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金色の螺旋  作者: 亜薇
第二章 蒼き獅子
23/164

八.船上の対決【1】(★)

      挿絵(By みてみん)


 海賊の巣窟である島から少し離れた、公海上の沖。の時頃、太陽の燦々(さんさん)と照りつける下、三隻の海賊帆船と、三隻の軍船が戦を繰り広げていた。

 双方共に単横陣(たんおうじん)を用いて正面より衝突。聖安軍側が船首の衝角(しょうかく)をぶつけて敵船に乗り込み、白兵(はくへい)戦が始まった。

 矢が飛び交い、刀と刀が重なり合い、其処(そこ)彼処(かしこ)で悲鳴や怒声が響き合う。数で勝る水軍が攻めているように見えるが、海賊たちもまた軍船に飛び移り、負けじと奮戦している。

 殺伐とした戦陣の只中で、麗蘭は一兵に(ふん)し敵船に乗り込み、剣で賊をあしらいながら頭領を探す。

 一撃で戦闘不能にするため急所を狙いながらも、命は奪わぬよう絶妙な力加減を考えながら刀を振るう。幼い頃から剣を修練してきた彼女だからこそ出来る、妙技(みょうぎ)である。

 船上という限られた空間の中で、立ち止まれば逃げ場を無くしてしまいかねない。麗蘭は一カ所に留まらず、敵の間をすり抜けながら対峙していく。美少女が眼前に立ちはだかったかと思えば、次の瞬間には斬られて動けなく為っている――敵にしてみれば其のような感覚であっただろう。

 人間同士の戦場を経験するのは初めてであるにも拘らず、麗蘭は自分でも意外な程冷静な状態で、実力を発揮出来ていた。

「首領は何処だ?」

 自分よりも一回り大きい男を斬り倒し、辺りを回視(かいし)して其れらしき人物を探す。

 敵船は三隻有るが、麗蘭は最初から此の最も小さな船が怪しいと判断していた。自軍の船より此処を見た時から、大きな神人の気を感じていたからだ。

――屹度あれに違い無い。たとえ首領でなくとも、こんな大きな神気を持つ敵を見過ごせぬ。

 彼女は一度刀を納め、(やぐら)の上へ登って行った。背にした弓矢を構えて狙いを定めると、味方と敵を正確に判別しながら次々と射抜く。此処からの方が、船全体を見渡せるのだ。揺れる船上では狙いが付けにくいが、微妙なずれすらも計算に入れて狂い無く発射する。

――蘢は指揮を副官に命じ、密かに敵の主力船に紛れると言っていた。

 副官が有能とはいえ、早く目的を遂げて蘢を指揮に戻らせねばならない。集団での戦闘に関する知識は本で一読した程度しか無い彼女にも、其れ位は分かる。

 目に付く敵に矢を射掛けながらも、集中して神気の源を辿る。然程大きくない船なので(じき)に見付かるはずだ。

 其のまま少し経つと、麗蘭の方目掛けて一本の矢が勢い良く飛んで来た。

 顔面を狙い真っ直ぐに向かい来る矢を、横に動いて避ける。射手は誰かと放たれた方向を見下ろすと、鋭い目で此方を見詰める、一人の男が立っていた。




 一方最も大きな敵船では、蘢が剣を抜き戦っていた。剣(さば)きだけでなく、力の掛け方や動き方に一分の無駄も隙も見られない、天才の名に相応しい美技が彼の特徴である。麗蘭同様時間を掛けずに、易々と敵を片付けて行く。

――思っていたよりも持ち(こた)えるな。

 仕込んでおいた商船の計や、地方軍よりも優れた禁軍の能力、二倍程の兵力の差。蘢は、戦いが始まってしまえば短時間で終わると目算していた。

 特に今回の詭道(きどう)に関しては、敵の様子から察するに予想以上の効力が見られた。兵の数にも時間にも余裕が無いこと、随加の民のためにも自分たちの使命のためにも負けられないことで、実行した単純な小細工。只でさえ禁軍の出現に恐れを成している海賊たちにとっては、士気を削ぐのに効果絶大であったようだ。

――其れなのに、未だ落ちない。

 剣を振るいながら考える。戦意を無くしつつも纏まりに乱れが無い海賊たちは、彼を非常に驚かせている。予想通り、首領がかなり優れているのであろう。既に計略に勘付いた可能性も十分有る。

――首領を倒すのが、やはり早いか。

 麗蘭と同じく、蘢も程近い場所に大きな神気を感じてずっと気に為っている。

 自分が気付いているのだから、麗蘭も当然此の気に勘付いているだろう――そんなことを考えていると、彼の頭にある不安が()ぎる。

――神気に鋭い神人ならば、麗蘭の異質な気を感じ取ってしまうのではないか?

 蘢が紫瑤で麗蘭を見付けた時もそうだった。彼女は他の神人には無い特殊な神気を纏い、普段も今も、特に隠そうとしていない。

――彼女が『光龍』であると知られたら?

「駄目だ、有ってはならない」

 呟くと、襲い掛かって来た敵を振り向き様に刺す。(うめ)き声を上げて倒れる男を避けると走り出し、敵味方を掻き分けながら、麗蘭のものと思しき神気の方へと向かって行った。





――何だ? あれは。

 玄武は鉄弓を手に、櫓に居る者を仰いで凝視した。背から陽を浴びて立つ少女の(だいだい)色の髪が、きらきらと光って美しい。

――妙な気を放っているから来てみれば……あれは本当に、只の神人か?

 かつて戦場で、何人もの強い神人と会い見えてきた彼だったが、少女の纏うもの程大きく真っ白な気は見たことが無い。

 太陽が眩しくて、此の位置からでは顔が良く見えない。だが薄らとは分かる――あれが相当な美少女であると。

「奴だ」

 麗蘭の方も探し求めていた神気の持ち主を見付け、直ぐ様櫓から飛び降りた。比較的人の少ない甲板へ下り、立ち上がって玄武を直視する。

 背は六尺に近くがっしりとして、如何にも武人らしい体格の男。赤墨色の髪が風に(なび)くと、左側の頬に大きな傷跡が見え隠れした。鋭利な双眸はまるで、(ぎょ)し難い猛獣のよう。

 十年以上前の先の戦から指揮官として勇名を轟かせていると言うが、其の割には未だ若い。彼も蘢と同様少年の頃から天賦(てんぷ)の才を開花させ、珠帝の夫である先帝の時代より重く用いられた逸材だった。

 また玄武の方も、麗蘭を正面から見た。聖安禁軍の一兵卒の軍服を着てはいるが、毅然とした凄まじい美貌からは何処ぞの高貴な姫君の風格すら感じさせる。

――姫君だと?

 其の瞬間、彼は朱雀の言葉を思い出す。

『只の一の姫ではない。どうやら『光龍』らしいのだ』

「おまえが、海賊共の首領か?」

 癪に障る朱雀の声を、麗蘭の凛とした声が掻き消した。明らかに只者ではない男を前に、臆する様子など微塵も無い。

「そうだ、と言ったら?」

 不敵に笑む玄武に、麗蘭は弓矢を置いて腰の刀に手を掛けた。

「倒す!」

 奮然と構え言い放つ麗蘭からは、十代の少女とは思えぬ気迫が感じられる。

――確か『光龍』とかいう女は、物凄い美女である上に其の強さも桁外れ、おまけに……

 こうして麗蘭と対するまでは、光龍の存在など信じていなかった。ゆえに、朱雀が持ってきた珠帝の勅命も半分は聞き流していた。実際に伝承と近い少女が目の前に現れたとあっては、確かめずにいられない。

 玄武も弓を放り出し、腰に差した剣を抜く。麗蘭が(またた)く間に刀を抜き玄武に斬り掛かると、彼は自分の剣で弾き返し、思わぬ行動に出た。

 船体が大きく揺れ、麗蘭の身体が揺らいだ一瞬の隙を突き、背後から彼女を抱き(すく)める。予期せぬ不意打ちに、麗蘭ともあろう剣士が、思わず刀を取り落としてしまう。

「うおおお!」

 自由を奪われた麗蘭を助けるために、側に居た果敢な禁軍兵が剣を振り上げた。

 麗蘭が止める間も無く、兵は玄武の剣に依って喉を刺し貫かれた。噴出した鮮血が、麗蘭と玄武の顔に降り掛かる。玄武は刺さった剣を引き抜くと、麗蘭を抱えたまま倒れ込んで来る兵を避けた。

「おっと、美しい顔を汚してしまったな」

 せせら笑い、麗蘭の白い頬を染めた血を軽く手で拭う。彼女は懸命に抵抗して男の腕から逃れようとしたが、腕力の差が有り過ぎる。

「彼女に加勢しろ!」

 そんな様子を認めた周囲の味方兵たちが、捕らわれた美少女を助けようと次々と向かって来る。

()(ざわ)りだ」

 十数人の敵を前にして尚、余裕の笑みを見せる玄武は、麗蘭を拘束したまま(しゅ)を唱えた。すると術者を取り囲むようにして小さな風の渦が出現し、襲い来る兵たちを順々に吹き飛ばしてゆく。

 命を奪う程の強さではないが、骨の一、二本を砕き折るくらいの衝撃は有る。甲板に倒れた者たちは痛みに声を上げ、成す術も無く動きを封じられた。

 邪魔者を排除し終えると、剣を手にしたまま彼女の左肩へと手を伸ばす。其処で漸く、麗蘭は男の意図に気付いた。

――まさか、此の男。

 恐れた通り、玄武は破顔した後麗蘭の服の左肩部分を無理矢理引き裂いた。

「此れは、驚きだ」

 晒されたのは、麗蘭の細腕に描かれた鮮やかな白龍。天の神が下界に遣わす巫女に刻み印した、定めの少女の証。

「光龍だな?」

 神力で男を振り払おうと、麗蘭は呪を唱え始める。されど其れよりも早く、突然彼は麗蘭を放した。何者かの剣撃を受け止めたのだ。

 麗蘭を助けるため、男と剣を合わせたのは――蘢だった。




※六尺…180cmくらい

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