7-2
古代魔術史の授業は、どこか張り詰めた空気の中で進んでいった。
エドウィンは時折、生徒たちに問いを投げかける。そのたびに、彼の視線はまふゆの上を滑るように通り過ぎていく。
それは一見、他の生徒と変わらない、教師としての視線だった。
だが、まふゆには分かる。その奥に潜む、獲物を見定めるような粘りつく光を。
(……気にしたらあかん。いつも通りにせんと)
まふゆは必死に自分に言い聞かせ、教科書に視線を落とす。だが、指先は冷え、心臓は嫌な音を立てていた。
そんな彼女の様子に、隣のセリウスが気づかないはずはなかった。
彼は心配そうに眉を寄せ、何度か口を開きかけたが、授業中であることと、まふゆが無理をしていることを察して、ただ静かに寄り添うことを選んだ。
後ろの席では、ミカゲがエドウィンから一切視線を外さずにいた。
その黒い瞳は感情を映さず、ただ静かに、教壇に立つ男のあらゆる動きを監視している。
もし彼がまふゆに少しでも手を出そうものなら、即座に喉笛を掻き切る。その無言の殺意だけが、彼の内に渦巻いていた。
二限目、三限目と授業は続く。
まふゆはなんとか意識を授業に集中させようと努めたが、エドウィンの存在が重くのしかかり、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
やがて、昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
その音に、まふゆは張り詰めていた糸が切れたように、はあと深いため息をついた。
「まふゆ、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
前の席から振り返ったレオンハルトが、心底心配そうな顔で覗き込んでくる。
「う、うん……。ちょっと、疲れてるだけやから。大丈夫」
「……そうか?無理はするなよ」
レオンハルトは納得いかない顔をしつつも、それ以上は追及しなかった。
セリウスが立ち上がり、まふゆに優しく声をかける。
「食堂に行こうか。まだ食堂の無料券があるからね。温かいものでも食べれば、少しは気分も晴れるかもしれない」
「うん、ありがとう、セリウスさん」
まふゆが立ち上がろうとした、その時だった。
「まふゆ君、少し良いかな」
穏やかな声が、すぐそばから聞こえた。
びくりと肩を震わせて振り向くと、いつの間にかエドウィンがまふゆの机の横に立っていた。完璧な笑みを浮かべて。
教室に残っていた生徒たちの視線が、一斉に集まる。
「先日の事件、君は特に怖い思いをしたと聞いている。……もし、何かカウンセリングが必要なら、いつでも私の研究室に来てくれて構わないよ。君のような稀有な才能を持つ生徒は、学園の宝だからね。我々教師は、心身共に君のケアをする義務がある」
その言葉は、どこまでも親切な教師のものだった。
だが、まふゆには聞こえていた。その言葉の裏にある「お前は私のものだ」という、悍ましい囁きを。
「いえ、あの……う、うちは、大丈夫です、から……」
まふゆが恐怖を押し殺し、か細い声で答える。
その瞬間、レオンハルトがすっと立ち上がり、まふゆとエドウィンの間に割って入った。
「先生、ご配慮感謝します。ですが、まふゆのことは俺たちがついていますので、ご心配には及びません」
その声は、敬意を払いながらも、明確な拒絶と庇護の意思が込められていた。
セリウスもミカゲも音もなく立ち上がり、自然な形でまふゆを囲むようにして立つ。
三人の男たちから放たれる無言の圧力に、エドウィンは面白そうに目を細めた。
「……おや、そうかい。それは頼もしいね、レオンハルト君。では、彼女のこと、くれぐれも頼んだよ」
エドウィンは肩をすくめると、あっさりと身を翻し、教室から出ていった。
彼の姿が見えなくなると、まふゆはへなへなとその場に座り込みそうになる。それを、ミカゲが背後からそっと支えた。
「……おおきに、みんな……」
震える声で礼を言うまふゆに、レオンハルトは苦々しい顔で呟いた。
「……あの先生、なんでか分からないが……どうも気に食わないな」
彼の言葉に、セリウスも静かに頷く。
ミカゲだけは何も言わず、ただエドウィンが去っていった扉の方を、冷たい瞳で見つめていた。
束の間の平穏が、すでに侵食され始めている。その事実を、彼らは肌で感じていた。




