第8話 半年後
カホがなんとか異世界の生活に慣れ親しんで、半年が経った。
異世界ということだけで、平穏そのもの。
半年後には、きっと自分の世界に戻れると信じているだけに、
今は観光旅行にでもきているとでも、考えを置き換えていた。
久しぶりに雨が降る日だった。
その日は珍しく養い親達であるレナンもバーシスも休暇で
学校も祝日で休校日。
運が良いのか悪いのか、居間で3人がそれぞれ寛いでいるところ
執事が慌てて扉を開けた。
「た、大変です。リオンと名乗る美女が・・」
(美女?)
その名に3人が勢いよく立ち上がり、執事に詰め寄った。
「それで」
「はい。旦那様方に以前からお聞きしていた方だと思われます」
美女の特長と名をリオンと言う女性について説明すると、彼らは本物のリオンだと悟る。
「それで」
「今、侍女達に部屋へ運ばせています。かなり危ない状態です」
リオンと名乗った女性は、かなり衰弱している様子で、
温かい部屋へ運び、濡れた服を着替えさせているとのこと。
「行くぜ」
「はい」
バーシスとカホがその部屋へ走っていくと、執事は後を追いかけようとしたレオンを呼び止めた。
「それで、旦那様。その女性ですが、どうもお腹が大きくて」
「何、それって」
「はい。たぶん、お子がいると思われます」
「・・・・・・」
レオンは、直ぐにカホの顔(今はリオンの姿の)が浮かんだ。
「彼女は、見れば気が付くだろうな」
「はい」
急きょ医師が呼ばれ、屋敷内は慌ただしくなった。
リオンは、確かに戻ってきた。
だけども、カホの体はこの半年でいろいろあったようで、傷だらけで
自分の顔とも思えない化粧に、そして身重の体型。
なんとか母体も胎児も助かったのはいいが、何とも言えないものが残った。
「きになる点だが、お腹の子が誰の子かということ」
「カホが今元の体に戻ると、妊娠している姿になると・・」
「・・・・・」
どうする?という事になった。
「一応、この手の魔術には詳しい人物が1人心当たりがいて、前から話がしてある。
今ならチャンスで、その人物に連絡をとるぞ」
「ただ、元の世界へ戻す力はないから、そこだけは勘弁してくれ」
養い両親の2人は、何度も謝罪してくる。
今ならリオンが気絶していて、きっとスムーズに元の姿に戻れるだろう。
「でも、妊娠なんて。誰の子かも分からない。私の体なのに・・」
自分の眠る姿を見ながら、ボロボロと涙を流すカホに屋敷の一同が同情した。
「僕は嫌だ」
気絶していたはずのリオンが呼吸を整えながら、こちらを見る。
「まだ言うか。このバカ息子」
バーシスが大声で怒鳴る。
「リオン。異世界召喚することは禁じられていることだ。自分の欲の為に人の人生を
巻き込むなんてどうかしている。姉さんだって悲しむ」
レナンは泣きそうな顔で、甥を見つめる。
「だ、だって、やっとフォルティー様の子が僕の中にいるんだ」
うっとりと呟いた一言に、皆が驚きの声を挙げた。
「な、何?」
「まさか」
「それ、本当なの?想い人に会えたの?」
3人が問い詰めると、リオンはにっこりとほほ笑んだ。
「大いなる賭け。でも、やっと想いを伝えたけど、僕は娼婦に見られたみたいで、ぐすっ。
気付いた時は、いなくなってた」
行動そのものがストーカーなので、3人がそれぞれ同じ事を思った。
「ずっと一緒にいられると思ったのに。宿の奥さんに娼婦だって説明されてたみたいで」
ほほ笑んだ笑顔も直ぐに涙顔になる。
「どのくらい一緒に?あいつは、いろいろ任務があったはずだから。
ずっと女性同伴では足手まといになるはずだぞ」
「うん。2日だけ。隣の国まで来ていたから、戻ろうにもお金無くて。その宿で働いて
お金を稼いで。戻れるだけ稼いだら直ぐに戻ろうと思ったら、1か月して体調が崩れて、
しばらく宿の奥さんに世話になってた」
沈黙の後。レナンが溜息を吐いた。
様子を伺っていた医師が、機材を鞄に片付けながらレナンに同情した。
「妊娠していたから、安定期までいたということか」
「うん」
「ねえ、リオン。私の体はいつ返してくれるの?想いをとげたのでしょう?もういいでしょ?」
「ごめん。この子を育てたいんだ」
「ちょっと、それって」
「捨てられちゃったけど。フォルティー様の子を育てたい」
「おいおい」
カホは、呆れて座り込んでしまった。
この自己中アホにどうしたら、自分の悔しい思いが伝わるのか。
怒鳴ってもどうにもならない現状に、疲れてしまった。