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金色の螺旋  作者: 亜薇
第二章 蒼き獅子
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十.夕映えに誓う

 海賊の脅威が消え去った、随加の美しい砂浜。赤く燃える夕日を見詰めながら、麗蘭が独り佇んでいる。

――あの夕陽、まるで昨日見た炎のようだ。

 討伐作戦から一日経った今は、戦いの後処理をする蘢を待っている。相変わらず手持無沙汰で、ほぼ一日中空と海を見ていた。

――結局、殆ど蘢に任せ切りで……何も出来なかったではないか。

 波打ち際に立つ麗蘭の足は、足首まで濡れている。足袋たびの中まで海水が浸透して来るが、構わずに水の冷たさを感じている。

――しかも……あの時。

 蘢が玄武に止めを刺そうとした、将にあの時。明らかに蘢は、自分の姿を見て首を断つのを躊躇った。

 茗の大将軍を討ち取り、彼の功績に新たな華を添えられる、絶好の機会であったのに。

――聖安にとっても四神の死は、さぞかし士気を高めたろうに。

 更に酷いことに、自分が『光龍』であると知られてしまった。蘢は当然、玄武の前では終始麗蘭を公主だと明かさず、名すら呼ばなかった。だが少なくとも、聖安側に神巫女が付いている事実は明らかになってしまった。

――玄武が生きていて、茗に知られていたら……如何どうすればいい?

 心の内に、心配事が続々と浮かんでくる。自らの未熟さを猛省し、大きく溜息を吐くと、良く知った神気の主が近付いて来ることに気付く……蘢である。

「夕日があんなに大きい……綺麗だね」

 麗蘭の側までやって来て、彼もなぎさに立つ。

「やらなきゃならないことは粗方終わったよ。明日には商船も出るっていうし、今度こそ出航出来そうだ」

 彼の方を見やると、朱色の光が横顔を照らしている。其の瞳は遠く、海の向こうを見ていた。

「……蘢」

「麗蘭」

 気付けば、二人ともほぼ同時に名を呼び合っていた。お互い顔を見合わせきょとんとして、先に笑い出したのは蘢の方。

「ふふ、君から先にどうぞ」

 彼らしい、親しみやすい笑顔。昨日船上で玄武に見せていたあの厳しい表情と比べれば別人のようだ。

「其の……済まなかった。今回は私の所為せいで、色々迷惑を掛けた」

 蘢の目を見て頭を下げ、真摯に謝罪する。

「私の所為で玄武を討ち損ねたし、光龍の秘密もばれてしまった。謝っても謝り切れない」

――仲間として、此処できちんと謝っておかねば。私は此の先進めそうにない。

 麗蘭の誠実さを改めて見て、蘢は彼女の言葉を否定し慰めの言葉を掛けそうになる。麗蘭の責任ではない、気にすることは無い等といった、彼女にとっては何の役にも立たぬ言葉を。

「……とりあえず、受け取っておくよ。だけど少なくとも、玄武を討てなかったのは君の所為ではない。僕の甘さゆえだ」

 あの時玄武に言われたことは、正しい。自分が冷酷に徹するところを、麗蘭に見られたくは無かった。そして大切な主君の娘御むすめごに、残酷な場面を見せたくは無かったのだ。

 彼もまた、麗蘭の方へ真っ直ぐ体を向けて頭を下げる。

「僕の方こそ、奴が君に無体な行為をするのを許してしまった。自分の甘さ故に、敵の首領を逃してしまった。心から謝るよ」

「蘢……!」

 首を横に振ろうとするが、麗蘭も気付く、蘢も此の謝罪を只受け入れて欲しいのだと。

「分かった。私も、受け入れる」

 馴れ合いではなく、互いに至らぬところを認め合い、更なる成長を誓う。二人のやり取りは、そんな儀式めいたものに近い。

 此の時麗蘭は、漸く蘢と近くなれた気がした。

「玄武が生きていれば、屹度きっと珠帝に私の存在を知られてしまうだろう」

「……其れだけじゃない、僕と君に関わりが有るってこともね」

 蘢は右の拳を握り、力を篭める。

「まさか、海賊の首領が玄武程の男だとは思わなかった。君の神気の特殊性に気付く神人だなんて……」

 もし事前に分かっていれば、当然麗蘭をあの場に連れて行かなかったし、麗蘭も納得したはずだ。読みの甘さは蘢の誤算だったかもしれないが、客観的に見れば無理も無い。大国の将軍が賊の首領になっている等、如何どうして想像出来ようか?

「旅を続けるしかない……そうだろう? 此れ以上我らのことを知られぬうちに、目的を遂げる」

 其の言葉に深く頷くと、蘢は再び遙か海の彼方を見やる。

「此処から船に乗って、順調に行けば一週間程で着く。意外と近い道程みちのりだよ」

 彼の言葉で、麗蘭の身が引き締まる。落ち行く太陽によって赤く染まった此の海の向こうには、敵国茗が在る。蘭麗姫が、珠帝が居る。

――もう二度と、失敗はしない。

 蘢は傍らにいる麗蘭の横顔を見やり、自ら心に刻みつけるが如く誓いを立てる。

――麗蘭を守り、危険に晒すようなへまはしない。そして……必ず、あの人を……!

 思い描くのは、ある一人の……少女の姿。

 彼にとって此の旅は、其の夢のような少女を追い駆けるため神に依って与えられた、千載一遇の好機でもある……しかし其れを誰かに明かすつもりは毛頭無い。任を命じた恵帝にも、共に旅する麗蘭にさえも。

「明日は早い。暗くなる前に戻ろうか」

「……ああ」 

 手拭いで濡れた足下を軽く拭い、落陽らくようと海原を背にして歩き出す。足下に広がる柔らかな砂を、一歩一歩踏み締めながら。


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