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色々感化されて書き始めました。

 カーテンの隙間から、淡く、けれどまぶしく朝陽が差し込んでいる。

眠気で重くなった瞼の間からそんな景色をぼんやり眺めていると、ドアの向こうから呆れたような母の声が飛んできた。


「莉子、もう七時十分」


 ほぼ閉じたような瞼をぱちぱちと動かしながら、私─朝比奈 莉子は片手だけ上げて答えた。


「もう、起きてる……」


「それ、起きてない人の返事だから。早く降りてきなさいよ」


 「まったく……」という声と共に足音が遠ざかる。そんな音を遠目に聞きながら、ぐう、とのどを鳴らしていると、ふわりとトーストの焼ける匂いが香ってきた。


「はいはい……起きますよ~っと……」


 寝ぐせで軽くボサついた髪に手櫛を通しながら、むくりと体を起こしてあくびを一つ。恐る恐るカーテンを指でちんまりつまんで開くと、容赦ない光がまだ眠気の去らない目を焼いた。


「ひいい……もう朝なんて、信じたくないぃ」


 そんな泣き言を漏らしながら、よろよろと制服に腕を通して階段を下りると、すでに弟は牛乳を飲みながらテレビを見ていた。まるで父親みたいな姿で、思わずふっと笑いが漏れた。


 すると弟は私に気づいたのか、私に顔を向けると母に似たような呆れ顔をしながら牛乳を啜った。


「遅」


「朝からあんたにそれ言われるの、むかつくんだけど」


「知らねーよ」


 あぁん?と睨みつけあっていると、母がコトッと音を立てながら私の前に皿を置いた。トースト、目玉焼き、昨日の残りのサラダ。いつもの朝ごはんだ。


「毎朝毎朝、いい加減になさい」


 ちっと舌打ち一つ、母に免じて一時休戦だ。


「あそうだ、今日ちょっと遅くなるかも」


「はいはい、連絡だけしてね」


「ふぁーい」


「まーた友達?」


 トーストをほおばりながら返事をすると弟がまた呆れ顔で言うので、私はその焼きたてのトーストをちぎって口に押し込んでやろうとした。一時休戦は嘘だ。


「……高校生には色々あるの」


「それ便利だよな」


「中学生のおこちゃまにはわからないでしょうね~」


 「あっそ」と軽くあしらう弟に私はぶすくれながら、母に追い出されるようにして今日も家を出た。


「いってきます!」


    ◇


 駅前で彼女に見つかったのは、ホームに上がる直前だった。


「莉子ー!」


 朝から声がでかい。振り返る前から彼女だとわかる。


「ちょ、恥ずいって」


「遅いよ~、置いてくとこだった」


「大げさなんだから、言うほど待ってないでしょ」


「ふふん、二分は待った」


「じゃあ全然じゃん」


 どや顔で二本指を立てて笑っている彼女─三枝 彩花は、朝からずっとエンジンがかかっている。髪も制服もきっちりしていて、寝癖もそこそこに家を飛び出してきた私とはできが違う。よくもまあ朝からそんな元気でいられるものだと毎朝感心している。


 まもなく来た電車に乗ると、同じ制服の子が何人かいて、彩花はさっそく別クラスの子に手を振っていた。私もつられて会釈する。学校に着くまでに二、三回そんなことをしただろうか。


 教室の前まで来るころには、いつも既に若干疲れている感じがする。


「おはよー」


 扉を開けると、前の席の子が振り向いた。


「おはー、莉子」


「おはおはー、もう疲れた。かえっていい!?」


「うんうん、そうだねー。ダメだよー」


くつくつと笑ったその子は、にやりと笑って言った。


「忘れた?今日、英単語テストあるよ」


「……うそ」


「あるある」


「最悪~……」


 しょげながら自席に鞄を置く。ていうか、単語テストとか聞いてないんですけど!?なんにもしてないよ!?


「莉子、おはよ」


 そんな言葉に、私は後ろを振り返る。その席の主である柊 透子はもう席についていた。机の端にきれいに教科書を積んで、シャーペンまで出してある。


「おはよ~。てかさ、今日テストあるってマジ!?」


「あるよ。昨日も言ってたでしょ」


「聞いてない」


「それは莉子が聞いてなかっただけ……って、今に始まったことじゃないか」


 ふふと笑う透子に、「笑いごとじゃないよ~!」と駄々をこねていると、荷物を置いてきた彩花が私の椅子の背に腕をのせた。


「ねえそういえば、昨日二組の森下とさ――」


「……今それどころじゃないんですケド?」


「だって~、莉子好きそうだったから」


「なんなの、その雑なおすすめ」


 いつものようにそんなくだらない話でぎゃいぎゃい盛り上がっているとチャイムが鳴り始め、みんないそいそと席に戻りはじめた。


 その流れの中で、窓際の後ろの席が目に入る。


 彼─久瀬 湊は静かに座っていた。肘を机についたまま、文庫本みたいなサイズの本を開いている。周りがうるさくても、顔を上げる気配がない。たまに近くの男子が何か言っても、短く返すだけで、それ以上広がるわけでもない。


 先生が入ってきて、本を閉じたところで初めて、久瀬は顔を上げた。

 そこで私は目線を切って、前に向き直った。


    ◇


 一限と二限をどうにかやり過ごして、昼休み。

 彩花に腕を引かれて購買へ向かう。


「今日ぜったい焼きそばパン買う」


「この前も言ってなかった?」


「今日はほんとのほんと」


「毎回ほんとって言うじゃん」


「毎回と今回は違うんだってば~!」


 来て見れば購買の前はもう人だかりで、彩花は列に並ぶ前から戦う顔をしていた。とんでもない人の数で、あれにもみくちゃにされるのは私はごめんだ。


「莉子は──」


「私はパスー」


「いってきます!」


「達者でなー」


 彩花はばびゅんと飛び出し、人の群れへと消えていった。相変わらずパワフルというかなんというか。


 私はその喧噪を横目に、ふと中庭のほうへと目をやった。


 渡り廊下を、上級生が二人歩いていた。ネクタイの色が違うだけなのに、なんとなく目で追ってしまう。


「……なに見てんの?」


 いつの間にか帰ってきた彩花がじとっと覗き込んできていた。


「わっ!?べ、別に?」


「ん~?怪しい。その“別に”はなんかある、この名探偵彩花の目は誤魔化せないのだよ!」


「なんなのそのキャラ……」


 跳ねた心臓を落ち着けるために深呼吸を一つ。まったく、彩花ってこういうときだけ妙に鋭いんだよなあ。


 私はパンの棚からメロンパンを取って、少しだけ声を落とした。


「……最近、また気になる人ができたんだよね」


「え!」


 案の定、食いつきが早い。あと声も大きい。


「シーッ!」


「あっ、ごめんごめん。ていうか、この前言ってた人は?水沢くん?だっけ」


「あー、水沢?だめだめ、彼女いるんだって」


「切り替え早っ」


「いや、彼女いるなら終わりでしょ。ないない」


「ふーん。で、今度は誰?」


 彩花の目がきらきらしている。めんどくさいけど、こういうときの反応はちょっと楽しい。


「……やっぱ年上、いいなって思って」


「てことは先輩!?誰!?」


「だから声大きいって」


「だ、だって気になるじゃん」


「まだちょっと気になるくらいだから」


「その“ちょっと”が危ないんだって」


 彩花はにやにやしている。

 私はメロンパンを持ったまま、なんとなく笑った。


 話しかけられるとちょっと嬉しいとか、見かけるとつい目で追うとか、そういうのだ。

 まだ、ただそれだけの話で。


「で、誰かに話すの?」


「え?」


「そういうの、誰かに言いたくなるタイプじゃん」


「彩花に言ってるじゃん」


「私は信用ならないでしょ」


「その自覚あるんだ」


「まあね!」


 自信ありげに胸を張る彩花。それでいいのかしら。


 教室に戻る途中、開いた窓から風が入って、廊下の掲示物が少し揺れた。


 誰に話す。

 その言葉に浮かぶ顔は一人だけだった。


 教室のいちばん後ろ、窓際。

 騒がしい輪の外で、いつもひとりで静かにしているやつ。


 茶化してくるわけでもない、余計なことも言わないし、ちょうどいい。


 教室に戻ると、久瀬はさっきと同じ席にいた。今度は本じゃなくてスマホを見ている。彩花が先に扉をくぐって、透子がこっちを見た。


「遅かったね」


「彩花が焼きそばパンで戦ってたから」


「ふふん、勝った」


「聞いてない」


「あげないよ?」


「いらない」


 笑いながら席につく。

 ちらりと目をやると、久瀬は変わらずつまらなさそうにスマホを眺めていた。

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