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金色の螺旋  作者: 亜薇
第七章 光焔の剣
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四.敵地潜入【3】

 麗蘭たちから離れ、樹林の中を独り歩いて行く魁斗。二人の位置を見失わぬよう注意しつつも、彼らから姿を隠すようにして奥へ奥へと進む。

 狭い木立の間を通り抜け、進行を妨げる樹々を避けて足早に歩を進める。常人よりも夜目がくらしく、薄白い月明げつめいを頼りにしている割にはしっかりとした足取りを保っている。

 見回り、などと誤魔化した魁斗だったが、彼は向かうべき所に真っ直ぐ向かっている。魁斗にしか聴こえないある『鳴声』に誘われ、逸る気持ちを抑え切れずに急いでいた。

「やはり、俺を呼んだのはおまえか……あさぎ」

 呼び掛けて、立ち止まる。一際大きな樹の枝で羽を下ろし、冴えた銀の月光に照らし出されている一羽のはとを見上げる。

「久し振りだな、『朱雀すざく』が側に居るのか?」

 あさぎは只の鳥ではない。朱雀の神力に依って使役されているため、人語を解すことも出来る。血の如きくれないの瞳で魁斗をじっと見詰めると、人間の女の声……朱雀と同じ声で、突然話し出した。

昊天こうてんの君、お出でいただき恐れ入ります』

「……此の間の件なら、受ける気は無いぞ」

 警戒心をにじませた声で、きっぱりと言い切る魁斗。微笑してはいるが其の瞳は冷たい。朱雀が自分たちの動向を掴んでいることを確信し、身構えているのだ。

『……察しの良い貴方さまのこと。お気付きでしょうが、貴方さまと聖安の公主、蒼稀上校の動きは私が把握しております』

 其の高い諜報能力を評価され、珠帝直属の諜者ちょうじゃとして仕える朱雀にとっては、自国に侵入した敵を見付け追跡するなど造作も無い。麗蘭や蘢、魁斗ですら、彼女の気配には気付けなかった。

『公主麗蘭さまをお連れすることは、我ら四神に下された最重要の任務。私が青竜上将軍にお知らせすれば、貴方がたの許へ直ぐに向かわれるでしょう』

 脅迫めいた彼女の言葉に、魁斗はやや眉をしかめる。青竜とはいずれ戦わねばならぬであろうが、出来れば避けたいと言うのが本音である。

「……おまえの望みは何だ?」

 あさぎの目の奥に居る朱雀に向けて、真っ直ぐな問いを投げ掛ける。

「言ったはずだ。俺は、おまえを敵と思ったことは一度も無い。あの時でさえ……だ。今後もそうしたいが、此のままいけば叶わなくなる」

 魁斗は何の策略も持たずに、素直に心情をあらわにする。下手な小細工をするつもりは毛頭無く、其の必要も無いと思っていた。しかし、彼の真摯しんしな態度が如何程の効果をもたらしたか測るのは至難のわざである。今此の状況で確かめられるのは、朱雀の『声』だけなのだから。

『……二人きりで直接、お話ししとうございます。暫し公主から離れ、私のもとへお出で願えますか?』

 怪訝そうな視線を投げかけた魁斗は、黙考もくこうする。其の間は朱雀も一言も発さず、彼の返答を静かに待ち続けていた。

「……話というのは、何だ?」

 考えた末、やっと出たのは表も裏も無い問い掛けだった。

「只……お会いしとうございます。貴方を裏切った身で何を申すかとお思いでしょうが」

 只、会いたい。彼女の答えは、魁斗が最も恐れていた言葉其のもの。彼女は分かり切っているのだ。そう言えば、彼が彼女の許へ向かわざるを得なくなるということを。

「やはり……おまえには敵わないな」

 深々とした溜め息を漏らす魁斗の口元には、諦めの笑みが浮かんでいる。

「分かった、応じよう。此れは取引きだ」

 強く力を籠めて、朱雀だけでなく自分の胸にも言い聞かせる。朱雀の招きに応じる代わりに、自分たちの居場所を青竜に知らせるなという取引きなのだと。

「約束を違えたら、幾らおまえでも容赦はしない……おまえを『敵』と見なすということだ」

『……かしこまりました』

 あさぎは抑揚のない朱雀の声で言うと、数度羽ばたいた。

『此の林を抜け東に進んだ先に、香鹿こうかという村がございます。必ず、お独りでお越しください』

「香鹿村だな、分かった」

 魁斗が頷くと、あさぎは再び羽を広げる。木の上に掛かったまどかなる月に向けて、枝と枝との間を一直線に飛び去って行くのだった。

「……勝手に了承しちまったけど、麗蘭と蘢に如何説明すれば良いんだ……?」

 闇の中に溶けてゆくあさぎを見送りつつ、独り言ちる。

「俺は、もうちょっと自覚するべきだな。今は仲間が居るってことを」

 困ったように笑むと、元来た道を急ぎ戻る。星夜を越えた先で待つ、麗蘭たちの許へ。



 優しい陽光に包まれて、麗蘭は目を覚ます。頬を打ち過ぎゆく朝風は冷たく、半ば強引に覚醒を促してくれる。

 ゆるゆると身を起こすと、先に目覚めていた蘢が立ち上がり支度を整えている。視界に魁斗が入らなかったため見回してみるが、何処にも居ない。彼の荷物や刀も一緒に無くなっているようだ。

「蘢、お早う」

「お早う」

 麗蘭は指で目を擦りながら立ち上がり、蘢の前へと進む。

「魁斗は何処かへ行ったのか?」

「……其れなんだけど」

 昨晩麗蘭が眠った後のことについて、蘢は手短に話して聞かせた。魁斗が独りで何処かに行き、暫くして帰って来ると、寝ずに待っていた蘢に香鹿に赴くと告げたという。

 其の後、蘢と見張りを交代しながら僅かな時間だけ睡眠を取ると、麗蘭が目覚める少し前先に出発したとのことだった。

「昨夜、四神の一人である朱雀と会い、取引きをしたそうだ。僕らの居場所を隠しておく代わりに、魁斗が独りで彼女に会いに行くというものだと……魁斗本人が言っていた」

「朱雀……? 何故、魁斗が四神と?」

 話が見えないという顔をする麗蘭。説明している蘢も、彼らしくもなく幾分か困惑しており、言葉を選びながら話している。

「……白林で僕らと合流する前も、茗側に付くことを朱雀から持ち掛けられたらしい。もちろん拒否したとのことだけど」

 そう聞いて、ある一つの疑懼ぎくが麗蘭の頭をもたげる。口に出すことすら恐ろしい不安だ。

「まさかとは思うが、此のまま誘いを受け入れる等ということは……」

「其のことは、僕は余り心配していない」

 麗蘭が言い終わらぬうちに、蘢が首を横に振った。

「少なくとも、『其の積もりで』朱雀の許へ行ったのではないと思う。茗に誘われていることを態態僕に話してから行ったのを考えると、どうも違う気がする」

 蘢の口振りには、確たる自信の程が窺われる。

「何より、恵帝陛下や瑛睡公が、魁斗が君に同行することを強く望んだ。其れで十分、信じるに足る」

 主君、そして上官への信頼と忠誠。尊いものに満ち溢れた蘢の力強い言葉には、何処か説得力が有った。

「……そうだな。其れに、魁斗は黒神を憎んでいる。奴が茗側に居る可能性が有る限り、あちらに付くとは考えにくい」

 納得し、安堵した麗蘭に笑みかけると、蘢は腰帯に剣を差す。

「僕等は珪楽けいらくに向かおう。魁斗にもそう伝えたら、追い掛けると言っていた」

「珪楽……天陽が在る処か」

 懐から折り畳んだ紙切れを取り出し広げ、麗蘭に見せる蘢。

「茗の地図だ。今、此の辺りだから……都に向かって西へ行く途中に珪楽が位置している」

 地図上で見ると、珪楽までは割と近い。帝都洛永らくえいまでも意外と離れていないことが分かる。

「敵地とはいえ、光龍を祀る聖域なら安心出来る。君が光龍だと知れば、巫女やげきも喜んで迎えてくれるよ」

 神に仕える巫覡ふげきたちは、国の主ではなく各々がまつる神々に仕える。神巫女を祭祀さいしする珪楽の巫覡たちも同様で、たとえ麗蘭が聖安人だと知られようと、屹度歓迎してくれることだろう。

「其れはそうと……蘢。おまえ、余り寝ていないのではないか? 夜見張りをしてくれていたのだろう?」

 そうとも知らず、一人だけ早々に寝てしまった自分が恥ずかしい。此処は敵国で、何時奇襲を掛けられても、寝込みを襲われても仕方がない。そうした危険は、気付かぬうちに朱雀に居場所を知られていたことからも痛感させられた。

「いや、ほとんど寝ていないのは魁斗の方で、僕は十分睡眠を取っているんだ。『俺は寝なくても何とかなる』とか言ってね」

 笑って言う蘢だが、彼は昨日一日ではなはだしい疲労を溜め込んでいるはずだ。たった数刻の眠りではとても足りぬに違いない。

「……魁斗の口振りでは大丈夫だと思うけど、朱雀が僕らの居場所を漏らして敵が襲って来ないとも限らない。とにかく、急いで珪楽まで行こう。聖地なら安全だ」

 普通、聖地と呼ばれる土地は、其処で信仰される神の気で満ちている。珪楽ならば白い聖なる力で守られ、其れとぶつかる妖気や黒の神気を持つ者を寄せ付けない。加えて、巫覡たちが『光龍』を茗人から隠してくれるだろう。たとえ茗の王であろうと将軍であろうと、聖なる地は不可侵であるものだ。

「……分かった。珪楽に着いたら、私が剣を手に入れる間少しでも休んでいてくれ。おまえは余りに我慢強い……不安なのだ」

 心配げに自分を見詰める麗蘭に、蘢はしっかりと頷く。

「気を付けるよ。無茶をして肝心な時に戦えないようでは、格好悪いからね」

 蘢に地図を返すと、麗蘭も身支度を始める。刀を差し弓矢を背負い、衣服に付いた木葉や砂を払って襟を正す。

「待たせて済まない。では、行こう」

――私が真の光龍と為るために、力を求めて……魂の聖域へ。

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