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金色の螺旋  作者: 亜薇
第五章 天海の鵬翼
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十一.血の惨禍【2】(★)

      挿絵(By みてみん)


 人目を引く明るい金糸の髪は、風が通り抜ける度微かに揺れ、神々しくも温かな光彩を放つ。清澄な海青の瞳に加え、形良い鼻や口など全ての部分が理想的に配置され、(せい)(かん)かつ高雅なる奇跡の美貌を造り出している。

 体躯はというと、細身でも華奢でもなく、かと言って筋骨隆々でもない。肩幅の有る長身に均整の取れた身体は、鍛えられ()まっているのが良く分かる。

 容貌の美醜に無頓着な麗蘭でも、此の青年のことは「美しい」と感じた。光輝く――大袈裟な表現ではなく、将にそう形容するのが相応ふさわしい。

 圧倒的な、(こう)(ぼう)。或いは、(てん)(かい)から舞い降りた金の(たい)(ほう)。恐るべき(さん)()の中彼が放つ、天より注がれた光の如き彩りだけが輝きを纏っている。

 何時しか麗蘭が助けた兵の姿も無く為っており、彼女と青年が二人で見詰め合う状態と為っている。其のまま暫し経つと麗蘭は我に返り、彼が帯びている気を探る。敵なのか、其れとも味方なのか、見極めねば剣は下ろせない。

 ところが幾ら感じ取ろうとしても、青年からは強さも力の質も何ら読めない。彼の手にしている一振りの刀に目を落としてみると、妖のものと思しき妖気を孕む、赤黒い血で濡れている。

 青年は麗蘭の視線に気付いたのか、刀を持つ右手を小さく振ってみせながら口を開く。

「此れが気に為るか? 分かると思うが、妖の血だ。結構斬ったはずだから、もう然程残っていないだろうよ」

 麗蘭は其の言葉で漸く、妖の数が短時間でかなり減っていることに気付く。警戒心を解かぬまま、剣を持つ手をゆっくりと下げた。

「そなたは……何者だ? 気が全く読めない。巧みに隠しているのだろう?」

 怪訝な顔で尋ねられ、青年は不思議そうな目をしたが、やがて口端を少し上げて微笑する。

「そうか、綺麗に隠し過ぎるのもいけないんだな。加減が良く分からん」

 今度は強めに刀を振るって血を払う。麗蘭と同じく刀身に神気を纏わせているらしく、一度振っただけで完全に弾け飛び、(はく)(じん)は元の輝きを取り戻す。

 刀慣れした手付きで納刀すると麗蘭の方へ歩き出し、彼女の横を通り過ぎた所で立ち止まる。首だけ捻って見返ると、やはり楽しげな笑みを浮かべている。

「俺は、(しん)(かい)()。一先ず此処から離れよう。瘴気だらけで息が詰まりそうだからな」

「しかし」

 未だ妖たちが、と言い掛けて、止める。魁斗が指差した東の方向を見やると、数十人規模の神人軍たちが到着していたのだ。遠くで姿は見えないが、蘢らしき人物の神気も混ざっている。

「此処まで減れば、後は神巫女殿でなくても奴らが何とかするだろうさ。動きは遅いが、白林の神人兵だ」

 さりげ無く彼の口に乗せられた『神巫女』という言葉に、麗蘭は反応せざるを得ない。戦い始めてから隠神術を用いていなかったため、神気が筒抜けに為っていたとはいえ、神気だけではっきり気付く者はそう居ないであろう。

「おまえの身にも毒だろう、神巫女殿。いや、皇女殿下と呼んだ方が良いか?」

 目を見開いて驚く麗蘭の反応に、魁斗は面白がる様子も悪びれる気配も見せない。相手が皇族だと分かっている割には、物言いに気を付けているようにも見えない。

――本当に、一体何者なのだ?

 彫の深い完璧な顔貌(かおかたち)は、聖安人のものとも茗人のものとも造りを異にする。出で立ちは華やかでもなければ逆に質素でもなく、至って普通の袴姿。身形から身分を推測することは出来そうにない。

 公主であることも知られているとなれば尚更、正体を突き止めねばならない。だが其のこと以上に、麗蘭は彼自身のことをもっと知りたいと思い始めている。

 理由は二つ。気は感じ取れなくても、全く隙の無い所作や剣の扱い方から相当の腕前であることが明白で、剣士として心惹かれる人物だということ。そしてもう一つは、魁斗という人物に興味を覚えたことに在った。

 ほんの少し言葉を交わした程度で、彼の人となりが分かったという訳ではない。麗蘭自身にもはっきりと説明出来ないが、彼には何処か、気に為る部分が有る。強いて言うならば、自分を飾り立てようとしない態度や物言いに、だろうか。

「私は清麗蘭だ」

 自ら名乗った彼女に、魁斗は少しだけ意外そうな顔をする。

「敵か味方か分からん奴に、簡単に名を教えて良いのか?」

「そなたなら、何となく良い気がしただけだ」

 慎重な性格を自覚している麗蘭自身、そんな自分の発言に驚いている。魁斗は少なくとも敵ではない。直感だが、何故か確信に近いものが有る。

 そうこうしているうちに、遅れて到着した軍が残りの妖を討伐するために散って行く。此方の方向に向かって来る者も数人居り、其の中には蘢の姿も有った。

「蘢!」

 麗蘭の姿を見出した蘢が駆け寄って来る。其の様子は怪我を負っているとは思えぬ程、普段通りのものだった。

「遅く為って済まない。城を出る時あの雷鳴を聴いて宿に行ったら、優花が君は此処に向かったと言っていたから」

 彼女の無事を確認すると、視線を隣の魁斗へ移す。蘢の顔から察するに、やはり魁斗のことは知らぬようだ。

「上校の階級章……もしかして、おまえが公主の供をしているっていう噂の天才上校か?」

 蘢は僅かな時間、魁斗を見たまま沈思していたが、直ぐに思い当たる節を見付けたらしい。

「もしや、貴君は『昊天君こうてんくん』では?」

――昊天君?

 其れは、麗蘭が初めて聞く呼称。問われた魁斗は自分の頭を軽く掻くと、息を吐いて頷いた。

「まあ、そうも呼ばれてる。本名は伸魁斗だが」

 答えを聞き終わる前に、蘢は其の場で片膝をついて首を垂れた。

「失礼いたしました。私は蒼稀蘢、仰せの通り聖安の上校を務めております」

 恭しい蘢の振る舞いは、以前紫瑤で恵帝に拝謁した時見せたものと同じ。麗蘭は、『昊天君』という者がかなり高い身分であることを悟ることが出来た。

「立ってくれ。俺はもう自分の国とは切れている積もりだし、おまえみたいに立派な英雄に頭を下げてもらう程の男じゃあない」

「そう仰るのなら」

 謙遜しているのではなく、本当に決まり悪そうに言う魁斗を見て、蘢は立ち上がる。

「蘢、此の方は……」

 貴人だと分かったからには、とりあえず「方」と言っておく方が無難だろうと思い、麗蘭は戸惑いつつも其のような尋ね方をした。

「此の方は現魔王陛下の弟君にして、闘神の血を引く『半神』であらせられる」

 麗蘭は瞠目どうもくして、昔風友から聞いたことを思い出した。数十人もの魔界の王子の中で、神を母に持つ者がたった一人だけ居る。『神』と『魔族』の血を引いているというだけで稀有だというのに、『闘神』と『魔王』の息子など殆ど奇跡に近い。恐らく、長い歴史の中で初めて現れた存在ではないか……と、師は言っていた。

「我々の任務にご助力くださるよう、恵帝陛下が依頼されたと、瑛睡上将軍からお聞きしました」

 魁斗の手前だからか、蘢は麗蘭に対しても敬語を使っている。だがそんなことも気に為らぬ程、麗蘭は大きな衝撃を受けていた。

――半神の王子が、私たちの旅に加わるというのか……?

「其の話は後でゆっくりしよう。一先ず今は、此処を離れたい。悪いがおまえたちの宿に案内してくれるか? 俺が泊まっている所は、酷く狭いんだ」

 王子ともあろう者が、『狭い宿』に滞在しているなど考えにくい状況だと思ったが、麗蘭も首肯して賛成した。

「そうしよう。残してきた優花も心配だからな。蘢、構わないか?」

「もちろん」

 死の臭いと弱りゆく妖気から逃れるように、麗蘭は蘢、そして魁斗と共に戻って行く。新しい出会いが齎す旅の行方を、そして妖との戦いの最中ほの見えた瑠璃の存在を、確かに感じながら。

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