二十一.集結【1】
再び集った麗蘭と仲間たちは、茗より奪い返した蘭麗姫を伴って白林へと舞い戻る。大鷲の姿を取った優花が四人を乗せて、城塞近くまで飛空して来た。
城の周りに張られている結界のため、変化したままの優花では城壁に近付けない。麗蘭たちは、所々に据え付けられた松明の炎を頼りに下りる場所を探そうとしたが、優花が先に何かを見付けたらしく、ある一点に向け迷わず一直線に下降して行った。
此の暗闇で、此の距離からでは未だ見えないが、覚えの有る気を感じた麗蘭も遅れて気付いた。彼女たちにとっては忘れるはずの無い神気だ。
「もしや……風友さま?」
より低いところまで来ると、麗蘭が想像した通りの人物が灯を手に待っていた。麗蘭の師であり育ての母でもある、璋風友だった。
優花が地上に下り、其の背に乗っていた麗蘭たちも順に降り立つ。赤い炎に照らされた風友が四人の姿を確認し、先ずは魁斗に頭を下げた。
「昊天君。無事に皆さまをお連れくださりありがとうございます」
「優花が居てくれたから、何とか間に合った。許可してくれた風友殿にも感謝する」
魁斗と言葉を交わした後、風友は彼の隣に居た蘭麗に一礼した。
「ご無沙汰しております、蘭麗公主。元将軍の風友と申します。お会いできて嬉しゅうございます」
「憶えています。皇宮でお会いしたことがありますね」
二、三度だが、恵帝を訪ねて来た風友を蘭麗も見たことがあった。穏やかだが底知れぬ力を隠した高名な元将軍は、幼かった姫にもかなり印象深い存在だった。
「蒼稀上校、そなたの噂は良く聞いている。此度の大役もご苦労であった」
「身に余るお言葉、光栄です」
後方にいた蘢も歩み出て、胸に手を当てて礼をする。直接風友と見えるのは初めてであったが、噂に名高い璋元上将軍を知らぬ者など禁軍には居ない。出た言葉は謙遜ではなく、本心からのものだ。
……そして、風友が最後に声を掛けたのは麗蘭だった。
「久しいな、麗蘭」
暗がりで顔がぼんやりとしか見えないが、懐かしく優しげな声色から、風友が微笑んでいるのが分かる。
「ご無沙汰しております」
忘れもしない、十六の生辰の日――風友は麗蘭に「母が生きている」という真実を伝え、紫瑤へと送り出した。彼女とは其の翌日に阿宋山で別れて以来、暫く振りの再会と為った。
「良く帰って来た。積もる話も有るが、とにかく今は休め。改めて、いろいろと聞かせてくれ」
「承知」
まさか風友に出迎えてもらえるとは思っておらず、目頭が熱く為る。嬉しさに浸りたいところを堪えた麗蘭は、背後に居た優花の方を見た。
「風友さま。私は優花を連れて行きます。どうか、先に皆を中へ」
道中麗蘭は、変化を維持する優花の気が弱まってゆくのを案じていた。彩霞湖を発ち数刻の間、休み無く飛び続け、妖力を使い果たし掛けているのだろう。
麗蘭の申し出に、風友は手にしていた包みを持ち上げて首を横に振る。其れは、優花が人型に戻った時の為の衣服だった。
「優花は私が連れて行こう。おまえは皆さま方と共に城へ入り、早く休むが良い」
「……忝うございます」
師の心遣いに恐縮しつつも謝意を表し、頷く麗蘭。風友は一同の顔を見渡しながら、一番近い城門を手で指し示した。
「明日の朝、恵帝陛下が皆さまとお会いになりたいそうです。今宵はお休みになられますよう」
そう告げて会釈し、風友は優花の許へ歩いて行く。彼女の背を一撫ですると、灯と着物を手にしたまま軽い身のこなしで飛び乗った。師を乗せた優花は、心なしか弱々しく羽を広げ、闇を掻き分け低めの高度で飛び去って行った。
「お言葉に甘えて、俺たちは先に城へ入ろう」
優花が此の場で変化を解かぬ理由を知っていたのは麗蘭のみ。しかし魁斗も薄々勘付いていたらしく、敢えて触れないようにして皆に声を掛けた。
「蘭麗、おまえは俺が抱えて行く。足を痛めているだろう」
本人からは聞いていなかったが、魁斗は彼女の不自然な歩き方を見逃していなかった。蘭麗が断ろうとする前に、膝と背を持ち上げて横抱きしてしまう。
「あ、ありがとうございます……」
突然のことに顔が熱く為り、蘭麗は礼の一つも儘ならない。其の様子を見ていた麗蘭は、何故だか胸奥がざわめくのを感じたものの、気にしないようにして蘢に肩を貸した。
「蘢、私たちも行こう」
「ああ。済まない」
飛んでいる時、眠っておくよう勧められた蘢だったが、痛みもあり目が冴えたままで休めずにいた。流石の彼も、限界を疾うに通り越している。麗蘭と同じく、前方を行く魁斗たちが気には為ったが、此の状況で自分が蘭麗を手助けすることは出来ないので仕方が無い。
――かくして、麗蘭たちに下された蘭麗奪還の使命は果たされた。それぞれの想いが交錯し捩れてはいたが、宿の下に結び付けられた者たちが、漸く此処に集ったのだ。
白林に帰還し、一夜明けた早暁。深く深く――夢の底へと沈むように眠っていた麗蘭は、何時もよりやや遅めの卯の刻に目覚めて身支度を始めた。
割り当てられた客室は、華美ではないが一人で使うには大きく立派な造りだ。昨晩倒れ込んだ寝台はとても寝心地が良く、身体の疲れも相俟って気を抜けば昼近くまで寝てしまいそうだった。
室の中央には大きな御簾が垂れており、今麗蘭が居る奥側は外から見えぬように為っている。
「お早うございます、公主殿下」
小さな物音を聞き付けた女官が、御簾の向こうから声を掛けてくる。
「あ、ああ。お早う」
不意に「公主」と呼び掛けられて、自分のことだと気付かず直ぐに反応出来なかった。極力音を立てぬよう注意して動いたというのに、剣士でもない只の女官にしては鋭過ぎるのではないか。
「お召し替えでございますか。お手伝いさせていただきます」
「いや、いい。其れより喉が渇いたので、白湯を持ってきてくれないか」
阿宋山から都紫瑤に赴き、旅立つまで皇宮で暮らしていた間も、着替えを人に手伝ってもらうのは如何しても慣れなかった。かと言って何も頼まないのも悪いので、代わりの指示を出して立ち去らせる。
気配が消え、念の為御簾の隙間から誰も居なくなったことを確認すると、麗蘭は大きな溜め息を吐いた。
こうした扱いが待っているのは想像に難くなかったが、こんな早朝から女官が付きっ切りとまでは思っていなかった。
「……また、窮屈な暮らしが始まるのか」
贅沢な不満だと思いながらもぽつりと漏らし、女官が戻る前に急いで着替えを済ませようとする。用意された衣裳は都で着せられていたのと似た華やかな着物で、色取りどりの深衣を重ねて着る重く動きにくいものだった。
結局一人では時間が掛かり過ぎるので、戻って来た女官に髪結いも含めて任せることにした。着替えを終えて食事を取り、恵帝との謁見の定刻まで室内に居て、気も漫ろに過ごしたのだった。




