫だろう。
「お聞きしたいことがあります」
「なに?」
「さっきの眉間を狙った突きはあとどれくらいで頭部を破壊できましたか?」
「……はんとき、くらい」
時間がかかりすぎだ。おい、顔を背けるんじゃあない。
「では、あの技で首を切断することはできませんか? スパッと」
「それは、むり。あたまより、からだのほうが、うろこが、かたい」
はい、閃き終わり。
いや、いくら鱗が硬いといってもバリスタの槍は突き刺さっているし、尾には銛だって食い込んでいる。
やろうと思えば割ることは可能ということだ。
素手では駄目ということか? じゃあ刺指連崩でずぶっと……駄目だ。指先で抉ってもあれだけ巨大な生き物だ、効果は薄い。
そうなるとバリスタの槍を何本も運んで串刺し……は時間がかかってしまう。
足技で抉ることもできるだろうが、あんなにぶっとい首では一撃の範囲が狭い。
それにああもうねうねと動かれては当て続けることは難しいな。
もっとこう、一撃でスパッといけるような、そんな都合の良い、伝説の剣みたいな武器があれば手数で押し切れると思うのだが。
「あ」
ふと思い出したことに足を止めかけてしまう。速攻で隙の無いドラゴンが炎を吹きかける。
危ない、丸焦げになるところであった。
あったじゃないか、都合の良い武器。
「コジカさん、ほんの少しだけここをお願いします」
「えっ? わかった」
どうわかってくれたのかは知らないが、こういう場合は話がはやくて助かる。
俺の腕から飛び出したコジカはそのままドラゴンの正面に向かって走り出す。
ドラゴンは二手に分かれた目標のどちらを狙うかで迷ってくれた。
その隙を狙って俺はここから逃げるために疾走する。
武具が積み込まれた荷車の元へ来ると、アイネが負傷した者たちの救護をしていた。
凄そうな杖の力で彼女の周囲だけは炎どころか火の粉すら降り注いだ様子すらない。
なんだかんだずっと前線にいるのな、このお嬢様。
「なんで戻ってきたの?」
「俺の武器を取りに来ました」
「えっ。ずっと手ぶらじゃないの」
外で疑問を持つアイネを無視して荷台に積まれた武具の山の中を漁る。
「俺の荷物、俺の荷物……あった」
革袋の中から目的の物をそっと取り出す。
「……アカツキ、それは、ふざけているの?」
「いいえ。この中で一番優れた切れ味を持っている武器はこれですよ、きっと」
俺の取り出した武器に、アイネが何とも言えない表情を浮かべている。
面白い顔を眺めている時間はない。
コジカはなんとか状況を保っていた。さっきまでの俺のように炎に追われ走り続けている。
だが他で攻撃をしかけていた連中は結構な数が減っていた。
転がっている者もいれば足をひきずって戦線離脱を試みている者もいる。
「コジカさん! 跳ねてください!」
俺の叫びにこくりと頷くコジカ。
それまで走っていただけの目標が急に大きな跳躍をすれば、奴の視線はそちらに固定される。
おかげで簡単にドラゴンの体へ登ることができた。
刺指連崩で鱗の硬さを把握する。直撃したのに鱗が数枚剥がれ落ちただけだ。
この技ではいつまでたっても中身の肉までは響かない。
そこで持ってきた武器の出番である。
【陳腐包丁 …… 包丁使用者が作る料理は、本来の味に関わらずすべて不味いと認識されてしまう。軽度の呪いがかかった貴重な包丁】
レイアさんから取り上げたままでいた迷惑な包丁だ。
鞘を投げ捨て刀身を剥き出しにすると、数日ぶりに触れる外気すらも切っているような鋭さを見せる。
試しに鱗に刺し入れてみれば紙切れを裂くようにするっと。力を込めて突き刺せば柄の部分まで埋まってしまう。
切れ味抜群すぎであるがこれならいける。
渾身の力を込めて腕を突き刺す。ドラゴンの首から鱗と肉が舞い散る。
『オオオオオォォォ!!』
付着した俺というノミを振り払おうと激しくドラゴンの首が暴れ狂う。
だがしかし、もう手遅れだ。こいつは俺が取り付く前に警戒すべきだった。
「天統流肆式、血刀恣意」
包丁を手にした片腕を一本の「刀」に見立ててひたすら力任せに振り下ろす。
もはや体内まで斬撃で侵されたドラゴンに為す術はない。
内側から弧を描くように何度も「刀」を揮う。
切っ先は水を滑るように肉を切り裂き、骨を裂いていく。
『オオッオオオッオオォォォォ……』
ある瞬間を境に、ドラゴンの雄叫びは聞こえなくなった。
がくんという衝撃が身を襲う。
ドラゴンの首を切り落とすことに成功した瞬間であった。
◇
ドラゴンが居座っていた跡には潰された元ギルド施設と大きな卵。
運ばれたドラゴンの死骸はゴーウッド商会の物となり、解体されて素材にされるそうだ。
ゴーウッド商会の総取りではあるが、被害を受けた街への復興支援金にも回されるようなのでがめついとは言えない。
今は動ける者たちが瓦礫の山を片付けることに精を出す時間だ。
ギルドから派遣されていた面子は主にこうした仕事になっていた。
俺とアーシアさんはそこに混じって探し物をしている。
まるで見つかる気がしない。
二、三日待てば誰かが見つけてくれるのだろうけれど、アーシアさんが一生懸命探し始めたこともあって、資料を頼んだ俺だけ休んでいる気にもなれなかった。
「まだここにいたの?」
商会側の仕事を終えたアイネがやってきた。その後ろには新しい外套で身体を隠すコジカの姿もある。
「ええ、このために来たようなものですから」
「そっ。今回は想定以上に被害が少なくすんだわ。アカツキのおかげよ、ありがとう」
「どういたしまして」
街の一角がひどい有り様であるし死亡者もゼロというわけではない。
それでも一般的な討伐時の四分の一以下のコストで終わらせてしまったらしい。
本来はもっと時間がかかり、被害もこんなものでは済まないようだ。
「それで。探し物は見つらないの?」
「はい、なんせこの有り様ですからね……」
ひたすら掘り返すことができれば早く終わっただろう。
しかし瓦礫の撤去と分別をしながら、半壊した建物や足場の崩落も注意しなければならない。
一箇所でこんなに面倒なのだ、もっと被害が出ていたら復興がどれだけ大変だったろうか。
「それは、どんなかたち?」
不意にコジカが訊ねてくる。
「ギルドで書類を運ぶ際に使用されている、四角張った焦げ茶色の革袋です」
俺は実物を見ていないから答えようがない。なので、必然的に作業中のアーシアさんが答える。
「わかった」
そう言って一歩前に出たコジカは何をするでもなく。
じっと瓦礫の山を凝視している。
「おおきさは、このくらい?」
「はい、そうですコジカ様」
「あった」
アーシアさんに確認をとったコジカは一点を指さしている。
「え?」
「あそこにある」
半信半疑ながらもその場所を崩していく。
下からは煉瓦や木のテーブルが折り重なった場所が見えてきた。
そして──、
「あ、ありました! これです、これが帰還に関する資料です!」
驚く俺の横でコジカがむふーと息を漏らして自慢げな顔している。
やだ、今絶対お礼とか言いたくないわ。
なぜかアーシアさんが涙を流してコジカに抱き付く。
というか必死に探していた資料を放り投げてまで飛びこむな。
「コジカ様、ありがとうございます! 模写版とはいえ、第三級機密の資料を紛失しないですみました! ありがとうございます!」
……なるほど、機密資料じゃあ無くしちゃあまずいよな。一生懸命だったことに納得がいった。
※国とギルドが扱う情報、資料の管理は安全です。漏洩も流出もありません。物語上の演出です
※異世界に関する情報のギルド施設外への持ち出しは禁止されております。物語上の演出です
「べつに、いい。はなれて、おねがい」
困っているようだがアーシアさんが離れる様子はない。
がっしり抱き付いている笑顔が下卑たものにも見えてくる。あれか、やはりガチな人か。
「コジカもアカツキには助けられたからね。少しでも恩を返したかったんでしょ」
「そうでしたか」
ドラゴンとの戦闘中のことだろうか。
抱えて走っただけだから大したことはしていないのだがな。
「今のはダンピールの能力ですか?」
「ちょっとの距離なら透視できるのよ。護衛の役に立つのよね」
「確かにそうでしょうね……」
武器を隠し持っていても、部屋に仕掛けをしていてもバレるということだ。
アイネが普段どういった連中と商談をおこなっているのか気になりかけてしまう。
※ゴーウッド商会は極めてクリーンな団体です。あくまで冗句であり批判や揶揄ではありません
※ゴーウッド商会は「次に就きたいホワイトな再就職先ベスト30」に選ばれております
「そんなことより中身は大丈夫だったの?」
しまった、おかしな光景に気を取られていたがそれが重要なことであった。
目の前ではアーシアさんがコジカに絡みついたままだが放っておこう。
「えっと……無事ですね」
「で。なんて書いてあるの?」
「ちょっと待ってください」
前置きと序文が長い。しかもレポート形式でまとめられている。
結論を真っ先に置かないタイプはこういった急ぎのときに不便だ。
おっと、書いてあった、帰還についての結論。
「え…………」
「アカツキ? どうしたの、急に顔色悪くなったわよ」
「……か、かえれないと」
「え?」
「お、お、お、おおおれが帰る方法はない、と。資料に、はっきりと」
足元から力が抜けて膝から崩れ落ちる。
目の前が真っ暗になり、俺の意識は遠のいていった。
ドラゴン退治から今の今まで休憩がなかったのだ、気絶するのも仕方がない。