夫婦の日常 #10 〜 この景色 〜
今日は土曜日。
時刻は……朝の7時32分。
私はまだベッドの上で、夫のイビキを聞いている。
土日って、朝はあんまり人多くないだろうなぁ。
んん……決めた。
「陽ちゃーん、もう9時半だよ。
仕事始まっちゃう。」
ちょっとだけ嘘を交ぜて、陽介の肩をユサユサと揺らしてみる。
「ん……。
いや……よくわかんないよ。
今日土曜日。
ていうか、今家だし。」
あ……。
陽介の目はまだ閉じたまま。
「ねーねー、今日はさぁ、
バスで出掛けたい。」
「なんで?どこに?」
「じゃあ……電車乗りに。」
「……。」
「じゃあさ、バスに乗って……電車でどこ行くか考えよう?」
「考えてから行くんじゃダメなの?」
「ダメ。」
「今何時?」
「今ねぇ、7時41分。」
「……早いなぁ。」
「今日は天気いいよ。」
「……。」
グダグダとした会話を終えた後、
私たちは、今、バス停に向かって歩いている。
「バス、何人くらい乗ってるかなぁ。
いつも車だから、なんか新鮮だね。」
「……そうね。」
陽介は、ちょっと面倒臭そうに返事をしてくれる。
バス停に着くと、2人。
待っている人がいる。
一人は大学生くらいの女の子。
もう一人は、スーツ姿なので、会社員ぽく見える。
なんというか、ちょっと気だるい雰囲気。
数分待っていると、駅に向かうバスが到着した。
私たちは、順番にバスに乗り込んでいく。
「大人二人。」
夫がICカードで支払いを済ませる。
子供の頃は、
バスの運賃箱に入った100円玉は、ベルトに乗ってどこに行くんだろう。
そんなことを考えながら、眺めていたことを思い出した。
500円玉しかない時は、なんとなくドキドキしたなぁ。
「はい、どうぞぉ。」
バスの中は、
今日は、なんか広い……。
人が乗ってないからだ。
「すごい。一番後ろの席行こう。」
「はいよぉ。」
「なんかさ、一番後ろの席に座りたい年頃って、あったよね。」
「いつ?」
「私が覚えてるのは……小学生と、高校生の頃かな。」
「あぁ……。」
「しかもさぁ、後ろに座れなかった上に、別の席で通路側になった時、
ものすごい悲しいよね。
かといって、なんか強く言えなくて、譲っちゃうんだけど。」
「うん……よくわかんないな。」
バスに揺られているうちに、席はだいぶ埋まってきた。
プーっ。
そしてまたバスが止まった時、一人のお婆さんが杖をついて乗車した。
あ、席がない。
「ねぇ……。」
「何?」
優先席ではない座席に座っている女性が、席を立った。
お婆さんに声をかけている。
少し言葉を交わすと、女性がお婆さんに席を譲っている。
その女性は、大きなトートバッグを持っていて、
荷物は重そうだ。
女性は、肩にかかったトートバッグを少し持ち直して、
腕時計の時間を見ている。
はぁ……。
重そうだなぁ。
「今日は後ろの席じゃなくてよかったかも。」
「なんで?」
「……なんとなく。」
「そう。」
駅に着いて、私たちもバスを降りる。
「どこ行こうか。」
「うん。」
「行きたいとこないの?
あぁ、電車乗ってどこ行くか決めるんだっけ。」
「じゃあ、映画。」
「なるほど、普通だ。
まぁ朝早いから映画くらいしかないか。
え……電車は?」
「うん、電車やめた。
普通でいいや、今日は。」
なんとなく、遠足気分という感じではなくなったし。
「電車は普通じゃないんだ?」
「うん。」
映画選びは陽介に任せて、
私はポップコーンとジュースを買いに売店へ行った。
「ポップコーン塩味Mサイズを一つと……セブンアップ2つお願いします。」
買った後、夫のそばに戻ると、
「なんかポップコーン、結構でかいね。」
「ね。」
「ん?透明だね。
コーラがいいって言わなかったっけ?」
「セブンアップ美味しいよ。
私、映画館でしか飲んだことない。」
夫が一瞬止まって、吹き出した。
二人で顔を見合わせたら、私も吹き出してしまった。
陽介が見たかったと言っていた映画のわりに、
後半には、寝息がイビキになりかけていた。
「陽介、映画終わったよ。」
「あ、はい。」
「面白くなかった?」
「面白かったよ。」
……。
私たちは、少し駅の中をぷらぷらと歩いた。
「なんか甘いお菓子みたいないい匂い。」
「あぁ、近くにマフィン売ってる店ができたんだよ。」
「バナナマフィン買ってくる!」
「バナナがあるかわかんないよ。」
「じゃあ、紅茶マフィン!」
「あぁ……荷物になるから帰りにしよう。」
「……。」
こんなにいい匂いなのに。
「あ、観葉植物あるよ。
うちにもあった方がいいんじゃない?」
「すぐ枯れちゃうじゃん。
うちは風通し良くないからかなぁって、恵が言ってたよ。」
そうだ。
前に枯れちゃったことあったんだ。
「そうだね。」
あ、あの陶器製のお鍋いいな。
「ねぇ陽介、あれ見て。
色もかわいいよ。」
「あぁ、ネットでも売ってたね。
でも鍋に困ってないよね?」
「……あれは、ポトフだね。」
「ポトフ専用なんだ?」
「シチューでもいいかも?」
「じゃあ、カレーでもいいのか。」
「カレーはやめた方がいいと思う。」
「難しいな。
……今日は荷物重くなるしやめよう。」
「……。」
車だったら、買ってもよかったのかな。
「少しお腹空いてきたね。恵は?」
「うん。」
喉も乾いて、おしゃれっぽいカフェで、パスタを食べることに。
店の中は、土曜日だからかな。
結構混んでる。
ガヤガヤした店の中の音と少し湿気のある店内に、少し酔いそうな感じ。
「恵、なんか顔白いよ?大丈夫?」
「……うん、多分大丈夫。」
食事が終わった頃には、少し店の中も静かになった。
食後のコーヒーを飲み終えて、ぼーっとしていると、
店員さんから声をかけられた。
「デザートのご注文はいかがですか?」
「あ、大丈夫です。もうお腹いっぱい。」
笑顔で答えると、店員さんもにっこり笑ってくれる。
「それでは、こちらもお下げしちゃいますね。」
「あ、はい。」
コーヒーカップも下げるのね。
店員さんが去った後、夫が言った。
「何にもなくなったね。」
「ね。」
すると、また同じ店員さんが、
「お冷、交換しますね。
おしぼりも温かいものをご用意しましたので、
よろしければどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ごゆっくりどうぞ。失礼致します。」
そう言って、店員さんはにこやかに戻っていく。
「なんか、いいね。」
私が声をかけると、夫は、
「……そうかな。」
そう言って、おしぼりでゴシゴシと顔を拭いている。
何それ。
私も、拭いちゃいたい。
スッキリした顔で、スマホをいじりながら、夫が言った。
「帰る?」
「……。」
「じゃあ、マフィン買って帰ろうか。」
「うん!」
帰り道、陽介が言った。
「次は電車に乗って、駅弁食べようか。」
「んん……そのうちね。」
「電車乗りたかったんだよね?」
「んん……天気よかったから、いいの。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




