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金色の螺旋  作者: 亜薇
第八章 霞む四星
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五.淡い異香(いきょう)【1】

 村を出て暫く走って行くと、平坦な草原が広がっていた。真白い穂先をなびかせるすすきが続いているばかりで、視界を遮るものは一切無い。昼間だというのに太陽は厚い雲で隠され、空一面を染め上げているのは、よどみ、くすんだにび色であった。

 茂る尾花の先に、魁斗が初めて目にする男が立っていた。長閑のどかな背景にいたく不似合いな彼は、血の如く赤い右目以外を覆い、頑強な肉体にぴたりとした黒い衣服を纏っている。

 其の身から発する気は、人の身に宿すには余りにも大きい。男がたたずみ、息をしているだけでも大気を激しく震わせ、慟哭させる程の圧倒的な力は、魁斗に対し己が存在を知らしめているかのように見えた。

 正面から向かい合うと、男は長身の魁斗よりも背が高く体格が良い。束の間、目と目を見交みかわして、先に言葉を発したのは魁斗の方だった。

「俺を待ち構えていたみたいだが……何の用だ? 茗の青竜」

 眼前の男が青竜上将軍であることは、話に聞いていた風貌や神人にしては異質な神気から、問わずとも明らか。しかし巨大な敵と相対しても、魁斗の表情には一片の恐れも無い。

「……貴君が昊天君か。成程、見事な隠神術だ。朱雀からの情報を得ていなければ、分からなかっただろう」

 朱雀の名を聞き多少の反応は示したが、魁斗は平静を保ったまま言葉を続ける。

「おまえの主は俺を配下にしたがっているようだが、其の話ならきっぱりと断ったぞ」

 青竜は、何も答えない。魁斗は腰の刀に手を掛け半歩下がると、好戦的な目付きで笑み掛ける。

り合うのなら、受けて立つ。俺には時間が無いんでね」

 戦いを挑まれるのなら、逃げる理由は無い。絶大なる強敵であり、簡単に勝てる相手ではないことは分かっていたが、魁斗には渡り合える自信が有る。今後も麗蘭たちに害を為そうとするのなら、此処で倒しておくべきだとも思っている。

 少しの間双方共に動かず、睨み合う。魁斗は警戒しながら相手の意図を窺っていたが、顔を隠していることもあり、全くと言って良い程掴むことが出来なかった。

「手合せ願おう、昊天君。貴君は此の先間違い無く、陛下の計画の障りと為る」

 低い声を響かせると同時に、青竜は背負っていた大剣を抜き払う。漸く戦意を見せた敵に、魁斗は大きく頷いて応えた。

「……言っておくが、私は貴君が半神であろうと、魔界の公子であろうと、懼れぬ。茗のため、陛下の御為とあらば容赦無く斬る」

 人界一と謳われる実力と、大国茗の禁軍を束ねる将としての雷名が、青竜の言葉に重みを与えている。普通の剣士ならばすくんでもおかしくない程の威容を見せられても、魁斗は泰然としていた。

「望むところ。俺とて聖安に付いている以上、障壁に為る奴は倒さねばならない」

 正眼に構えた青竜と、鞘から抜剣してやや斜め右上に構える魁斗。剣を突き合わせた瞬間から、より一層張り詰めた空気が流れ始める。

――紅燐、姿を現さないな。

 敵は青竜、他のことを考えている余裕など無いのだが、如何しても彼女のことが魁斗の脳裏をよぎってゆく。

――だが此れで……踏ん切りが付いた。

 紅燐のことを頭から追いやるようにして地を蹴り、青竜のもとへと飛び込んで行く。袈裟けさ掛けに剣を下ろすと、下方から振り上げてきた青竜の剣と打ち合い、鍔迫つばぜりと為る。

 上手くさばいて間合いを取り、魁斗は俊敏な動きで再び踏み込む。神力を刀に載せているため、青竜の大剣と切り結んでも破損の心配は無い。凄まじい速さで剣撃を操り出し、敵の刃を受け流しては、また斬撃を落とす。

――何かが……変な気がする。

 互いに力を探り合っている早い段階で、魁斗は妙な点に気付いていた。刀を合わせるうちに、其の違和感は大きく為ってゆく。

――此れが青竜の剣か?

 名高い上将軍の剣は確かに重く、速い。だが、予想していたものと何処かが違う。

 更に其の感覚は、剣を重ねるごとに強く為ってゆく。攻撃を打ち込み、弾き返される度に、益々不自然さが際立ってくるのだ。

――気の流れが調和していない。青竜くらいの男が、力の使い方がなっていないなんて、有り得るのか?

 身に纏う力だけで見れば、確かに『金竜』を封じているという青竜の特徴に合致している。だが魁斗は、今相対している青竜が自分の力を操り切れていないと見ていた。戦いを始める前には分からなかったが、剣を交えてから顕著に為ったようだ。

――俺を殺すと言っている割には、決定的な一撃を出し渋っている。其れに、こいつからは闘気が殆ど感じられない。戦う意思が有るのか疑問な程に。

 蘢たちから聞いていた青竜は、命を奪うことを躊躇わぬ男だ。殺そうとしているにしては打ち込みが弱過ぎる。

 一度遠間とおまに離れると、青竜は三尺もの大剣を右手で振り上げ、後ろへ回して右下方から左上方へと切り上げる。神力の疾風が生まれ刃を成し、離れた位置に居る魁斗へと投げ込まれてゆく。

 鋭利な風刃は音を生じさせながら周囲の草を切り刻み、大地を抉り取って土埃を舞わせつつ、瞬く間に魁斗を襲う。魁斗は其の場から動かず、青竜の攻撃を刀で次々と受け止めていった。

 刀を振るいながら、魁斗はあることを確信する。青竜が大きな神力を放出した時、決定的な事実を見抜いたのだ。

「おまえ、青竜じゃないな」

 彼がそう言い放った瞬間、青竜は突然手を止めた。大剣の剣先は下ろさぬまま、右眼を細くして魁斗を凝視する。

「……馬鹿げたことを。戯言ざれごとろうしていると、命を捨てることに為るぞ」

 青竜に焦りの類は見られず、至って冷静である。だが魁斗には、此の男が『青竜ではない』と考えるに足る充分な理由が有った。

「隠している積もりなんだろうが、時々しゃくに障る気が漏れ出ている……黒神の手の者か?」

 魁斗が心の底から嫌う、黒い神と同質の神気。『青竜の振りをしている』男が有しているのは、紛うこと無き黒の力。

「力の性質を変化させ、俺の目を欺こうとしたんだろう。随分と器用だな」

 目の前の男が本物ではないと、既に信じて疑わない魁斗だが、偽者が己の神気の質をほぼ完全に変化させていたことについては素直に感心していた。加えて、青竜の真似を出来る程強い力の持主であることにも。

「目的は何だ。俺を麗蘭たちから引き離し、足止めすることか?」

 男は魁斗の詰問に応えること無く、何かを考えているようだった。此れ以上魁斗を騙し続けることは出来ないと、諦めたのだろうか。

「……流石です、昊天君。偉大なる恩師を演じるのに……やはり私などでは力不足でした。幾ら『彼の君』にお力を借りたといえど……」

 男が突としてそう言ったかと思えば、彼の背後から漆黒の濃霧が現れ、其の身体を取り囲み始める。魁斗が驚き呆然としていると、男は霧の中で見る見るうちに姿を変えてゆく。やがて黒煙の中から現れ出たのは、魁斗が良く見知った人物であった。

「まさか……」

 意外過ぎる現実を突き付けられ、魁斗の顔色は一変する。手強い敵を前にしても揺らがなかった彼の心が、あっという間に掻き乱されたのだ。

「紅……燐?」

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