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金色の螺旋  作者: 亜薇
第九章 滅びの響
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二.迷い

「……麗蘭」

 遠く彼方から、自分の名を呼ぶ声が聴こえくる。微かな声の主は、性別すらも判然としない。遠い所から呼び掛けているのかもしれぬ。

――風友さま? いや、優花か?

 直ぐに浮かんでくるのは師と親友の顔。続いて母である恵帝や、蘢の顔が思い出される。

「麗蘭」

 消え入りそうだった声が、だんだんはっきりと聴こえてくる……聴き覚えの有る青年の声だが、蘢の声ではないようだ。

「麗蘭」

 数度目の声が聴こえ、麗蘭はようやく目を覚ました。上体を起こし、幾度かまばたきをして眼をこする。横を見ると、日の光を受けて煌めく金色の髪と海青の双眸そうぼうが視界に入る。

「魁斗……?」

 数日振りに会った魁斗は、森で別れた時と変わらぬ落ち着いた笑みをたたえていた。背筋を伸ばして畳の上で胡坐あぐらをかき、麗蘭をじっと見下ろしている。

「大丈夫か」

「……ああ」

 夢と現実の狭間で行きつ戻りつ、意識が混濁していた麗蘭は、此の数日を掛けて徐々に平生へいぜいの自分を取り戻しつつある。しかし始めの頃より良くなったとはいえ、未だに紗柄のものらしき記憶を見せられて混乱してしまう。身体に力が入らず思うように動けないのは、妖などの邪気にてられた時の感じに似ていた。

 倒れてからは魅那みながやって来て、何かと世話を焼いてくれている。強敵玄武が現れ蘢が戦い退けたこと、蘢がまたしても大きな傷を負ったことも、麗蘭は魅那から聞いて知っていた。

「蘢は……」 

「ああ、ついさっき目を覚ました。天真という子が回復させてかなり良くなっている。其のうち此処にも来るだろうよ」

 其の答えに、麗蘭は少しだけ胸を撫で下ろすことが出来た。無理をしているのは明らかだったので、玄武と対峙したと耳にしてから気が気でなかったのだ。

「魅那から大体の話は聞いた。あれが『天陽てんよう』……神を殺せる剣か」

 魁斗は、室の片隅に在る剣掛台に置かれた剣を横目で見る。彼は初めて目にするにもかかわらず、其の剣が神巫女の神剣であると直ぐに見抜いた。暫し何かを思案した後、視線を麗蘭の方に戻す。

「気が大分乱れているな。あの剣に宿っていた神力が一気に流れ込んだからか……身体が動かず気持ちが落ち着かないのも、其の所為せいだろう」

 同意し頷くと、麗蘭は神剣天陽を見た。台座から引き抜いた時、目を開けていられぬ程の光をほとばしらせていたが、今は嘘のように鎮まっている。

「ずっと……自分が自分でない感覚がする。自分が『麗蘭』なのか『紗柄』なのか判らなく為るのだ……おまえが来てくれたから、今は『麗蘭』だと判るのだが」

 映し出される光景は余りにも鮮やかで、麗蘭自身が紗柄と為ったかのような錯覚に陥る。対処の仕方が分からぬまま、精神的な疲弊が募る一方である。

「紗柄を……見た。彼女は、私が思っていたような女ではなかった」

「……どんな奴だったのか、訊いても良いか」

 首を縦に振ると、麗蘭は静かに話し続けた。

「幼い頃既に開光していて、途轍もない力を有していた……人々からの憎しみを浴び、自らもまた、人に対し敵意を剥き出しにしていた」

……紗柄が天陽を振るい、人々を惨殺していたことは、魁斗には言えなかった。また妖王の問い掛けに対し、自らの肉親を含めた複数の人物を殺して開光したと答えていたことも、言えなかった。

「正直私は、分からなく為った。今までは只、光龍の宿しゅくのことを考えて、先ずは開光することを目標にしてきたが……本当に其れで良いのか考え直さねばならないのかもしれぬ」

「開光したら、紗柄のように為るのではないかと恐れているのか?」

 魁斗は透かして見たかの如く、麗蘭の心情を言い当てる。余りにも簡単に口にされてしまったが為に、彼女は返答に詰まってしまう。

「おまえは紗柄とは違う人間なのに、何故同じに為ると怖がる必要が在るんだ」

「……そう……だろうか」

 濁りの無い彼の青い瞳を直視出来ず、麗蘭は口籠くちごもって目を伏せた。彼の言うことが正しいのかもしれないが、今の彼女には冷静に判断する余力が無い。長年信じてきた清く美しい理想の像を、強烈な惨状でもって粉々にされてしまったのだから。

 互いに暫く何も言わず、沈黙が流れた。麗蘭が顔を上げられないでいると、何時の間にか魁斗が、自分の着ていた羽織を脱いで麗蘭に掛けてやっていた。

「腹が減った。朝飯が未だなんだ。一寸ちょっと食ってくる」

「あ、ああ」

 突然立ち上がった魁斗に拍子抜けさせられたが、麗蘭は何処か安堵あんどして頷いた。

「おまえも何か食うか? まともに食ってないんだろう」

「いいや……今はいい。魅那が持って来てくれて食べてはいるのだ」

 そう言っておいたものの、彼女にしては珍しく食欲が無く、口に入れる量は減っていた。其れでも日が経つにつれ、大分ましに為ってきてはいた。

 魁斗が室から出て行くと、麗蘭は自分の肩の力が抜けていくのを感じた。再び身を横たえ布団に入ると、恐る恐る目を閉じる。

――休まねば。早く気を調和させ、動けるように為らなければ。皆に迷惑を掛ける。

 天陽を抜いた日以来、あれだけ眠っているのに不自然に襲い来る睡魔に、仕方なく身を任せる。意識を手放せば、見えてくるのは自分の深層に在る記憶か紗柄の記憶。繰り返し見ている内に、其れが夢なのか現実なのかも区別出来なく為っている。

――此の迷いに、恐れに、早く勝たねば。分かっているが、今は……!

 麗蘭は、光焔の剣に呼び起こされた大きな意思にまたも飲まれてゆく。其れはまるで、紗柄という少女の強過ぎる思念が、己の全てを麗蘭に語ろうとしているかに見えた。






 麗蘭の居る室を出ると、魁斗は自分が借りている客間へと戻って来た。戸を開けると魅那がおり、彼の為に朝餉あさげの膳を用意していた。

 膳の上には炊きたての白米と漬物、味噌汁、焼魚が載っている。どの品も見栄え良く美味しそうで、幼い子供が作ったものとは思えない。

 魅那から湯呑を受け取ると、魁斗は注がれたばかりの熱い茶を一気に飲み干した。

「朝飯も美味そうだな。此れも天真てんまと一緒に作ったのか?」

「はい。お味噌汁は天真が、お魚を焼いたのは私です」

 昨日の夕刻珪楽けいらくに着くと、魁斗は巫覡ふげきの姉弟に依って此の下宮しものみやに迎え入れられた。香鹿こうかから半日以上も掛かる道程を馬で駆けて来た彼は、湯殿を借りて夕餉を振舞われ、漸く体を休めることが出来た。

 彼は自分が魔族の公子であることも、半神であることも魅那たちに明かしていない。例によって隠神いんしん術で気を抑えてはいるが、力の有る巫覡である彼女たちに何処まで隠せているかは分からない。何れにせよ、麗蘭の仲間であると伝えただけで、姉弟は素性を知らない魁斗を丁重に持て成してくれている。

 魅那に勧められて箸を手に取り、魁斗は早速食事を始めた。

「麗蘭さまは、お目覚めでしたか」

「……ああ」

 短く返答して、綺麗な箸使いで黙々と食べ続ける。時折「美味うまい」という感想を挟みつつ、僅かな時間で粗方平らげてしまうと、一度箸を置いて再び魅那の方を見た。

「俺の見た限り……麗蘭は当分あのままだろう」

 深刻な口振りで言う魁斗に、魅那がこくんと頷く。

「麗蘭さまのお心とお身体が、離れてしまいそうです」

 其の表現は、魁斗には良く分からなかった。彼が気付いたのは、麗蘭の神気が大きく乱れて身体の自由が利かなく為っていること。

「でも、だんだん安定してきています。そう経たないうちに、動けるようには為るでしょう……只今のままでは、天陽に触れたらまた同じことの繰り返し。光龍の記憶に飲まれてしまいます」

 厳しい表情で告げる魅那は、幼くも優れた巫女の顔をしていた。

「天陽を持つことが出来なければ、『開光』は為し得ません……其れは、麗蘭さまだけでなく『貴方にとっても』良くないことでしょう?」

 彼女の言葉で、魁斗は不意を突かれた。優秀な巫女というのは、相手の心中まで読んでしまうのだろうか。

「……教えてくれ。如何すれば麗蘭は天陽を制御出来るように為る? おまえの言う通り、『俺たち』には『開光』が必要なんだ」

 魁斗の澄んだ瞳からは、真剣さがひしひしと伝わってくる。其の気迫は、怒りとも悲哀とも取れる苦しみを包含していた。

 少しの間、二人とも向かいあったまま言葉を発さなかった。ただならぬ感情を宿した魁斗を見詰めて沈思した後、魅那が再び口を開いた。

「恐らく、方法は……有ると思います。けれど、私たちには何も出来ない。出来るとしてもほんの後押しだけで、後は麗蘭さまご自身にかかっているのです」


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