表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の螺旋  作者: 亜薇
第二章 蒼き獅子
18/164

三.燻(くすぶ)る将軍、誘う美女

 一日で最も暑さが厳しくなる、昼過ぎの時刻。雲の無い晴天の下、麗蘭と蘢は街道を早足で歩いている。都から離れた為か人通りは少なく、時折向こうから来る旅人と擦れ違う程度であった。

 街道沿いには建物はおろか木々すらも無く、草原が広がるだけという退屈な道が続いている。晴れているので、遠くに連峰の山々が見えているが、暫くすると二人とも其の景観に飽きてしまっていた。

「暑いね……水はだ有る?」

 隣の麗蘭に声を掛け、竹筒に入れた水を飲み干す。彼は汗をかきにくい体質なのか、端からは然程さほど暑そうに見えない。

「ああ、大丈夫だ。未だ余裕がある」

 自分の竹筒を振って水があることを確認してから、麗蘭は手拭いで額の汗を拭く。

 紫瑤しようを出た麗蘭と蘢は、馬で半日駆けて着いた宿場町で一泊した後、移動手段を徒歩に切り替えて随加ずいかに向かっている。

 先日次の宿場町までの道中で、妖が出現して路を破壊し、未だ修復されていないという。宿を取った宿場町にて馬が通れない路が在ると聞いた為、仕方無く歩くことにしたのだ。

「君には不自由をかけて済まない。疲れたら遠慮なく言ってね」

 馬で旅を続けられるよう、蘢が他の経路も検討したが、如何どうしても見つけられなかった。そもそも移動手段の主流が徒歩である為、馬を走らせることの出来る舗装された路が少ないのである。

「いや、私こそ色々気を遣わせて済まないと思っている。足は鍛えているし、大丈夫だ」

 言葉通り、山奥で育ち丈夫な麗蘭だったが、男の蘢に比べると歩幅が違う。先程から彼が自分と歩みを合わせてくれていることに気付き、少しでも速く歩こうと努めている。

 出立して未だ一日しか経っていないのに、蘢は麗蘭が不自由をしないよう事細かく気を配ってくれる。馬が乗りにくくないか、宿の部屋は過ごしにくくないか、食事に不自由していないか、等。

「蘢、其の……余り私のことは気に掛けてくれなくていい。私が……公主だから気にしてくれているのであろうが、こうも気を遣われてばかりだと、私も申し訳がなくてな」

 並んで歩きながら、思い切って口に出してみる。立場上、こんなことを言うと却って蘢を困らせるかもしれないが、旅は未だ長く、言うなら早めの方が良い。すると蘢は一瞬だけ驚いて、直ぐに笑って首を横に振った。

「違うよ。君が公主だからとかじゃなくて……何て言うか、僕の癖なんだ。気を遣ってるというよりも、自然と気になってしまうんだよ」

 参ったな、という顔をしている彼の言葉は、屹度きっと心底からのもの。

「たまに気を遣い過ぎだって言われるんだけど、元々世話焼きな性格でね……でも正直言うと、確かに未だ心の底で君の身分に配慮してしまっている面もあるし、君が窮屈に感じているのなら、其れこそ気を付けなくてはね」

 皆まで言わぬうちに、今度は麗蘭が首を横に振る。

「いや、いや……気を付けなくて良い。おまえにとって自然なことなら、其のままでいてくれ、頼む」

 蘢の言葉を聞いて、麗蘭は優花のことを思い出した。彼女も麗蘭の傍で何かと世話を焼いてくれたが、其れは彼女の優しい性質から来ている自然なもの。蘢も恐らく、彼女と似たような気質なのだろう。そう考えれば合点が行く。

「……本当に、君は律儀な人だね。僕の方こそ、余り気にし過ぎないで欲しい。君と僕の立場上……とかではなくて、一緒に旅をしている仲間としてね。まあ、出会って未だ間もないし、旅を始めたのも昨日だし、難しいと思うけど……」

 微笑する蘢を見て、麗蘭は大分心が軽くなった気がする。

「ああ、分かった。ありがとう」

――蘢の言う通り、気にし過ぎていたのは私の方だな。

 思えば、こんなに長い時間を優花以外と過ごしたことは殆ど無い。子供ばかりの孤校で暮らしていたというのに、麗蘭にとって友人が出来るということは滅多に無いこと。経験が少ないことゆえに、蘢との接し方が良く分からないのかもしれない。

「ほら、茶屋が見えるよ。お腹も空いたし少し休もう」

 前方を見て蘢が指差す。街道を行く旅人の為の、小さな休息所。

「そうだな、そうしよう」

 顔をほころばせて答えると、麗蘭は蘢と共に茶屋へと入って行った。







 茗の四神の一人、『玄武』として知られる男――彼は酷く退屈していた。

 主の命により、面白くもない港町に駐留させられ早一年。開戦に備え、敵の軍備を探り貿易を混乱させることを命じられたものの、祖国では最上位の上将軍であり、勇猛な将と称えられた自分にとってはぬるすぎる任務である。

 駐在していると言っても身分を隠して表に出ず、最小限の部下を連れて密かに動けとの命であり、最初の数ヶ月は大人しく従っていた。だが彼の荒い気性ゆえに長くは保たず、やがて正体を晒す危険を冒してまで、変わった余興を楽しむようになった。其れは、海賊の真似事である。

 港町の近海で活動していた茗人の海賊に乗り込み、首領を殺して一団を乗っ取った。其の後、自分が首領として彼らを率い、聖安の商船を襲い始めた。

 確かに敵国の交易を乱すという任務は遂行出来ている。しかし、聖安側も船を襲われて黙ってはおらず、男の海賊を討伐しようと軍隊を度々寄越してくる為、正体がばれる危険性を常に伴うのだ。

 茗の将軍が賊として他国で好き放題しているというのは、公になると少々都合が悪い。

 男は其れを、常に皆殺しにすることで回避してきた。幾度も戦場を経験したことで身に付けた優れた戦術により、自分の船を攻撃してくる聖安軍を全滅させる。其れこそが彼の一番興奮する楽しみであり、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす手段でもある。

 ところが最近は、聖安人は怖れて商船を随加から滅多に出さなくなり、軍隊も掃討作戦を諦めたのか現れなくなった。ゆえに、男は再び鬱屈した日々を送っている。

 彼に残された数少ない楽しみは、客船を襲い女を手当たり次第犯すこと。自分の欲望を満たす為ならば、彼は女子供ですら凌辱し殺すことをいとわない。

――彼が『彼女』と出会ったのも、一隻の客船を襲った時だった。

 客の中に紛れていた黒髪の若い女。其の女に、一瞬にして囚われた。半ば強引に寝所へ連れ込み何時いつものように犯したのだが、抱けば抱くほど夢中になり、其の美しい肢体から逃れることが出来なくなっていく。数度目合まぐわえば飽きてしまい、終いには殺してしまう彼にとって、そんな女は初めてだった。

 汚れ等知らぬという程真白い肌をしていながら、男性に至上の悦びを与えるなまめかしく魅惑的な身体。大輪の花の如き華やかな美貌に、強い情熱の意志を秘めた、深紫色に輝く双眸。

 男が珍しく名を尋ねると、彼女は『瑠璃るり』と名乗った。

玄武と瑠璃の出会いについては、外伝「瑠璃鳥と鷹」の前篇で書いています(後篇はややネタバレになりますのでご注意ください)。

http://ncode.syosetu.com/n7960cp/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ