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「み、ミカゲさん……!?もっと強くって、ほんまに大丈夫なん……!?」
まふゆは思わず彼の袖を掴み、心配そうな目で見つめる。これ以上の力を注ぎ込めば、彼の体にどんな負担がかかるか分からない。
「問題無い。時間が無い……早くしろ」
ミカゲは短く、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。彼の真剣な瞳を見て、まふゆはこくりと頷くしかなかった。
「わ、分かった……!」
恐怖で震える足を叱咤し、残っている魔力を振り絞る。彼女が今から唱えるのは、身体能力を限界以上に引き上げる最上級の増強魔術。
「彼の者の器に、聖なる力を降ろし給え……!上級身体能力増強魔法、ルミナス・トランセンドッ!!」
まふゆの詠唱に応え、今までで最も濃密な漆黒の光が奔流となってミカゲの体に吸い込まれていく。
「────ッ!!」
ミカゲの全身が、まるで黒い稲妻に打たれたかのように激しく痙攣した。
彼の口から、苦痛とも歓喜ともつかない、くぐもった声が漏れる。
アルビノエルフの白魔術。それは影人にとって本来、致死性の猛毒。
たとえ性質が変化したとしても、これほど強大な力を直接その身に受ければ、ただで済むはずがなかった。
ミカゲの身体は、限界を超えた力と、その力の源である猛毒に同時に苛まれていた。
だが、彼は倒れない。それどころか、その黒い瞳が、これまで誰も見たことがないほど鋭く、そして爛々と輝きを放つ。
その姿は、まるで闇そのものが意志を持ったかのように、絶対的なプレッシャーを周囲に撒き散らしていた。
「……これでいい」
彼は血の味がする口の端を歪めて笑うと、再び影に溶けた。
いや、溶けたのではない。彼の存在そのものが、影と完全に一体化したのだ。
もはや、優れた感覚を持つレオンハルトやセリウスですら、彼の気配を追うことはできない。
「ミカゲ!?無事なのか!?」
レオンハルトが叫ぶが、返事はない。
「まふゆ!なんて魔術をかけたんだ!あれは……ミカゲの体がもたないよ!」
セリウスが悲鳴に近い声を上げる。
しかし、その直後だった。
ゴーレムの動きが、ピタリと止まる。
あれほど暴れ狂っていた巨体が、まるで獲物を見失った獣のように、きょろきょろと周囲を見回している。
ミカゲの気配が、完全に消滅したからだ。
そして、次の瞬間。
ゴーレムの胸部、紫色の光を放つコアクリスタルの真上にある影──天井の梁が作るわずかな闇の中から、黒い刃が音もなく突き出ていた。
「────終わりだ」




