6-11
ミカゲはまふゆを抱えたまま、影の中を滑るように移動する。
廊下の角々で立ち止まっては気配を探り、魔物の群れを的確に避け、最短かつ最も安全なルートを選択していく。
その動きには一切の迷いがなかった。
……やがて、重厚な二枚扉の前に辿り着く。
ここが大講堂だ。扉の向こうからは、大勢の生徒たちのざわめきと、不安げな話し声が漏れ聞こえてくる。
ミカゲは扉を足で軽く蹴って開けた。
ギィ、と重い音を立てて扉が開くと、講堂内にいた数百の視線が一斉に彼らに注がれる。
黒い装束の影人、その腕に抱えられたアルビノエルフ。その異様な光景に、誰もが息をのんだ。
講堂の中は、避難してきた生徒たちでごった返していた。
怪我をした生徒を介抱する者、不安そうに集まって身を寄せ合う者、窓の外を固唾をのんで見守る教師たち。
その喧騒の中心で、二つの人影が弾かれたようにこちらを向いた。
「まふゆッ!ミカゲ!」
人波をかき分けるように、レオンハルトが駆け寄ってくる。その顔には安堵と、自分で彼女を守れなかったことへの悔しさが滲んでいた。
「まふゆ!無事だったんだね……!よかった……!」
セリウスも青ざめた顔で駆け寄り、まふゆの無事な姿を見て、心底ほっとしたように胸をなでおろす。
ミカゲは二人の存在を一瞥すると、そのまま講堂の壁際、比較的安全な場所まで歩を進めた。
そして、ようやくまふゆをそっと、壊れ物を扱うかのように床に降ろす。
「……ここまでだ」
彼は短く告げると、まふゆの隣に音もなく立ち、再び周囲への警戒を始めた。まるで、彼女を守るのが当然の役目であるかのように。
「あっ……」
腕の中で感じていた温もりと心音が消え、少しだけ寂しい気持ちが胸をよぎる。
しかし、今は三人がそばにいる。その事実に、まふゆは改めて安堵のため息をついた。
「まふゆん~!!」
すると、唐突に背後から抱きつかれる。驚いて振り返ると、そこには今にも泣きそうな顔のリリアがいた。
「り、リリアさん……!」
「よかったあ、無事で良かったよぉ……!!」
「……ほんとね。無事でよかったわ」
ふう、と大きな溜息をつきながら、シャノンもこちらに歩み寄ってくる。
「……とにかく。これで生徒は全員避難できたみたいね」
「そっか……。みんな、無事で、よかっ……た……」
まふゆの言葉は、最後まで続かなかった。
ミカゲに助けられた安堵、一人ではぐれてしまった間の恐怖、そして今、みんなが無事に目の前にいるという事実。
それらが一気に込み上げてきて、感情の堰が切れたように、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「わ、わあああん……!こわかったあ……!」
しゃくりあげながら、子供のように泣きじゃくる。
「うわあああん!!まふゆん~!!」
「ちょ、ちょっと、あなたまで泣かないでよ。ううっ……」
まふゆの涙に、リリアも大声を上げて泣き出し、それにつられたシャノンまでポロポロと涙を零し始めた。
そんな三人の女子の姿に、男たちはそれぞれ動揺する。
「お、おい、泣くなよ。もう大丈夫だ。俺たちがいる」
レオンハルトは慌ててリリアの隣に膝をつくと、どうしていいか分からず、大きな手でぎこちなく彼女の頭を撫でた。
その手つきは不器用だが、心からの優しさが込められていた。
「やっぱり、君も怖かったよね。ごめん、僕がもっとしっかりしていれば……」
セリウスも隣にしゃがみ込み、青ざめた顔でシャノンの涙を見つめる。彼の声は震えていた。自分の無力さと、彼女に怖い思いをさせてしまった罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。
彼はハンカチを取り出すと、おずおずとシャノンの濡れた頬に差し出す。
「…………」
ミカゲはただ黙って、泣きじゃくるまふゆを見下ろしていた。
表情は変わらない。しかし、その黒い瞳の奥には、彼女を泣かせたこの状況そのものに対する、静かで冷たい怒りの炎が燃えていた。
彼は、彼女が泣き止むまで、ただ静かに傍らに立ち続け、あらゆる脅威から彼女を守る盾となることを決めていた。
大講堂の喧騒も、遠くで響く戦闘音も、まるで遠い世界の出来事のようだ。
三人の男たちは、泣き続ける少女たちを囲み守ろうと必死だった。




